67話 神様
気がつけば、見知らぬ場所にいた。
「……ここは?」
見渡す限り、白。
地面らしきものは白い霧に覆われていて、足を動かす度、ふわふわとした感触が返ってくる。
空も白い。
雲の中……ということなのだろうか?
でも、不思議と明るくて、視界に困ることはない。
影すらなくて、どこまでも均一な白が広がっていた。
「……なるほど」
これは、たぶん……
「私、死んだのですね」
声に出してみると、すとんと胸の奥に落ちた。
驚きはなかった。
悲しくもなかった。
自分でも不思議なくらい、あっさりと事実を受け入れることができた。
たぶん、心のどこかではわかっていたからだろう。
あの時、体から大切なものがこぼれ落ちていく感覚がした。
最後に見たのは、泣いているフィーの顔だった。
「……フィー……」
胸が痛い。
自分が死んだことよりも、あの子を泣かせてしまったことの方が、ずっとずっと、何倍も辛い。
ずっと傍にいると約束した。
一人にしないと誓った。
……なのに、私は約束を破ってしまった。
「……最低ですね、私は……」
「そこまで自分を責める必要はないと思うけどね」
「?」
突然の声に驚いて振り返ると、一人の女性が立っていた。
絶世の美女。
腰まで伸びた髪は、赤、青、金、黒……見る角度によって色を変えている。
まるで無数の宝石を束ねたように、きらきらと輝いていた。
白い肌は陶器のように滑らか。
整った顔立ちは人間離れしていて、同性の私でも見惚れてしまいそうになる。
「やっほー」
見た目に反して、第一声は、ものすごく軽かった。
「……こんにちは」
「おっ、ちゃんと挨拶ができるんだ。偉い偉い。普通、死んだ直後にこんなところへ連れてこられたら、もっと混乱するものなんだけどね」
「混乱はしていますよ」
「そうなの?」
「はい。混乱していますが、かといって、挨拶をしない理由にはならないと思います」
「真面目だなあ」
女性は楽しそうに笑った。
神秘的な外見と、妙に親しみのある態度がまったく釣り合っていない。
「それで、あなたは?」
「私? 実はね……」
こほん、と大げさに咳払いをして続ける。
「私は……そう、神だよ。世界の理を管理して、人々の魂を導く者。超越者、とも言われているね」
「神様……ですか。あなたが……本当に?」
「本当だよ。まあ、こういうノリだから、信じてもらえないかもしれないけど」
「いえ。確かに、神秘的なものを感じますし、信じましょう。なので……」
私は、おもむろに一歩、踏み込んだ。
右手をぐっと握り、そのまま振り抜く。
「うわっ!?」
避けられた。
ちっ、惜しい。
「いきなりなにをするのさ!?」
「神様に会えたら一発殴ると決めていましたので」
「誰とそんな物騒な約束をしたの!?」
「私自身です」
「一番破りにくい約束だ!」
もう一発、といきたいところだけど、警戒されたので無理そうだ。
残念。
「まあまあ、落ち着いて。とりあえず、話をさせてくれないかな?」
「あとで殴らせてくれるのなら」
「キミは令嬢なのに過激だね!? まったく……」
「それで、私をここへ呼んだ理由は? 私は……死んだのでしょう?」
「ようやく話を先に進められるよ……そうだね、キミは死んだ。だから、こうして話をすることができる。そんなキミに、二つの用事がある」
「二つ?」
「謝罪と救済だよ」
先ほどまでの軽い調子が消えた。
神様は、まっすぐに私を見る。
「まずは謝罪から。キミを、まったく異なる世界に転生……アリーシャ・クラウゼンとして転生させたのは私なんだ」
「やはり、そうでしたか……悪役令嬢への転生なんて、普通に考えればありえないことです。誰かしら人間を超えた存在が関わっているとは思っていました」
「そこまで考えていたんだね」
「ただ……なぜ、悪役令嬢だったのですか? 私は、別にそういう願いを抱いてはいなかったと思うのですが」
「えっと……手違い、かな?」
「手違い、ですか?」
「そうそう、手違い。ごめんね♪」
「……」
拳を握る。
「待って待って待って! ちゃんと謝るから! 殴る前に最後まで聞いて!」
「仕方ありませんね。聞いてあげますから、さっさと話してください。ほら、早く」
「キミ、神様相手にずいぶん強気だね……」
今さら神様を恐れても仕方がない。
