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勇者は婚約者が大嫌い!  作者: えあきる
3/9

貴方なんて許さない!

「クロエさま、シャフト家の方より贈り物を預かっております」

「……全て処分しなさい」

 承知しました、と手紙と両手いっぱいの花束を抱えた侍女が下がって行った。

 ここは王宮にある門衛棟の白百合騎士団団長室。この棟は、他に4つの騎士団団長室がある。その他の部屋と比べるとやや華麗さが目立つこの部屋は、代々の白百合騎士団団長より受け継がれた部屋だ。白百合騎士団の起源はおよそ三百年前、当時のデヴェリア家の女性が設立したものだ。

 それ以前から女性騎士は存在していたが、騎士は男性の世界。女性は男性の輪の中に入らざるを得ず、男尊女卑の目立つ、女性にとっては劣悪な環境だったという。そんな中彼女は、男性にも負けない力と知恵で戦況を有利にし、女性ばかりを狙う悪党を討ち取るなど、それはそれは多くの功績を打ち立てた。その結果、王に認められた彼女は、我が国初の女性で構成されて白百合騎士団が設立したのだった。

 彼女の功績があったからこそ、今も白百合騎士団は存続しており、特に女性に支持されている。何故なら、世の中には男性にしか分からない問題があるように、女性にしか理解されない問題があるからだ。

 それを理解しない、調子に乗った新人騎士なども時にはいるが、そういう者はこちらから丁寧な指導をした後、所属する騎士団長から厳しい指導をされる。騎士団長からの指導よりも、こちらの丁寧な指導の方がよっぽど恐怖らしいけれど、世間知らずにはちょうど良いだろう。

 さて、現在私は、机に置かれた各書類に目を通しては判を押し、時折指摘を記載したメモを挟みながら事務作業をしている。これも立派な騎士団長としての務め。

 ですが、そろそろ身体を動かしたいですわね。

 背筋を伸ばして、ホッと息を吐いた。近くにいた侍女が「お茶でもお淹れしましょうか?」と訊ねるので、私は「お願いするわ」と伝えた。

 そして、最後の書類を目を通して判を押した。

「休憩後、シャーリーさまの元へ向かいますので、誰か着たらそのように伝えてください」

 お茶を淹れ終えた侍女に伝え、私は香り立つ紅茶を口へ運んだ。

「良い香りね」

「それは良うございました。シャーリーさまからクロエさまに、と頂戴しましたお茶でございます」

「そうなのですか? ではお礼も伝えましょう」

 花と果実の香りが、鼻孔を擽る。荒んだ心が癒やされるようで、とても心地が良かった。

 お茶を飲み終えた私は、部屋を後にしてパラスのシャーリーさまのお部屋へと向かった。

 門衛棟からパラスへは、中庭を通って行く。中庭に差し掛かると、木を眺めては困った様子を見せる召使いがいたので声を掛けた。

「どうなさったの?」

「くっ、クロエさま!? いえ、あの、その、」

 私の突然の登場に驚いたようで、召使いはしどろもどろになってしまった。ふと、彼女の頭に召使いたちが付けるメイドキャップがないことに気付いた。

「貴女、キャップはどうなさったの?」

「あのっ、実は先ほど風に飛ばされて……」

 つつ、と彼女の視線が真上に上がる。それに合わせて私も視線を上げると、メイドキャップが木の枝に引っていた。

 状況を理解した私は、彼女に少しだけ木から離れてもらい、詠唱を始めた。

「舞い上がれ、風よ」

 私の身体を風が纏い、ふわりと宙に浮かんだ。跳躍するような感覚で木の枝に目掛けて飛び上がり、引っ掛かったメイドキャップをそっと取った。そこからゆっくりと降りて、私は召使いの彼女にメイドキャップを渡した。

「自分の髪と一緒にピンで留めると飛ばされ難いと聞いたわ。今度から気を付けなさいね」

「は、はいっ! ありがとうございます、クロエさまっ!!」

 真っ赤な顔をした彼女は、深々としたお辞儀を繰り返してお礼を繰り返す。

 シャーリーさまを待たせている私は、急いでいるから、と断りを入れ、その場を後にした。

「クロエさま……素敵」

「そんな貴女、今なら順番待ちすることなく、クロエさまファン倶楽部に入会可能でしてよ」

 私に恋にも似た感情を抱く召使いの少女が、何処からともなく現れた侍女から誘われて“クロエさまファン倶楽部”という非公認の倶楽部に入会するなど、私は知る由もないのだった。


 ◇


 王族が居住するパラスは、広さとしては然程のものではないが、その装飾はどの棟よりも豪華絢爛なものになっている。壁や天井の一枚一枚を歴史上の名だたる著名な作家が描いており、初めて訪れた時は見上げ過ぎて首が痛くなったことを覚えている。

