神々の無双 sideルミカ
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「さて、インフェスタの異分子は良い男だといいでありんすが……」
炎乱の国――采国に降り立ったルミカは、人々にガン見されていることを気にすることもなくそう呟いた。采国には神子が常に存在していて、神子を通じて炎乱の住人たちは神であるルミカのことも何度か目にしたことがあるので、采国の人々は突如現れたルミカが女神であるということを認識しているのだ。
そもそもサキュバスの特性を持ち、随分と刺激的な格好をしているルミカはそれだけで目立つので大して変わりはしないのだが。
采国に限らず、炎乱という世界は神子が存在していなかった頃の面影など影も形もなかった。長らく続いた戦争のせいで疲弊した土地は生気を取り戻し、人々の暮らしも豊かになっている。初めて見た頃とは天と地ほどの差がある炎乱を再確認したルミカは思わず笑みを零した。
「女神様……神子様のおうちの近くに変な人がいるってみんなが騒いでるの。追っ払ってくれますか?」
早速インフェスタの異分子を探そうとしたルミカを小さな手で引き留めたのは一人の少女だった。神子である弥永は現在天界にいるので、恐らく采国の人々はその〝変な人〟の対処に困り果てているのだろう。そして、その〝変な人〟こそがインフェスタの異分子なのだろうとルミカは予想をつけた。
「そうでありんすか。お嬢さん、教えてくれて感謝するでありんす」
「どういたしまして!」
可愛らしい少女の頭を撫でつつ礼を言ったルミカに、少女は輝かしい程の笑みを浮かべた。一方、少女がルミカに接触している最中、冷や冷やとした気持ちでそれを見守っていた大人たちは、少女が女神の怒りを買わなかったことに心の底から安堵していた。
ルミカは早速、少女からの情報を元に弥永の住む住居へ向かうことにした。
「素性の知れない奴をここに入れるわけにはいかねぇって何度言えば分かるんだ!そもそもお前ら、神子様に一体何の用があるって言うんだ!?」
神子の護衛を務めている男の怒鳴り声を聞きつけたルミカは、一旦陰から様子を伺うことにした。
神子の自宅前で護衛の男と対峙している二人は男女で、ルミカは若干不満気な表情でその二人を観察した。ルミカの不満の理由は、当然異分子の中に女がいたからだ。
サキュバスの特性を持つルミカは当然他人を誘惑することを大の得意としている。普通のサキュバスなら男しか誘惑できないのだが、神であるルミカの場合、例え相手が女であっても容易に誘惑し堕落させることができるのだ。
だが出来るのとやりたいかどうかというのは別問題だ。例えば人並みに泳ぐことができる人物がいたとしても、その人が水泳が好きかどうかというのはまた別の問題であるように。
世の主婦が当たり前のように家事をこなしていても、それを喜んでやっているかどうか尋ねられれば、否と回答する者の方が多いように。
女を誘惑することができるルミカも、そういうことに関する対象は男性だ。その為好き好んで女を誘惑したりはしないのだ。
だからこそ、これからあの二人をどう対処しようものかと考えあぐねているのだ。
「護衛如きに我々の崇高な目的を話す訳がないだろう?さっさと神子を出せ」
「貴様、神子様をっ……」
「神子なら今ここにはいないでありんすよ」
男の方が神子を呼び捨てにしたせいで怒りが更に沸き上がった護衛は、男の胸ぐらを掴もうとしたが、それはルミカが話しかけたことで制止された。
突然会話に割って入ったルミカにインフェスタの二人は怪訝そうな視線を向けた。その視線にはルミカが何者か探るものと、ルミカの刺激的な格好を咎めるものが含まれていたが、下界の住人からそれを向けられることは慣れているので、ルミカは今更何か反応することは無かった。
「め、女神様!」
「え、女神?」
護衛の男はそんなルミカが女神であることを知っていたので、そんな高位の存在が下界に突如現れたことに対する衝撃で思わず声を上げた。
一方女の方は、痴女のような恰好をしているルミカがまさか女神だとは信じられなかったのか、護衛の言葉に疑わしそうな声で首を傾げた。
「いかにもわっちは女神でありんす。神子は今天界で命様と戯れているでありんすから、しばらく炎乱には戻らないでありんすよ。護衛殿は臨時休暇ができて良かったでありんすね」
ルミカは護衛に向かって妖艶な笑みを浮かべると冗談交じりにそう言った。サキュバスの特性を持つルミカにそんな笑顔を向けられた護衛はあからさまに顔を赤らめたが、インフェスタの二人の前で無様に油断するわけにもいかないので気を引き締め直した。
