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さよなら世界、ようこそ世界  作者: 乱 江梨
最終章 さよなら摂理、ようこそ命の世界
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不条理な摂理

 命登場します!

 バクス。つい先日命が訪れ、そして女神の転生体でもある世界。神として産まれてからこの世界の管理を任されているカルマとカルナは、命同様にリアの転生体――秋人が通う高校に足を踏み入れていた。


 秋人の特殊能力――予知によってバクスの崩壊現象を知った命の力で、この地に起こる自然災害は未然に防がれた。その為他の世界とは違い、バクスには平和そのものの光景が広がっているのだがカルマたちは顔を顰めた。


「…………」

「……平和なはずなのに、なんだか騒がしいね。カルナ」

「う、うん」


 カルマたちがバクスを異様に感じた理由は学校の騒がしさにあった。カルマたちは今高校の校庭から様子を窺っているのだが、そこからでもはっきり聞こえてくる程人々の声が鳴り響いているのだ。


 ここにリンファンがいたのなら一人一人の発言を聞き分けて、状況を把握できただろうがカルマたちにそんな能力は備わっていない。


 だが声音からただ事ではないのは理解できたので、カルナは不安そうな相好でカルマの服をぎゅっと掴んでいる。


 しばらくこの状況の原因をカルマたちが思考していると、校舎の出入り口から一人の男子生徒が慌てた様子で飛び出してきた。


 その男子生徒は秋人でカルマたちは思わず目を見開いた。


「あっ、あの!もしかして、神様か……ですか?」

「はい。確かに僕たちは創造主命様の遣い。男神カルマです」

「め、女神カルナ……です」


 カルマたちの目の前で息を切らした秋人は咄嗟にそう尋ねた。命の場合、敬語を使わずとも全く気にしないしそれを指摘することも無かったが、カルマたちのことをよく知らない以上タメ口は良くないと考えた秋人は無理やり敬語に直す。


「それにしてもよく分かりましたね」

「その目……明らかにこの世界の人間のものじゃないので」

「あぁ、そうですね」


 カルマは左目、カルナは右目に眼帯をつけているのだが、露わになっているもう片方の瞳は燃えるような赤色でとても美しいのだ。このバクスにはそんな珍しい目を持つ人間が存在しないので、秋人はカルマたちを天界に住まう者だと判断したらしい。


「それにしてもどうしました?何やら騒がしいようですが」

「実は……何故かみんなの特殊能力が使えなくなってしまったんです」

「「!」」


 カルマの疑問に答えた秋人の相好は鬼気迫っていて、その言葉が嘘ではないことを示していた。カルマたちも、そして当人である秋人もこの状況に驚きを隠せないでいる。


 バクスに住まう者たちは例外なく特殊能力を一つ所持していて、それが使えなくなるなんてことはこれまでの歴史の中で起きたことが無かったので、彼らの反応も仕方のないものだ。


「自然崩壊ではないから、命様でもこれは止められなかったということでしょうか?」

「多分そうです。それに、特殊能力が消える前、俺こんな未来予知できなかったんですよね。だから何かとんでもないことが起きてるんじゃないかって不安で……」


 創造主の力は絶対。なのでバクスには他の世界のような自然崩壊が起きてはいない。だが命はあの時特殊能力が消える未来なんて想定していなかったので、この事態を防ぐことが出来なかったのだろうとカルマは予測をつけた。


