神子2
前回の話を少し編集しましたが内容に変わりはないのでご安心ください。
「私……神子になります。そうすれば、皆のためにできることがあるんですよね?」
「あぁ」
破顔し終えた楓佳はキリっとした表情で廻たちを見上げた。
楓佳は探し続けていた。自分がこの世界の人々のために何ができるのか?そして今、その方法が目の前にぶら下がっている。それを攫まないほど楓佳は優柔不断ではなかった。
「ならば其方には神子として豊穣と治癒の能力を授けよう。その力で炎乱を救ってやれ」
「はい!」
廻に炎乱を任された楓佳は愉悦と決意を覚えた様な声で返事をした。
豊穣の能力は痩せた炎乱の土地でもたくさんの食物が育つように。そして治癒の能力は戦争で傷を負った人々を一人でも多く救うために、命が提案し廻とルミカが楓佳に授けたものだ。
楓佳がふと瞬きをするとそこは天界と下界の狭間ではなく、先刻までいた采国だった。突然戻ってきた楓佳に人々は心底驚愕したような表情を向け、そのうち神子となった楓佳に救いを求めるような眼差しを向けたのだった。
「困ったでありんす」
「どうしたの?」
無事に神子を作ることに成功したルミカは三日後、何故か不満気な表情でため息をついていた。創造されて早々、浮かない顔を見せたルミカに命は心配そうな声で原因を尋ねた。
「わっちはサキュバスの女神。男を誘惑してこそのわっちでありんす。なのに……」
「なのに?」
ルミカは言葉を詰まらせるとわなわなと小刻みに震えながら拳を握り締めた。
「ここの男神の中にはまともな男がほとんどいないでありんす!」
命に対してそんなことを大声で抗議したルミカに命は思わず首を傾げた。命には一瞬にしてルミカの言っている意味を理解することが出来なかったのだ。それを察したルミカは命にも分かるように説明を加えた。
「ここの男神ときたら……戦闘馬鹿(武尽)!睡眠馬鹿(静由)!明らかな人外(ハクヲ)!ショタシスコン(カルマ)!馬鹿真面目(廻)!……ワンチャン誘惑できそうなのがリンファン一人だなんて……サキュバスとしてのプライドが許せないでありんす!」
「それはリンファンに失礼だよ!リンファンだって神なんだからそう簡単に誘惑されたりしないよ!」
ルミカはサキュバスとしてこの天界に住まう男神たちをどう誘惑したものかと三日間観察し続けたのだ。その結果、それは不可能なのではないかという結論に至った。
戦闘にしか興味のない武尽。三大欲求の百パーセントが睡眠欲の静由。そもそも人型でもないハクヲ。手を出せば犯罪臭駄々洩れのカルマ。真面目過ぎて性欲をどこかに置いていったような廻。このメンツを誘惑しろというのはサキュバスであるルミカでもかなり困難な話だったのだ。
因みに命も男だが、創造主である命を誘惑するというのは立場的にも能力的にも無理な話なので論外である。
特に問題がないのはリンファンぐらいだとルミカは考えたのだが、そもそも神である相手を誘惑すること自体難しいので命は反論した。
「まったく……そんなふざけたことに命様を巻き込むな」
「ふざけてないでありんす!誘惑はサキュバスの本分でありんす!」
命とルミカの大声を聞いて駆けつけてきた廻は呆れたような表情でルミカを戒めた。傍から聞いていれば随分とくだらない話だったので廻のその態度も当然だが、サキュバスであるルミカにとっては譲れない事案だったらしく口論が始まりかけてしまった。
「まぁまぁ二人とも。命はルミカと楽しくお話しできて嬉しいだけだから、そんなに気にしなくて大丈夫だよ廻。あ、そうだ!神子ちゃんは上手くやれてるの?」
二人を宥めるように話題を変更した命は神子の様子を廻に尋ねた。
天界とは時間の進み方が違う炎乱では、楓佳が神子になってから約一週間が経過しているので、そろそろ神子の力による炎乱の変化が表れ始めているのではないかと命は予測したのだ。
「はい。豊穣の能力はやはりすさまじく、既に収穫が始まっている食物もあるそうです。そして神子――楓佳は毎日治癒の能力で様々な人々の傷を癒しています。采国の人間だけではなく、神子の噂を聞き付けてやって来た魔国の住人にも積極的に治癒を行っているそうです」
「うん。神子は采国のためじゃなく、炎乱のために尽くす存在だからね。それでいいよ」
早速楓佳は神子としての能力を炎乱のために使っているようだった。
