復讐の女神は微笑む(後編)
夢からアイデアをもらった物語です。
楽しんでいただけると幸いです。
「ナニーさんが、塔から突き落とされたんですか!?」
「そうなんです。今調査中です。犯人はまだ捕まっていません。申し訳ありませんが、皆様、宿で待機していてください」
ツアーガイドの女性がそう言った。
彼女の膝が、可哀想なほど震えている。
彼女は、ツアー客達に誠実に説明をしてまわっている。
その後、地元の警備隊の方が現れて、ツアー客達に事情聴取をしていった。
彼らから聞いた話によると、ナニーさんが塔から落ちた時、ローズピンクの長髪で緑色の服を着た人が、塔から降りてきたそうだ。
それは、聖女メリーと同じ特徴だった。
リーンは頭を抱えた。考え込んでいる。
「聖女様は、ラファエル殿下に言いよってフラれた。その腹いせに、殿下を殺してアンジェリカ様に罪をきせた。そのことをナニーさんと会った時に脅されて、彼女を塔から突き落とした……?」
「まだ分からないわ。証拠がないもの」
「そ、そうだけどー……怪しい! 人を殺したのバレたら聖女じゃなくなるよ! 教会から追放だよ! すごい動機だよ!」
「そうね。でも、そう見せかけただけかも」
「あんな特徴的な人、他にいないよ」
「私が聖女だったら、髪を隠して地味な格好して塔に行くよ。よほどの馬鹿じゃなければね……」
リーン達は、宿の窓から外を見ていた。
すると、聖女メリーがローズピンクの長髪を風になびかせてフォレストグリーンのドレスを着て、たくさんのアクセサリーをキラキラと輝かせて、颯爽と歩いてきたのだ。
そして、彼女は地元の警備隊に声をかけられて、キーキーわめきながら連行されていった。
彼女の取り巻き達が、青い顔をして逃げ去っていくのが見えた。
「警備隊に捕まえられた! やっぱりメリー様が犯人だよ!」
「まだ分からないわ。……でも、事件のことを聞いているだろうに出歩くなんて。彼女が将来王妃になるのは、ものすごく不安になったわ……」
リーンは断言した。アイラは眉間に手を当ててため息をつく。
「リーン。事件が落ち着くまで、私達はこの伯爵領から出てはいけないんだって。だから、この辺りを歩いて調べてみよう。気になったことがあったら教えてね」
「うん。分かった」
リーン達は、散歩のふりをして伯爵領を調べていくことにした。
宿の人に頼んで、弁当を作ってもらう。
モリア城の近くに来ると、突然、リーンが驚いた顔をしてアイラにささやいた。
「アイラおばさん、髪の毛が焼ける臭いがする……」
「え!? どこから?」
「お城の地面の下から……あ、もう消えちゃった。誰かうっかりさんが、蝋燭で髪の毛を焦がしたのかな」
「……お城の地下か。調べたいけど、行き方が分からないね」
城の地下へ、調査に入らせてもらえるわけがない。
リーンは、アイラに言う。
「とりあえず、匂いがした方へ行ってみようよ」
「そうだね。何か見つかるかもしれない」
リーンの後ろをアイラは着いていく。すると城の裏側に出た。小さな裏門があり閉まっている。そこは小さな広場になっていて噴水があった。誰もいなかった。
それ以外には、何も見つからなかった。
アイラ達は、行き詰まってしまう。
そこで、一息つくことにして休憩をとることにした。
噴水の縁に腰掛けて、宿で作ってもらったお弁当を広げる。
「髪の毛が焼ける匂いね。絹を焼くとそんな匂いがするんだよ。絹の服を焼いたんだと思う。普通は、高価な絹を焼いたりはしない……。特に、ここのように、物を大切に使い切ろうとする土地ではね。聖女様の服はナイロンが使われているものだった。焼けば違う匂いがする」
「そうなんだ。聖女様は犯人じゃないの?」
「多分ね。おそらく、ここまで匂うほどだから、絹の服を焼いたんだわ。おそらくカツラも。……証拠品を焼かれてしまったわね……」
