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三人寄れば  作者: マルク
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プロローグ

 

 エルガディア王国の東部に位置する大都市ミルメース。その広大な土地に存在する妖精の世界――通称妖精街(ピルマルシェ)

 ミルメースに住まう妖精の多くが居を構えるその空間に、妖精ならざる種族の者達が住んでいた。しかしそれはあまり珍しくない。ともかく、住んでいる。

 それは人間族であり、大人が一人と子供が三人。大変仲睦まじく暮らしているらしいが、この物語はその小さな三人の物語である――。


「今日は何して遊ぼっか」

 そう切り出したのは仲良し三人組の紅一点――おてんば娘のフィリアである。溢れんばかりの元気のせいか、腰まで伸びている美しい金髪が楽しそうに揺れていた。

「探険しよーよ」

 はんなり柔らかな口調で話すのはエルリックだ。マイペースを貫く甘いものが大好きな少年である。今日も今日とて茶色いくせ毛は緩やかなカーブを描いていた。

「探険? この前もしたじゃん。ねぇ、アベルは?」

 アベルと呼ばれた少年は首を傾げ、そしてモジモジしながら俯いた。そう、彼は誰よりも優しく、誰よりも勇気を持っているが、誰よりもシャイな男の子なのだ。蒼天を思わせるアベルの髪は恥ずかしそうに風に靡いていた――。

 季節は夏が終わり秋へと移り変わろうとしていた。昼は暖かくても夜は肌寒い――そんな季節。昼食を食べ終えた三人は宿近くの空き地に来ていた。いつもなら特訓の時間であるが、昨日三人の先生なる人物と遠出――簡単に言えば仕事の手伝いだ――したため、その先生なる人物が今日は特訓を休みにしてくれたのだ。

 そして出掛け際、その先生なる人物はお小遣いとして一人につき三百ピラーくれた。フィリア達にしてみれば大金。少し大人になれた気がした。

「ねぇ、じゃあさ。探険の前におかし買いに行こうよ」

 フィリアは三百ピラーを握り締めて目を輝かす。それはアベルとエルリックにとっても十分甘い誘惑だった。二人はこの後どうするかなどすっかり忘れ、フィリアの後を嬉しそうに付いていった。

 妖精街を抜けテティル通りへ。そして通りに面するこじんまりしたお菓子屋さんへ向かう。三人の行き付けのお店だ。到着するや否やフィリアは勢いよく戸を開け店内へ。アベルとエルリックもそれに続く。

「おや、いらっしゃい」

 犬人族の老婆が優しく微笑み三人を迎えた。

「おばあちゃんウィッキードロップあるッ?」

「いつもの棚だよ。しかしフィリアちゃんはウィッキードロップが好きだねぇ」

「うん! だって美味しいんだもん!」

 言ってフィリアは勝手知ったるといった具合でお目当てのお菓子が置いてある棚に向かった。アベルもエルリックも各々買いたいお菓子を物色しているが、周り一面お菓子だらけという夢のような世界に目移りが止まらないようだった。

「ウィッキー、ウィウィウィ、ウィッキードローーップ」

 作詞作曲フィリアの鼻歌を奏でつつ棚の前に立つ。ウィッキードロップは五種類の味があり、中でも特にお気に入りがウィッキードロップ・ハニースウィート味。一粒五十ピラー也。ただでさえ甘いドロップを蜂蜜でさらに甘くしたものである。成人男性が舐めようものなら間違いなく胃もたれを起こしそうな味だ。

 しかし、俄然乙女ロードを邁進中の彼女にしてみればそれは垂涎の一品に違いはない。普段は虫歯になるからと一つしか買ってもらえないが、今日は思いきって二個買ってみよう。三百ピラーもあるんだからそれぐらい買えるだろう――フィリアはゴクリと唾を飲み込んで手を伸ばした。すると――。

「――あッ」

 突然横から手が出てきたと思うと、あろうことか目当てのウィッキードロップをその手が掴んだのだ。しかも三個も。さらに言えば棚には三個しかなかったのに。つまり三個全部持っていったのだ。さすがのフィリアにもわかる計算――三個引く三個は……零。

「あああああッ!!」

 フィリアは驚くやら悲しいやら腹立たしいやら、憎き手の持ち主を見遣った。そこに立っていたのは自分より一回りも二回りも大きい、同じ人間族の少年だった。その後ろには取り巻きの少年達が数人いたがフィリアの目には映らなかった。

 フィリアは様々な感情が入り乱れているせいで言葉が出ない。少年の顔を見て、その手に握られているウィッキードロップを見て、何もない棚を見る。顔、手、棚。顔、手、棚。そしてようやく出てきた言葉が――。

「返してよ!」

 棚に伸ばした手をそのまま少年に向ける。しかし少年はそれを聞いているはずなのに何の反応も見せない。むしろニヤリと笑ったのだ。不敵に、挑発するように、それはいつぞや戦った魔王の笑みを彷彿とさせるものだった。

