神子1
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炎乱に存在する二つの国のうちの一つ、采国でその少女は民たちに食料を配給していた。
家や畑はほとんどが焼け焦げ、まともな住居と呼べるものは存在していなかった。今この時代を生きる者の中に平和だった頃の街の風景を知る者などいなく、今の采国は当に地獄絵図だ。
そして戦争で大きな深手を負った采国の民たちの食糧源は最早配給しかなかった。だが量も少なく不定期な配給だけでは民たちが餓死するのも時間の問題。だがそれはこの戦争に勝った魔国側も同じようなものだろう。あちらの勝利は名ばかりのもので土地が疲弊しているのはこちらと大差ないのだから。
今後民たちのため、たかだか国の密偵に過ぎない自分に何ができるのか?そもそも国を騙し無理矢理この戦争を終わらせたことなどすぐにバレてしまう。どんな罰が下るかも分からないのに、そんな自分に一体何ができると言うのだろうか?そんな自問をしながら少女――楓佳はやせ細った民たちに配給し続けた。
その時だった。
この世界に異変が起きたのは。
「……なんだ、あれ?」
その言葉を呟いたのが誰なのか分かった者はいなかった。その言葉の後、上空に奇妙なものが浮かび上がったからだ。その奇妙なものに皆目を奪われていて、誰かの呟きにかまけている暇など無かったのだ。
その奇妙なものは薄すぎて大きすぎる液晶パネルのようなもので、民たちが見上げ始めた時は何も映っていなかった。だがこの認識は科学の国である采国だからこそできたものだ。科学の科の字もない魔国からすれば正体不明過ぎて驚く以前の問題だろう。
この液晶パネルは楓佳の周りだけではなく世界中の様々なところに現れていて、魔国にも出没していた。つまりは世界中の住人がこの謎の存在を視認しているということになる。
その液晶パネルに何者かが映り込んだ刹那、世界を神々しい黄金の光が包んだ。日光のように目を晦ますことが無いのに、日光などとは比べ物にならないほど神々しい光。
そんな不思議な光が止むと液晶パネルに映った二人の人物――廻とルミカが口を開いた。
「炎乱に住まう者たちよ。聞け」
「「…………」」
謎の現象のせいで騒がしくしていた人々が廻のメリハリのある声のおかげで一瞬にして静まり返った。
「俺はこの世界を管理する神の一人、廻」
「わっちは同じくこの世界を管理する神の一人、ルミカでありんす」
世界の住人たちはあからさまにポカンとした表情をすると、互いに顔を見合わせて困惑した。当然である。いきなり「自分たちは神だ」なんて言われて素直に「はいそうですか」と納得できる者などそうそういない。それこそ余程神に対する信仰心が篤い者でもない限り戯言と判断するだろう。
「これは我々が神だという証拠とでも思ってくれればいい」
世界の住人たちは廻の指すこれが一体何なのか一瞬分からず首を傾げた。だがその正体はすぐに人々の前に姿を現した。
廻たちはその超人的な力で世界の住人全ての身体を清潔なものにしたのだ。身体についた汚れ、悪臭が全てなくなり、服の綻びさえも元通りになっていた。
それを自分たちの身体で実感した者たちはこの一瞬で嫌という程理解してしまった。
この二人には自分たちの常識など通用しないのだと。そしてこの超人的な力を持つ二人こそが本物の神々なのだと。
それは徐々に起こった。
世界の住人たちはゆっくりと着実に一人一人が膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込み、手と手を合わせ始めた。絶対的な強者に対する畏怖とその尊さに抗える者はそうそういない。
集団心理とは怖いもので多数派が正しいと言えばそれは間違っていても善となる。今の状態は言い方を悪くすればそんな感じだった。
廻とルミカが神であることは間違いないが、このスケールに世界の住人全てがついていけるわけではない。だが生き物は周りを見ながら自分の成すことを判断する。例え自分の本心が違っていたとしても、今この状況で神を前に跪かない存在はいなかった。それは楓佳も同様に。
