神の名前
奴隷市場のボスを倒したフックたちは、他の奴隷商人と交戦していた魔人たちに助太刀し、奴隷商人を全滅に追い込んだ。
その後、フックは〝人格を奪う魔法〟を解除する魔法を囚われていた奴隷全員にかけて、彼らの人格を戻してやった。そうして被害者全員は生気を取り戻し、無事に家族や友人たちの元へ帰ることができたのだ。
「おっつかれ!いやぁ、流石は元男神くんだねぇ」
奴隷市場壊滅から一週間後。ザグナシア王国には新たな魔王となる赤子が産まれ、魔人たちの活気と喜びは満ちに満ちていた。
新たな魔王の権利を一時的に所有することになったのは、魔王の父親でもあるミーディグリアである。ミーディグリアの存在で、ヒューズドに新たな奴隷市場ができる様子もない。魔王再来という知らせは魔人たちだけではなく、ヒューズドに住まう全ての生物の心を明るく灯したのだ。
そんなお祝いムード漂うザグナシア王国に突如現れた命は、あのハツラツな声で挨拶をした。一週間前の話を話題に出したので、若干のタイムラグが否めなかったが魔人たちは流すことにした。
因みにフックは奴隷市場で負った傷のせいで未だザグナシア王国で療養中である。
「命様のおかげです。じゃなきゃ、ナノを救うことはできなかった」
「あれは君の記憶が成した業だよ。それにしても人格を奪うなんて、随分変わったことをする人間もいたものだね」
称賛の言葉を投げかけた命にフックは深い礼をした。そんなフックに慈悲深い笑みを向けた命は、奴隷市場を牛耳っていた青年について思考を飛ばす。
「……お!その子はもしや新しい魔王ちゃんかな?」
「はい。命様、是非新たな魔王様を抱いてあげてはくれませんか?」
「もちのろん!」
だがすぐに己の欲求のまま、可愛らしい赤子の方に思考をシフトチェンジした命。新たな魔王は女の子で、サランは魔王をちゃんづけした命の問いに首肯した。
ミーディグリアから手渡された新たな魔王に、命は思いっきり瞳を輝かせる。
「はぁぁぁ……可愛い。かわゆい。赤ん坊可愛い。何でこんなに可愛いんだろう!?」
「ばーう」
命は赤ん坊を抱き上げると、天に召されたような相好で愛でた。可愛いもの好きな命にとって、赤ん坊というのはご褒美以外の何物でもないのだ。
一方赤ん坊の方も命に愛でられるのが嬉しいのか、眩いほどの笑顔を命に向けた。
「可愛い、魔王ちゃんは凄いよ!無意識のうちにオーラを解放しちゃった命に抱き上げられても動じないなんて、将来大物だね!」
「「え?」」
何気なく発言した命に、魔人たちは限りなく恐怖に近い驚きの声を上げた。ここにいる魔人たちは以前ザグナンから注意深く聞かされていたので、創造主のオーラがどれ程の脅威か知っているのだ。
だがそんな声を上げたのは全ての魔人ではない。何故なら命のオーラのせいで、半数の魔人が死に至っているからだ。
「ごめんごめん!命、興奮するとうっかりオーラ隠すの忘れちゃうみたいで。天界なら問題ないんだけど、下界だとやっぱりこうなるかぁ…………生き返って」
悪気を一切感じさせない命の謝罪に、何とか死なずに済んだ魔人たちは遠い目をした。そして同時に、成人した魔人でさえも死に追いやるオーラに全く影響されなかった新たな魔王に、魔人たちは尊敬と畏怖のこもった目を向ける。
創造主のオーラで殺された魔人たちは、同じく創造主の力で簡単に生き返った。これは命が初めてザグナシア王国を訪れた時と全く同じ状況なので、傍から見れば再現VTRである。
「命様、脅かさないでくださいよ。死ぬかと思ったじゃないですか」
「流石は魔王ちゃんのお父さん……命のオーラでも死にはしなかったね」
創造主のオーラで心底肝を冷やしたミーディグリアに命は感心したような声で称賛した。だがミーディグリアも多少のダメージを受けたのか僅かに吐血していて、全く大丈夫な状態ではなかった。
命はミーディグリアのように創造主のオーラで多少の損害を受けた魔人たちも一気に治療した。
「ほう。これが新たな魔王か。俺などよりよっぽど強くなりそうだな」
「「……魔王様?」」
命の方に気を取られていたせいで、魔人たちは一足遅れて下界に降りていた未乃の存在に気づけていなかった。
だが魔人たちは男神になった未乃の姿を知らなかったので、魔王と判断する為の材料は話し方と雰囲気だけだった。それでも自分たちが仕えていた魔王であることを直感的に理解した魔人たちは、自然と未乃をそう呼んだ。
一方、久方ぶりにザグナシア王国を訪れた未乃は新たな魔王の顔を覗くと満足げに呟いた。
「何を言っている。魔王はこの幼子だ。俺は今は男神未乃……命殿に仕える神の一人にすぎない」
破顔一笑した未乃はかつての部下である魔人たちにどこか温かみのある言葉を放った。
未乃の言葉で新たな魔王に仕える決心をきちんとつけることができた魔人たちは、気を引き締めた相好になる。