「焼いた人が分かればいいね」
「ふふ。ありがとう。これもお食べ」
アイラは、自分の果物をリーンの弁当箱に分けてあげる。
「わあ! ありがとう! おばさん大好き!」
リーンが大喜びで足をバタバタさせた。踵が噴水の飾りに当たる。
カチッと音がした。
ゴゴゴゴゴ……
地響きのような音がして、地面に穴が開いた。
穴の中に、地下へ降りていく階段が見える。
「地下への階段!?」
「さすが運がいいね。リーン! お手柄だよ! おそらく、非常時の脱出用通路だろう」
「やったあ!」
「リーンは宿に戻って、この事を警備隊に知らせてきてね。レイテスト公爵家に連絡すれば捜査状をとれるはず。私は先に調査に入ってみるから」
「1人じゃ危ないよ!」
「大丈夫だよ。様子を見るだけだから。危なそうなら、すぐ引き返す」
「分かった! すぐに戻ってくるからね! 無茶しないでねー!」
リーンは、すごい勢いで駆け出した。
アイラは「ライティング」と唱え、光の球を作り出す。魔法の光で足元を照らしながら、慎重に地下へ降りていく。地下へ行くほど気温が下がっていった。
(冷たくなってきたわね。もし地下にいるのがあの人なら……いえ、きっとあの人だわ……)
階段を降りると、広い空間があった。
古代の創世神とされる古く巨大な像が、空間の奥に置かれている。
像は、長い髭と裾の長い衣をきた男性だ。宗教儀式のような空間だ。
魔法の光が天井に散りばめられて、地下なのに明るかった。
像の前には、花に囲まれた箱が置かれている。
複雑な模様の装飾がなされた布が、丁寧にかけられていた。
箱の前には白い服を着た男が1人いる。ひざまずいて真剣に祈りを捧げている。
モリア伯爵だった。
彼の足元には、何かの燃えカスがあるのが分かった。
(やっぱりナニーさんが会いに行ったのは、モリア伯爵だったんだわ。それに……あの箱と布の紋様は……)
「誰ですか? 薄汚いのぞきをしているのは?」
モリア伯爵が突然振り返った。アイラと目があう。
彼は、驚いたようにアイラを見つめた。
(しまった! 魔法探知をされていた)
アイラは、立ち上がって微笑む。
「私です。先日観光に来た者です。道に迷ってしまいました。すぐに戻ります」
「駄目です」
モリア伯爵は凄い速さで近づいてきて、アイラの目の前に立った。
(身体強化の魔法ね。火魔法も使えるようだし、これは厄介だわ)
「ここを見られたからには逃すわけにはいきません。観光客……。そうだ。ナニーと同じツアーの方でしたね。彼女から、話を聞いたから、ここに来たのでしょう。何を知っているか、話していただきましょう」
モリア伯爵は、巨大な目玉のような宝玉をアイラに突き出す。
アイラは、とっさに目をつぶって後ろへ飛び下がった。
「これが何か、ご存じなんですね。『真実の瞳』……これと目を合わせた者は全て話してしまう古代の秘宝。何者ですか? ただの観光客ではありませんね」
アイラは深呼吸をする。気持ちを落ち着かせるためだ。誤魔化せる相手ではないようだ。時間稼ぎに話をすることにした。警備隊が来るまで粘ろうと思った。
「私は、亡き公爵に事件の調査を頼まれたのです。彼の遺言で、私はツアーに参加したのです」
「レイテスト公爵ですね。余計なことを……」
「ええ。ナニーさんからは、復讐の女神についてお話を伺いました。正しく行われなかった事が正しく行われるようにやってくる女神のことです。もちろん伯爵様は、ご存じの神様だと思います」
「もちろん知っている」
「ナニーさんは、どんなに深い愛があっても…と言われてました。それ以上は知りません」
アイラは、見ないように気をつけていたものがある。
しかし、チラッと神像の前にある箱に目がいってしまった。
モリア伯爵は、それを見逃さなかった。
「あの箱が気になるようですね。調査に来たと言われましたね。いいでしょう! 創世神様へ祈る時間をあげますよ。どうぞ、御神像の前へ」
