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甘めSSふたつ

▼恋人初日


 エレノアは、キッチンで温かいお茶を淹れていた。

 ルイの想いを受け入れて、帰宅して少し落ち着いた頃だった。

 自分が落ち着くために日常茶飯を再現しようとしたのに、やはりそううまくはいかない。お茶の温度も味もいつもの通りにできたけれど、気持ちはざわめくばかりで、彼がいるリビングに戻れない。


(どうしよう……)


 開き直った彼は、とにかく甘い。声も、エレノアを見る目も。

 エレノアが思うよりも前から、彼にはそういう気持ちがあったという。

 この鈍感な妖精をどんな想いで膝に乗せて、どんな想いで血を飲ませてくれていたのだろう。

 エレノアは己の迂闊さにうぐぐぐと頭を抱えたくなる。


(でも、あとは慣れるだけだよね。初彼氏に浮かれる中学生じゃないんだし。相手がちょっと顔良くて声も良くて、ハイスぺの年下? ってだけだし、大丈夫。厳密に私がいつ発生したのかはわからないけど、……もしかしてルイの方が年上の可能性もある? いや重要なのはそれじゃなくて!)


 よし、と決意した。

 お茶がのったトレーをしっかり持ってリビングへ向かう。

 椅子に座っていたルイの傍らに立って、カップを置く。と、彼はにこにこと、


「ありがとうございます。とても良い香りですね」


 背後に薔薇をぶわっと背負っている。まるで少女漫画だ。そうあからさまに機嫌良さそうにされると、エレノアは喉の奥がつまったようになって、うまく言葉が出なかった。なんとか「うん……」とだけ返して、目は合わせない。


 トレーで口元を隠し、あからさまに意識しているエレノア。対して彼はとても嬉しそうだ。


「……一応、確認しておくけど、私は妖精だよ?」

「知っています。これからは君を恋人として扱いますから、そのつもりでいてください」


 そう、恋人。つい二時間前、雨宿りをした小屋の中でキスをされながら、そんな関係に持ち込まれた。


(あれと同じ扱いを、これから四六時中……?)


 小屋では「認めれば楽になる」と悪魔のように囁かれ、丸め込まれて頷いてしまったけれど、――身がもつのかどうか。

 唇に感触を思い出して、エレノアはますます居たたまれなくなってしまう。


「またそんな顔をして。小屋でのことを思い出してしまいましたか?」


 自分がどんな顔をしているのかわからないけれど、ルイを喜ばせる様であることは間違いない。

 テーブルに頬杖をついて艶やかに笑う彼を、ぼうっと見ていた。相変わらず顔がいい。

 彼の手が伸ばされた。エレノアはそこに固まったまま、黙って受け入れる。

 横髪と、耳を触られた。トレーが邪魔だと視線で言われた気がして、おそるおそる下げると「よくできました」とひそやかに褒められた。

 視線と手でじっくり愛されながら、肌に直接、熱を含み込まされていく。


「ん……」

「とろとろですね。まだ余韻が残っていましたか?」


 全身が熱くなって、恥ずかしくて、どこか恐ろしい。

 公式人気投票一位の攻略キャラ『ルイ・スティラス』の恋人扱いには、とてつもない破壊力がある。

 

「こういう触れ合いも、少しずつ慣れていきましょうね。ゲームの男主人公ほど、僕は優しくできないかもしれませんけれど」

「やさしくないの?」

「現に今、君をいじめたい気持ちでいっぱいですよ」


 いじめ。

 エレノアがそうっと後ろに下がろうとすると、今度は腰まわりに腕を回された。背を大きな手ひとつで抑えられて、それ以上後ろには行けない。


「君の呼吸をわざと気遣わないキスをしたいです。君がどういう仕草で苦しがってくれるのか、見ていたいです。……さすがに、まだ控えますけど」

「『まだ』とは」

「それと……ルミーナの前では極力、適切にいきましょう」

「それは同意」


 ではそういうことで、と余裕綽綽に手を放したルイに、エレノアは少しむっとした。自分ばかりが振り回されて、流されている。

 ルイがどんなにハイスぺだって、こっちにも意地はあるんだぞ!


