祈世の無意識な敵対
「祈世」
「言っておくが俺は創造主の知る祈世という名の女神ではないぞ」
少年が祈世と呼んだその神は、自分が祈世であることを否定した。姿も声もその力も女神である祈世の物そのものだというのに。その発言は傍から見れば誰もが首を傾げるものだった。
「あー、魂乗っ取られちゃってるなぁ…………ってことは祈世の前世は男だったってことか。あーでも、祈世が神に転生できたってことは君は前世の前世か、それより前にその魂の所有者だった人かな?」
だが少年が例外だった。少年には祈世の姿をした者の発言の意味が分かったのだ。姿はどう見ても祈世のものだというのに、少年がその瞳に違和感を感じたのはそれが理由だったのだ。
つまり身体は当然祈世のものなのだが、その人格が少年の知る祈世のものではないということだ。
それは、世界へのこの一連の攻撃が祈世自身の意思ではないということにもなる。それを悟った少年は安堵したように息を吐いた。
目の前にいる神の魂は確実の祈世の魂だ。だが人格が違う、もっと言えば魂を支配している中の人格が違う。
今祈世の魂を手中に収めているのは祈世ではなく、祈世の魂の前世の人格なのだ。
一人称が〝俺〟であることから少年は祈世の前世の性別が男であったことを推測した。輪廻転生した後に性別が変わるなんて、少年にとっては日常茶飯事なので大した問題ではないのだが、見た目が艶麗な祈世の身体を持つ人物の話し方だと思うと、異様な違和感を覚えるため少年は顔を歪めた。
前世と言っても、祈世になる一つ前の生がこの男だったわけではない。もしそうだったなら、祈世は神になどなれないからである。
魂の輪廻転生は前世での行いによって変わる、魂の色で決められる。その魂が美しければ、それは前世での行いの良かった者ということになり、神になれる可能性だってある。
だが魂を乗っ取られたことで色を変えた祈世の魂は、とても神のものとは思えない色になっていた。だがそれは乗っ取った張本人の魂が歪んでいるというわけではない。寧ろ綺麗な方である。
だが神になれるかどうかというフィルターで考えると答えは否だったのだ。なので祈世が神になれるほどの魂を育てた前世の人物は目の前の男ではないが、その人物よりももっと前にこの男は祈世の魂の所有者だったというわけだ。
「えーっと、君の名前は?」
「何故そんなことを聞く必要がある?」
「君は僕の愛しい娘の祈世じゃない。君を呼ぶ固有名詞が存在しないといろいろ不便だ」
「…………カミロだ」
カミロにとって少年に名乗ることは不必要なことだったが、少年にとってはかなり重要なことでもあった。意見の相違である。
説得をする少年に、カミロは「名前を呼ぶ必要などない」と反論をしようとした。だが愛する祈世の身体を乗っ取ったことをかなり怒っているらしい少年の声のトーンを聞いたカミロは、諦めてその名を告げた。
「じゃあ、カミロ。どうして世界を攻撃するの?君は世界に何の恨みがある?」
「そんなものは、お前が俺の思考を読めばすぐに分かることだろう?」
できないことを見つける方が困難な少年にとって、例え対象の器が神であろうとその思考を読むことは朝飯前だ。それを深く理解しているカミロは、少年がなぜそのような質問をするのか、その意図を読むことが出来なかった。
「君の言葉で話して欲しいんだけどなぁ…………っと、デグネフ?」
カミロの疑問に答えようとすると、デグネフからの通信がきたことで少年はデグネフとの会話にシフトチェンジすることにした。
とはいっても、少年に隙があるわけではなく、そもそも武器のレイピアを消滅させられたことで、カミロは少年の中の世界に手を出せずにいた。
『どうしたの?』
『祈世が反旗を翻しました!』
少年の質問に答えたデグネフは、今まで見たことない程に取り乱しているということがその声音から分かった。
だが少年にとって重要だった事柄は祈世が反旗を翻したこと自体ではない。その事実はデグネフに伝えられる以前から少年が推測していたことで、実際目の前には魂を前世の人格に乗っ取られた祈世がいた。