アイラはゾワッと悪寒が走る。
彼女は寒気がしてきた。ここはとても冷たい。吐く息が白い。こんな場所に長い時間いられない。それなのに伯爵は顔色ひとつ変わらない。
化け物だ、この人。
(殺る気満々ですね。……その箱の中にいるのは、ラファエル殿下でしょう。だって、あの布になされている紋様は、王族のラファエル殿下だけを意味する特有のものですよね。そして、その布には死者の眠りを守る紋様もあります。
海で発見された殿下を確認されたのは、モリア伯爵だった。つまり、遺体は別人だったのだろう。
ナニーさんは、そのことに気づいた。そして伯爵に真実を話すように会いに行って、塔から突き落とされたんだ。
どうしてこんなことを……)
モリア伯爵は、にぃっと狂気じみて笑う。
「何をためらわれてるのです? それともお気づきでしょうか? 『真実の瞳』を知っているくらいだから、そこの箱についても想像がつくのでしょうね……」
アイラは沈黙を諦めた。伯爵は恐ろしく頭がまわる。
チラッと視線がいっただけで、そこまで分かるなんて。
「モリア伯爵様が、ラファエル殿下をあの箱に入れたんですか」
「そうですよ。やはり気づかれていましたか」
「アンジェリカ様とラファエル様は惹かれあっていました。第一王子との婚約破棄がなされれば、アンジェリカ様は殿下と結婚するかもしれない。伯爵様の大嫌いなアンジェリカ様と。……だから殿下を殺したんですか? 」
「下品なことを言わないでください。創世神様が、彼のお体にご降臨されるまで、美しく眠っているのです。誰よりも純粋で愛情深い私のラファエル殿下。汚らわしい異世界者達から守ったんですよ。私は誰よりも彼を大切にしています」
伯爵は、真剣にそう言いきった。
「いや。殺されて飾られて観賞されるのはやめてくれって、私なら思います」
アイラは青ざめて言った。気持ち悪くなってきた。
ナニーさんが言っていた「愛」は、このことらしい。
「おまえに何が分かる! 殿下はあの女に騙されていた! 私に黙ってあの女狐に会いに行ってプロポーズするおつもりだったのだ! 新しき神に召喚された異世界転生者ども! 醜い! 醜すぎる! この世界は『ゲーム』だの『小説』だのと戯言を! 我らが生きる世界を、奴らに蹂躙されてはいけない!」
伯爵は怒りで青黒くなり、大声で怒鳴った。
「はは! ここでおまえを始末すれば何も分からないさ!」
「できますか? 私には……神の守護があります」
「復讐の女神とやらか? 古代の神々が私を裏切るはずがない。おまえは、ここで死ぬのさ」
モリア伯爵が魔法剣を出した。そして、アイラに斬りかかってきた!
突然、黒い塊が地下の部屋に飛び込んできた!
そして伯爵の剣を受けとめる。剣戟の音が洞窟内に響き渡った。
黒づくめの服に黒いマント姿のリーンだ。
警備隊に伝えて、宿で動きやすい服に着替えて戻ってきたのだ。
「彼女は、私の可愛い守護者よ」
「か、可愛いなんてそんなー」
リーンは照れている。
モリア伯爵は激怒して、リーンにつかみかかった。
リーンは軽々とそれをかわしていく。
「なっ!? 」
「言っておくけど、リーンは異世界転生者です。新しき神の祝福を受けた子なの。だから強いわ」
リーンは嬉しそうに笑った。ワクワクしている。
彼女はキラキラと目を輝かせ、頬を赤らめて言う。
「おじさん、私と遊んでくれるんでしょ? おじさんは強いでしょ。私分かるんだ。だから、思いっきりやっても壊れないよね」
「醜い異世界転生者がー!!」
激しい戦いが始まった。剣で打ち合い、ぶつかりあい砕かれた魔力が飛び散る。柱が崩れ、壁が抉れていく。アイラは、物陰に避難して戦いを見守ることにした。
「あははは! 楽しいね! おじさん」
「粛清してやる!」
モリア伯爵が氷の魔法を解き放つ。リーンは敢えてそれを受けて笑う。