 横から彼をぎゅうっと抱きしめる。「え? は?」と素っ頓狂な声が聞こえて、勝った気になった。

 

「私だって清楚担当の美少女妖精だし、私からの『恋人扱い』、びっくりしないでよね。すごい威力なんだよ! たぶん」

「たしかにこれはものすごい威力ですが……襲われたいんですか?」

「………………………ごめんなさい」


 やっぱり勝てる気がしなかった。





▼店員視点のお買い物


 やべぇカップルが来店した。


 彼氏の方は金髪で、驚くくらい顔がいい。彼女の方は銀髪で、こちらもかわいい顔をしている。明らかに一般人じゃないオーラ。

 二人が来店してきたときは店内が一瞬ざわめいて、すぐに沈黙した。

 こちとら一般大衆向けブティックだ。近頃はデザインを評価されて貴族の相手をする機会も増えてきたけど、今まで会ったどの貴族とも違う気がする。上品ではあるけど、独特の高慢さがない。見たところ服装も庶民的だ。

 二人に合わせるならあれとこれとそれと、と脳内でコーディネートをピックアップしながら、声をかけられるのを待った。一人ならともかく、二人で明らかにデート感を醸し出してこられたら、こちらから近づくのも野暮だ。


 彼氏の主導で、お二人は服を選んでいく。


「これなんてどうでしょう」

「いいけど、私にはかわいすぎないかな」

「十分に似合うと思いますよ」

「背中とか、ちゃんと隠せるやつだよね」

「もちろん」


 ハンガーにかけたままの服の表裏を確認して、彼女の方は「これならいける気がする」と頷いた。そしてこっちを見て、「すみません」と。


「これと同じサイズで、青いのありませんか?」

「少々お待ちください、確認してまいります」


 私は在庫から注文品を持ってきて、彼女さんに手渡した。手が触れたとき、少しひんやりした。――綺麗だけど、人間離れしていて変な感じ。それを言うなら、彼氏の方もだけど。

 彼女さんに試着室を快く貸した。彼氏の方には、その傍のソファを勧めた。


「…………。」


 彼氏すごい待ってる。試着室を見つめて今か今かと。

 それにしても彼女さん遅くない? そんなに手間取る服じゃないのに。なにか変な箇所でもあっただろうか。スカートの向きの具合がわからないとか? そんなことある?


 もしかしたら、着替えは使用人に任せる身分かもしれない。今日はお忍びとか。だったら彼女さんお一人で着替えさせるなんて、失礼なことをしてしまったのかも。

 私は勝手に気を回して、


「よければお手伝いしましょうか?」


 なんて声をかけた。

 試着室の中からは「いえっ、あの、大丈夫です、ほんとに」と慌てたような声が聞こえてきた。本当に大丈夫だろうかと心配していると、ソファの彼氏がくすくす笑った。笑い方すら上品だ。


「お気持ちはありがたいのですが、彼女のことはあまり構わないで大丈夫ですよ。同性の店員さんといえど、彼女を僕以外に見せたくはありませんので……わかってくれますよね?」


 はっとした。

 二人の会話で「背中を隠せるように」と言っていた。それに「同性にも見せたくない」。――肌を見せられる状態ではない、みたいなこと?

 極めつけはあの意味深な笑み!


(の、惚気られた~~~~~~~~~~~~~!!!!)


 彼女の全身にアレが、愛の証みたいなやつが、あるに違いない。

 それはたしかに同性といえども見られたくないな。彼氏の独占欲やばそうだし。ねちっこそうだし。


「ちょっとルイ、変なこと言わないで。勘違いされるでしょ」

「嘘は一つも言っていません。で、着られましたか?」

「着てはみたけど、似合うかわからなくて」


 おそるおそるカーテンが開かれて、彼女さんが姿を現した。

 太腿までゆったり隠す濃紺のニットと、レース調で甘めの白いスカート。青い瞳の彼女さんのために作られたような似合いっぷりだ。


「どう、かな」

「とても綺麗ですよ。このまま着ていきましょうか。どこか苦しかったりはしませんか?」

「大丈夫だよ。いいねこれ。うん、着てみるとしっくりする」

「では店員さん、お会計をお願いします。ああ、静電気で髪が服に張り付いていますね。……すみません、そこの金色のバレッタもください。それとタグを取りたいので、鋏をお借りしても良いでしょうか?」

「はい、ただいま」


 言われたとおりにきびきび動く。

 ちなみに中央硝子ケースに陳列していた金色のバレッタは、細工の細かい一点ものだ。値段もそれなり。彼氏さん値札見てなかったけど確認しなくて平気か、と思ったけど、お買い上げの服との合計金額を告げても涼しい顔で貨幣をぽんと出された。――貴族ではないけど、庶民の中でも特殊な富裕層か。


 彼氏は買ったばかりの金バレッタで、彼女さんの髪を手早くまとめていく。顔良し金払い良し声も良し彼女第一で、手先まで器用なのかこの彼氏。逆になにができないんだ。

 結局彼らは、入店から退店まで注目を集めたまま去っていった。


 私もあんな彼氏ほしい。

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