重要なのはそこではなく、何故その事実をデグネフが知っているかということだった。祈世は現在少年の目の前に確かに存在している。目の前のカミロが遠隔的な攻撃で何らかの攻撃をしたのなら、それを行ったのが祈世であると判断する要素はどこにも存在しないはずなのだ。
にも拘らずデグネフは祈世が反旗を翻したと確かに口にした。つまりは祈世が攻撃をしている場面をその目で確かに確認したということになる。
少年は何故そんな事態が起こっているのか考える間もなく理解した。
「そういえば祈世も分身体を造ることが出来たね」
「あぁ、お前がその力を授けたからな」
神の持つ実力は全て創造主である少年が、神々を創造した際に授けたものだ。そして祈世に授けた力の中には、少年のように自分の分身体を創り出すものもあったのだ。
つまりは祈世の分身体が現在進行形で何らかの攻撃を起こしているということになる。
『創造主様?創造主様!』
「デグネフ、落ち着いて。それは確かに祈世の分身体だけど、祈世が反旗を翻したわけじゃない。前世の人格に魂を乗っ取られただけだ」
少年は今現在のデグネフを様子を確認するために創造主の力でその目を千里眼に変えた。
少年がその千里眼でデグネフたちのいる天界の様子を眺めると、祈世の分身体三体が他の神々たちに攻撃をしている場面を目の当たりにした。
『前世の人格が?ならば何故その者は私たちを狙うのですか?その者の狙いは世界そのものだったはずです』
「恐らくこれから世界を壊すための攻撃を行う際に、邪魔されると困るからなんじゃない?僕や神は世界に深く干渉しないけど、世界の存続にかかわるほどの危機なら手を出さない訳にもいかないから。まぁ僕の分身体には勝てないの分かってるだろうし、そっちには送ってないかもしれないけど」
デグネフの疑問に少年が自分の推測を話すと、カミロはそれを肯定するように嘲笑った。
少年を狙う理由はその身体の中に創造された世界だが、神々を狙う理由は世界が壊れる程の攻撃をする際に邪魔されると困るから。
とは言っても、現在ライン以外の世界にいる少年の分身体には流石に敵わないので、対抗しようとしても無意味なのだが。
「デグネフ、今すぐそっちにいる分身体を僕の力で……」
『ちょっと待て』
少年は創造主の力で神々を狙う祈世の分身体を一瞬で消し去ろうとした。だがそれを阻んだのは、デグネフとの会話に割って入ってきた武尽だった。
「どうしたの?武尽」
『ここにいる分身体は吾輩に任せろ。分身体如き吾輩一人でもお釣りが出てくる。それに最近大した戦闘もできてなかったからなぁ。身体が疼いて仕方ねぇんだよ』
武尽の声は目の前にぶら下げられた〝心を高ぶらせる戦闘〟という名の餌によって、嬉々としたものになっていた。産まれた時から武尽の性質は全くと言っていい程変わっていない。
少年が神々を創造したばかりの頃、無謀としか言いようがない戦いを少年に申し込んだ時と同じである。ただ目の前の高ぶる戦いに一途に食らいつく。
自分に秘められた大きすぎる戦闘能力を、強者という実験道具で試さずにはいられない。武尽という鬼の男神はそういう神なのだ。
「……まぁいいよ。でも他の神たちに飛び火させないでよ?」
『分かってる、吾輩に任せておけ』
「じゃあお願いね。怪我しちゃダメだよ、武尽」
少年は武尽の申し出に呆れたような、寧ろ感心したようなため息をつくと、その申し出を了承した。 武尽は最強武神と呼べるほどの戦闘能力の持ち主。例え神相手でも、たかだか分身体に後れを取ることなどありえないということは少年も分かっていた。だからこそ許可を出した。
とはいっても、大事な子供である神々が心配で堪らない少年は、武尽に注意の声をかけた。神相手にも心配を怠らない少年に、武尽は言葉では言い表しがたい感情を抱きながら、少年との通信を切った。
「はぁ……あんまり僕の可愛い子供たちに、ちょっかい出さないでくれる?」