そして、火炎魔法を全身から吹き出した。
伯爵は水の魔術符を取り出し、それを打ち消した。
「化け物め! 美学の欠片もない!」
「美学? 何それ美味しいの?」
(まるで水と油ね)
アイラは、戦いの様子を見ながら思った。
リーンは、異世界転生者の中でも神の祝福を強く受けた子だ。
あまりにも強すぎて、うまくやっていけない。
何事もバランスが大事だよね、とアイラは思った。
「伯爵様!」
「お助けいたします!」
騒ぎを聞きつけて、メイドや甲冑を着た騎士達が武器を持って階段を降りてきた。
騒ぎを聞きつけたのだろう。
メイド服のエルフ達が、短剣を握り締めて魔法を繰り出す。
俊敏で力の強い獣人の騎士達が、長剣を携えてリーンに向かっていく。
(この城は、メイドも戦うのか! 戦闘メイドというやつなのか。リーンは強い子だけど大丈夫かな)
アイラは心配になって、自分も参戦しようと身構える。
リーンは、それは嬉しそうに高笑いをした。
「はっはあ! いいね! こうでなくっちゃ。楽しいね。伯爵様!」
「私は楽しくない!! くっ。馬鹿力が」
(リーンが楽しそうで何より)
リーンは、手足につけた重りもマント外し、目にも止まらぬ速さで彼らと戦っている。
騎士達を壁まで殴り飛ばし、メイド達に高圧力の魔力をぶつけて気絶させていた。彼女なりに手加減をしているのだ。
モリア伯爵は頑丈で、リーンと激しいバトルを続けていた。
「あれは、後でお腹空いたって泣くね」
苦笑しながら、アイラは殿下が眠っている箱へと忍び寄る。
アイラは、リーンから彼女の元いた世界でコールドスリープというものがある、と聞いたことがある。
(なんとなくだけど、そのイメージに近い。だとしたら、どこかに蘇生させる仕掛けもあるかも……これかな)
箱の横に古代文字でかかれた魔法陣があった。その文字の中に『蘇生』を見つけた。魔力を注ぎ込んで起動させる。
おそらく、この仕掛けを作り上げたのはモリア伯爵だろう。
(古代魔法やらアーティファクトを極めた天才魔術師か。恐ろしいね、モリア伯爵は……)
戦いの大騒ぎの中で、ゆっくりと箱の中の体に生気が満ちてくる。
ラファエル殿下は、太陽のような金髪に慈悲深い顔立ちの美貌の持ち主だった。出回っている肖像画よりも、気高いお姿をしている。
…………だが、そこまでだった。ラファエル殿下はピクリとも動かなかった。
(やっぱり死者蘇生なんて無理だったか……)
私がため息をつくと、戦いが止まっていることに気がついた。
食い入るように、モリア伯爵とリーンがこっちを見つめている。
モリア伯爵が崩れ落ちた。
「嘘だ……。魔法理論上は可能なはずだ。ラファエル様は創世神様と一体になって蘇るはずだ……」
(うわー。痛すぎる。モリア伯爵……)
蘇生を信じて、全てを賭けてきたのに無駄だったのだ。
アイラは、モリア伯爵が気の毒になった。
リーンが歩いてきた。心配そうにラファエル殿下を見ている。
「このお兄さん、起きないの? どこか具合が悪いの?」
「そうだね。きっと長く眠りすぎたんだよ」
「アイラおばさん。この人に起きてほしい?」
「そうだね。もしできるなら……って、ちょっと待って! ……遅かった……」
リーンの体から、黄金の光が溢れ落ちる。魂の力を殿下に注ぎ込んでいるのだ。殿下の体が、みるみる生気を取り戻していく。彼女の青い瞳がキラキラとまばゆく輝いている。
リーンが彼にささやく。
「殿下。もし、もう一度生きたいと願うのならば、目を開けてください」
美しく澄んだ光を見て、アイラはリーンに助けられた過去を思い出した。
魔獣に囲まれて怪我をして動けなかったアイラを、まだ幼いリーンが泣きながら救出してくれたのだ。
どんなに魔獣に自分を傷つけられても傷つけられても、リーンは諦めなかった。
