9話 団長!
隆々とした筋肉をひけらかす男が私の前に立った。しかし私はあえて拒否する。
「団長にひとつお願いがあります。その屈強そうな兵士さんは後にして、あの彼と手合わせしたいのですが、よろしいでしょうか?」
私が指差す方へ団長は顔を向けると、顔から笑みが消え、指定された兵士と団長が相槌を打つと、団長は黙ってその兵士を差し出した。
「クレナイくん、お手柔らかに頼むよ」
「承知しました。さあ、今日は小さな刃物ではなく、慣れた剣で向かってきてくださいね」
私の問い掛けに、男は諦めたように眼光鋭く睨む。そして一礼して剣を構える。
「手合わせ、お願いします」
「こちらこそ——」
凛と張り詰めた空気が漂う中、男は剣を振り翳し突進してきた――
「うおーっ! 俺を甘く見るな!」
私はその剣を指先2本で受け止め、男を見据えて告げる。
「そうでした、甘く見た結果がこれですからね、貴族とはそうとう暇らしい。貴方には二度と怪我をさせたくないので、さっさと終わりにしましょう」
私は一歩も動くことなく、指先に力を込めて剣を真っ二つに折ってやった。
男は驚愕とばかりに剣を凝視し、愕然とその場に膝を突いた。
「いや、これは申し訳ない。斧とは違い、剣とはこんなにも脆い物とは知りませんでした」
そこへ時を挟まず、筋肉男が私の前に立つ。
やれやれ、待てのできない犬コロだ。
「お前、クソ冒険者だってな。オレのグレートソードはそう簡単には折れないぜ、せいぜい踏ん張りな」
筋肉男は自前と思しき大剣を肩に担ぎ私を煽る。おそらくこの筋肉男は噛ませ犬。誤魔化しの余興だ。
「では始めましょうか」
筋肉男は力まかせに大剣を振り下す。私はまた指先2本で受け止めた。
筋肉男はニヤリと笑って凄んだ。
「ヘッ、そうくると思ったぜ。このままオレ様の腕力でその細い腕を真っ二つに裂いてやる!」
「そうですか、なら早くやってください」
そう言われて筋肉男は大剣に力を入れるが、大剣はピクリとも動かない。顔や腕に血管が浮き出る。
「クッ、クソッ! 動かねえ!」
「ではそろそろ終わりにしましょう。その両刃の剣の恐ろしさを教えてあげます」
私は剣を支えていた指に力を込めて徐々に押し返す。筋肉男は必死に耐えるが、自分の剣が喉に触れると、恐怖に顔をワナワナと震わせ、とうとう白目を剥いて昏倒した。
おっと、待てより先に伏せを教えてしまった、これは失敬。
私は剣を投げ捨て団長に歩み寄る。
「牢獄体験、どうもでした。では、ご機嫌よう」
と、一言メッセージを告げてその場を去った。傍らでアルやリーク、そして兵士達もただ呆然と立ち尽くし、成り行きを見届けていた。
私だってただ仕事だけに明け暮れていたわけではない。いつかはダンジョンに潜らなければならないだろうと、私なりに鍛錬は積んできた。
その結果、ほとんどのステータスはマックスに達した、これで空が飛べたら完璧超人よ。
それはそうと、この茶番劇を仕組んだのはおそらく団長と貴族の馬鹿息子だ。
しかし確証はない。ただ、メッセージに対して何も語らずということは、私の思い違いではなかったということ。なんにせよ、彼らと関わりを持たなければいいはなし。
私は王宮の高い塀を飛び越えて、急いで小屋へと戻った。散々な一日とボヤきながら、日も暮れたので五右衛門風呂に水を溜め、薪に火を起こし、沸く間に洗濯でもと、上半身裸でせっせとシャツを洗う。
そこへカサカサっと足音が聞こえた。この辺りでは毎日のように猪や熊、鹿などが出没する。
なのでいつものことと、棒切れを片手に仁王立ちで構えていると、現れたのは……なんと団長だ!
「ぎゃああああー!! 団長! な、なんでー!」
慌てふためきながら、タオルをわし掴み体を隠すも、時すでに遅しで、団長は顔を真っ赤にして背を向ける。なんと、一番関わりたくない男に女であることがバレてしまった。大失態!
