7話 王宮の牢屋
いやはや、どうしてこんなことになったのか。
馬車など簡単に壊せるけど、冒険者の私が暴れたらギルドや他の冒険者たちにも迷惑が掛かるだろう。
それにしても、余裕で馬に跨るこの男が憲兵を従えるとは、どこぞの貴族の馬鹿息子か。
異世界では定番だけど、いざ目の当たりにすると無性に腹が立つ。でも今は大人しく従うしかない。
しばらく走って大きな門が見えてきた。門番の声が聞こえる、どうやら王宮へ着いたようだ。
馬車は門を通り脇道へ向かう。建物の裏側へ回り、石造りの狭い通路で降ろされた。ここからは歩きで地下へと下り、私はとうとう牢の中へぶち込まれた。男は嘲た顔で悪態を吐く。
「いいザマだ、オレ様を舐めた罰はしっかり償ってもらうぜ。平民不勢が、くたばりやがれ!」
そう言って高笑いとともに去っていった。
私は大きく溜め息を吐いて、壁に寄り掛かり座り込んだ。陽気な性格とはいえないけど、牢ともなれば気も滅入る。
そこへ牢番の兵士が私に話し掛けてきた。
「お前は平民か? 貴族に手を出すとは良い度胸だ。まあ、これに懲りてちょっかいは出さないことだな。ところでお前、名前は?」
ちょっかいを出すなと言われても、手を出してきたのはあの馬鹿息子のほうで、こっちはいい迷惑。
「私はクレナイだ、ご忠告どうも」
「クレナイ? あれ……どっかで……」
牢番が私の名前を聞いて何やら思案している様子。頭を指先でトントン叩いて牢の前を彷徨く。
そしていきなり大声で――
「あ! 思い出した! あれだ、巡回の、アルの知り合いだろ?」
いったい何、あれだの巡回だのって……ん?
今アルって言った?
「あなたはアルを知っているのか?」
「ああ、俺と同じ部隊の仲間だ。そうか、あんたがクレナイか、アルから話しは聞いてるよ」
「アルが部隊に?」
「そう、騎士団の歩兵部隊だ。今は遠征がないから交代制でいろいろな仕事を任されてるんだよ」
アルは巡回警備を取り仕切る男だ。街の警備隊だとばかり思っていたのに、国の兵士だったとは。人は見かけによらないって本当だ。
「確か今日は、昼の巡回で王都の街へ向かうと言っていたが、一緒じゃなかったのか?」
「いえ、私は今日お休みの日なんだけど、じゃあ今頃は王都で……」
そう言うと、牢番はニタッと笑って明後日の方向に手を振っている。
「どうやらあんたを迎えに来たようだぜ。オーイ、ここだよここー! あ、俺はリークだ、よろしく」
すると、走る足音と共に、息を切らせた男がやって来た。
「ハァハァ……おーっといたいた。まったく、お前が捕まったって街中が大騒ぎになってんぞ」
「あっ、アル! 来てくれたんだ!」
「ハァ、原因は強盗を倒したからだって? ダグから聞いたよ。お前に火はないことはわかってる、団長に話しは通したからすぐに出られると思うぜ」
「出られる? そんな簡単に?」
アルは自分のことのように、腰に手を当てて誇らしげに話す。
「団長は上位の貴族だ。しかも国王直々の配下なんだぜ。下級の貴族なんか相手にならないね」
「ふ〜ん、そうなんだ。でも何でアルが偉そうにしてんだよ、随分とご執心だなその団長に」
「当たり前だ、我らの英雄だぞ。その名を豪剣の騎士団長ライノス・クレイドル様だ。崇めろ〜」
「プッ、なにそれ。でもありがとう、アル」
アルはこれでもかと胸を張って自慢げだ。隣りのリークも大きく頷いている。
騎士とはそんなに偉いものなのか、まあ、私には関係ないけど。
「しかしお前、随分と背が高いなあ、団長と同じくらいあるんじゃないか? それに、お世辞でも逞しいとは言えないんだが、ほんとに強いのか?」
リークが鉄格子に顔を近づけて私を凝視する。見せ物ではないのでやめてほしい。
どうせアルのことだ、怪力モンスターとでも言っているんだろう。
「馬っ鹿だなあリーク、いつも言ってるだろう? この細い体で強いから格好良いんだよ。素早い動きで敵をバッタバッタと倒す姿は圧巻だぞ!」
「また始まった、クレナイ武勇伝。まあ、お前がそう言うんならそうなんだろう、俄には信じ難いが」
ちょっと意外だ。まさか私を高く評価してくれていたなんて、有難いと言うかなんというか、こそばゆい感じ。頼まれ事でも巡回の仕事をやって良かったと思う瞬間だ。
その後、別の兵士が釈放証明書をリークに手渡して、私はようやく牢から解放された。
「なあクレナイ、せっかく王宮まで来たんだからさ、ちょっと俺らの練習風景を見てみないか?」
アルから突然の誘いに私は驚いた。
なんということでしょう、王宮見学ツアーが無料で参加できるそうです。こんなチャンスは滅多にない、断る理由などあるなずもなく、私は二つ返事で即答した。
しかし、平民である私が王宮を彷徨いていいのだろうか。もしアルが咎められたらと思うと、些か気は引ける。
「行きたいけど、私は平民だよ?」
「それは大丈夫。団長から案内してやれって頼まれたんだよ、迷惑かけたことと日頃のお礼だって」
「ふ〜ん、団長さんって偉いんだなあ」
「へへ、わかればよろしい。ほら早く行くぞ。リークはどうする? 今日は団長もいるんだ、こんな機会は滅多にないぞ、ほれ、ほれほれ!」
リークは地団駄を踏みながら頭を抱えている。仕事を取るか憧れの団長を優先するかの迷い道。
「ああもう! わかった行く! アル、お前も共犯だからな、いいな、絶対だぞ!」
「ええっ?! まあしゃあないか、わかったよ」
どうやらお咎め覚悟らしい。でもなんか良いな、仲間同士って――
私はふたりの後に従い、長い廊下を歩きながら見たことのない装飾品や、念入りに磨かれた床や窓、手入れの行き届いた庭に目を奔らせていた。
アルをガイドに王宮を観て回っていると、ふと背後からいい匂いと気配を感じて振り向いた。
「おおおっ! デカっ!」と思わず第一声。
「やあ、こんにちは。君がクレナイくんかい?」
声を掛けてきたのは背の高い……おそらく人間。私は思わず眼鏡をズラし下から上へパーンした。
なんだこの長い脚に後光が差したような金髪は。しかも金色のまつ毛に陶器の様なお肌、瞳は青いビー玉だ。フランス人形かマネキンか、はたまたアニメの王子様か!
「おおお……動いてる」
私は今、世紀の大発見をしているのでは?
「お、おい……?」
男の問い掛けにも応じず、私は思想に没頭する。これは神の創造か、人間を超越したこの美しさは正に異世界。そうか、これが別世界のものを初めて見たときの驚きと感動かあ……。
「……君、どうかしたのか?」
どうもこうも、自分の顔を見たとき以来の衝撃で声を大にして言った。
「驚きは芸術だ!」
私の声に気づいたアルが、雄叫びを上げて迫って来た。
「ぬおおぉぉ! 待て待てクレナイ! この方が団長のライノス・クレイドル様だ、申し訳ありません団長!」
「構わないよ。クレナイくん、今回はこちらの手違いで不快な思いをさせてしまって、大変申し訳ない」
ああ、女神と寸分違わぬ優しい声。どうしよう、あまりの衝撃に脳みそが揺れる。
あ、アルが私の首を絞めて揺らしていた——




