元男神の力
「おぉ!すげぇ……素晴らしいですよ。よく避けたなっ」
青年は目で追えないほどのスピードでサランに的を絞ると、彼女の首を狙って二本の刃を振り下ろした。振り下ろした勢いで跳躍した青年の股の下を逃げ道に、身体を滑り込ませたサランは何とか青年の攻撃を防いだ。
剣撃が空を切り、地面に着地した青年は嬉々とした相好でサランを称賛した。
「っ……それはどうも」
狂気を感じる青年の笑みに息を呑むサラン。一歩遅れていればサランは即死だったので、その反応も当然だった。
青年がサランに目を奪われているうちにミーディグリアとフックはそれぞれ魔法を行使する。ミーディグリアは炎属性、フックはそれに合わせて風属性の魔法を行使した。
炎と風で威力を増幅させた魔法が青年を直撃する。
「あっつ!あっち……あっつ!熱い……ククっ、なーんてな?」
魔法攻撃をもろに受けた青年はわざとらしく藻掻くと、すぐに水属性の魔法で自らを包んで炎をかき消した。
フックたちには青年があの魔法を簡単に避けられることも、わざと攻撃を受けたことも理解できた。
「いやはやお兄ちゃん、すげぇなぁ。炎をうまく増幅させる加減がうまいうまい」
「お前……まさか!」
フックに向かってまたしても〝お兄ちゃん〟と呼んだ青年。それをきっかけにあることに気づいたフックは目を見開くと、身体をわなわなと震わせ始めた。
「どうしたの?」
「コイツ……ナノの人格を…………」
「正解!さっすがお兄ちゃんですねぇ」
様子のおかしいフックを危惧したサランは首を傾げた。途切れ途切れに呟いたフックの言葉で、サランたちも漸くここに来てからの違和感の正体に気づいたようだ。
フックたちの推測は青年の返答で間違いではないことが証明された。
「まさかあなた……奴隷の人格を奪ったの?」
「ふふん!どうよ、俺すげぇだろ?」
信じられないといった相好で尋ねたサランに、青年はドヤ顔で胸を張ってみせた。ミーディグリアはそんな青年に不快感を露わにし、フックは人形のように座り込むナノを心底心配そうに見つめた。
つまり奴隷たちは精神操作をされたわけではなく、この青年にその人格を奪われていたということだ。
ミーディグリアは〝魂が抜けている〟と形容したが、それはあながち間違いではなかった。
抜けていたのは魂ではなく人格だったが、奴隷たちが中身の抜けた肉塊と化していたのは純然たる事実だ。
目の前の青年の多重人格はこれが原因だったのだ。
「どうして人格を……そもそも、他人の人格を奪う魔法なんて聞いたことも無いわ」
「あ?そりゃあ僕が作った魔法なんだからぁ……てめぇらが知ってるわけないだろ?俺は……俺は俺は俺は俺は俺は、自分がだーいっ嫌いなんだよぉ」
魔人であるサランでさえも知らない魔法。その上何故このようなことをするのか。その動機が不明なのでサランの疑問は尽きない。
サランの疑問に対する青年の答えを聞いても、フックたちに全てを理解することはできず、三人は首を傾げた。
「たくさんいっぱい、人格奪えば……大嫌いな自分に会わずに済むでしょ?だ、か、ら……奴隷の人格奪って俺のもんにする!奴隷は抵抗しなくなって簡単に買い手がつく!最っ高の一石二鳥な、の、だ!」
「お前……!」
青年は顔色を暗くすると、自身の闇の部分を打ち明け始めた。だがすぐさま嘲笑う様に嬉々とした相好に戻ると、青年はピースサインをフックたち向けた。
そのような理由で奴隷たちの、そして妹の人格を奪ったのかと思うと、フックは沸き上がる怒りを抑えることができず唇を噛みしめた。
相手の人格を奪えば、全ての人間が言うことを聞く奴隷人形と成り果てる。そうなってしまえば奴隷が逃げ出す心配もなく、買われた後に問題が起こることもない。奴隷を売る側にも買う側にもメリットが生じるのだ。
「ねぇ、どうすれば奴隷の人格は元に戻るのかしら?」
怒りそのままに突っ込もうとしたフックを制止したサランは青年にそう尋ねた。
「ふんふんふん。そうですよねぇ。戻したいですよねぇ。でも残念なのだ!そんな方法は無い!例え私を殺しても、人格が本来の持ち主に帰ることは無いです」
「そんな……」
青年の答えに絶望したようにフックは顔を真っ青にする。青年の話が本当ならば奴隷市場を壊し、奴隷たちを解放してもその人格は戻らず、人形のまま死ぬまで過ごすことになってしまうということだ。それがどれだけの悲劇か、理解できない者は狂人だけである。
「お話おしまいねっ!」
「ぐっ……」
「フック!」
青年は標的をフックに絞ると、魔法で身体強化した状態で力強い蹴りを入れた。フックの腹にめり込んだ青年の足は、フックのあばらを折るには十分すぎる武器だった。
蹴りの威力で後方――ナノが座り込んでいる場所まで飛ばされたフックは壁に激突した。頭から血を流し倒れ込んだフックの元に、サランは急いで駆け寄ろうとするが、青年によってそれは阻まれる。
