ラインという異質な世界
動物、虫などといった生物しか存在しない自然の世界――ライン。
このラインで起こっている自然崩壊は地震だ。建造物などが存在しないラインだったから良かったものの、もしこれが他の世界だった場合被害は最悪を極めていただろう。
あらゆる家具や建造物は倒れ、住人たちはそれに押し潰され死に至る。震源が海だった場合は津波も起こっているだろう。だろうというか、インフェスタではラインより規模の小さい地震ではあるが実際その津波が起こっているのだが。
閑話休題。
ラインを襲う大地震は森の木々を揺らし、底から鳴り響くような轟音を生み出している。思わず耳を塞ぎたくなるような雑音に、未乃とハクヲは顔を歪めた。
「お前たち、地震の震源を探り私に報告しろ」
『『御意』』
ラインを訪れた未乃とハクヲは地震の影響を受けないよう、魔法で空中に佇んでいる。ハクヲは来て早々、地上で地震の揺れに耐えている獣たちにそう命じた。
ハクヲはどんな動物とでも意思疎通を図ることが出来る。なので獣たちの返事を聞くことが出来たのはハクヲだけだ。未乃に分かるのはハクヲが獣に話しかけたことだけで、会話が成立していることをその耳で判断できてはいない。
「ほう。これがハクヲ殿の力か。俺には聞こえんな」
「おや、そうなのですか?未乃さんでも出来ないことがあるのですね」
「ハクヲ殿、俺はただの神だ。出来ないこともある。まぁ、そういう魔法を今作れば獣の声も聞こえるだろうが」
ハクヲの獣を従える力を初めて見た未乃は感嘆の声を漏らした。そんな未乃を過大評価していたのか、ハクヲは意外そうに呟く。
神々の中で動物と意思疎通を図ることが出来るのはハクヲとリンファンぐらいだ。リンファンは動物を従える力を持っているわけではないが、その優れた聴覚で動物の声まで聞き取ることが出来るのだ。最早リンファンの力は音に関して言えば何でもありである。
とは言っても、未乃に限らず神々が本気を出せば獣との意思疎通はできないこともない。なのでハクヲはやはり過大評価などではなかったと思い直す。
ちなみに。ハクヲが獣たちに命令したことについてだが、何も彼らにライン中を駆け巡って震源を探れと言ったわけではない。
地震に耐えるだけで精一杯なこの状況で、そんなことを命じる程ハクヲは鬼ではないのだから。
ハクヲを含め、ラインに住まう獣たちはどこにいても意思疎通ができ、様々な情報を共有することが出来るのだ。
つまりあの命令はラインに住まう全ての獣に向けたもの。震源の近くにいる獣が情報をハクヲに伝えればいいだけなのだ。
「未乃さん。場所が分かりました。移動しましょう」
「あぁ」
配下である獣からの報告で震源地を特定したハクヲ。その場所を伝えられた未乃は転移の魔法でハクヲを連れ、その場所へと向かった。
「さてどうやって止めるか」
震源地まで訪れた未乃はわざとらしくそう呟いた。未乃がやろうと思えば地震を止める方法などいくらでもある。それを知っているのでハクヲは未乃の白々しい態度に思わず苦笑いを零した。
「少しずつ弱める方向で行くか。急に止めるのはあまり良くない」
「それが妥当でしょうね」
未乃は地上に向けて手を向けると魔法の方向性を固めた。これ程までの大地震を急に止めてしまうと、その反動でラインに住まう獣たちに被害を及ぼしてしまうのでそれは避けるべきだと判断したのだ。
未乃が魔法を発動するとラインを揺さぶる地震の威力は徐々に弱体化していく。そして数分後、地震は完全に収束した。
だが――。
「ん?また揺れ始めたな」
「……これはもしかすると、キリが無いかもしれないですね」
未乃が威力を消した地震は確かに収束した。だがまた別の震源地から、新たな地震が発生してしまったのだ。
ハクヲの推測が不本意ながら当たっていると感じた未乃は、これからの対策に頭を悩ませる。これではいくら地震を収めたところでまた別の地震が起こるだけで、ただの鼬ごっこになってしまうからだ。
「ふむ……どうしたものか」
片手で顎をつかみ顔を顰めた未乃はふと、ラインに住まう獣たちに視線をやる。彼らは今も地震の揺れに必死に耐えていて、唸り声を上げている者もいる。
そんな獣たちをじっと観察した未乃は何かをひらめいたようで、はっと顔を上げる。