私はもう死んでいる。
その上、相手は私の人生を手違いで悪役令嬢にした張本人だ。
多少強気に出る権利くらいはあるだろう。
「本来、キミは、キミが元いた世界……地球のどこかに転生するはずだったんだ。また日本人になるか、そこは運次第だけど、世界が変わる予定なんてなかった。ぽんぽん世界を変えて転生させていたら、混乱の元だからね」
「では、なぜアリーシャに?」
「ちょっとした事故かな? キミの魂の我が強すぎて、うまく制御できずにあらぬ方向に流れていって、その先が……っていう感じ」
「魂の我が強い、と言われましても……」
「自覚はなくても、キミの魂は強いのさ。でなければ、本来なら断罪される運命なのに、それを覆すことなんてできるわけがない。運命を覆すほどの力がある、といえばいいのかな? だからこそ、キミは悪役令嬢でありながら、悪役令嬢にはならなかった」
「それは、全てフィーのおかげでしょう。妹が可愛すぎたから、私の魂も浄化されたのかと」
「……本気で言っているあたり、やっぱりおかしい子だね」
神様は、くすくすと楽しそうに笑う。
「キミは本来、最後には断罪されて、物語から退場する……それが、あの世界で決められていたアリーシャ・クラウゼンの役割だった」
「ですが、私はフィーをいじめていません」
「うん。むしろ甘やかしすぎた」
「甘やかしすぎていたでしょうか?」
「そこに疑問を持つんだ……?」
神様は、なぜか呆れた顔をした。
失礼な。
私は姉として当然のことをしていただけだ。
可愛がりはしたものの、きちんと厳しく指導もしたはず。
……しましたよね?
「まあ、それはともかく……キミは、は悪役令嬢としての行動を取らなかった。だから、断罪される未来も消えた。普通なら、それで自由になれるはずだったんだけど……物語の方がキミを放してくれなかった」
「物語が……」
「あの世界にとって、アリーシャ・クラウゼンは最後に破滅する人物だ。過程が変わっても、結末だけは変えようとしなかった」
「それが、原因不明の病ですか?」
「そう。断罪されないのなら、別の形で退場させる。世界が物語を元の形へ戻そうとして、キミの命を奪った。いわゆる、世界の強制力というやつだね」
「ずいぶん迷惑な話ですね」
「もう少し怒ってもいいんだよ?」
「怒っていますよ」
「やっぱりそう見えないなあ」
「では、もう一度殴りましょうか?」
「私に怒りを向けないでくれるかな!?」
神様は、ひぃんと鳴いた。
本当に神様なのだろうか?
少し疑わしくなってきた。
「なので……この件については、完全に私の責任だ。だから、君に謝りたい。本当に申しわけない」
神様は深く頭を下げた。
予想していなかった行動に、少し戸惑う。
「頭を上げてください」
「許してくれるの?」
「許すもなにも、私はそこを気にしたことはありませんでした。だって、あの世界はとても温かくて……」
フィーと過ごした時間。
アレックスと笑い合った時間。
ジークやネコと、一緒に問題を乗り越えた時間。
お父さまとお母さまに愛された時間。
それら全てが偽物だったとは思わない。
「アリーシャに転生しなければ、大切な人達に出会うこともありませんでした。なので、恨むつもりなんてありません。むしろ、感謝しています
「……君は、本当にお人好しだね」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。そんなキミだからこそ、救済をしたい」
神様が手を差し出す。
「今度こそ、君を元の世界……地球へ転生させる。悪役令嬢ではなく、何者でもない普通の女の子として。そうして、もう一度、人生をやり直して……」
「お断りします」
「早い!?」
即答したら、神様が驚いていた。
「なんで断るの!? 今度は破滅しないんだよ? 悪役令嬢なんてものにならない。普通に学校へ行って、友達を作って、恋をして、結婚して、平穏な人生を送れるかもしれないっていうのに」
「フィーは?」
「え?」
「その世界に、フィーはいるのですか?」
「いや、それは……いないけど」
「なら、結構です」
「……」
神様は、ぽかーんとして。
「あっはっはっは!」
次いで、盛大に笑った。
2・5部、という感じです。
わりとすぐ終わります。




