おばけの屋敷
「ひっ」
今度はフィリアだった。今、暗闇に瞳のようなものが見えた。やはり誰かいる。
「誰かいますか~?」
「ちょ、エル!」
フィリアが慌ててエルリックの口を押さえる。しかし遅かった。暗闇の中からメキッと、床が軋む音が――ゆっくりと、近付いて来たのだ。一歩ずつ、床を軋ませながら……。
フィリア達は動くに動けなかった。それでも音は着実に近付いており、察するにもう目の前にまで迫っていた。ゴクリとアベルが唾を飲む。
そして――。
「ゥゥ……アアアッ!」
突然闇から浮かび上がる人の顔。その顔は異常に青白く、頬は痩け、口から覗く歯は半分が抜け落ちていた。が、三人にそんなことは関係ない。あまりに驚いた三人は声を上げることもなく玄関までダッシュで戻った。
そして玄関に着くや否やフィリアは口を戦慄かせ声を張り上げる。
「ななななななにななになに!? え、え、え、え、え、え!? 何!? 見た!? 見た!?」
対してアベルはというと、声は出さないがヘビメタのライヴにやって来たファンよろしく、首が千切れんばかりに激しく首肯を繰り返した。
「うわぁ、わたしおばけ見ちゃったぁ……どうしようどうしようどうしよう!」
聞く限り嬉しがっているようにも思える言葉だが、そんな二人を尻目に一人冷静さを取り戻していたエルリックが口を開いた。
「あれ、おばけじゃないかも」
「――え?」
アベルとフィリアの声が自然と重なる。おばけじゃない?
「前に図鑑で見ただけだからかくしょうは無いけど、もしかしたらあれモンスターかもしれないよ」
「モンスター?」
「うん。ヒトの死体に悪いレイ? が宿って悪さをするモンスターだった気がする。たしか――食屍鬼って名前じゃなかったかな」
「え……じゃあおばけじゃないの?」
今の今まで恐れ戦いたはずのフィリアが、何故かげんなりした様子でエルリックに問いかけた。
「たぶん」
「えぇ? おばけはぁ?」
どうやら会いたかったらしい。と、ここで沈黙を保っていたアベルが口を開いた。
「でもこれって危なくない? 街にモンスターがいるんだよ?」
たしかに――フィリアとエルリックは静かに続きを待つ。待ってはいるがこのあとアベルが何を言うかは二人は予想出来た。
「僕たちでモンスターを退治しよう」
「ハハ、きっとそう言うだろうと思ってたよ」
「ま、モンスター相手だったら恐くないしね」
ということでおばけ退治からモンスター退治へ急遽予定変更。三人は先ほどのキッチンへ繋がる廊下を見遣った。するとメキメキ音を立てながらモンスターが姿を現した。ボロボロの衣服を纏った生ける屍。
「かんねんなさいモンスター! 今からやっつけてやるんだから!」
フィリアがビシッと、人指し指をグールに向かって伸ばす。すると――。
「ゥゥ……」「アアア――」「ゥァ……」「アウゥゥ……」「ア、アァァ」「ウゥゥゥゥウ……」
一体目の背後から二体目三体目と次々グールが湧いて出てきた。
「あ、あれぇ?」
得も言われぬその異様な迫力にフィリアはたじろぐ。その背後に隠れるようにしている男子二人も然り。三人は奇跡的に言葉も交わさずひとまず玄関を出よう動き出していた。が、ふと見上げた屋敷の二階――細工の施された階段の先には更にグールの姿があった。
「もう! ど、どうすんのよ二人とも! 二階にもいるじゃん!」
「た、戦うよ!」
「うん。ちょっとキモチワルイけど、戦おう。やっぱりほっておけないよ」
「よし、よしよしよし! 頑張るぞぉッ!」
フィリアは誰よりも男の子らしく気合いを入れる。それに後押しされるようにアベルとエルリックが臨戦態勢に入った。
「じゃあ僕から提案ね。まずは一階のグールからたおしていこう。で、一体ずつ、三人で戦う。どうかな?」
三人組の作戦参謀エルリックの発案に二人は無言で頷いた。
「えと、じゃあまずは左から行こう」
言ってエルリックはキッチン方面のグールの群れを指差す。
「りょうかい!」
フィリアとアベルは力強く駆け出した。エルリックは早速魔方陣を描き始め、二人の援護の準備を始めたのだった。
「チッ、あいつらビビりやがって。おばけなんているわけねえだろ」
少年はウィッキードロップ・スウィートハニー味を頬張りながら屋敷の前に立っていた。彼の周りにいつもの取り巻き衆はいない。そう、フィリアのドロップを奪ったあの少年である。彼は今一人で屋敷に来ていたのだった。
理由は一つ。おばけ退治なんて馬鹿げたことをやろうとしているであろうあの三人組を笑うために、わざわざ北地区くんだりまで来たのだ。そしてもし、おばけがいたらいたで、それにビビっている姿を見てやろうと考えていた。
ちなみに取り巻きは鶏よろしくおばけに恐れをなして散々に逃げていたりする。そんなわけで今は一人なのである。
少年はコロコロ口の中でドロップを転がしながら屋敷を見る。さて、どこから入ってやろうか――と、その時。
何か倒れるような音と爆発音がしたと思うと二階の窓が突然割れたのだ。少年は慌てて煉瓦塀に姿を隠す。そしてそっと顔を覗かせ二階の窓を見た。すると再び爆発音が――そして窓から飛び出す人型のシルエット。
「ん?」
どこかで見たことのあるそれは二階の窓から飛んでくると地面に落下し、その勢いのままグルグル後転した後、強かに背中を鉄門にぶつけていた。ガシャンッというけたたましい音――というか……死んだ?
「――イテテテテテテ」
ぇぇぇぇえええ!? 生きてるぅぅぅう!? という驚嘆の叫びは喉に詰まってしまったようだった。
「おーい」
と、二階から声が。再び二階に目をやると蒼髪の少年が立っていた。あ、あいつ――昼間の。
「大丈夫ぅーフィリアー」
何? 蒼髪の言葉を聞いてからゆっくりと視線を鉄門に戻す。するとそこに居たのは昼間自分が弱虫となじった相手だった。声に出さないが口が「ウソ」と動いてしまう。
「大丈夫なわけないでしょー! すごい痛いんだから!」
そりゃあ、二階から吹っ飛んでくれば――。
「あと、三体だよー」
「今行くぅー」
言って自分が泣かした相手はスクっと立ち上がった。そして玄関に向かって歩き出す――と、思いきや……。
「とぅッ!」
あろうことか玄関に入らずその手前で勢いよく跳躍――そのまま二階の窓から戻っていったのだった。
まるで夢物語でも見ているような、そんな感覚――現実らしからぬ光景が目の前に広がっていた。少年は一人静かに屋敷を見上げポツリと呟く。
「ウソ」