「返す? まだお前だって買ってないだろ?」

 それはもっともだ。

「でも――」

 と言葉を紡ぐ前にフィリアは自分を落ち着かせようと一つ深呼吸した。そして自分に言い聞かせる。

 わたしはお姉さん、わたしはお姉さん、わたしはお姉さん。そう、わたしはお姉さんなんだ。昨日先生のお手伝いをしている時に「フィリアはお姉さんだな」って言われたんだから。

 だからウィッキードロップは一個でいい。ホントは、今日は先生にナイショで二個買うつもりだったけど、わたしはお姉さんだからがまんする。二個この子にあげる。わたしは一個でいい。

「一個だけちょうだい」

 言えた。わたしはいよいよお姉さんになれたみたい。しかし――。

「やだ。これは俺んだ。お前なんかにやらねぇよ」

 少年は笑ったまま、考える素振りも見せずに答えた。

「え?」

 自分としては最大限の譲歩をしたつもりだった。わたしはお姉さんだから、と。なのに、なのに何故。言葉にならない言葉を胸に、さすがのお姉さんにも限界というものがある。フルフルと体が震えだし、体内に眠る力が目を覚まそうとしていた。

 するとその気配を察知したのか、慌ててアベルとエルリックがやって来た。

「どうしたの?」

「だ、大丈夫!?」

 言いつつ二人はがっしりとフィリアの服を掴んでいた。飛び掛からせまい――そんな雰囲気である。と言うのも本来フィリアには目の前の子供達くらいものともしない力があるのだが、それはあまりにも強大過ぎて先生なる人物に、一般人に対しては使ってはいけないというルールを設けられているのだ。

 翻ってみればそのルールを破りかねないオーラを彼女が纏っていたのだろう。しかし当の本人はそれがわかっていて、だからこそ何も出来ない、言いたいことが言えない――幼さ故の言葉足らずな自分が口惜しいやら悔しいやらで、歯を食い縛り瞳に涙がうっすらと滲ませていた。そんなことを知らずにウィッキードロップを持った少年はさらに増長する。

「え? 泣いてんの? 泣いてんの? うわぁ弱虫が泣いてるぅ~」

 言って意地悪そうに、涙を浮かべる少女の顔を覗き込む。それに同調して取り巻きの少年達も口を揃えて笑った。そして散々フィリアの心を掻き乱した後「行こうぜ」と少年は取り巻きを連れ店を出ていったのだった。

 店には三人だけ。するとその安心感からか、それとも悔しいからか、小さいながらも我慢していたものが溢れだしてきた。

「ゥゥ……ック――ック――ヒッ」

 でも、大声を出しては泣かない。それはフィリアの幼いながらのプライドだった。

「……大丈夫?」

 フルフルと震えるフィリアの背中を撫でながらエルリックが言う。いくらマイペースとはいえその顔は曇っていた。それをアベルはじっと見て、みるみる表情を強張らせていく。

 そして――。

「ちょっと待ってて」

「アベル?」

 アベルはエルリックの呼び掛けが耳に入らなかったのか、返事もせず店を出ていったのだった。


 通りへ出ると少し先に先程の少年の一団が歩いているのが目に入った。アベルは口を真一文に引き結び、疾風の如く後を追った。

「――ロイチョロイ、あんなチビ」

「ねぇ」

 追いつくなりアベルは少年と取り巻きとの会話に割り込んだ。しかし一度では聞こえなかったようなのでもう一度声を掛ける。

「ねぇ!」

「ヘヘヘ――ん?」

 取り巻きの一人がアベルに気付き、それを少年に伝えた。すると少年は面倒くさそうに後ろを振り向き、ジロリとアベルを睨み付けてきた。が、アベルは怯まない。大事な友達を泣かされたのだから当たり前だ。

「ねぇ、フィリアに謝って。それと、お菓子はみんなで食べよう」

「ハァ? 何言ってんの?」

「フィリア泣いちゃったんだ。だから……」

「知らねぇよ。っていうかフィリアって誰だよ」

 少年は悪びれる様子もなく茶化してきた。取り巻きもそれを笑い、アベルの前でふざけて見せる。それははっきりとした悪意だった。

 アベルは感じる。全身が沸き立つ感覚、全身の毛が逆立つような感覚、顔が上気し肩が戦慄く感覚を。そしてそれは一瞬にして弾けた。

「――謝れッ!」

 辺りに響く様な大声。声の主たるアベルですら驚くような、かつて出したことの無い大声だった。少年と取り巻き達は一瞬肩をびくつかせ静まり返った。そして一拍後、少年は無理矢理口を開いた。

「う、うるせぇよ!」

 虚を衝かれたせいで反撃も空振りである。アベルは少年を睨んだまま動かない。

「なんだよ! 文句あんのか!」

「……謝ってよ」

「フ、フン。お前がなんでも言うことを聞くっていうんだったらか、考えてやる」

「ホント!?」

 少年の提示した条件は右から左へ、今の今までキレていたのが嘘のようにアベルの顔は晴れやかになった。

「き、北地区のおばけ屋敷は知ってるな?」

 アベルはこくりと頷く。最近おばけが住み着いたと噂されるオンボロ屋敷だ。子供界隈ではなかなかメジャーな話である。それを確認して少年は続けた。

「そこのおばけを退治してこい。そ、そしたら弱虫じゃないって――謝ってやるよッ」

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