 入り口から奥へと進み、階段を昇った先にある部屋がシャーリーさまの部屋だ。

 私はドアにノックをして「クロエです」と声を掛けると、「どうぞ」と鈴のような声が中から聞こえた。

「お疲れさまです、クロエ」

 ソファに座って本を読まれていたシャーリーさまが、花も綻ぶような表情で私を迎え入れた。

 シャーリーさまは、私より三歳年下だ。そのお顔はまだ幼さを残し、とても可愛らしい。ウェーブの掛かった若草色の髪は、本来なら背中まで長さがあるのだが、今は綺麗に纏められている。大きなエメラルドグリーンの瞳はシャーリーさまがアナスタシア王国の姫であることの証であり、次期国王となる者の証でもある。白磁機のように白く綺麗な肌は汚れを知らず、薄紅色の唇は花が綻ぶように笑みを浮かべていた。

「こちらへ掛けて。クロエにお茶を、私にもお願いね」

「畏まりましたわ、シャーリーさま。クロエさま、少々お待ちくださいませ」

 シャーリー専属の侍女は礼をすると、すぐにお茶の準備に取り掛かった。

「シャーリーさま、お贈りいただいたお茶、ありがとうございました。とても美味しかったですわ」

「そう、それは良かったわ」

 私の言葉に、うふふとシャーリーさまは微笑まれた。

「どちらのお茶なのですか? 是非他のものも試してみたいのですが」

「実はね、クロエ、貴女の言うお茶は私が用意したものではないのよ」

 悪戯っぽく笑む彼女に、私は首を傾げた。

「では、誰が?」

「ジルさまよ」

「…………」

「……クロエ、綺麗なお顔が台なしよ」

 口元を盛大に引き攣らせた私を見て、シャーリーさまはクスクスと笑いながら、先ほど注がれたばかりの紅茶に口をつける。

「シャーリーさま、どういうことですの? 私がジルを嫌いだと言うことはご存知でしょう? 先日の試合でもジルを窘めて下さりましたわよね?」

 拳で机を叩きたくなる衝動を抑え、私はシャーリーさまを睨んだ。

「クロエ、貴方がジルさまを嫌いなんて……。騎士たるもの、嘘はいけないわ」

「嘘など、」

「それに、それとこれとは話が別よ。そもそもあの時は、許可も得ずに乙女なクロエの大切なファーストキスを奪ったことに怒っていたのであって、決してジルさまとの婚約を否定したわけではありません。そうでなければ、今貴女とジルさまが婚約している筈ありませんわ」

「……言わないで下さいまし」

 私は爪が食い込むほど、拳を強く握り締めた。


 ◇


 先日行われた試合は、その名も“勇者クロエ花婿選定試合”。その発端は、私の発言から始まった。

 魔王討伐後、落ち着く間もなく王族へ籍を異動し、溜まりに溜まった騎士団長の職務を熟し、そうこうしてようやく落ち着いた半年後、今から一年近く前の話だ。

 陛下に呼ばれた私は、陛下の待つ謁見の間へと馳せ参じた。

「クロエ、ただいま参上いたしました」

 陛下に呼ばれたため、髪を結われ化粧を施し、夜会等でしか着ないドレスに身を包んだ私は、陛下へカーテシーをする。

 陛下の横には、私の父である騎士総統司令―ジーク・フォン・デヴェリアがいた。私と同じ白銀の髪を撫で付けており、そのコバルトブルーの瞳は、普段は鋭く人を律するような双眸をしているが、今は驚きに大きく見開いていた。

「ほほっ、そなたの団服以外の姿を見るのは何年ぶりだったかな? あの勇ましい我が国の勇者が、これ程美しい姫になるとはな」

「お褒めに預かり光栄ですわ、陛下」

「いやいや、決して世辞ではないぞ。なあ、ジーク」

「えぇ、陛下。我が娘ながら、シャーリーさまにも劣らない姫だと自負しております」

「言うではないか」

 ふふふ、と娘自慢を始めそうなお二方を慌てて抑え、私は呼ばれた理由を訊ねた。

「そなたに見合いの話が来ておる」

「見合い、ですか……」

 陛下の御前だということを忘れて、一瞬げんなりとした表情をした。一瞬だったものの、陛下と父は苦笑していた。

「失礼いたしました。何分、結婚する気もありませんでしたから」

「結婚、しないと?」

 陛下と父は、驚いた様子で私を見つめた。

「はい、私は勇者として国に身を捧げると誓った身です。この命が尽きるその日まで、私はこの国の守護者として生きていくつもりです。結婚するのであれば、子を産むのであれば、家族のために子のために身を尽くしたいと考えておりますので、その使命も果たすことが困難になります」

「しかし……」

 陛下と父は狼狽えた。

 私の言うことも、強ち理解できてしまうからだろう。私は、ニヤリと心でほくそ笑んだ。

 誰が、あんな自分の地位と名声と自尊心を満たすことしか考えていないような男たちと見合いしてやるものですか。

 伯爵位を持つ家の娘ということもあり、夜会や茶会に出ると何度か誘われることもあった。しかし、王族になった途端にその数は倍以上となった。

 その事実を、私がどう受け止めるかご理解いただけるでしょうか?