 一方秋人は現在の状況を予知できなかったことから、元々あった未来とは想定外の何かが起きているのではないかと、捉えようのない恐怖を抱く。


「おそらく命様が未来を変えたことで、イレギュラー的な何かが起きているのかもしれません。このことは命様にご報告しときますので、心配なさらないでください」

「はい。ありがとうございます」


 バタフライエフェクトと言えば分かりやすいかもしれないが、命が一つの未来を消去したことで別の未来が誕生したという線が一番濃厚だとカルマは推測した。


 特殊能力が消えるというのはなかなか異質な出来事だが、自然災害が起き多くの被害が出るよりは良かったのでその点に関してはカルマたちや秋人も安堵している。


 まだ謎が残る中、カルマはこの事態を命に伝えるのだった。













 そして神々が世界の自然たちと相まみえている頃。命は真っ白な空間で実体を持つ魂と対峙していた。


 美しい水色の髪は当に流れる水のように滑らかで、銀色の瞳は真珠のように光り輝いている。そして未乃よりも大きな天使の羽はその神々しさを際立たせている。


 そんな美しい女神の魂を目の当たりにした命は思わず目を奪われる。


「かわいい……」

「えっ……」


 思わず零れた言葉に女神の魂は若干驚いたような相好を見せる。一方の命は実体のある魂が声まで出せることに少々驚きつつ、そんな彼女に破顔してみせた。


「あぁ、ごめんね。急に変なこと言って。君のその姿って神様の時のものでしょ?君を創造したのは命じゃないけど、神様だなぁって思うとやっぱり可愛く見えちゃって」

「……」


 後頭部を掻きながら他愛もない話をし始めた命に、女神の魂は当惑した様に口を噤む。自身の子供である神々を異常に溺愛している命なので、神というフィルターだけでもそう見えてしまったようだ。


「そんなこと、初めて言われました」

「そうなの?まったく、命の先輩はこんな可愛い子に何をしていたんだろうね」


 呆然としたままポツリポツリと零れた言葉に、命は思わずプクっと頬を膨らませた。前創造主が神々と異常なまで関わっていなかったことは理解していたが、それでも神々を溺愛する命からすれば考えられないことだったのだ。


「そんなことありません。創造主様は、素晴らしい方でした」

「……どうして泣くの?」


 ゆっくりとした口調で前創造主を擁護した女神の魂は、命の顔をじっと見つめるとその瞳から涙を一筋零した。まるで瞼から美しい真珠が零れ落ちる様なそれに、命は思わず目を瞠る。


 だが本人に自覚は無かったのか、命に言われたことで漸く女神の魂は頬を伝う涙に触れ、自身が泣いていることに気づいた。


「申し訳、ありません。違う方だと、分かっていても……その神々しいオーラを目の当たりにしただけで、あの方と重ねてしまい……」


 震える身体で頭を下げた女神の魂は涙声で謝罪した。創造主のみが持つ特有のオーラを命は今隠していないので、その点は前創造主と何ら変わりがなく、彼女は思わず命と前創造主を重ねてしまったのだ。


「…………ね、女神ちゃん。今起きている世界の自然崩壊は、君の……悲しみかな?」


 泣き声を押し殺しながら膝から崩れ落ちた彼女の顔を覗き込んだ命はそう尋ねた。眉を下げたその表情は酷く優しく、女神の魂を慈しんでいることが分かる。


「はいっ……申し訳、ありません。私には、止めることが出来ず……」

「大丈夫だよ。命の可愛い子供たちが対処してるから。神々が自然如きに負けることないって君になら分かるでしょ?」


 命はもう分かっていた。どうして今世界に崩壊現象が起きているのか。バクスの魂の声を聞いたあの時から。あの悲しみと苦しみの声で全て。


 命の質問に首肯した女神の魂は、嗚咽を漏らしながら必死に答えた。そんな彼女を安堵させるために命が言葉を尽くしていると、タイミングよくカルマからの報告が命に届いた。


 その報告を聞いた命は全てを把握したと言わんばかりに頷き、女神の魂に視線を移す。


「なるほどね。君の悲しみが、苦しみが。バクスの崩壊現象を引き起こそうとしていた。でもそれは命が止めてしまった。だから君は、人々の特殊能力のエネルギーを他の世界に送ってあれを引き起こしたんだね」


 女神の魂は無意識のうちにそれを行っていたので確証は無かったが、恐らく命の推測が正解だった。


 秋人が予知したバクスの崩壊現象。あれは命が手を出していなければバクスの魂の悲しみによって引き起こされるはずだった。だがそれを命が創造主の力でねじ伏せたのでそれは実現しなかった。


