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[連載版]祖国に「死んでこい」と言われた王女ですが今日も敵国で元気です  作者: 蒼黒せい


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第5話

 今日着る服、これから着る服をメリッサが選び、それをベアトリスは纏った。

 白い生地をベースにした、フワフワのレース多めで可愛らしいワンピースだ。


 残りは空だった馬車に詰め込まれていく。


(あんなに着る予定なんて無いのに)


 無駄な支出。その分を民に回せばいいのにと思いながら、ベアトリスは自分のお金ではないのだからと口を挟むのをやめた。

 経済を回すため、お金を使うのも王族の義務だ。

 ただ、どうしても自分のために使う気になれない。

 服も装飾品も、自分が身に着けるよりも、身に着けたい人が着ければいいとしか思えないのだ。


 その後、部屋には夕食が運び込まれた。

 今までパン一つと、スープとすら呼べないただの野菜くず入り塩水だったベアトリスにとって、その夕食は豪華極まりないものだった。

 パンはカゴに山盛りにされ、サラダには新鮮野菜がこれでもかと鮮やかに輝いている。温かな湯気を漂わせるスープに、食欲をそそるソースのかかった肉塊、白いソースを纏う魚のソテー。部屋の隅にはこれらが済んだあとのデザートがテーブルに並ぶのを今か今かと待ち望んでいる。


 料理が並べられたテーブルに座り、ベアトリスはじっと待っていた。

 それを、メリッサは不思議そうに見ている。

 いつまで経っても手を伸ばさないベアトリスに、ついにメリッサがしびれを切らし、声を掛けた。


「ベアトリス様、お召し上がりになられても、よろしいのですよ?」

「えっ?他にはいないの?」


 ベアトリスの返事にメリッサは不思議そうに首を傾げた。

 他とは、一体何の事なのだろうと。


「だって、こんなにもいっぱい、パーティーでも開くのでしょう?」

「いえ、これはベアトリス様だけに用意されたものでございます」

「私、こんなには食べられないわ」

「大丈夫でございます。残ったものは、使用人のほうに下げますので。食べたい分だけどうぞ」

「そう。なら…」


 メリッサは一安心した。

 まさか、他にも誰か来ると考えているとは思わなかった。

 しかし、ようやくベアトリスが手を伸ばしたことで、食べる…そう思っていたところで、またしてもメリッサは首をかしげる事態に陥った。


 ベアトリスが取ったのは、パン一つに、スープ。そして小さな取り皿に二口で終わりそうなサラダだけ。


「あとは下げて」


 平然とベアトリスは言った。

 これにはメリッサは困惑する。


「べ、ベアトリス様?たったそれだけでよろしいのですか?」

「ええ。いつもこれで十分だもの」


 むしろこれ以上は食べられそうにない。

 長年の極小食生活で、ベアトリスの胃は限界にまで小さくなっている。


(それに、もうすぐ死ぬ私が食べるよりも、これから生きる人たちに食べてもらったほうが、料理も幸せなはずだわ)


 ベアトリスはそれでいいと、サラダを口にする。

 端切れでも根っこでもない、野菜の本来食べられる箇所とは、なんと美味しいのかとベアトリスは感激していた。

 シャキシャキの野菜は噛んで数回で飲み込めるほどになってしまう。


(根っこは何回噛んでも繊維が強くて飲み込めないのよね。あれはあれで美味しいけど、やっぱりこっちのほうが美味しいわ)


 サラダはあっという間に無くなってしまい、次はパンに手を伸ばす。

 柔らかくふわふわなパンは、手で簡単に千切れてしまった。王宮で出された、いつ焼いたのかすら分からないカチカチのパンとは大違いだ。

 歯応えがなさ過ぎて、あっという間に口の中から消えてしまう。


 最期はスープだ。

 火の通った野菜など、いつ以来か。サラダの野菜も柔らかかったけど、こちらは輪を掛けて柔らかい。噛む必要すらないほどに煮込まれており、噛もうとする方が難しい。たっぷりと出た野菜の甘味と、肉のうま味、そして適度な塩味は、ベアトリスとして生まれてから最高のごちそうと言えよう。