「さて。我々神々が下界の者たちに姿を見せたのは、それ程までにこの炎乱が危機的状況に陥っているということだ」
廻の言葉に世界の住人たちがざわつき始めた。嫌という程自覚していたはずなのに、いざ神を名乗る存在にそんなことを言われれば、人々が絶望に淵に立つことなど容易いのだ。
「我々神が助力を出さなければこの世界の存在が危うい。よって我々は偉大なる創造主様の命の元、お前たちにこの姿を見せた」
〝創造主〟という単語の意味を理解できたものはいなかったが、世界の住人たちは廻の発する内容にばかりかまけていたので疑問の声を上げる者はいなかった。
「とは言っても我々が直接世界を救うのは天界の暗黙の了解に反する。そもそもこの戦争はこの世界の住人の愚かさが要因の一つだ。それを我々神々が最後まで尻拭いしては、この世界のためにならない。よってこの世界の住人から一人、神子を造る」
今度は具体的内容の中に知らない単語が出てきたので人々のざわつきが大きくなった。もちろん神子という単語を耳にしたことはあるのだが、それについて十分な理解をしている者がほとんどいなかったのだ。
互いに聞き合っても答えが出ないと分かった人々は、その詳細を求めるように神々に視線を移した。
「神子とは神に仕え、世界の住人に神託を告げる者のことだ。神子になる存在は既に偉大な創造主様によって決められている。もちろんその者に拒否権はあるが、創造主様のご意向を無下にするのはあまり勧めないな」
廻は神子についての説明をすると、これから神子になる存在を睨みつけるような鋭い目つきになった。拒否権があると言っておきながら、その態度は拒否すればどうなるのか分かっているな?とでも言いたげだったのでかなりの矛盾だった。
だがその神子となる人物が分かっていない以上、誰が神々に脅しにほぼ等しい要求をされているのか不明なので、世界の住人たちは神子になる人物を探すように辺りを見渡した。
「これより神子となりこの世界を支える人物の名は、楓佳」
「「!!」」
刹那、楓佳の周りが喧騒に包まれた。それらは全て楓佳の存在を知っている者たちから発せられたものだ。その人々の驚きも理解できるが、誰よりも驚き現状を理解できていないのは楓佳自身だ。だから周りの人々がいくら楓佳に質問という名の視線を向けても楓佳に答えることなんてできない。
(……どういうこと?神子?何で私なんかが……)
楓佳は混乱する頭の中で必死に考えた。だが楓佳の人生において神などという超人的な存在と関わることなんて全く無く、そんな異次元の存在の話をいくら理解しようとしても無駄だった。
「我らが主、創造主様は、その見事な策略によって終わりの見えない戦争から世界を救った其方のことを感心していた。其方が神子に選ばれた理由はこれだ」
廻が神子の選定理由を世界の住人たちに話すと、何故かその場から一瞬で楓佳が姿を晦ました。楓佳は神子に選ばれたことで大勢の人物に凝視されていたので、その人々からすれば本当に一瞬の出来事だったのだ。
まるで魔法でも使ったかのように。
この炎乱において人間は魔法を使うことが出来ない。それはもちろん楓佳も同様に。だがこの状況なら簡単にこの謎の答えを導くことが出来る。
そう、神々が神子である楓佳をどこかに連れて行ったに違いないと。実際、その考えは大当たりだった。
楓佳は自分が神子に選ばれた理由を理解した途端視界が変化したことに、脳がフリーズしそうなほど困惑していた。次から次へとこんな訳の分からない現象が起きれば無理もないが。
楓佳がいるのは一面真っ白などこまで続いているのかも分からないほど広い空間だった。まぶしい程のその純白は先刻の世界を包んだ光を思わせるものだった。
「ここは……?」
「ここは天界と下界の狭間のようなところだ。命様がお造りになった」
見渡しても全く視界に変化がないその空間で楓佳が立ち尽くしていると、目の前に廻とルミカが現れた。