そして彼女は、神に与えられた力と前世の記憶に目覚めた。
リーンはボロボロになって、私を連れ帰ってくれたのだ。
私の小さな守護者……。
そういえば、あれはレイテスト公爵の護衛の任務をしていた時だった。
とてもゆっくりと、ラファエル殿下が目を覚ます。
「ア……アンジェリカ……」
(うん。目を覚ました時にいたのが私達で、なんか悪いね)
アイラは考える。アンジェリカ様に会いに行く途中で、モリア伯爵に薬を飲まされてこの箱にいれられたのだろう。彼女のことが心配でたまらなかったに違いない。
「アンジェリカ様はご無事ですよ。お会いできますよ」
「彼女は……無事なのか……良かった……」
「もう大丈夫だよ。殿下」
リーンはホッとしたように笑う。
蘇生した王子を見たモリア伯爵は、歓喜に満ちていた。
しかしラファエル殿下は、憎しみに満ちた目で伯爵を睨みつける。
「叔父上! 僕は絶対にアンジェリカと一緒に生きていきます! 叔父上の許可は必要ありません!」
「殿下……そんな……私は…………」
モリア伯爵は、絶望に満ちた表情になった。
最愛の甥に拒絶されたのだ。伯爵は、階段を駆け上がっていった。
アイラは、伯爵の後を追いかける。殿下のことはリーンにお願いした。
メイドも騎士達も、リーンに倒されて気絶している。
伯爵は地下から城の中へ、城の最上階のバルコニーへと駆けていった。
彼の子どもの頃の思い出が、走馬灯のように伯爵に蘇った。
緑あふれる自然のなかで、エルフや獣人の子ども達と駆け回って遊んでいた。
とても楽しかった。
大人のエルフに、古代の魔法や自然の恵みを、ありがたく使わせてもらう喜びを教えてもらった。
大人の獣人達は、遊びのなかで体を鍛えることを教えてくれた。
幸せだった。ここが私の聖地だ!
創世神様は、人とエルフと獣人をお造りなり、この世界を与えた。昔は、仲良く暮らしていたのだ。エルフや獣人が数を減らしたのは異世界転生者達のせいだ!
創世神様がお目覚めになれば、きっとお怒りになって異世界転生者達を滅ぼしてくださる! だから私は……!
……ラファエル殿下は、きっと信心が足りなかったのだ。
だから創世神様として甦らなかったのだろう……。
伯爵はバルコニーへ出ると、アイラの方へ振り向いた。彼は笑っている。
「私は負けたわけではありません。考えたんですがね。復讐の女神様は大変意地悪のようだ。ナニーも復讐の女神がくると叫んでいた。私は嘲笑いました。
ただね。あなたを地下神殿で見た時、その話を思い出しましたよ。ぞっとする程美しかった。だから、少しだけ話をしようと興味が湧いたんです……」
「復讐の女神様が正義をなすために来たのなら、それはリーンです。殿下を蘇生させたのも、地下への手がかりを見つけたのもリーンなのだから」
「では、女神様のお気に入りは2人いたんでしょう。私は更なる高みへ行きます。今度は、私自身が創世神様の元へ……!」
「待て……!」
モリア伯爵は、崖の下の海へと落ちていった。この高さじゃ助からないだろう。彼を止める暇もなかった。
数日後、モリア伯爵の服を着た遺体が海で発見される。
伯爵の自殺で、この事件は解決とされた。
聖女メリーも釈放され、ツアーも解散となる。
地下のエルフのメイド達や獣人の騎士達は、逃げてしまって残っていなかった。
ナニーさんも無事に意識を取り戻した。
ラファエル殿下の生還を知ると、大泣きして喜んでくれた。
ラファエル殿下は、この伯爵領でリハビリをされている。彼は、伯爵領の伝統や自然を守っていきたいと言われた。この地を愛し大切に思われているのだろう。
ラファエル殿下生還の報告を受けた王宮は、城内をひっくり返したような大騒ぎになっているそうだ。
潮騒の聞こえる海辺で、アイラはリーンと佇ずんでいる。
伯爵領の城の近くだ。
アイラは、どうしても釈然としないと感じていた。