あ、でもそういえば、団長は女性に興味がなかったような……。
「す、すまん! み、見てないぞ!」
見てなかったらそこまで顔を真っ赤にして狼狽えたりしないはず。まあ、全裸ではなかったので良しとしよう。
理科室の人体模型だと思って忘れてください。さすがに無いか。
「ハァ、どうされたんですか、こんな所まで」
「い、いや、あの、ちょっと話しをと……」
まあ、私を男だと思っていたのだから、団長のほうが驚くのは当たり前か。
でも、絶対的証拠を見られてしまったのだ、もう誤魔化しは効かない、必ず交換条件を出してくると思う。さて、どうしようか……。
しかしも、私のほうが冷静ってなんか変な感じだけど、せっかく訪ねて来てくれたのだから、あまり邪険にするのもかわいそうか、ここは少し様子見だ。
「今お茶でもいれますから中へどうぞ。あ、薪の火を消して下さると助かりまーす」
「えっ、あ、ああ、わかった……薪ね、薪……」
私はすぐ着替えてお茶の支度をしていると、申し訳なさそうに団長が入ってきた。
「狭い所ですがどうぞお座り下さい。珈琲しか無くて、飲めますか?」
「あ、ああ、ありがとう。そ、そのう……」
なぜそこまで狼狽えるのか、ギャップによる拒否反応なのか、逆にこっちが戸惑うわ。
「ハァ、何か? 女性の裸くらい見たことありますよね、まあ、ちょっとゴツいですが!」
「いや、そうではなくて、顔が、あの眼鏡を……」
「眼鏡? ああ、忘れてました。掛けたほうが落ち着くなら掛けますが?」
「そ、そうしてくれると助かる……うん」
意外とシャイなんだ。私のイケメン顔も捨てたもんではないらしい。
そんなことより、団長は何しに来たのだろう。それに、なぜ私の家を知っているのか。
「あのう、よく私の家がわかりましたね?」
「ああ、バーグに聞いてきたんだ。彼はこの街のことなら大体のことは把握しているからね」
バーグか、ギルドマスターなら不思議ではない。私のことは街の人達も知ってるし、情報網をたどれば容易いだろう。
「そうでしたか――それで、私に何か?」
「先に、牢屋の件を詫びたいと思う。大変申し訳ない、ドイルに任せてしまったのがそもそもの間違いだった。素直に直接話せば良かったんだ」
「ドイル? ああ、あの馬鹿息子ですか」
「彼は団員の中でも真面目だけが取り柄みたいな男でな、ああ見えて自分逃避が趣味らしくて、役を演じるというか嫌な自分から逃れられるからと、この役を引き受けてくれた気の優しい奴なんだよ」
芝居にしてはやけにリアルだったけど、それだけ没頭してたってことか。そうとう現実逃避しないとあそこまで入り込むのは逆に難しいと思う。
私はその名演技にまんまと騙されたわけだ、ちょっと悪いことしたかな。いや、私は悪くない。
「彼が騎士団に入ったのは、やはり家柄的な事情なんですかね? 親に言われて仕方なくとか?」
「そうなんだ。彼を許してやってはくれないだろうか、私にできることがあればなんでも言ってくれ」
私にとっては好都合。これで条件は五分五分になった、痛み分けってところか。
「なら、交換条件と言うことでよろしいですか?」
「交換条件とは?」
「彼を許す代わりに、私が女であることを秘密にしていいただくことが交換条件です」
「ああ、そのことか。そんな交換条件などしなくとも口外などしないよ。君が男装するのにはそれなりの訳があるのだろう? それを口外する権利も資格も私にはないよ。秘密は守る、安心してくれ」
「えっ、いいんですか? 本当に?」
「ああ、もちろんだ。それとこれとは別だ。他に何かできることはあるかい?」
こうも人の良さを全面に出されると、私もそうそう強気には出れない。でも信用したわけじゃない。
私を貶めた理由を聞かせてもらうまでは。
団長にできること……あ、なら是非パンツを。




