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屁理屈オーバーライト  作者: 新島 伊万里


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嘘から出た真

「それでどうやって戦うつもりなの? さっきみたいに《奪色》能力を使うとか? ……そもそもあれもよく分からないんだけど」


 横にいるしのがそう尋ねる。肩で息をしていてとても万全の状態には見えない。


「さっきの爆発は一回きりの特別アイテム。あれで決着つけるのは無理だな」


 あの絵の具の瓶はエマから受け取ったものだ。《奪色》を閉じ込めて誰でも使えるようにするものだそうだ。試作品で威力も低く、数もないから気休め程度と彼女は言っていた。


「だからどうにかして《魔法》を当てて無力化する必要がある。そのためには……」


「待って! 私、本当の異能を思い出したんだよ。精神干渉できる《幻惑》って言って……」


「のんきニ作戦会議などさせませン!」


 その会話を遮るように飛びかかるヌトラ。俺としのは別方向に攻撃を避けつつ距離を取る。


「しの! 動けるか!?」


「舐めちゃダメだよ! でも《魔法》はもう使えない! 《幻惑》も無茶はできないかも!」


「そんな状態で勝ツなどと……甘く見られタものデス!」


 ヌトラはしのに狙いを定め、距離を詰めながら蹴りを放つ。さらにそれを躱した先を狙い拳を放ってしのを追い詰めていく。


「これくらいなら躱してみせる、けど……!」


 ギリギリで避け続けるしのだが反撃の手段がない。《魔法》が使えず、本当の異能らしい《幻惑》も使えるか分からない、と。


「そんなわけあるか!」


 しのを狙うヌトラを妨害するように殴りかかりつつ叫ぶ。


「防御は俺がやる! 一度見た動きだ。目も慣れてるし捌けない理由はない! しのは《魔法》を使ってくれ!」


 ダメージを与えるのは難しくても、攻撃の邪魔くらいはできるはずだ。


「《魔法》って……あの仮の異能はもう役目を終えて使えなくなったよ。使い方を忘れたみたいに……」


「今まで使ってた異能をそんな簡単に忘れるかっての!」


「でも……!」


 なおも俺は続ける。


「自転車と同じだ! ちょっと乗ってないからって乗り方まで忘れるわけないだろ! 《魔法》のきっかけは俺だとしても実際に形にしたのはしのだ! それはもう偽物じゃなく本物の力だ! 失うわけないだろ!」


「私の、本物の……力……」


「貴方は無駄に喋ルことしかしませんネ! 攻撃手段も持たズにやってきたのデスカ!?」


「俺は喋ることが仕事なんだよ! 《上書き(こいつ)》は俺の立派な攻撃手段だ! 後は――」


 ――後は、しのが一歩を踏み出すだけ。俺にできるのは場を整えること。しのを信じること。


 最後はしの本人が《魔法》を使えると信じてくれるだけ。


「そう、だよね……《魔法》はずっと私の力として戦ってきてくれた。ちょっとやそっとじゃ消えない、私の力! ……それに、異能はひとりひとつなんて誰も言って、ないよね!」