「そうだ。俺の力をこいつらに譲渡するか」
「ほう。面白いことを思いつきますね」
まるで命の様な突拍子のないことを言い始めた未乃に、ハクヲは興味深そうな声を上げる。未乃が〝こいつら〟と称したのは当然ハクヲの配下である獣たちだ。
だが未乃の力というのは当然神力で、それを譲渡するということは即ち、世界の住人に神の力を分けるということだ。手放しで賛成できるものではないのでハクヲはその詳細を求める。
「この自然崩壊の原因が分からない以上、この地震はいくら止めようが再発するだろう。それならばこの地に住まう全ての者たちに俺の力を譲渡し、彼らにこの地震を止めてもらった方が効率はいい」
未乃の意見は一理あった。この世界で起こっている自然崩壊の原因は現在命が探っている。つまり命がその原因を潰すまで、この地震が本当の意味で収束することは無いのだ。
地震が起こるたびに震源地に向かい、未乃が魔法で止めるとなると効率が悪すぎる。なので獣たちに未乃の力を一時的に与え、震源地の近くにいる者が地震に対応するという案は悪くない。
「神の力を世界の住人に貸すというのはとても褒められる行為ではない。だが今回のような異常事態の場合、そんな悠長なことも言ってられないと思うのだ。ハクヲ殿の意見を聞きたい」
今未乃がしようとしていることは天界の暗黙の了解に思いっきり違反している。だが効率よくこの地震に対処しないことには、ラインの被害が広がるばかり。ここは自身よりもラインのことをよく知っているハクヲに未乃は判断を仰ごうと考えたのだ。
「そうですね。幸いなことにこのラインは他の世界ほど、天界の者の干渉を厳しく禁じてはいません。だからこそ私はこの者たちを従えることも出来ますし、命様もよくふらっとこのラインに訪れます。そこまで気にすることもないのでは?」
ラインは六つ存在する世界の中で最も異質な世界だが、その異なる特徴は動物や虫しか存在していないという点だけではない。
それが、天界の暗黙の了解に関して厳しく制限をかけていないという点だ。
その証拠に、命は暇があればこのラインを訪れ動物たちと戯れているのだ。命は何かしらの理由が無いと滅多に下界に姿を現さない。だがラインに関しては大した訪問理由が無くとも、命は気軽に遊びに来ているのだ。
命はその度に武尽から「一体どんな創造主だよ」という苦言を呈されているが、一切受け付けていない。武尽のツッコみは一〇〇パーセント無視が基本の命である。
そもそも天界の暗黙の了解は、世界の住人が堕落しないために掲げているものだ。堕落とは人間や他種族が神々の力に甘え、自身で行動しなくなることだ。
だがラインに住まう動物たちの場合、そもそも神々の力を利用しようと企てる程の思考力を有していないのだ。動物たちに備わっているのはただ一つ、天界の者に従う弱肉強食の理念のみ。
それらを踏まえ、ハクヲは未乃の提案を批判することは無かった。
「了解した。それならば、俺の力を存分に分け与えられるな」
ハクヲの意見を聞いた未乃は精悍な笑みを浮かべると、早速実行に移した。ラインに住まう獣たちは億単位を軽く超えてしまう程の数。それら全てに未乃と同等の力を与えるというのは、想像するのも恐ろしい程の魔力を有する。
だが未乃の所持する魔力は湯水のように溢れる、というより全く減らない。いくら使っても未乃の所持する魔力は消えたりしないのだ。これこそまさに神にのみ許されるチート能力――神力である。
未乃の力を譲渡したことで魔法を使えるようになった獣たちは早速行動に移ってくれた。
先刻までラインを襲っていた地震は徐々に弱まり、その内揺れは収まった。そしてまたしても別の地震が発生するとすぐさま獣たちが対応するので、揺れが大きくなる前に止めることが出来る。そしてこれの繰り返しである。
「流石は未乃さん。お見事です」
「いや、ハクヲ殿の神力もなかなか面白い。命殿がラインを好くのも理解できる」
何とかラインの自然崩壊の対処に成功したハクヲたちは、空から獣たちの奮闘を観察することにしたのだった。
ラインに関する説明は「神々の無双 sideハクヲ」でも記述しております。
次は明日更新予定です。
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