同時に、かつて仕えていた主との思いがけない再会に気持ちが高ぶった魔人たちには、思わず涙を流す者さえいた。
そんな魔人たちの様子を命と未乃、そしてフックは微笑ましく思い優し気な相好で眺めた。
「あ、そうだそうだ。忘れるところだったよ。お兄さん、前創造主を裏切った女神について何か知らない?君みたいに前世で神だった子の情報でもいいよ」
新たな魔王を愛で尽くした命は、ふと思い出したように話を切り出した。命にとってこれが一番重要なことなので聞かないわけにはいかないのだ。
「そうですね…………あ!」
妹を救う手助けをしてくれた命のために、何か有益な情報は無いものかと前世の記憶を辿ったフックは、しばらく考えた後ハッと声を上げた。
「裏切った女神と、特別仲が良かった女神がいて……。俺、その女神のことをあだ名で呼んでたんです」
「あだ名……そんなのつけてたんだ」
前創造主は自身が創造した全ての神々に名前をつけていなかった。なので命は前世で神だった者の魂を区別して探すことができない。だがフックの言う様に呼び名があったのであれば話は別だ。
「俺は裏切った女神とはそんなに親しくなかったけど、アイツなら何か詳しいことを知ってるかもしれません。アイツと俺は仲良くて、互いに呼び名をつけていたんです」
フック自体は裏切った女神について詳しくないが、親しかった女神ならば有益な情報を持っている可能性がある。幸いフックは仲の良かったその女神と話す際に便利という理由であだ名をつけていたのだ。
つまりフックはその女神をかつてつけたあだ名を使って探し出し、前世の記憶から裏切った女神の情報を探ることを提案しているのだ。
「なるほどね……じゃあその子の呼び名を教えてくれる?」
「その女神の呼び名は……リア」
「リア…………分かった、ありがとう」
女神の名前を聞いた命はそれを復唱しキチンと記憶した。漸く裏切った女神についての詳しい情報が手に入るかもしれないので、命は思わず破顔一笑した。
「そうだ。ソヨちゃんから聞いた話だと、裏切った女神は前創造主のことをかなり慕ってたらしいんだけど、君もそういう認識?」
前創造主を裏切った女神が実は最も主人のことを崇拝し、敬っていたことをソヨから聞いたことがあった命はこの認識が正しいのかフックに確かめた。それ程までに、この情報は命にとって予想外だったのだ。
「あぁ、そうですね。あの女神はちょっとヤバいぐらい前創造主様のことを崇拝していて、逆に俺たち男神には当たりがきつかったです」
「そうなんだ……そうなるとやっぱり、リアって子の記憶を頼りにするしかないか」
フックも同じ認識であることを知った命は、裏切った女神の動機を探るにはそのリアと呼ばれていた女神を頼りにするしかないことを再確認させられた。
「じゃあ命帰るけど。お兄さん、妹ちゃんのこと大事にするんだよ?」
「はい。命様に繋いでもらったものを、絶対に守り抜きます」
命が最後に釘を刺すとフックは意志のこもった目で宣言した。
「あ、そうだそうだ。魔人の皆にお願いがあるんだった。魔王ちゃんはきっと未乃が魔王だった頃よりもすごい存在になると思うんだ。だから魔王ちゃんの実力を伸ばすのは全くもって構わないんだけど、君たちがこの子に自重というものを教えてあげて欲しいんだよね」
ふと思い出したように命は魔人たちの方を振り向いた。命の言っている意味、そして危惧していることを魔人たちはすぐに理解することができた。
命は以前、魔王だった頃の未乃の魂が世界にもたらす影響を改善するために下界を訪れた。魔王の魂が神に匹敵し、天界の者が下界に深く関わってはいけないという暗黙の了解に触れてしまったからだ。
もちろんそれだけが発端ではないが、これも大きな理由の一つなのだ。この時はザグナンに己の力を制御してもらうことで事なきを得た。
そして新たな魔王はそのザグナンを超えた才能を持つ。そんな魔王が神に匹敵する魂の持ち主であることは必至だ。なので今回も以前と同じ……そしてそれ以上に魔王には力を制御してもらわなければならないのだ。
「畏まりました。我々魔人共はこの命に代えても、魔王様を適切に育て上げてみせます」
「よろしく頼むぞ、お前たち」
「「……はい!」」
命の要請にサランは片膝をついて了解した。サラン含めその場にいた魔人たちを見回した未乃は、最後に新たな魔王を託す言葉を紡いだ。かつての主人からの力強い言葉に魔人たちは歓喜し、感無量といった相好で返事をした。
こうして、偽の魔王から始まったヒューズドでの事件は幕を閉じたのだった。
次回から最終章「さよなら摂理、ようこそ命の世界」がスタートします!ここまで来れたのは読者様のおかげです!本当にありがとうございます。最終回まで更新頑張ります!
次は明後日更新予定です。
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