57話 手のひら返し
「……は?」
たっぷり一分ほど沈黙して、それからヒュージは間の抜けた声をこぼした。
目を丸くして、ポカーンとしている。
大貴族とは思えない間抜けっぷりだけど、それくらいに驚いたのだろう。
「ですから、私とアレックスは恋人同士なのです」
「こい……びと?」
ヒュージの視線がアレックスに向けられた。
本当か? と目で尋ねている。
「あ、ああ……ホントウ、だよ」
ぎこちないながらも、肯定するアレックス。
嘘下手か。
演技がポンコツすぎる。
なにがなんでも嘘をつくことができない体質なのだろうか?
呆れ、内心でため息をこぼす。
でも……
それが彼の良いところでもあるのだろう。
愚直なまでにまっすぐで、ひたすらに誠実。
それはそれで悪くないと、そう思う。
私は笑顔を崩さない。
それどころか、ちょっと照れた様子で話を続ける。
「本当に……アレックスとクラウゼン嬢、が?」
「はい、私の自慢の恋人です」
アレックスの腕を取る。
公爵令嬢として厳しくしつけられてきた私が、気軽に男性に触れるわけがない。
ましてや、抱きつくなんてありえない。
ありえるとしたら親しい関係だけ。
そう判断したらしく、ヒュージは私の言葉を信じたみたいだ。
動揺は残っているものの、私とアレックスが恋人同士という前提で話を進めていく。
「驚きましたな……まさか、アレックスがクラウゼン嬢とお付き合いをされているなんて」
「知らないのも無理はありません。気軽に話せるようなことではないため、ふさわしい時が来るまでは秘密にしていましたから」
「なるほど……公爵令嬢であるあなたなら、そうせざるを得ないでしょうな」
「理解していただき、ありがとうございます」
ヒュージは、だいぶ落ち着きを取り戻したみたいだ。
さきほどまでの笑顔が戻り……
そして、その笑顔の下で金勘定を始めているのも見てとれた。
なんて不快な男。
息子の恋路を祝福するのではなく、利用することしか考えていないなんて。
本来なら、即叩き潰してやりたいところだけど、準備が整っていないので保留。
まあ……
彼の単純で下賤な思考は、私達にとってはとてもやりやすい。
「……お願いがあります、おや……父上」
アレックスが頭を下げた。
彼の話によると、ヒュージはまともに話を聞いてくれず、怒鳴りつけるのみだったそうだけど……
さすがに、私の前でそんなことはしない。
それに、今はアレックスの話にそれなりの興味を抱いているだろう。
一蹴することはせず、「話してみろ」と威厳のある声で言う。
「俺は……いてっ」
ヒュージの見えないところで、私に脇をつねられてアレックスが悲鳴をあげる。
そうではないだろう。
演技はできなくても、事前に暗記した台詞くらいは、ちゃんと口にしてほしい。
「わ、私は……」
そう、それでいい。
ヒュージのような偏見たっぷりの貴族ともなると、些細な言葉遣いで不機嫌になることも多い。
嫌っているアレックスの言葉なら、なおさらだ。
そこで話を止めたくないので、きちんとした言葉を使ってほしい。
「こちらの、す、素敵な令嬢と……くく」
最後、アレックスが小さく笑う。
おい。
素敵な令嬢のところで笑ったな?
後で覚えておきなさい。
「アリーシャさまと交際させていただいています」
「ふむ」
「彼女のことを真剣に愛しています。公の場ではなく、二人の話の中によるものですが、将来の誓いも交わしました」
「……それで?」
「現在、進められているお見合いをなかったことにしていただけませんか? そして、アリーシャさまとの交際を認めていただきたい」
「……」
アレックスが最後まで言い終えると、ヒュージは難しい顔に。
反対しようとしているわけではないだろう。
公爵令嬢と繋がりができると、内心では喜んでいるはず。
しかし、アレックスの前で能天気に喜ぶことはできない。
そんなプライドがあるため、感情を押し隠し、あえてつかめっ面を作っているのだと思う。
なぜ、そんなことがわかるのか?
一応、私は公爵令嬢だ。
社交界には幼い頃から出席していたし、たくさんの人を見てきた。
だから、それなりの観察眼を身につけることができた。
こういう腹に色々と抱えている相手とも何度も顔を合わせてきたので、自然と身についている。
「そうか、クラウゼン嬢と……ふふ」
ほんの一瞬ではあったが、ヒュージはニヤリと笑った。
狙い通り。
私と……というか、公爵家と繋がりができることを喜んでいるようだ。
よほどうれしいのだろう。
いつもの冷静を保つことができず、一瞬ではあるが、笑みがこぼれていた。
うんうん、実にわかりやすい人だ。
だからこそ、御しやすい。
ほら。
私の思惑通りに……
「そうか……そういうことならば、私は親として、アレックスを応援しなければなりませんな」
いい感じに、こちらが望む台詞を自分から口にしてくれた。




