彼1
タクシーを降りて真守の乗るタクシーを見送ると、百合は深く溜め息を一つついた。
車、どうしよう。なんでタクシーに乗っちゃったんだろう。一緒にって言われて、気が緩んでしまったのかもしれない。いや、真守が気づかなかったことが、ちょっとだけ癪に障ったのかもしれない。私、ノンアルしか飲んでないのに。
車だから、乗ってく?帰るなら送るよ。って、何で言えなかったんだろう。
同窓会に行くのは二度目だった。みんな割と仲の良かったクラスで、卒業の時に二~三年置きに同窓会をやろうよって言ってたのは、三年前期に生徒会長をやった野中哲弥だったか。その言葉通り、高校二年の冬休みにあった同窓会には、仲の良かったヨッチこと影野芳美と一緒に出席した。あの時は、今日みたいな疎外感を感じることはなかった。むしろ、知らない時間を埋めるように、密着して暖かかった。
学生時代の同窓会に行くと、みんなあの頃に戻ったみたいに打ち解けちゃうよね。
そんな言葉を言ったのは誰だろう。よく言われている言葉のように思うが、全然違う。クラスの全員がいるわけじゃない。それは仕方がない。ヨッチだっていなかった。そもそもヨッチは成人式にも出なかった。そう、そこからして今日という一日を過ごす不安感のようなものはあった。それでも、あの頃みたいに打ち解けるつもりで、出かけた。けど、どうだろう。親し気に話をしている風ではあったけれど、ふとした時に感じる違和感のあるみんなの目の動き。流れる視線。すきま風が通り過ぎるように、寒く感じた。
帰ろうかな。そう思ってタイミングを見計らっていると、マモ君こと木崎真守が幹事の笠原和人に耳打ちし、いくらか渡しているところが目に入った。あ、マモ君も帰るんだ。そう思い、これがタイミングだと、マモ君が笠原和人から離れて出ていったタイミングで、同じように笠原和人に声をかけマモ君を追いかけた。
なんでマモ君だったのか、自分でもよくわからない。ただ、マモ君と仲の良かった森田海斗がいなかったことには気づいていたし、周りと交わっているようで、どこか所在なさげなところに自分との共通点を見たような気がしていた。
マモ君とは中学で三年間同じクラスだった。特別に仲良くしてたわけではなかったが、一度だけ席が隣になったっことがあり、普通に言葉を交わすことはあった。この、普通にというのには、自分的には感情の動きを大きく乗せないという意味でもある。つまり、好きでも嫌いでもない、人畜無害でいつも冷静なマモ君なのだ。三年間同じ教室の中にいたことで、自分なりに理解したマモ君の性格だ。
「寂しくなっちゃった?」
そのマモ君の言葉には、少しだけカチンとした。すべてが理解できたような言葉に聞こえ、同情されたような気がして、もう埋められない時間だとつい口が滑った。お互い知らない時間があるのが当たり前だと、私だって、わかってる。気が付いたら、マモ君の腕に自分の腕を絡め、マモ君の肩に頭をもたげていた。
なぜそんなことをしてしまったんだろう。今までマモ君に感情の動きを乗せてこなかったのに。自分でもわからない。ただ、行動の結末をどうしていいのかわからず、車が止まるまでそうしていた。
「飲んできたの?」
家に入ると車の音がしなかったことで、母の喜代美に問われた。我が家の車庫は裏口を出たところにあって台所に近いため、車の出入りには気づきやすいのだ。
「ちょっと気分が悪くなったからタクシーで帰る子に便乗しちゃったんだけど、タクシー待ちで外で話しているうちに直ってきちゃったみたい。悪いんだけど、駅まで送ってくれる?ひと晩おくと料金上がっちゃうし」
「はいはい、しょうがないわね。気分はもういいの?運転できる?お父さん頼む?」
「ううん、大丈夫。運転もできそうだから送ってくれるだけでいいよ」
駅にとんぼ返りする形で着くと、駅前にいる別のクラスの集団に出くわした。それこそ、気付かれでもしたら居心地がよくない。その集団と離れたほうの通路を通り、駅の反対側に向かうことにした。できるだけ顔をそちらに向けないようにしながら。
「リリー、リリーー」
気付かれた。うわ~っ、誰よ……と、顔を向けた途端、こちらに手を振りながら駆け寄ってくる美咲が目に入った。これは酔っているなと、ひと目でわかるほどの昂揚した顔と、普段は決して出さない声高だった。
「リリー、どこにいたの~?全然姿が見えなかったじゃ~ん」
「そりゃそうだよ、クラス違うじゃん」
「え~?そうだっけぇ?」
しっかり酔っている。美咲は小学校から、いや、幼稚園から一緒で、中学一年の時にも同じクラスで、離れたのは二年からだった。だからよくよく考えたら、同じ教室にいたほうが長かったくらいだ。
「美咲、帰るの?私、車だけど乗ってく?」
「えぇ~?まだ帰りたくな~い。リリー、もっと飲もうよ~」
「えぇ?私は車だよ、飲まない飲まない」
そんなやり取りをしていると、こちらに向かって理沙が駆け寄ってきた。美咲が一番仲良くしている子だ。私は同じクラスになったことがない。
「佐伯さん、ごめんね~。美咲、すごく飲んじゃってて、めちゃめちゃご機嫌なんだよね」
「そうみたいね。連れて帰ろうか?」
「ありがとう。そうしてもらえるといいかも」
「えぇ?やだ~理沙~もっと一緒にいる~みんなと一緒にいる~」
「はいはい。帰ろうね」
先ほど、マモ君に絡めた腕を美咲の腕に絡め、その反対側の手を遠巻きにしている集団に振りながら、美咲は「楽しかったぁ~」と言って、前を向いた。
そうだ。こんなふうにできたらよかったのかもしれない。こんなふうに馴染めていたら、知らないでいた時間も埋められたのかもしれない。
「リリーがいてくれてよかった」
美咲がポツリと言ったその声音が気になり顔を向けると、美咲の目からは涙が溢れていた。
「随分と酔っちゃってるみたいだね」
「そんなに酔ってないんだな、これが」
「なにそれ」
「なんかさ、寂しくなっちゃったっていうのかな、そんな感じで……」
「永遠じゃないこと、わかっちゃったよね」
「わかってたけど、本当にわかっちゃったっていう感じ」
「取り戻そうとしてた?」
「うん。でも、違った。違ったけど、もう元に戻せなくて」
「それで、あんなに酔ってるふりしてたか。でも私も同じ。わかるから」
傍観者……そんな言葉が浮かんだ。美咲にとって、私はそのクラスにはいなく、とっくに永遠から離れた相手だったから、振りがいらなかったんだ。そう思ったら、自分のマモ君への行動も同じだったかもしれないと思い至った。
マモ君は、私からしたら、ただの傍観者だったのかもしれない。私も、みんなと同じだ。マモ君のことを永遠から外していた。
美咲が言った言葉が目の前に浮かんだ。
マモ君がいてくれて、よかった。
いつかきっと、私が生きていくこの先に、永遠でなくなったものが愛おしくなる日が来るんだろう。
そう、思えた。




