おばけと屋敷
おばけを退治――成人男性などが聞けば荒唐無稽と一蹴してしまうかもしれない条件。しかしアベルは本気だった。おばけを退治すれば全て解決する、と。彼は小さく頷き口を開――。
「その話ホント?」
え? アベルがびっくりして振り返るとそこにはエルリックが立っていた。
「エル――」
「その話はホントなの?」
エルリックは再三、確認するように少年に問いかけた。少年は渋々と頷きそれに答える。
「じゃあ、みんなで行こう」
言ってエルリックはアベルに微笑んだ。
「え? 僕だけじゃなくて?」
「うん。だってアベルだけって言ってなかったでしょ?」
「う、うん」
「だからみんなで行こう。そっちの方があんしんだしね」
再びエルリックは微笑む。それを聞いた少年は「あ」と溢し、悔しそうにアベルを睨み付けた。しかし既に二人はおばけ退治しか頭になかった。少年の一団を前にあーでもないこーでもないと作戦を練り始める。と、そこでふと思い出したようにエルリックが少年を見遣った。
「ねぇ、退治したしょうこはどうすればいい?」
確かにおばけを言葉のまま受け止めればそれは実体の存在しない敵であるため、退治した証としてその一部を持って帰る、ということが出来ない。しかし――。
「し、知らねぇよ! それぐらいお前らで考えろ!」
言って少年は舌打ちすると取り巻きを率いてその場を去っていった。するとエルリックはその背中に向かって一言――。
「明日またこの時間にここに来てね~」
もちろんおばけを退治した報告をするためだ。証拠云々の前に再び会わなければ謝ってもらうも何も無い。このような如才なさはマイペースの一面なのかもしれない――とは彼の先生なる人物の講評である。
さて、少年達が去った後、二人は再びお菓子屋へと舞い戻った。そして事の一部始終をフィリアに伝える。
「――っていうことなんだけど……」
一通り説明し終わったアベルはフィリアの様子を窺うように言葉尻を濁した。一方でフィリアは俯いたままうんともすんとも言わず、亀のように頑に押し黙ったままだった。
はてさて何が彼女をそこまでさせるのか――それは簡単な話である。一言で言えばカッコ悪い。何せお姉さんだと褒められた自分がアベルとエルリックに支えられ、しかも二人の前で泣いてしまったのだから。
しばし沈黙が続く。昼の陽射しが窓から射し込み三人を照らしていた。ジリジリ、ジワジワ、肌が熱を帯びていく。それでも三人は動かない。沈黙を沈黙で答える――店内は音一つしない静かな空間へと変貌していた。が、その雰囲気に一番に音を上げたのは意外にもエルリックだった。
「僕とアベルだけだとおばけなんて退治出来ないよ、フィリア」
懇願するような物言いだ。行間に助けて、一緒に行こう、という意味を含めた台詞である。実力で考えればなかなか必要性に欠ける応援要請のように思えるが。
しかし、だからこそエルリックは言った。フィリアが何故そこまで頑ななのかをわかっていたから。彼はマイペース過ぎる程にマイペースであるが、そののほほんとした見た目とは裏腹に、他の二人より、しっかりと友の姿を見ていたのだ。そして出した結論が彼女にプライドを取り戻させる言葉だった。するとエルリックの作戦が効を奏したのか、フィリアは少し頭を持ち上げる。だが、顔はまだそっぽを向き、口は僅かに尖っている。
「……二人で行けばいいじゃん」わたしも行きたいけど。
「フィリアがいないとダメなんだよ。だからみんなで行こう」
「わたし……弱虫、だから」お姉さんなのに。
「そんなことないよ。フィリアは強い。それをちゃんとあの人たちに教えないと」
「強くないもん……」泣いちゃったし。
「強いよ、ね?」