 俺の後方で何かが光る。しのの手から放たれる光だ。木漏れ日のように繊細なそれは徐々に光量を増し、夏の日差しのように輝いていく。


「もう仮の異能だなんて言わない! これは私の大切な力! 応えて――《抜剣(ドローイング)》!!」


 光は形を剣に変え、技名が示す通りに剣が抜かれる。


「斬り裂いて!」


 抜いた勢いそのままに、しのは剣を投擲する。投げナイフのように軽やかに、けれども重量、威力は比べ物にならない異能の剣が空気を裂いて進んでいく。


「目で追える程度ノ飛び道具が当たルわけないでショウ!」


 剣の軌道を予測するのは造作もないのか、ヌトラは焦ることなく体を捻る。が、


「甘いっての!」


 俺はしのの飛ばした剣を空中で掴み、勢いに引っ張られながら無理矢理軌道を変更する。狙うは体を捻り、隙の見えたヌトラの胸。


「こ……こだああっ!」


 体勢を崩しながらも肩、胸、腰を通るように一閃する。相手のガードよりも速く喰らわせた一撃。けれど、


「浅いか……!」


 無理な姿勢で剣を振った分、刃は完全にヌトラの体を捉えきれていない。


 しのが作った異能の剣は外傷は与えず、体力や精神力を奪える。とはいえこの感触ではヌトラが沈黙するとは思えない。


「クッ……! 曲芸じみた真似ヲ……! 体を切断できないオモチャなど、問題になりまセン!」


 ヌトラは即座に目を開き、両足を踏ん張りパンチを返す。


「クリーンヒットとはこういうものデス!」


 一度目のパンチで異能の剣を砕き、その後にこちらの胸へと一撃を浴びせて吹き飛ばす。


「ッ、くっそ……! ダメージ入れた気がしない! 確実に効いてるはずなのに……!」


「落ち着いて! ヌトラは痛みを無視して戦ってるだけで確実に消耗してるよ! ――ユウならそう言うでしょ!」


「……! 当然! 今言おうと思ってたとこだし! 消耗して動きの鈍くなったヌトラ相手なら付け入る隙もあるからな!」


 全身のバネを使ってヌトラの後ろに回り込む。ヌトラは目だけは俺をしっかり追従しているが、体の動きがそれに追いついていない。


「体が……重ク……!?」


「しの!」


「任せて! ――《炎撃(フレア)》!」


 振り向こうとしたヌトラの背中に炎の魔法を撃ち込むしの。《上書き》で隙を作り、《魔法》の一撃を狙う作戦だが――


「そんな異能の炎なド、熱くもありませン!」


 崩した体勢から光る腕を振り、あおいでかき消すようにあっさりと炎をいなすヌトラ。さらに反撃はそれだけでは終わらない。


「消耗したカラなんだと言うのデス。そんなこと関係なク動けなけれバ軍事行動などできまセン!!」


 その言葉とともに、ヌトラの動きのキレが息を吹き返す。《上書き》のデバフをあっさりと無効化してそのまま俺に掴みかかろうとする。


「……それでも! レン姉としのとやり合ってる分、俺より疲労はあるはずだ。だったら俺の方が動きのキレがある!」


 その言葉に釣られるように俺の体が軽くなる。少しのアクションで全力以上の跳躍ができるようになる。


 ゲームの世界で戦っているような現実離れした感覚と共にヌトラの攻撃を避け、格闘技のカウンターを狙っていく。


「ボクよりも動きのキレがあるト言ったから、身体能力がそこまで引き上げられましたカ……! ならッ!」


 ヌトラは腰の拳銃に手を伸ばし、一瞬のうちに狙いをつけて発砲する。


「その異能ナラ、多少手荒くてモ問題ないでショウ!」


「させないよ!」


 銃に手を伸ばしたと認識した時には見えない力に引っ張られて宙に浮き、その場を離れていた。


 しのの《魔法》の念力だ。これに任せてずっと空を飛んでいてもしのの限界が限界を迎えるだけだ。……ならここで決めるしかない。


「しの! 剣を貸してくれ! そんでどうにか弾丸を避けて俺をヌトラにぶつけろ! できるよな!?」


「やれるけどユウはヌトラの異能を知ってるの!? 突っ込んでも負けるよ、だってあれは――」


「いける! ()()()突破できるはず! ……いや、絶対やる!」


「そこまで言うなら任せるよ! 全力でサポートはするから!」


 もう一度異能で作られた剣を投げつけ、しのは俺とヌトラを交互に見る。距離を測って気合を入れる。最後の攻撃の準備を終わらせ、俺の体を一気に加速させる。


「何をやるのか分からないけど、《上書き》の底力を見せちゃえ!」


「まずはペラペラうるさイ貴方から仕留めマス!」


 ヌトラは腕をピンと張り、俺目掛けて何発も弾丸を飛ばしていく。


「当たれバ空を飛ぶ異能モ効果を失いマス! そのまま叩き落として終わらせまショウ!」


「当てさせないよ! ユウ、落とさないように剣を握ってて!」


 急旋回、急停止。物理法則を自身の異能でねじ伏せながらしのは俺の体を強引に振り回す。そんな無茶な動きに身を任せ、弾丸の雨を掻い潜っていくのをなんとか目で追う。


「島のヌシに比べたらまだマシだ……! マシなはずだ……!」


「フム、異能のコントロール相手に狙撃は無理ですカ。ならば攻撃の瞬間を迎え撃ちまショウ。その剣ごと一瞬で砕キ、終わらせマス!」


 よく見るとヌトラの手に膜のようなものが見える。あれが異能をことごとく無力化してきた能力なのだろう。


 だがそんなことはもう関係ない。その手に向かって俺は剣を振りかざす。