神子は炎乱という世界を救済するために作った存在だ。なので楓佳が住まう采国はもちろん、ほんの少し前まで戦争をしていた魔国のためにもその能力を振るうというのが適切なのだ。
つい最近まで戦争をしていた魔国の住人が采国を訪れても問題が起きないように、廻たちが〝国や種族の違いで差別、危害を与えることを禁ずる〟という神託を下したのが良い方向に向かったようだった。
初めての試みだったが、神子である楓佳が命の希望通りの働きをしていることに命はひとまず安堵した。
「ふふ……命も可愛い孫娘に会いに行こっかなぁ……」
「「…………?」」
まだ創造されてから日の浅い廻とルミカには、命のその言葉の意味を十分に理解することが出来なかった。
自分にとって子供同然である神々の子供――神子が命にとっては孫のような存在であること。そして命は一度思い立ったら本当にそれを実行するということ。
それを知らない廻とルミカからすれば困惑する他ない発言だったが、他の神々からすれば命が唐突に下界に降りようとするのは通算三回目なので最早驚く方が疲れるぐらいだった。
楓佳が神子となってから二週間が過ぎた頃。楓佳は自分に用意された上等な部屋の寝所で目を覚ました。
「もう朝なんだ……」
楓佳はあまりにも早く感じた朝の訪れに少々戸惑いながらも、その身体を起こして背伸びをした。神子になってからというもの、この炎乱のために身を粉にして働いているせいで楓佳は寝所に入った途端眠り、体感的には一瞬の睡眠しかできていなかったのだ。
睡眠時間が少ないのではなく、ただ単に疲れがそれだけ溜まっているということなので、睡眠の質は良いのだろうと楓佳はそれ程気にしてはいなかったのだが。
起き上がった楓佳はまだ慣れないその部屋を見渡した。つい先日までただの密偵にすぎなかった自分が、まるでどこかの国の王族の部屋のような場所で朝を迎えるなんて未だに信じられないのだ。
戦争が終わって間もないというのにここまでの贅沢品を用意できるなんて、それ程までにこの世界にとって神子という存在が重要であることを楓佳はひしひしと毎日実感していた。
その実感は自分に与えられたこの世ならざる能力の成果でも十分に感じることが出来た。
豊穣の能力のおかげで食物はすくすくと育ち、治癒の能力のおかげで戦争で深手を負った人々を癒すことが出来る。力がないせいで歯痒い思いをしていたあの頃とはもう違うのだと、楓佳は確実に実感していた。
そして神子として働けば働くほどいろんな人が笑顔になり、自分に感謝してくれる。大して面識のなかった人々がこんなにも嬉しそうな笑顔を向けてくれるというのは、楓佳にとって何物にも代えがたい報酬だったのだ。
だが神子になったことで困ったことも起きていた。
その一つがこの大きすぎる自室だ。今まで暮らしてきた狭い部屋とは比べるのもおこがましいほど広く頑丈な部屋。こんなものにお金をかけるぐらいなら民たちのために使った方が良いのではないか?と楓佳はどうしても思ってしまうのだ。
そして現在の楓佳には護衛が二人と、身の回りの世話をしてくれるメイドと執事が一人ずついて、それも楓佳には慣れない環境要因の一つだった。
神子である自分に何かあったらこの世界に危機が訪れてしまう為、護衛が必要なのだというのは理解できた。だが果たして今まで一人で生きてこられた自分に、執事やメイドは本当にいるのだろうかと楓佳が疑問に思わなかった日は無い。
仕方のないことだと分かってはいても、同じ家の中に慣れない相手がいるというのは楓佳を精神的に疲れさせていたのだ。
そんな時、楓佳を癒してくれるのは人々の笑顔と、自分に神子としての力を与えた神々の存在だった。
特に廻は仏頂面でぶっきらぼうな部分があるものの、本当はただ真面目なだけなのだということを楓佳は理解していた。神子の力が無ければただの人にすぎない楓佳を、廻は気遣ってくれる存在なので楓佳は大いに救われていたのだ。
楓佳が気を引き締めつつ、肌触りの良すぎる衣服に着替えて支度をしていると、何故か勝手に開いた窓から風が吹き抜けてきた。
「……?」
窓の外を見てもそこには誰もおらず、楓佳は首を傾げつつ開いた窓を閉じた。そしてそのまま後ろを振り返ると――。
「こんにちは。神子ちゃん」
「…………え、だれ?」
先刻まで楓佳が眠っていたベッドに腰かけている命が満面の笑みを楓佳に向けていた。
次は明後日更新予定です。
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