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[連載版]祖国に「死んでこい」と言われた王女ですが今日も敵国で元気です  作者: 蒼黒せい


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第6話

ソーシアス国の王都までの旅は順調だった。

馬車から眺めるソーシアス国の村や町の様子は、どこも活気にあふれ、その豊かさを如実に示している。

最初に滞在した街だけが特別なのではなく、国全体が豊かだ。


―――ホスティス国とはこうも違うのか。


その道中だけで違いをまざまざと見せつけられたベアトリスは、己の使命を再認識した。


(この豊かさがあれば…ホスティス国もきっと豊かになるはず)


活気がなく、俯いて死にそうな顔をした民が、道行くソーシアス国の民と同じように笑って過ごせるようになる。

それがベアトリスの、王族としての責務だと信じて疑わない。

そのためには、ソーシアス国侵略に当たって最大の障害であろう、ヴィンセント王子を排除することが大事だ。


(一体どんな方なのかしら)


王都を目前にし、そこでようやくベアトリスはヴィンセント王子へ興味が向けた。

すぐに殺し、殺されるだけ。

興味を持つことなど意味がないのに、この豊かな国の王子がどんな人物なのか、気になった。

もうすぐ会えるのに、ベアトリスは珍しくも鼓動が早鐘を打っていることに気付く。


(なにこれ。私は、何をドキドキしているの?)


自身の変化に戸惑っているうちに、馬車は王都への門をくぐった。


「わぁ…」


窓から王都の街並みを眺めていると、素直に感嘆の声が漏れた。

街が明るいのだ。

それは、太陽が出ているとか、建物の外壁が白いからといった、物理的なものではない。

雰囲気が明るいのだ。

ここまでの道中で見てきた村々も明るかったが、王都は一層明るい。


行き交う人々の表情は様々で、喜怒哀楽が溢れている。その中でも、喜と楽が特に多いと感じるのは、きっと気のせいではないだろう。

整えられた街並みは、新しい建物はもちろん、古い建物も修繕が行きわたっており、決して古めかしい感じをさせない。

街の要所要所には警備兵が立っており、治安の維持も欠かさない。


そこには、ベアトリスが理想とする街があった。


この街から奪えば、ホスティス国は豊かになれる。

しかし、そう思った瞬間、逆の思考が生まれた。


―――この街を襲えば、ここにいる人たちの笑顔は失われる。


浮かんだ思考を、ベアトリスは隅に追いやる。


(…私は、ホスティス国の王族なの。ホスティス国の民の幸せを考えなければ)


自分の立場を思い出し、迷うなと自分に問いかける。

その間にもどんどん馬車は進み、いつの間にか王城の城門をくぐっていた。


見上げるほどに高く、堅牢な城門をくぐった先には、見事な城があった。

窓から見える範囲でも、城の巨大さ、見事さが分かる。

長年維持されてきた城らしく、時代を感じさせる。だが、見事に磨かれた白い壁からは古いという感じはせず、城という機能を見事に果たす機能美の美しさがそこにあった。


(ホスティス国とは大違いね。あっちは……嫌味臭い驕りを感じたわ)


見せつけるような城。それがホスティス国の城から感じたものだ。

だが、ソーシアス国の城には、どっしりとした安心感がある。

城とはかくあるべき。それをまざまざと見せつけられた気持ちだ。


そう考えているうちに馬車は止まり、ティルソンが降りる。ついでメリッサも降り、最後はベアトリスだ。

ティルソンのエスコートで降りた先には、王城の玄関までの道をたくさんの使用人が並び、ベアトリスを出迎えてくれた。

そしてその道の先に、ベアトリスは見覚えのある姿を見つけた。

遠目に見てもはっきりと分かる、夜を溶かしたような黒髪。漆黒を宝石にした黒き瞳。黒い軍服を纏ったその姿は、かつてベアトリスの前に転移したあの男性そのものだ。


ティルソンのエスコートに従い、使用人たちの間を進みながら、男性へと近づく。


(違う人で、あって、ほしい)


ベアトリスの心臓は早くなっていく。

どうしてか、ベアトリスは近づいている男性が誰だか予想がつくのに、それを否定してたくている。

だが、無情にも男性の目の前で歩みを進めたとき、ティルソンの口から無情な答え合わせが行われる。


「ヴィンセント王子殿下、ベアトリス王女殿下をお連れしました」

「ご苦労」


(ああ、やっぱりこの方が…)