 一匙一匙ゆっくりと口に運ぶ。


 スープも飲み終え、ベアトリスの食事は終わった。

 しかし、それにメリッサは不満をあらわにした。


「…ベアトリス様、そのこちらのステーキなどは召し上がりませんか?お肉はお嫌いでしょうか?」

「好きでもないけど嫌いでもないわ」


 ベアトリスにとって、食事とは栄養補給でしかない。

 そう思っているのだが、メリッサにはそうもいかないらしい。

 メリッサは小皿を何枚も取り出すと、ベアトリスが手を付けなかった皿から少量を切り分け、移していく。

 それを、食事を終えたばかりのベアトリスの前に並べた。


「メリッサ、私はもういらないわ」

「はい、聞いております。ただ……せめて一口、召し上がりませんか?」


 並べたメリッサがベアトリスへと顔を向ける。

 そこには眉尻を下げ、何かをこらえるかのような表情があった。


(どうして、メリッサはそんな顔で私を見るの?)


 何か彼女の感情を刺激するようなことがあっただろうか。

 しかしベアトリスには分からず、かといって、わざわざ切り分けられた料理を前に、それまで下げさせるのは無粋な気がした。


「いただくわ」


 フォークを手にしたベアトリスを見て、メリッサは露骨にホッとした様子を見せた。

 既に一口サイズに切り分けられた肉。それをフォークで刺し、口に運ぶ。

 パンでも野菜でもない、肉の感触。噛めば溢れる肉汁の存在感を、ベアトリスはこの人生で初めて味わった。


(そういえば、肉ってこんなものだったわね)


