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ぶつかってきた酔っ払い  作者: 莉猫。
12/14

十二話



「えっ...そ、それは...」



返事を考える暇もなく、ただただ戸惑っていると、彼女は何か決心した顔になり、腕をぶんぶん振り回した。


「お願いします。

一人じゃ、どうしようもない場所にあるンです」


この人に何があったか話さない理由はよく分かっている。

だからこそ部外者の私がいきなり家に行くなんて、そして汚された靴を回収して、何故靴が汚されていたのか聞いて良いのだろうか。其れか靴が汚された云々には触れないで、普通に靴を取る協力をした方が善いのだろうか。

というか一人じゃどうしようもない場所って一体...

迷っている間も彼女は手を離さない。白く温かい手でしっかり握られた手はそう簡単には解けてくれない。


彼女を見捨てて逃げる方法もある、無断で靴を取って逃げようとしたのだから、端から見れば窃盗と同じだ。しかし、彼女には彼女なりの理由がある。


考えた末、ゆっくりと息を吐き、彼女に向かって云った。



「分かった。靴、取りに行こう。

そしたら私の靴も返してくれるよね。」



彼女の丸眼鏡越しの目がキラキラと輝いているのが分かる。頬は

紅潮し、眉毛も上がっていることからかなり驚いているようだ。


「い、善いンですか!?」


「勿論。」


「わ、分かりました、案内します」と云い、物凄い強さで腕を引かれる。遅れないように、慎重に玄関付近の段差から下りようとすると、大事な事に気が付いた。


私、靴履いてない...


彼女は私のローファーを履いて全速力で走ろうとする。段差を下りて店から出ると更にスピードを上げたのが分かった。腕を強引に振り解き止めようとしたが、上手く息が合わず、転びそうになってしまった。一寸待って!待ってと叫ぶと丸眼鏡の彼女は急に止まった。

スピードを出し続け、ブレーキが効かなくなった私が後から派手に滑り込む。手の平と膝に掠り傷が出来てしまい、白かった靴下は黒ずんでいる。


「済みません...若し善かったら、此れ...」


彼女は着物の袖の辺りからガーゼ取り出す。袖の何処にあったのかは分からないけれど、普通のガーゼだった。

足を付いて傷口を抑えていると彼女は「一寸待っててください」と云った。


数分後、彼女が手に持っていたのは藁で作られた下駄。下駄なんて履いたことが無かったけれど、此れなら靴下だけより未だマシだ。


「革靴は高くて手が出せませんでしたが、せめてもの償いです、どうぞ。」


ん、と頷き下駄に足を通す。

立ち上がって少しだけ歩いてみると鼻緒に中った親指と人差指が痛かった。履き心地は良いけれど少し不便な印象だ。

海に行くときサンダルを履く機会があるけれど、あれも歩きにくくて苦手だ。

この下駄を履いて長時間歩くのは中々キツいだろう。


「ありがとう」


丸眼鏡の彼女に礼を云い、スピードを緩めてもらって歩き出す。

どのくらい歩いただろうか、街並みはすっかり田舎に変わり、山

や田圃が目につくようになった。

何処からか子どもの笑い声やの叔父さんの声が聞こえてくる。

田舎でも豪華な家は豪華だ。瓦のある二階建ての木造建築、茅葺き屋根、畑や松の木の庭のある家...都会ではモダンな印象が強かったけれど田舎も田舎なりの良さがある。白い窓のある家を眺めていると、彼女の足が止まった。


見えたのは田圃のとある一角。

その端に見覚えのある革靴が落ちている。私のものとそっくりで、一瞬私の靴が落ちているのかと我が目を疑った程だ。しかも其の靴には此れでもかというくらいベッタリと湿った泥が付いている。


私と丸眼鏡の彼女は靴の近くに駆け寄った。

すぐ側が土手になっていて、置くというより投げた方がその位置に来るような場所にあった。土手を下って田圃に下りて取る方が確実だけれど、其れもしたくない。だから一人じゃどうしようもないと云ったのだろう。

成る程、田圃に浸からないように取りたいって事だね。

と云うと彼女はコクリと頷いた。



「ですが如何やって取りましょう...手を繋いで...とか」


「うーん」


丸眼鏡の彼女の提案を想像してみると、田圃に頭を突っ込む私が見えたので却下と云った。



「とりあえず家に何かあるかもしれないので、道具を取りに行きませんか」



「うん...」




家に行く_____か。


千洩チビよりまともな相手が遂に出来るかもしれない。

否、いきなり友達だからと偽って家に入れさせてもらうのも中々強引か。

何時になったら寝床を探せるのだろう。


俯き気味に彼女の横を歩いていると、後方からラアラア歌う誰かがいることに気が付いた。

五月蝿いな、と何気無く振り返くと、片手に酒瓶を持ってふらふら揺れながら歩く千洩の姿が目に入った。

真っ黒な外套に煙草、小さい癖に大股で此方に向かって歩いてきている。目は閉じているのか開けているのかはっきりしない。

千洩のことだから飲み過ぎて意識もはっきりしないのだろう。




何でこんな所に!





「丸眼鏡ちゃん、スピード上げよう」


丸眼鏡ちゃんじゃないです、と戸惑う彼女をよそに、中原から離れた。



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