今楓佳たちがいるのは命がこの時のためだけに造った空間で、天界でも世界でもない異空間だ。以前魔王ザグナンが命との話のために作ったものとほぼ性質は同じである。
「命、さま…………あなたたちが先程おっしゃっていた、創造主様のことですか?」
「ほぉ……先刻の俺の話だけで判断したのか。やはり聡いのだな」
廻は世界の住人たちに向かって話した際、〝命様〟ではなく〝創造主様〟と呼んだ。それは下界の者に簡単に創造主の名前を教えるわけにはいかなかったからなのだが、楓佳は神である廻が敬称をつけて呼んだことを不思議に思っていたのだ。
神という上位種よりも尊い存在なんてそうそういるはずもない。創造主というのが一種の種族名のようなものなのではないかと考えた楓佳は、廻が敬称をつけて呼んだ命が創造主なのではないかと予想したのだ。
あの短い時間でそれを理解する程の頭脳に、廻は感嘆の声を漏らした。
「あら?先程は遠目だったせいで気づかなかったでありんすが、随分なべっぴんでありんすね。磨けば光りそうな…………もちろんわっちには劣るでありんすが」
ルミカは楓佳の顔を覗き込むとその容姿を褒め称えた。楓佳は炎乱に住んでいるので顔の手入れも化粧もまともにしたことが無いのだが、それでも分かるほど楓佳の顔は整っていた。
軽く結んでいる長い黒髪はあちこち絡まっているがそれは彼女の柔らかく細い髪質が原因だ。そして肌は所々乾燥しているが目を瞠るほど白い。桃色の口は小さくすっと通った鼻筋はとても美しかった。
そして一番特徴的な藍色の大きな瞳は吸い込まれそうな程の美しさだった。
「あの……」
「命様はただの人間でありながらその策略で世界を救ったこと、大いに褒めていたぞ」
「あの、どうしてそのことを?」
楓佳は不思議でならなかったのだ。自分が神子という存在に選ばれ、こんなところにいる理由は理解したが、どうしてその事実を命が知っているのかが。
「命様に不可能は基本的に存在しない。其方が何を考え、何をして炎乱の戦争を終幕させたかなど、簡単に知ることが出来る」
楓佳は神の上にいる創造主という存在の計り知れない能力に声を出すこともできなかった。
「それでどうする?神子になれば、例えお前が嘘の報告をして采国を敗戦に追いやったという事実が知られても、世界の平和のためにやったのだと堂々と言える。それにあれだけ脅しておけば、バックに神である我々がいる其方を直接的にどうこうはできないだろう」
「あ……なるほど。あの言葉は私に対してだけじゃなかったのですね」
廻の言葉で楓佳は理解した。
〝創造主様のご意向を無下にするのはあまり勧めない〟鋭い視線と共に言い放ったその言葉は、まるで神子への脅迫のように感じられたがそうではなかった。
あの威圧感で他の者たちも神に逆らえばどうなるか十分に理解できただろう。そんな神の子供といえる神子に何かしようとすれば一巻の終わりだ。それを廻は民たちに間接的に伝えたのだ。
「あ、ありがとうございます。何だか私の事情、考えてくれたみたいで」
「いや。命様が危惧されていたからそのご意向に沿って行動しただけだ。お礼なら俺から命様に伝えておく」
「ふふっ」
楓佳が頭を下げると廻は冷めた声でそう言い放った。すると何故か破顔した楓佳に、廻は怪訝そうな視線を向けた。
「何がおかしい?」
「ごめんなさい。とても真面目なんだなと思っただけです」
楓佳のために人々に脅しをかけたのは廻なのだから、わざわざ命のことを話に出さずに素直に礼を受け取ればいいものを、そんな風に返した廻のクソ真面目さが楓佳には面白く見えたのだ。
神に対してもあまり気負わず接してくる楓佳に廻とルミカは少々驚いたような表情をしたが、命が選んだ神子ならばそれぐらい特異な点はあってもおかしくないのだろうとすぐに平静を取り戻した。
書き終えて気づきましたが、今回主人公出ませんでしたね。すいません。
次は明後日更新予定です。
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