 自分には縁遠いものだと、本気でベアトリスは思っていた。

 それがこんな機会に、それも敵国に来てから恵まれるというのは皮肉なものだ。


 一口の肉をゆっくりと噛み締め、飲みこんだ後は魚のソテーだ。

 こちらも、魚のホロホロと崩れる食感を久々に感じる。このコクはバターだろうか。

 そうして一口料理を、どんどん食べていく。

 その様子を、メリッサは無表情に見えるようでほんの少し口元の口角を上げながら見ていた。


 一口ばかりといえど、ベアトリスの小さいお腹にはそれだけで負担だ。

 デザートも一口サイズでメリッサに用意してもらい、食べ切る頃には満腹という、水以外で初めて感じた感覚に困惑した。

 ベアトリスが苦しそうになっているのは、メリッサにも分かったのだろう。

 彼女は謝罪した。


「申し訳ございません。苦しくありませんか?」

「いいえ、大丈夫よ」


 少し苦しいが、大丈夫だろう。

 今度こそ料理は下げられ、テーブルの上には何もなくなった。


「ふぁ……」


 はしたなくも、訪れた眠気につい口が緩んでしまう。


「お疲れでございましょう。ゆっくりお休みくださいませ」


 メリッサは隣室にいると言い、ベルを鳴らせばすぐに来てくれると言った。

 彼女が部屋から下がり、ベアトリスは部屋に備え付けられた寝台へと乗った。

 ふかふかで手触りが良く、離宮にあったものとは何もかも違いすぎる。

 変な臭いもしないし、むしろ太陽の心地よい香りがする。

 これ以上ないほどに柔らかな布団にくるまると、ベアトリスの意識はあっという間に眠りの世界へと旅立った。




 ****



 隣室に下がったメリッサは、しばらくして音の聞こえなくなったベアトリスの部屋へとコッソリ入った。

 そこには、寝台に既に潜り込み、小さく寝息を立てるベアトリスの姿があった。

 それを確認したメリッサは来た時同様こっそりと部屋を後にする。


 そして、一度宿の廊下に出ると、ティルソンのいる部屋へと向かった。


「メリッサです」

「どうぞ」


 中からの返事を受け、メリッサは中に入った。

 ティルソンがいる部屋は、ベアトリスのために用意された部屋の半分ほどの部屋だ。

 彼の立場を考えれば分不相応に小さい部屋だが、意外にも彼はこういう狭い部屋が好きだ。


 ティルソンは何か書き物をしていた。

 きっと、王子に報告するための報告書をまとめていたのだろう。

 ティルソンに促され、メリッサは椅子に座った。


「ベアトリス様は床に就きました」

「そうか。……さて、貴女から見て、彼女はどう思う?」


 メリッサはその問いにしばし考え、そして出た結論を口にする。


「摩訶不思議です。何もかもちぐはぐであり、それでいてイヤな感じはしません」

「だよね。ぼくもそう思う」


 報告書から顔を上げたティルソンは、メリッサの意見に同意だと頷く。


「見た目だけなら孤児。いや、孤児だってもうちょっとまともだ。それなのに、振る舞いは並の王族より王族らしい。あれほど堂々と国境をまたぐ姿なんて見たことが無いよ。まして敵国に、だ」


 ティルソンの意見に、メリッサも同意だと頭を下げた。


「はい。にもかかわらず、さきほど衣類が無いからと服を用意すれば、明らかに趣味の悪い衣服を手に取りました。あれは、自分が何を着るかに無頓着な者の特徴です。さらに、食事を用意すれば、パンとスープと、少量のサラダだけで済ませようとしていました。体を見て、どんな食生活だったのかと思いましたが、あれなら納得です」


 いつもは無表情な侍女が、珍しく怒りという感情をあらわにしている。

 それをティルソンは面白いものを見たと思いつつ、ため息をついた。


「そう。明らかに彼女は虐げられている。何も持たせてもらえなかったところから見ても彼女は捨て駒で、人質としての価値はない。そしてなにより、あんな彼女をそのままこちらにに引き渡したホスティス国。……舐めてるね、うちを」


 いつもは柔和な笑みを崩さないティルソンが、こちらもまた珍しくその赤い瞳に不快感を漂わせている。


「…あの国は、また何か仕掛けてくる。間違いないだろうね」

「はい、ですが血判状があります。侵略は不可能なはずです」


 血判状。

 それは魔法によって、契約を結ぶもの同士の血を捧げることで出来る契約書であり、それを破れば重い罰を受ける。

 今回、戦勝国となったソーシアス国は、ホスティス国王に血判状を用いた契約魔法を執り行っている。

 その内容が、ホスティス国の兵士が国境を越えれば、国王の命をもって償うというもの。

 つまり、侵略行為を不可能にするものだ。


 だが、ティルソンはそれであの国が諦めるとは思っていない。

 今回のベアトリスの輿入れはそれを示唆するものだ。


(ベアトリス王女殿下は見るからに可哀そうな少女だ。でも、たとえどんな境遇にあろうと、それがソーシアス国に、そして王子の害となるのであれば、容赦はしないよ)


 ティルソンは書き途中の報告書を眺めなら、そう思う。


 虐げられ、捨て駒にされながら、それでも王族としての矜持を崩さないベアトリス。

 彼女のことを、ティルソンはヴィンセントから聞いていた。

 曰く、「見るからに孤児としか思えない、美しい金色の瞳をもった王女がいた」と。

 まさかそれが輿入れされるとは、ヴィンセントも思わなかっただろう。


(あいつにしては熱が入っていたな。よほど面白かったんだろうが、確かにあれは面白かった)


 ヴィンセントがベアトリスについて語っていたとき、いつも冷静な顔にしては珍しく楽しそうな様子だった。

 その彼女と対面したとき、ヴィンセントはどんな顔をするだろう。

 それが今から楽しみだ。


「いずれにせよ、現時点ではまだ判断できない。ぼくらの役目は、ベアトリス王女殿下をヴィンセント王子の下まで連れていくことだ。彼女が何者かは、それから考えても遅くはない」

「そうですね」


 そう言ってメリッサは自分のあてがわれた客室に戻っていった。

 ティルソンは書きかけの報告書に戻ることにした。


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