ベアトリスの心に、落胆と悲しみの感情が広がる。

あの時、離宮に現れた彼こそが、ベアトリスが殺さなければならない相手。


彼の漆黒の瞳が、ベアトリスを捉える。

あの時と違い、まともな衣服を身にまとったベアトリスの姿を、ヴィンセントは一瞬見開くも、次の瞬間には冷たい瞳で見下ろした。


「よく来たな、ベアトリス王女。私が、あなたの結婚相手であるヴィンセント・ソーシアスだ」


見た目が同じなら、声も同じだ。

低く、通りがいいバリトンボイスが耳朶を刺激する。


「ベアトリス・ホスティスでございます。ヴィンセント王子」


ベアトリスはカーテシーをしながら、これから自分がどうすべきかを必死で考える。

考えても、ベアトリスには、ヴィンセントを殺すという選択肢以外ない。

それなのに、自分でも何を考えているのか分からないくらいに、必死に考えている。


(私は…この人を殺さないと、いけない)


とりとめのない思考に翻弄されながら、ベアトリスはヴィンセントにエスコートされて王城の中へ連れられて行く。

初めて触れた彼の手は、細くて長く、そして冷たい手だった。


王城の中は、多くの人が忙しそうに行き交っている。

だが、誰もが誇りをもって仕事をしていることが分かり、真剣な顔で会話があちこちで繰り広げられている。そこには怒声などまったく響いておらず、耳を塞ぎたくなるような騒音は無い。

廊下も丁寧に磨き上げられているが、そこには見せつけるような自己主張を感じない。


同じ王城の中なのに、その違いをベアトリスは無表情ながら内心呆けた気分で考えていた。


(一体何が違えば、こんなにも違う城になるのかしら)


ベアトリスが何も声を上げず、ただエスコートされるがままの状況下で、ヴィンセントもまた彼女を連れて行くだけで話しかけることはしない。

栄養不足で成長が遅れているベアトリスからすると、ヴィンセントは大人と子供ほどの身長差があった。見上げなければ彼の顔は見えず、エスコートされている今では全く分からない。


(ヴィンセント王子は、今一体何を考えているのかしら。輿入れに来た王女が、私でがっかりしているのかしら?)


そうだとしたら申し訳ないが、いずれお互い死ぬ身だ。

そのがっかりを早く消し去るのも自分の役目だとベアトリスは思い直す。


そうしていると、ヴィンセントはあるところで足を止めた。


「ここから先が、私たちが住む王子宮になる」


道の先には四角い建物があった。見上げると、2階建てと思われる。

白いレンガを積み上げて作られたそれは幅だけでも数十mはありそうで、高位貴族の屋敷と同等と思えるくらいの大きさがあり、居住のためだけの建物にはいささか大きすぎる気がした。


そのまま王子宮へと足を踏み入れる。

中も白い壁紙を貴重としており、日が差し込んでいると少しまぶしい。広い玄関ホールには大きな中央階段があり、吹き抜けの構造になっている。外から見ると大きいが、部屋が多いわけではなく、この玄関ホールが建物の半分を占めていた。


玄関ホールを抜け、中央階段を上る。


「1階には簡単な軽食やお茶を用意できるキッチンと、浴室、倉庫などがある。2階は私たちの部屋だ」

「2階すべてが、ですか?」

「そうだ。といっても、全ての部屋を使う必要はない。いくつかは、すぐに使用人が入って来れるよう、待機部屋でもある」


まさかこの広い2階すべてが私室になるとしたら広すぎる。

持て余すだけだと思っていたが、必要な分だけ使えばいいということで安心した。


「ここがあなたの部屋だ」


そう言ってヴィンセントに通されたのは、白を基調としながらも、落ち着いた内装の部屋だった。

家具は全て揃っており、いずれも高級品であることが窺える造りだ。

天蓋付きのベッド、細かい模様が刻まれたテーブル、美しい造形の椅子、大きな鏡の付いた鏡台。その奥には衣裳部屋もあり、最初に訪れた街でメリッサが選んだ服がどんどん運び込まれていた。


「そこの扉の先が、夫婦の共有寝室となる」


ベアトリスの心臓が一際大きく高鳴る。

それは、ヴィンセントと夜を共に過ごすことへの期待や不安といったものではない。

彼と一緒に寝台を共にするとき、それが彼の最期であり、自分自身の最期でもある。


「長旅で疲れているだろう。今日は休むといい」


そう言ってヴィンセントはさっさと部屋を出ていった。

残されたベアトリスは、メリッサに促されて椅子に座り、お茶を用意している彼女の後姿を見ながら、これからのことを考えていた。


(いよいよね)


つい、手が胸元で輝くネックレスを握り締めた。

この中に入っている毒薬をヴィンセントに飲ませれば、それで自分の役目は終わる。

寝台に行くと、大抵の男性はアルコールを取る。

そのアルコールにこっそり毒薬を混ぜれば終わりだ。


ベアトリスは、自分に迫った大役を前に、緊張で乾いた喉を潤してくれる紅茶を待っていた。

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