梅シロップの思い出
──これは、翠が九条と出会う一年前の五月のことだった。
「……このちまちまやる作業が楽しいな~」
買ってきた青梅を洗いながら、思わず鼻歌を歌ってしまう。
たいして、最近の曲は分からないけれど……。
洗い終わった青梅の水分を丁寧に拭き取って、今度はそのへたをちまちまと取り出す。
買ってきておいた氷砂糖とへたを取り終わった青梅を、滅菌消毒した容器の中へどんどん放り込んでいく。
キッチンシンク下に完成した容器を放り込んで、明日以降軽く回しつつ、二~三週間後には飲めるようになっているはず……。
「今年は梅ゼリーも作りたいな……」
他に何を作ろうかと、まだ出来てもいない梅シロップの使い道を考える。
この時間が何よりも楽しい。
***
「で、出来上がった梅シロップを使って、ゼリーを作ったからお裾分けってか?」
「そうそう。かおりちゃんなら喜ぶだろうなって……美咲ちゃんも連絡したけど、ちょっとタイミング合わなくて、今度取りに来るってさ」
かおりちゃんを自宅にお招きして、作ったゼリーを食べてもらう。
甘いものが好きなかおりちゃんに、梅ゼリーはちょっとさっぱりしすぎているだろうか? と思ったけれど、そんな事はなかったようだった。
「相変わらず美味しいもん作るね~」
「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」
「なにその反応~」
「いやいや。楽しく作っただけのものが、そこまで喜ばれると嬉しいんだよね」
かおりちゃんと二人でおしゃべり会は、とても楽しい。
本音は美咲ちゃんがいるともっと楽しいんだけど……仕事の関係で休みが合わないもんだから、こればっかりは仕方ない。
彼女がいると、多分、部屋に置いてあるあみぐるみとかぬいぐるみとかのハンドメイド作品の写メを撮影しまくるんだろう……。
私が作ったものが好きらしく、たまに『これ欲しい!』と持って帰るのだ。
かおりちゃんもそこは同じなんだけどね……。
「あ、そうだ。翠、この間話してたうちの幼稚園の秋のバザー用に、ウエルカムドール作ってって話なんだけどさ……」
「ああ、うん。園長先生からも正式に依頼もらったよ。お金はさすがにもらえないってお断りしたけど……」
「やっぱ断ったんかい。せめて材料費だけでも受け取ってもらえないかな……? 園として正式な依頼だからさ……」
「契約書を交わしたわけじゃないから、それは無理かな?」
正式な契約書とかを作成して依頼を受けたわけじゃないのなら、金銭の受け取りはできない。
そこは絶対に揉める案件になるから、どれだけ親しい相手であっても、契約書なしのままは私が怖いのだ。
「もし、契約書を作成するってなったら、それこそ幼稚園側も面倒でしょう? フリマサイトとかで売るってなったら、それは正式に売買契約、規約に同意したことになるからそこは正規の値段をつけるけどさ……」
「それはたしかにね……。私も自分でぬいぐるみ作るから、分からんくはない」
そうだろう、そうだろう。
かおりちゃんは分かってくれると思っていた。
それこそ、ニット帽なんかも販売するってなったら、多分、正規価格にしたらかなりの値段になる。
シンプルなものでも、材料費に制作時間、販売に関わる手間ひまを計算すると、まあ、可愛くないお値段になってしまう。
「お! この梅シロップ使ったサイダーも美味しい! さすが翠だわ」
「来年はもうちょっと多めに作ろうかな……。かおりちゃん、ひと瓶くらいいる?」
「それはさすがにいいかな……うちも母さんが作ってるだろうし」
「それもそうか……」
そうなんだよね。
かおりちゃんのお母さんも料理上手だから、私も昔、いろいろ教えてもらったんだよね。
果物を使ったシロップは、全部祖母仕込だけど……。
そう言えば……。
「今度、冷凍のブルーベリー買ってきて、ブルーベリーシロップ作ってみようかな……」
「……急に飛んだね。でも、それも美味しそう」
「うん。あと、しそジュースも作りたいな……」
時期的に身体に良くて美味しいものが欲しいなって思うんだよね。
だから、毎年マメに作ってる。
遊びに来てくれる友達に振る舞えるように、いろんな料理にアレンジできるように、毎回試行錯誤している。
それが楽しい。
「楽しそうだね、翠」
「うん。楽しい。これからも、こうやって楽しく過ごしていきたいな……」
──しかし、このあと一年もしないうちに、叔母の行動によって私の人生は大きく変わることとなる。この時の私は、まだ知る由もなかった。
この数カ月後からダメンズとの怒涛のお見合いを強制される翠。