「ふっ……神の心配をする奴なんて、全ての世界探しても創造主だけだろうな」
少年は神々を狙われたことに対して沸々と怒りの感情を沸かせていた。ラインに住む動物たちに影響が出ないように、創造主としてのオーラを完全に抑えている少年だが、その鋭い眼光だけでカミロは身震いを起こした。
カミロはその恐怖を誤魔化すように、少年の神々に対する過保護を揶揄った。だがカミロの言ったことも事実である。
神々は本来、創造主という絶対的強者にその力を与えられた、普通の生物では到底叶うはずもない存在だ。
例え神々が負けることがあったとしても、神々が死ぬことは無い。言い方を変えれば、死んだところで創造主にならすぐにその命を復活させることが出来る。
だから今この状況も大した窮地ではない。神々がたかだか分身体に負けることは無い。それは創造主である少年も同じこと。神々に何かあっても、創造主が願うだけで全てが解決する。
だからこそ、窮地に陥っているのは、何時でも何処でも、創造主の敵になった者だけなのだ。
つまり神々は創造主が心配などする必要のない存在。それでも少年は神々の身を案じる。案じてしまう。そんなことをするのは森羅万象において、少年ただ一人なのだ。
「自分の子供を心配して何が悪い?」
「創造主が過保護で助かった。創造主だって、自分の愛する子供の身体に傷をつけたくはないだろう?」
「そうだね」
そう、少年の神々に対する愛情は、今のこの状況では少年の首を僅かに締めるものだったのだ。
魂を乗っ取られていると言っても、目の前にいるカミロの身体は確実に祈世の物だ。それを傷つけるという行為は少年の愛が許してくれるものでは無い。
とは言っても、この状況を変える方法など、少年には手に余るほどあった。少年にできないことはほぼ無い。いくらでもやりようはあるのだ。
「まぁ最初から俺が創造主に勝てるなんて思ってねぇよ」
「!まさか君……」
「ふっ……」
意味深な言い方をしたカミロを不審に思った少年は、その心の声に耳を傾けた。するとカミロがこれから行おうとしていることに勘付いた少年。だが気づいた時にはそれは既にカミロによって行われていた。
「あぁ、俺じゃあ無理だからな。俺の無念は、今の俺に晴らしてもらう」
今の俺。それがどういう意味なのか理解できない程、少年は抜けてはいなかった。
魂を繋ぐ者という意味では、この二人は同一なのだから。
そう、カミロの魂の現在の人格。
「祈世」
「…………創造主様?」
少年がその名を呼ぶと、魂を本来の色に変えた祈世はキョトンとした表情で首を傾げた。だが次の瞬間、祈世は一気にその表情を苦悶の色に変えたかと思うと、その頭を両手で抱えて蹲った。
「いやああああああああああああああああ!!」
「祈世!」
あまりのその苦痛に、祈世は声にならない悲鳴を上げた。これがカミロの切り札だったのだ。祈世では少年に敵わないと分かっていたから。
そして、例え生き返らせることが出来ても、少年が自らの手で愛しい祈世を殺すことが出来ないということも分かっていたから。
だからこそ、その祈世自身が少年に刃を向ける存在にするために、カミロは祈世に自分の記憶を植え付けることにしたのだ。
「カミロくん……やってくれるねぇ」
少年の蟀谷から頬をかけて零れた汗は顎に到達した時点でその動きを一瞬止めると、静かに地面に落ちていった。少年は数百年ぶりに焦りという感情を抱き、苦しそうな笑みを浮かべたのだ。
「創造主……さ、ま…………どう、しよう…………私……世界が…………憎い……い、いやなのに……ごめんなさいっ」
祈世はその憎しみの感情を前世の記憶から受け継いでしまったのだ。
祈世という人格を、記憶を、消し去らずに。
だからこそ、少年の目の前にいるのは、まぎれもなく少年が生み出した女神――祈世なのだ。
ただ一つ。世界に対して憎しみを抱いたという、ただ一つの違いを除けば。
明日も更新予定です。
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