十三話
連れてこられたのはこじんまりとした茅葺き屋根の一軒家。茶色の泥の付いた壁には鍬や金槌が立て掛けられており、周りは石垣で固められていた。家から一寸進んだ先には畦道があり、その奥には田圃がずっと続いている。
先刻とは違う田舎の景色だ。千洩の下宿先に少し似ており若しかしたら、と思ってはみたけれど此処は都会から少し離れた田舎町。
気の所為だと思うことにした。
其れに此の家はいい感じの雰囲気だ。丸眼鏡の子も優しそうだし、私の靴を返してくれた後、相談に乗ってくれるかもしれない。否、いきなり未来からやってきたなんて云っても信じてくれない。此処は慎重に様子を見ることにしよう。
「私の部屋を案内しますね」
丸眼鏡ちゃんはそう言い、私を部屋に案内した。
部屋に入ると焦茶色の卓袱台が目に入った。丸眼鏡ちゃんは卓袱台の向かいに正座し、座ってと催促した。
「う、うん」と返事をして正座し、周りを見渡す。
部屋は畳部屋で壁に赤いきらびやかな着物が垂れ下がっている。おめかし用だろうか、黄ばんだ障子の奥には縁側があり、丸眼鏡ちゃんのいる後ろの棚には本や、見たことのない物が沢山飾られていた。
レトロな部屋...
大正とか、明治とか、その時代を描いた映画の世界に出てくる部屋みたい。暫く着物やアンティークな時計を眺めていると彼女が口を開いた。
「如何したンですか?」
不思議そうに部屋を見回しているのがバレたのだろう。
急な問い掛けに「あっ」とだらしない声が出た。
「何でもないです。一寸珍しい物があったもので...」
「若しかして此れですか?」
丸眼鏡ちゃんは立ち上がり、電車の置物を卓袱台の上に乗せた。
所々が剥げた赤色の車体に、起き上がりこぼしや飴玉、マトリョーシカ等がデザインされている。其れもシールのように車体の至るところに貼り付けられており、車体も車輪もニスを塗ったように輝いていた。しかも、車窓には私が見た帽子を被ったサラリーマンや着物、ドレス姿のお洒落な女性、学生帽の男の子や学生の女の子が表情豊かに描かれている。
「此れは...」
顔を上げて丸眼鏡ちゃんを見上げると彼女は待ってましたというように顔を綻ばせた。
「錻のおもちゃです。手に入れるの大変だったんですよ~、東京でしか売られていない限定商品なんですから」
丸眼鏡ちゃんの熱が籠った言葉に圧され、錻で出来た電車に触れてみる。車輪もリアルそのもので、持ち上げて裏返して見れば車輪と車輪の間の凹凸も車両との繋ぎ目も精密に作られていた。
現在は錻のおもちゃなんて発売されていない。面白いねと会話し乍ら電車を棚に片付けていると見覚えのあるものが目に付いた。
キューピー人形?
「何か、持ってきますね」
「へっ...? あ、うん、分かった」
丸眼鏡ちゃんを見届けた後、キューピー人形の方に向き直り確認してみる。お腹の部分を触るとぷにゅっとその部分が凹んだ。紛れもなくキューピー人形だ。こんな昔からあったんだ...
色々探す機会かもしれない。好奇心が収まらなくなった私は丸眼鏡ちゃんが来ないことを確かめ、棚を見つめた。人形やバスを模した錻の置き物、絵画、何れも知らないものばかりで興味が湧いた。
本を見てみるとどうやら教科書のようで、丸眼鏡ちゃんの名前や学年が書かれていた。
...折井...桜子...桜子ちゃんって云うんだ
此処で漸く丸眼鏡ちゃんの名前が判った、桜子ちゃんが来たらちゃんと名前で呼ぼう。
そう思いつつ意識は棚の方に取られていた。私の数倍分厚い本やら付箋付きの辞書やらノートやらが無造作に棚に押し込まれている。此の量は一年間でやる量じゃない、私達が使っている便覧がこの時代では教科書になっているようなものだ。
教科書の背を人差し指で押し、傷が付かないように出した後山積みにする。科学、生物学、算術、近代日本史
名前を聞くだけで勉強したくなくなる教科ばかりだ。しかもノートを開けば複雑な計算式やら難しい言葉がズラッと並んでおり目眩がしそうだった。唯でさえ勉強嫌いなのに、昔の人は偉いなぁ...
ノートの量も教科書と同じくらいある。
勝手にノートを見てしまった罪悪感で手早く片付けていると足音がした。即座に方向を変え、卓袱台の側に正座すると数秒足らずで桜子ちゃんが見えた。
「御待遠様。」
楕円状のお盆が卓袱台に乗せられ、湯呑みが添えられる。
同時に羊羮も来た。
「座布団は、いい?」
「大丈夫。有り難う」
何て気遣いが出来る子なんだろう、私も見直さなければ。
湯呑みを自分の方へ運び覗いてみると茶柱が立っていた。
「縁起が良い」