「無駄だ! その能力は知ってる! 相手の異能の弱点を見つけ、言葉にし、無効化する! 言うなれば――《検知》能力だろ!」


「「――――は……は?」」


 ヌトラとしのの声が重なって響く。それも2回。一度目は俺の放った言葉に対して。二度目はヌトラの手に正面から斬撃を入れ、未だ顕在の剣を見て。


「ユウ、もしかしてヌトラの異能を()()()()()()()()()()()()()()()()の!?」


「何言ってんだ! あいつはいちいち能力の粗を口に出して無効化してたんだ! この分析は間違っていない!」


 しのの驚嘆に覆い被せるようにして言葉を紡ぐ。俺が言葉にした俺が正しいと信じる現象。それで世界を上書きする。


「何を検討違イなことヲ! いいですカ、ボクの異能は《中和》! あらゆる異能を無条件ニ打ち消す力!」


「都合のいい嘘をつくなっての! 証拠も何もないだろ、そんなの!」


 反論を試みるヌトラに向けて即座に剣を振るう。ヌトラが何を言おうとも根拠が無ければ俺の異能の前では妄言でしかない。


 その反撃まで読んだうえで勝負を仕掛けている。屁理屈を潰したいのならそれを超える理屈を用意してみろ、というわけだ。


「この、ふざけタ……ふざけタ! ふざけタ! 真似をおおオッ!!」


 ヌトラは自分の異能を発動させ、諦めずに俺に殴りかかるが、異能のぶつかり合いは先程と変わらずヌトラに勝ちの目はない。


 かと言って屁理屈を潰すだけの言葉を考えればそれは剣が直撃するチャンスを与えるようなものだ。今のヌトラはひたすらこちらの剣に耐える以外の選択肢がない。


 ここまでくれば残った道はふたつ。俺が疲労の限界を超えて精彩を欠いた瞬間を狙われるか、ヌトラが精魂尽き果て倒れ伏すか。


「いいヤ! このボクが! 子供の思い通りになるナドありえなイ!!」


 そんなさなか、斬撃を受けたヌトラが激しく歯を食いしばり、かっと目を開く。その眼光は俺の剣を見据え、それに向かって手を伸ばす。


「何度やったってこの剣は消せないっての!」


「消す……? 同じ攻撃を繰り返ス貴方とは違いマス!!」


 ヌトラの鞭のようにしなる腕は俺の振るう刃を受け止めもせずすり抜ける。そのままヌトラと俺の腕が接触する。


「は……!?」


 剣の軌道はヌトラの体を外れ、何もない空中に線を描く。その間にもヌトラは体を捻り、体重を乗せた重いパンチを放とうとする。


「ボクは異能しかない貴方とは違ウ。異能ではなク、軍人としての技量で叩き伏せれバ良かったのデス」


「しまっ……」


 勢いを殺せず止まれない俺。そこに攻撃を当てるだけのヌトラ。


 攻守の逆転。おまけにこちらに防御の手段はなし。


 屁理屈を考えるのに何秒かかる? それを口に出すまでにはさらに何秒必要だ? 今この思考も重大なタイムロスだ。


 それでも頭に溢れるのは反撃のための理屈ではなく、これができなければならないのに、という使命感。


 何か、言葉を。屁理屈を――


「少し手を焼きましたガ……これで幕引きデス!」


 チェックメイトの拳が振るわれる。かくしてそれは俺の顔の()()()を貫いて――


「何が……この、ボクがこの距離で外しタ……?」


「――《幻惑》! ヌトラの異能が使えないなら、嵌めるのは今だよね! ――ユウ、後は任せたよ!」


「しの、ありがとう! 最後は任された! 決めてやるよ!」


 精神干渉の《幻惑》。詳しくは知らないが、その力でヌトラの渾身の一撃を無力化したのだ。体を動かし、こちらも最後の一撃を出そうとしながらやっとそこまで理解が追いつく。


 頭よりも先に体が動く。反射的に出した最適解が間違っていないことを確認するかのように、ワンテンポ遅れて思考がまとまっていく不思議な感覚。


 最後に放つ屁理屈はもう決まっている。昔、こんなことができれば便利なのに、と適当に考えていたあの攻撃。


 攻撃を外したヌトラの一歩、いや二歩前に出て振り向く。狙うは背後。


「ヌトラ! お前は体力も精神力も限界だ! その状態で首への当て身を耐える術はない!!」


 右手に握った剣を強く握って大きく振りかぶる。それに反撃できるほどの動きのキレは、体を無理にでも動かす精神力は、ヌトラにはもう残っていない。


「ク……ボクの体が言うことを聞かなイ……!」


「しのの剣で精神力を削り切り! 俺の異能で意識を飛ばす! これが俺達の最強の二連撃!!」


 無防備なヌトラの首へ剣を突き立てる。血しぶきは飛ばないし、死ぬことも、ましてや傷一つつかない俺達の現実離れした一撃。


「グ、……あ、ああアアッ!!」


 それでも決着をつけることはできる。それはまるで演劇の一幕のように、斬り伏せられた無傷の軍人が倒れ伏す。


「こんナ……道理に合わなイやり方で……ボクが敗れルなんておかしい、おかしイッ!!」


 意識が途絶えるその刹那。断末魔の代わりにヌトラが声を絞り出す。こんな結果は認められない、と。


「……異能の研究をして《中和》なんてものを作ったくせに分かってないのか」


 もう聞こえているかも分からないヌトラ。倒れた彼を見つめながら勝利宣言をつきつける。


「異能は無茶をするための力だぞ。道理に合わないことをやってのけてこその異能だっての」

 

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