言ってエルリックがアベルに振る。アベルもそれに仰々しく答えた。するとようやくだが、折れて砕けた彼女のハートが形を取り戻し始め、フィリアがチラリと二人に視線を送った。ここまで来れば機嫌が治るのも時間の問題。エルリックは止めにニコリと笑った。そしてフィリアはチラ見を数回繰り返し――。
「……………わかった」
二人の前ではお姉さんになりきれなかったフィリアであった。
とまぁそんな紆余曲折あり、艱難辛苦あり、しかしそれでもなんだかんだで目的地に到着した三人。赤黒く錆びた大きな鉄の門を前におばけ屋敷の全容を眺めていた。
屋敷は歴史を思わせるというより全体的に古ぼけており、蔦や苔類がそこら中に張り巡らされている。窓も所々割れており、入り口のドアは壊れていた。庭には立派な巨木が一本、屋敷に添うようにして聳えており、その周りを子供達の腰辺りまで伸びた雑草が生えている。そして何より全体的に不気味であることは忘れてはならない。空に少し雲が出てきたせいでそれがより一層際立っていた。
「フゥ……行くよ」
そう言って先行するのはいつの間にか機嫌が治っていたフィリアである。小さい体を更に小さく屈ませて鉄門脇の、崩れた煉瓦塀の穴から敷地内へ侵入する。アベルとエルリックもそれに続いた。弱虫でないことを証明するため、仲間の名誉を挽回するため、おばけ退治へいざ行かん。
雑草の海原を掻き分け掻き分け、屋敷の玄関に辿り着く。フィリアは入り口から屋敷内部の様子を見た。内部は広いが窓を植物が覆っているせいで薄暗く、長年人が住んでいないせいかカビ臭い。とりあえず右見て左見て、恐る恐る一歩を踏み出した。
メキッという床の軋む音と共に埃が舞う。口許を手で押さえて更に一歩、二歩と進む。後ろを振り返るとアベルとエルリックも屋敷へ入ってきた。
「ケホケホ……ほこりっぽいね」
アベルは目を細め辺りを窺う。
「おそうじしてないからだよ」
口許を手で覆ったエルリックが答えた。
「ねぇ、ところでおばけってどんなかっこうなんだっけ?」
フィリアは床に転がっているコップを蹴りながら、どちらにでもなく問いかけた。
「えと……白い大きな人みたいだって聞いたことある」
「うん。僕もそう聞いた」
「ふーん、じゃあそいつをやっつければいいのね」
言ってフィリアは気合いを入れるため袖を捲り屋敷内部をぐるりと見渡す。まるでおばけ退治を楽しんでいるかのような眼差しだった。
屋敷は二階建て。一階にはキッチンとダイニングとバスルーム。そして二階にゲストルームとベッドルームがある。ことはまだこの時点で彼等は知らない。
「まずはこっちから行こう」
エルリックは屋敷入口から左、玄関から伸びる三本の廊下のうち左へ伸びる廊下を選択。即ちキッチンへ続く廊下を指差した。重ねて言うがまだ彼等は知らない。とにかくフィリアを先頭に歩き出した。と、その時――。
メキッという床の軋む音が、前方から聞こえてきた。誰もいないはずの場所から……。
アベルは思わず「ひっ」と声を上げてしまう。しかし前のフィリアにギロリと睨まれ咄嗟に口を両手で隠した。
三人はゆっくり足音を立てずに、一歩一歩慎重に歩を進める。すると目の前の部屋に近づくにつれ何やら音が聞こえてきたのだ。それは人の声にも似た――。
「ゥゥ……ゥ……」
まるで呻き声。三人の足はいよいよ止まった。部屋へはあと二歩か三歩で入れるかぐらいの場所でストップする。
「だ、誰かいるのかな」とアベル。
「し、知らないわよ」とフィリア。
「行ってみよう」とエルリック。
そして少しの逡巡の後、フィリアは自らの頬をパチンと叩くと大きく一歩踏み出した。そして雪崩れ込むように一気に部屋に入る。
「誰かいるの!?」
暗闇に向かってフィリアが叫ぶ。対して「ゥゥ…」という返答。一体何が、誰がいるというのか――フィリアが再び一歩踏み出した時、暗闇で赤い瞳が輝いた。