だから、リーンを連れて伯爵の城の近くに来たのだ。
彼女に伯爵の気配を感じるか聞いてみた。
リーンはしばらく考えこんでいた。頭の毛がピコピコと動いている。
「リーン、どう思う?」
「アイラおばさん。おじさんは遠くへ逃げちゃったみたい。いつか会えたら、また遊んでくれるかな」
「……たぶんね」
(やっぱり偽装か! しぶとそうだもんね ! 逃げちゃったか……。事件の真相は分かったから、依頼は達成できたんだけど……。後味悪いね)
アイラは、リーンの力を秘密にしている。
リーンの力は、大聖女の行う奇跡に近い。
しかし、自由を愛するリーンに、教会の堅苦しい生活は無理だろう。
ラファエル殿下も、リーンの力に気づかなかったようだ。
彼女の力を見た伯爵もメイドも騎士達も、今は行方不明だ。
だからモリア伯爵達の生存も報告できない。
物証があるわけでなく、リーンの直感によるものだからだ。
このまま秘密にして、リーンを守ってやりたいとアイラは決意した。
リーンは、アイラを信じて大切に思っている。
だから笑って言うのだ。
「アイラおばさんが考えたことなら、それはきっと良いことだろうね」
後日、アイラ達は弁護士と一緒にアンジェリカ様にお会いしにいった。
アンジェリカ様への疑いは晴れて、第2王子は生きていたと報告する。
彼女は、目に涙を浮かべて喜んでくれた。
アンジェリカ嬢は、それはもう美しい女性だった。
艶やかな長い黒髪ときらめく黒曜石のような瞳。
喪にふくしている黒いドレスの彼女は、黒真珠のように優雅で上品で、神の創造された最も美しい造形の持ち主だった。
女神や黒薔薇の褒め言葉がピッタリだった。
彼女は、この地で異世界転生者達の自助グループを作り上げて、伝統的な文化や自然を保護する活動もされていた。
地元の人達は、彼女を「聖女」と呼んでいる。
リーンは、彼女の美しさに驚いて「まつ毛長い! 鉛筆のせたい!」と呟いた。
アイラは、静かにそんなリーンを引き止める。
(鉛筆って何? そしてそれは止めなさい。不敬罪になるよ)
亡き父の遺言で、帰国を延期されていたアンジェリカ様は無事に戻られた。
亡き公爵のお別れ会が開かれた。
そして、アンジェリカ様は父の跡を継いで女公爵になられる。
屋敷の者や異世界転生者達は、大喜びで彼女を最敬礼で迎え入れたそうだ。
国王様も、頭を下げて彼女に謝罪された。
アンジェリカ様は国に戻られると、真っ先にラファエル殿下のお見舞いに行かれた。2人は涙を流して語りあったそうだ。ラファエル様とアンジェリカ様は正式に婚約なされた。国民皆に祝福された。
ラファエル殿下は伯爵領を継がれ、皇太子になられた。お2人の長子が王位を、次子が公爵家を継ぐことになるそうだ。
アンジェリカ様を婚約破棄したダメーダヤ王子は、王位継承権を剥奪されて王族から除籍される。
メリーは、聖女称号を剥奪された。
彼らは、驚くほどの高額の慰謝料をアンジェリカ様に支払うことになった。
レイテスト公爵家にいる異世界転生者達が、一致団結してアンジェリカ様を弁護してもぎ取ったのだ。
その後、ダメーダヤ達は、辺境の島の開発をまかされて送られた。
たくさんの人が亡くなる呪われた島と噂の場所だ。
異世界の知識と真実の愛で頑張ってくれると、期待されて送り出された。
側近のヨイショトリオも一緒だ。
送り出された時の彼らは、呆然としていたように見えたという。
★★★★★
私達は公爵家から感謝状と報酬金をもらうと、王都で人気のレストランに来た。
ビュッフェ形式で、好きな料理を選んで食べている。
モリア伯爵家で出された伝統料理もあった。
リーンはそれを皿にのせて、美味しそうに食べている。
「おじさんの所のお料理、美味しかったなー。どうしておじさんは、異世界転生者が嫌いなんだろう。私は、おじさんのこと好きだよ」
「私達の世界をゲームとか小説って言われて、変えられるのがイヤだったらしいよ」