 自然とは世界が唯一出来る抵抗。だが世界というものは己の世界のことしか干渉することが出来ない。なのでバクスの魂に他の世界の自然崩壊を起こすことなどできない。


 だがエネルギーを送ることは出来る。エネルギーを送ったところで、それをどうするかはそれぞれの世界の魂の自由なのだから。だが世界の魂に出来るのは先刻言った通り僅か。それはもちろん自然現象を起こすことだ。


 つまりバクス以外で起きた自然崩壊は、バクスの人々から奪った特殊能力のエネルギーによる暴走だったのだ。


「ごめんね。命が早く気づいてあげていれば」

「そんなこと……命様は何も悪くありません」

「……そうやって、命の先輩のことも庇ったんだね」

「っ!」


 命の謝罪に首を振りながら否定する女神の魂。そんな彼女を目の当たりにした命は口惜しそうに唇を噛みしめた。

 命は悔しかったのだ。彼女が前世でも、今世でも全てを自分のせいにして泣いている今が、許せなかったのだ。


「君が魂に刻んだ言葉、ちゃんと受け取ったよ。命に真実を教えようとしてくれて、ありがとう」

「っ……いいえ……いいえっ。私はお礼を言われるようなことは何もっ……」


 彼女が前世で神力をほとんど削ってまで自身の魂に真実を刻んでいなければ、命は一生事の真相を知ることが出来なかったかもしれない。彼女の成したことは確実に意味のあることで、称賛されるべきことだと命は感じたのだ。


「あのね……命、前にも同じようなことを経験したんだ」

「みこと、様?」


 首を横に振りながら涙を流し続ける彼女の横に座り込んだ命。女神の魂は唐突に語り始めた命に対して思わず首を傾げた。


「今回ほど大規模じゃないんだけど、祈世っていう子が前世の人格に支配されて、世界に攻撃をしちゃったんだ。その時の祈世と、君。全く同じ顔してるから、思い出しちゃった」

「…………」


 命は自身が創造主になってから数百年経った頃の記憶を思い起こしていた。その時前世の人格――カミロに身体を乗っ取られていた祈世は、無意識下で世界に攻撃をしてしまいそれを酷く悔やんだ。その時の祈世も頻りに命に謝り続けていて、思わずあの時感じた胸の痛みを命は思い出してしまったのだ。


「その時命約束したんだ。祈世が好きになってくれるような世界にするって」

「命様……」


 世界への憎しみがどうしても消えず、苦しんでいた祈世に命はそう約束していた。




『祈世。僕は世界を創造する創造主だ。だから約束しよう。僕が世界を、必ず君が好きになってくれるようなものにする。君が、守りたくなるような世界にする。君が、君が好きだと言ってくれる僕を信じて欲しいんだ』


 


 この言葉をきっかけに祈世は暴走していた魔法を抑えることが出来、目一杯の笑顔を浮かべることが出来たのだ。


「でもさ。命ってまだ全然できてないんだ。だって、誰かのために自分が悪者になることを選んだ子を、世界に転生させてここまで苦しめて……命は、命のことが許せない。誰よりも、何よりも」


 女神の魂は命がどうしてそのように思うのか理解ができなかった。何故ならばそれが輪廻転生というものであり、森羅万象における摂理だからだ。


 どんな理由があろうとも、どんな過程があろうとも。罪を犯せばその報いが訪れる。前世での罪は来世での罰となる。それが当たり前のことで、それを実行するのが創造主の役目だ。だから命は何一つ間違っていないと彼女は思っているはずなのに、何故だか無性に涙が溢れて止まらなくなってしまった。


 全く動きを止めてくれない涙に女神の魂は当惑する。女神の魂は心の奥底で思っていたのかもしれない。森羅万象におけるこの摂理が、不条理だと。


「だからね、命……決めたんだ」


 涙で濡れた彼女の瞳を真っすぐに見つめた命は意志の籠った晴れやかな相好で宣言する。



「命は、この摂理をぶち壊す」



 次は明日更新予定です。そして次回最終回です!


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