青年は二刀流の素早い剣撃でサランに襲い掛かる。サランはそれを防ぐのに精一杯で魔法を行使する余裕を作ることができない。
ミーディグリアも魔法で応戦するが、青年は痛くも痒くもないように華麗に防ぎ続ける。
一方、フックは倒れた先の視界の中にいるナノの姿を朧気に見つめる。
ナノは相変わらず虚ろな目で正面を向いていて、とても生きている人間には見えない。青年は人格を戻す方法は無いと言ったが、フックは何か糸口は無いのだろうかと己の記憶を辿った。
その時、フックは命が別れる直前に言っていた言葉を思い出す。
『お兄さん。君は記憶を取り戻しただけで、元々の魔力とか戦闘の才能は全くこれっぽっちも変わってない。でも君は男神だった頃の記憶を取り戻した。つまり君は今現在、このヒューズドという世界において、神レベルの魔法行使能力を持った唯一の生物というわけなんだよ』
フックは命のその言葉と、前世の記憶を頭の中でフル稼働させた。そして一つの解答に辿り着き、激痛が走る身体に鞭を打って立ち上がる。
「お?生きてたか。すげぇなぁ」
フックが立ち上がったことに気づいた青年はサランたちとの攻防を続けつつ、フックの生命力を称賛した。
一方フックは何故かナノに向けて腕を伸ばすと、魔法のイメージを固めた。全員が首を傾げる中、フックが行使しようとしている魔法は、〝人格を奪う魔法を解除する魔法〟だった。
普通ならそんなものを作り出すことは不可能。何故ならそもそも人格を奪う魔法はオリジナルの魔法だ。もしも青年がその魔法を行使している場面を目撃していたのなら、その魔法式を読み取り、それを解除する魔法を作り出すのも不可能ではない。
だがフックは青年が魔法を行使している場面を見ていない。それでもフックには解除魔法を作ることができるという確信にも似た自信があった。
人格を奪う魔法をかけられたナノに残った僅かな魔法の欠片――魔法残留をフックは読み取ったのだ。だがそんな痕跡を読み取るなんて偉業を成せる生物も、成そうとした生物も、今のヒューズドには存在しない。この技は魔王ザグナンレベルの高い技術を要するのだ。
前世の知識からこの偉業を達成させたフックは、それを頼りに解除魔法を構築し、ナノに向かって放った。
「戻って来い!」
魔法がナノに直撃すると、人格を奪う魔法の魔法式が色濃く浮かび上がった。刹那、その魔法式はガラスが割れる様に崩壊し、その効力を無に還した。
「なっ……!」
自身の魔法が解除される場面を目の当たりにした青年は、これまでの飄々とした態度から一変、焦りと驚愕の混じった相好を露わにした。
「ナノ!ナノ!」
「…………っ……お、にい、ちゃん?」
フックが必死にナノの名前を呼ぶと、虚ろだった目に一筋の光が差した。その瞳にフックの姿が映ると、ナノは一筋の涙を流してフックを呼んだ。
「お兄ちゃん!」
ナノは目の前の存在が自身の兄であることを頭で理解すると、瞼に涙をたっぷりと溜めてフックに抱きついた。フックは自身に圧し掛かる重みと体温を感じると、ナノの背中を優しく撫でて宥める。
「お前……お前お前お前お前お前お前お前…………俺の人格を、奪ったなぁ!」
「ふざけるな!これはナノのものだ!」
狂ったように頭を掻きむしった青年は血走った目でフックを睨みつけた。そんな青年から庇う様にナノを抱き寄せたフックは怒りを露わにする。
青年が怒りで我を忘れている隙をつき、サランとフックはすぐさま魔法攻撃を繰り出した。風属性と炎属性の魔法をかけ合わせた攻撃は、凄まじいスピードで青年に襲い掛かり、彼はそれを防ぐことができなかった。
「ぎゃああああああああああ!!」
業火に焼かれた青年は耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴を上げた。それが身体を焼かれる苦痛の叫びなのか、人格を一つ取り返されたことに対する悲鳴なのか、フックたちに知る術はない。
やがて青年の声は途切れ、彼の命が燃え尽きたことをフックたちに知らせた。
「はぁ……終わったぁ」
「お兄ちゃん、すごい怪我してるけど大丈夫?」
最大の敵を倒したことで気が抜けたフックは、盛大なため息をつくと地面に寝転がった。そうしたことでフックの身体の状態を目の当たりにしたナノは心配そうに尋ねた。
フックの身体はあちこちにできた傷口から血が流れていてとても痛々しく、生きているのが不思議なレベルだ。
「あぁ……。サランさん、ミーディグリアさん、ありがとうございました」
「敵の隙を作ったのはあなた……妹さんを助けられたのはあなた自身の力だわ」
心底安堵した相好で二人に礼をしたフック。サランはそんなフックの力を素直に称賛した。その言葉に涙を浮かべたフックは深く頭を下げ、妹を取り戻すことができた奇跡を実感した。
次は明後日更新予定です。
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