16話 国境を越えて
山の神様が私にお礼をすると言う。なら、木の実とか山菜とか川魚とか?
「あのね……わあー!」
と言って、いきなり小狐が私に飛び掛かり、顔に張り付いた。
「ブフッ!」
「いま僕の力を少し分けてあげる。静かに……」
小狐の体を伝い、生暖かい風と一筋の閃光が、私の体の中へ入り込み駆け巡った。
驚いて小狐を引き剥がすと、小狐はまた尾を勢いよく振って喜びを表す。
「わーい大成功ー! 僕とクレナイは仲間なのだ!」
私は何がどうなったのか、痛みも無ければ違和感もない状態に、ただ困惑の声を小狐に投げ掛けた。
「ね、ねえ、何が起こったの?!」
「えっとね、いっぱい操る力を入れてあげたの!」
中途半端な説明をありがとう。
おそらく操る力とは、冒険者でいう魔法の類いではないだろうか。魔力のステータスが低い私には有難い話だ。でもどうやって使うのだろう。
「えっと、魔法みたいなもの? 使い方は?」
「んー、こう、エイッ! エイッ! なのだ!」
ダメだ、まったくわからない。これは自分なりに攻略するしかなさそうだ。
「クレナイ〜、力を使ったらお腹空いたの〜」
「あのねえ……ハァ、パンとソーセージならあるけど、食べる?」
「食べるー!」
いい気なもんだ。とはいえ、私もお腹の虫が鳴いたので、一緒に食べることにした。
私と小狐は満腹のあまり、ベッドに倒れ込みいつの間にか寝てしまった――
真夜中。目が覚めてふと隣りを見ると、寝ていたはずの小狐の姿はもうなかった。
おそらく森へ帰ったのだろう。その証拠に、私のシャツと地図が机の上に置かれていた。
きっと私が旅に出ることを知っていたのかもしれない。やっぱり神様だ。
しまった。そう言えば、今日ライがシャツを持って来ると言っていたのを思い出した。
しかし、この時間になっても姿を見せないのであれば、今日はもう来ないのかもしれない。
きっと彼も自分の事で精一杯なんだろう。
シャツの替えもあることだし、朝を待たずにこのまま出発するのも悪くない。
人目に付けば、あれやこれやと聞かれるのも面倒なので丁度いい。
私は必要最低限な物を斜め掛けバッグに詰め、冒険者カードをポケットに入れて、ローブを羽織り、眼鏡と手袋を身に着け、アックスを持って小屋を出た。そしてお世話になった小屋に向かって一礼し、踵を返し歩き出した。
森を出て左へ行けば王都、右へ行けばアントが来た方角だ。ならば左へ進めば国境があるはず、陽が昇らないうちに越えてしまいたい。
新しい場所で太陽を見るのはきっと格別だろう。
しばらく歩いてやっと国境の砦が見えてきた。門の近くまで行くと、国境警備兵がふたり立っている。特に問題はないと思うが、こういった場面はやはり緊張する。まだ夜中とあってか、訪問者の人影はない。
私は警備兵の前に立つ——
「こんばんは。お疲れ様です」
「ああ、こんばんは。今から国境を越えるのか?」
「はい。これから旅に出るんです」
「じゃあ、身分証か、冒険者カードを見せて」
私は冒険者カードを提示した。
「特徴は眼鏡に手袋か……おいクレナイって、君はあの《ハーキュリーズ》の冒険者か! いや、まさかこんな所で逢えるとは、ちょっと待ってろよ!」
と言いって、私の冒険者カードを持ったまま、別の警備兵のところへ駆け寄った。そしてふたりして私の前に立つ。尋問?
「おお、君があの冒険者か。ほ〜う、背は高いが体格は普通なんだなあ。もっとゴツい奴を想像してたよ。あ、引き留めて悪かったな、気を付けて」
「ありがとうございます。では、失礼します」
良かった、ここで足止めとかされたんじゃ敵わない。それにしても、私って結構有名なんだ。でもスキルが有名なだけで、さほど活躍はしていないので、あまり期待はして欲しくないかな。
私は冒険者カードをポケットに入れて、とうとう国境を越えた。
暫しのお別れだ、アラウザル国よ……。
――――
アラウザル国を離れ、私はこれからフェルモントと言う国へ向かう。そこへタイミング良く、草原から朝日が昇る。新しい一日の始まりだ。
ここから先は未知の領域。助けてくれる人もいない、自分だけが頼りだ。
初めから恵まれ過ぎた環境に慣れてしまった私が、どう争い、どう闘い、どう非道になれるのか。
タイムワゴンセールを熟知した私の、過酷なるパンツ強奪戦がこれから始まる!
よし、気合いは入った、後はチキンハートを奮い立せるのみ。いざ戦場へ!
「エイエイ、オー!!」
「アハハ! 随分と威勢がいいな」
不意に背後から声がして、私は思わず振り向く。
「へっ?」
「ようクレナイ。俺のシャツは気に入らないって?」
黒髪を靡かせたイケメンが私を見下ろして腕組みで立つ。なので早急に立ち去ろうと思う。
「あ、レオさん、ど、どうも。ではご機嫌よう」
「おいおい、まあ待てって、別に怒っちゃいねえよ。ライノスから話は聞いた。お前、随分とあいつに気に入られてんなあ、どういった関係だ?」
どうって、秘密を共有する仲間で、それ以上でもそれ以下でもないけど。
ライがどこまで話しているかわからない以上、墓穴を掘る前にここは話題を変えよう。
それに、確認したいこともある。
「えっと、レオさんはもしかして、アラウザルの王子なのでは? 街の人に聞いた特徴とよく似ていますので……違いましたか?」
「ああ、そうだが、それとお前らと何の関係があるんだ。お前とライノスが知り合ったのはつい最近なんだろ? なのにあいつの怒り様は只事ではなかった」
そんなことは私だって知らない。しかし流石は王子、一筋縄ではいかないようだ。
とにかく、まずはこの国を離れた理由を聞こうじゃないか。ライも王女もレオの被害者なのだから。
「では単刀直入に聞きますが、なぜこの国を離れたんですか? 見合いが嫌だったからですか? そのために犠牲者が出ているんですよ、私達のことより、まずはその理由お聞かせ願いたい」
レオは私をジッと見て、そして目を逸らし、落胆した様子で静かに話し始めた。
「……そうだよな、俺もこんな事態になっているとは知らなかった。ライノスや妹には迷惑かけてしまって申しわけなく思ってる、この国を出たきっかけは確かに見合いにウンザリしたからだ。でもそれだけじゃない、この国を発展させるのが目的だったんだ」
「発展? それは伝統的な問題ってこと?」
「ああ……」
レオがまた静かに話してくれた。どうやら私は考え違いをしていたらしい。
伝統の生産用ダンジョンとは蚕、シルクウォームだ。そう、絹糸を吐き出す魔獣。
この国は衣類大国ではなく、絹製品を専門に生産している絹大国ということだ。
そしてレオはそれだけでは国は成り立たなくなると危惧して、新たな方法を求めて探しに行っていた。更に、どの国にも生産用ダンジョンは存在し、衣類に関して不足はないと言う。
但し、綿となると話は別で、いま出回っているものを最後に、どの国も栽培すら行っていないのが現状とのこと。
ライが栽培しているのは実験的なものに過ぎず、ほんの少量の綿花が採れる程度で、失敗も多いらしい。
何とも、私の綿パンの夢はどこへやら……。