 王族に籍を置いたとは言え、王位継承権は最も低い位置にある。しかし、それでも王族の一員になれるという事実は、あまりにも魅力的なのだろう。常に自身の力で爵位を守る我がデヴェリア家には理解に苦しむ話だ。

「話は以上でしょうか? であれば、私はこれで失礼させていただきますわ」

 そうして去ろうとした、その時だった。

「いいえ、クロエ。貴女は結婚するのです」

 出口のある扉へ身体を向けると、そこには凛と佇むシャーリーさまの姿があった。

 シャーリーさまの後ろには神官長が追従し、陛下の御前へと進んだ。

「シャーリー、どういうことだ?」

 陛下が訊ねる。シャーリーさまは私の横に並ぶと、陛下にカーテシーをしてから口を開いた。

「今朝、夢の中で神よりお告げを賜りました。先ほど神官長とも確認し、確かに神からのお告げであると認められました」

「なんと」

 謁見の間には、私たちの他に数名の執事と侍女がいるだけだったが、シャーリーさまの言葉に皆一斉にざわつき始めた。

「シャーリーよ。そのお告げは、先のお前の言葉に関係することなのか?」

「はい、陛下。ちょうどクロエもおりますので、この場で発表したいのですが、よろしいでしょうか」

 陛下が頷いたことを確認し、シャーリーは口を開いた。

「勇者クロエに子を授ける。姫巫女に子を授ける。子らは番となり、アナスタシアの導き手となる。故に、アナスタシアの平和を約束しよう」

 鈴のような声で告げられた言葉に、静寂は消え去り、代わりに歓声をあがった。

「シャーリー、その言葉は真か?!」

 陛下の問いに、シャーリーはニコリと微笑まれて頷いた。陛下は破顔される。その隣の父は珍しく呆けていた。恐らく私の顔も同じ顔をしていたに違いない。

 そして、陛下は再び私を見て、重く命令された。

「クロエ、結婚しなさい」

「そんなっ!」

 嫌です、なんて軽々しく言えなかった。背後から前から左右から、期待に満ちた視線を向けられていて、針のむしろに座るよう。

 けれど、私は何とか食い下がった。

「へ、陛下! でしたら、私の希望をお聞きいただけないでしょうか。希望に沿う方でいらっしゃれば、その方と結婚いたしましょう」

「分かった。聞き入れよう」

 一も二もなく、陛下は許諾された。呆けていた父は薄っすら私の思惑に気付いたようで、陛下を止めようとするが、無視されていた。私は、神に祈るような気持ちで条件を伝えた。

「私は、私よりも強い方としか結婚したくありません。私に打ち勝つ方がいらっしゃれば、その方と結婚いたします」

 私の伝えた条件に、陛下の歓喜に満ちた顔は一変し、唖然とされた。

 勇者として選定された私は、魔王討伐する中で多くの戦いに見を投じた私は、アナスタシア王国の中でも一二を争う力を身に着けることとなった。

 つまり、私に勝てる者など、この国には殆どいないのだ。

 陛下は許諾した手前、却下こそされなかったが、勇者の力を使わないことを条件とされた。使う気はないと断ったが、ルールとしてきちんと定めておかないと、使われてしまったら誰も私の婚約者になどなれなくなってしまう、と譲らなかった。使った場合は、強制的に試合に最後まで残った者と婚約するように、と。

 その日の夕方、燃える太陽に大きな虹が架かった。十年前にも見た、神の言葉があった証明だ。私はそれを見て、深い溜息を吐いた。

 それから半年は瞬く間に過ぎていき、そして、私は使ってしまった。勇者の力を。その時は、まさかあの男が私の前に立ちはだかるなど思いもしてなかったのだから――。


 ◇


「何が嫌なのですか、クロエ?」

 ソーサーにティーカップを置いて、シャーリーさまは私に訊ねた。

「すべてです」

 断言した。

 シャーリーは困った様子で、首を傾げられた。

「素敵な方ではありませんか。バルゲンシャ族随一の力を誇る戦士でありながら、現在は我が国の騎士団の参謀としてもご活躍されてます。お顔も、女性ならば一度は目を奪われてしまうほどの美形ですし、物腰も穏やか。今まで目立った女性との噂もなかったようですし、この上なく素晴らしい殿方だと思いますわよ?」

「……そうですわね。少し言葉が足りなかったようですので、言い直しますね。私に対する発言、態度の全てが気に入りませんの」

「……まあ」

 私の余りの嫌悪具合に、さすがのシャーリーさまも思わず閉口された。

「でも、確かにあの方、魔王討伐前と後ではクロエさまに対する態度が変わりましたわね、根本は変わっていませんが」

 シャーリーさまは、くすくすと可笑しそうに言う。何かを含むようにシャーリーさまは言いうが、意図を解せず私は聞き流した。

「……あの方も結局、私の今の立場に目が眩んでいるのですわ」

 王族という立場に。

 それが一番許せなかった。

 ジルは、そういう身分などで人を見るような男ではないと思っていた。しかし、違ったのだ。

 結局、あの男も他大多数の男どもと同じ男なのだ。

 私は、苦々しい思いを飲み込むように、お茶を口にした。

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