「どうするんですか?本当に女神なら逃げるしかないのでは?」
「わざわざ異世界に来て簡単に帰れるわけがないだろう?それに本当の神なら逃げることすら許してくれないだろうな」
もし耳の良いリンファンがこの場にいれば全く意味の無いような小声で相談し始めた二人に、ルミカは面倒臭そうな視線を向けた。二人がどんな選択肢を取ろうと、ルミカのすることは何ら変わらないからだ。
「不毛なお話し合いは済んだでありんすか?」
「っ……」
不気味な笑みで挑発したルミカに、二人は警戒心丸出しの面持ちで冷や汗を流した。そんな二人をおちょくる様に、ルミカは何やら顎を指でつまんで思案している。
「いいことを思いついたでありんす!」
長らく思考したことで一つの回答に辿り着いたようで、ルミカは無邪気な笑顔を浮かべると口を開いた。
「女が嫌なら、男にすればいいでありんすね」
ルミカの発言の意味を理解できた者はその場にはいなかった。女は男にすればいいという発言の意味も。女が嫌というルミカの感情の詳細も。下界の者には計り知ることなどできなかったのだ。
「どういう意味だ?」
「こういう意味でありんすよ」
男が怪訝そうな声で尋ねると、ルミカは答えとしてそれを実践することにした。ルミカは女の方に歩み寄ると、女の額に指差す手の形で触れた。
女がビクッと反応すると、女の身体に異変が起きた。
「な、なに?」
女の身体は頭のつむじからつま先まで、刹那の間に変貌を遂げた。髪は短く、睫毛も短く、眉毛は太く、背は高く、喉仏ができ、胸の膨らみが無くなったことで服はぺたんと萎み、全体的な身体の柔らかさは筋肉の硬さに変わっていった。
女はどこからどう見ても紛れもない、男の身体に変貌したのだ。
「何なのよこれっ!え、声が……」
己の身体の異変に元女のその男は顔を真っ青にした。そして恐怖と驚きで思わず出た自分の声に、元女の男は気持ちの悪い違和感を感じた。
声帯にまで性別による変化を感じた二人は、ルミカの発言の半分を理解してしまった。ルミカの言葉は本当にそのままの意味だったということ。そして二人は目の前の存在が女神なのだという確信を今になって持ったのだ。
「これで心置きなく、誘惑できるでありんすね」
「「えっ……?」」
二人がその言葉を理解するための時間は失われていた。何故なら把握する前に、二人はまともな思考ができなくなってしまったからだ。
ルミカは神としてのオーラを解放して二人を誘惑したのだ。途端に二人の目は虚ろなものになり、頬は見るからに上気した様に赤く色づいていた。
これでもう、インフェスタの二人はルミカに絶対服従の恋の奴隷と化したのだ。
「いい気分でありんすねぇ……女の方は男にしたらわっち好みになったでありんすし。これで異分子たちの目的も筒抜けでありんす」
普段天界に住まうルミカは長らく感じていなかった優越感を手に入れたことでご満悦の様子だった。天界に住まう男神共相手ではルミカの誘惑なんて全く効果を成さないので、ルミカはどんどん自信というものを失っていくばかりだったのだ。
だがこうして常人相手になら簡単に自分の力が通用することを再確認できたことで、ルミカはサキュバスの特性を持つ女神としての自信を取り戻したのだ。
「あら、こちらに飛び火したでありんすか?」
ルミカが視線を移すと、そこにはインフェスタの二人と同じようにルミカの虜と化した護衛の男がいた。
ルミカは二人に限定して誘惑したわけではなく、ただ神としてのオーラを解放しただけなので、その力が近くにいた護衛の男にも反映されてしまったのだ。
「仕方ないでありんすねぇ……」
ルミカは女を男にした時と同じように護衛の額に人差し指で触れた。すると護衛の瞳に生気が宿り、護衛は状況を把握できていないように辺りをキョロキョロと見渡した。
「あれ……?俺…………なにを」
「主さん。神子のことは心配せず、ゆっくり休んでおくんなし」
今回の事態に巻き込んでしまった護衛に対する若干の罪悪感を抱えたルミカは、混乱したままの護衛に優しく笑いかけるとインフェスタの二人を回収して天界への帰路に就いた。
一人取り残された護衛は訳が分からないなりに、自分にできる神子の帰りを待つという使命を全うしようと心に決めたのだった。
次は明後日更新予定です。
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