「『温故知新』って言葉があるよ。古きを勉強して新しい知識を得る。おじさんのやり方も悪いわけじゃない」
「いい言葉だね」
「おじさんも新しい良さを知ったら、いい人になるかな」
「あれは悪人だよ。彼の罪はね。自分の価値観に合わなくなった殿下を眠らせて、彼の死を偽装したことだよ。リーンが殿下を助けなければ、王族殺害になったんだよ」
どう考えても恐い人だ。目的のためなら手段を選ばない。
「モリア伯爵が気に入ったの?」
「うん。だって、あれだけ暴れてもおじさん元気だったからね。また遊びたい」
「そこかー。なら安心だね。(恋愛感情だったらどうしようかと思った……)」
私は、運ばれてきたばかりのレアチーズケーキを、リーンのトレイにのせてやる。リーンの好物の1つだ。
「アンジェリカ様もラファエル様からも、今度ぜひ遊びにきてと招待状がきていたし、素敵ななお洋服も買いに行こうね。結婚式もお呼ばれしているしね」
「うん! 楽しみだね!」
「リーンは、これからどうしたいとかある?」
リーンは、口をモグモグしながら考えている。
彼女は、転生前のことを思い出していた。
(転生前の私は、病弱な12歳の少女だった。ほとんど寝たきりで、病室の窓から外を見るのが楽しみだった。亡くなる前に、一度だけ家に帰ってお父さんの手料理を食べたんだ。すごく美味しかったな。テレビの海外特集を見て、元気になれたら一緒に旅しようねって約束したのに……。
お父さん……。ごめんね。ありがとう。
もっと美味しいものをたくさん食べたかった。いろんな所へ行ってみたかった。だって世界は、こんなにも広いのだから。
……真っ暗闇の中、綺麗な女の人が現れて笑顔で手招きしていた。だからそっちの方へ歩いて行ったら、この世界にいたんだっけ。アイラおばさんは、あの女の人に少し似ている気がする……)
リーンは、こっちの世界の両親のことをあまり覚えていない。
アイラと同じ冒険者だったことは知っている。
「アイラおばさん。私冒険者になりたい。そして世界中を見てまわりたい! 美味しいものも食べる! アイラおばさんと一緒に!」
「いいよ。リーンはまだ成人前だから、冒険者見習いだね。私も元気になったし、冒険者家業に戻ろうかな。それでリーンと旅をするの。きっと楽しいよ」
「本当!? 私嬉しい! アイラおばさん最高!」
「リーンがいてくれるなら、私は明日もきっと楽しい」
「アイラおばさんと一緒なら、私もきっとずっと楽しいよ!」
アイラとリーンは、お互いに見つめ合うと微笑んだ。
(終わり)
最後までお読みいただきありがとうございます。
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執筆の励みになります。
こぼればなしです。
リーンはメリーを見た時、「うわあ。あの人クリスマスツリーみたい」と言おうとしました。クリスマスツリーは異世界の言葉にあたります。だからアイラはリーンが異世界の記憶があるとバレないように口を塞ぎました。
メリーは、転生前喪女でした。全くもてなかった彼女が、可愛らしい顔とけしからん体に生まれ変わりました。そして、セレブや女優でないと着こなせないと思っていた鮮やかな緑色の服を好んで着るようになったのです。全身にキラキラ輝くアクセサリーをつけるのは、王子様からの愛の証を全部身につけなければ勿体ないからです。メリー自身は、クリスマスツリーを目指してるわけではないのです。
ダメーダヤはアンジェリカによく注意をされました。それがとてもイヤだったのです。「せめてもっと趣味のいいアクセサリーをメリー様に贈ってください」「王室主催のお茶会にニンニクたっぷりの料理を持ち込むのは問題外です」などなど。ダメーダヤはニンニク大好きなのです。アンジェリカは苦労していました。