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さよなら世界、ようこそ世界  作者: 乱 江梨
第一章 世界の終わり、世界の始まり
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嫌な予感

「創造主様、五人になるとは一体どういう意味なのですか?無知な私たちに是非お教えください」


 いくら頭を捻ったところで少年の突拍子もない発言の真意など理解できるはずもなく、デグネフは直球に少年に尋ねた。


「さっき炎乱に降ってきた魔法による攻撃……あれが一体だれが何のためにしたことなのかを調べるために、僕は今現在存在している五つの世界の張り込みをしようと思うんだ。また世界に何らかの攻撃がなされた時、直に見た方が何か分かることもあるかもしれないしね」


 今回炎乱を襲った攻撃は人間の国――采国と、他種族の国――魔国両方を狙ったものだった。炎乱という世界にはこの二つの国しか存在していない。つまりあの攻撃は炎乱という世界そのものを狙ったものだったのだ。


 世界そのものを狙っているのなら、他の四つの世界にも気を配った方が良いのではないかと少年は考えたのだ。


「あの攻撃をした奴は炎乱に住んでるんじゃないのか?炎乱だけ警戒しときゃいいだろ」

「あれだけの大魔法を発動できるんなら、異世界転移の魔法だって使えるかもしれないでしょ?それにあの攻撃が炎乱から放たれたものかも微妙だし」

「あぁ……確かにな」


 炎乱を狙ったあの攻撃を放った人物は、当然炎乱の住人なのではないかという尤もな意見を武尽は口にした。


 もちろんその可能性もあるのだが、あれだけの魔法を行使できる者ならば、異世界転移することも、別の場所から遠隔操作であの攻撃を放つことだってできたはずなのだ。


 念には念を……という少年の主張も理解できた武尽は納得したように頷いた。


「と、言う訳で、僕はこれから四つの分身体を造って合計五人になろうと思ったわけなんだ」

「なるほど……創造主様にとってご自身の分身体を造ることなど朝飯前というわけですね」


 デグネフの解釈に少年は頬を染めつつ大きく頷いた。デグネフのように少年を崇拝する神々からの高評価に少年は毎回委縮してしまうのだが、それが嬉しくないはずもなく。少年は嬉々とした表情を隠しきれないのだ。


「これから皆にこのことを伝えたいから、デグネフたちは他の神たちを呼んできてくれるかな?」

「了解しました」


 少年はしばらく下界に降りるため、この天界を留守にする旨を神々に伝えるためにデグネフにそう頼んだ。


 デグネフは了承するとすぐにその場から姿を消し、他の神々を呼びに行った。


「静由くーん、起きて下さ~い」

「ん……創造主?」


 少年は部屋の隅で蹲っていた静由を起こすために、静由の耳元で声を上げた。静由は起きたばかりのぼやけた視界で少年を認識すると、間の抜けた声を出した。


 静由が眠い目を擦っていると、既に武尽・静由ペアの部屋に全ての神々が揃っており、少年の方に視線が向かっていた。


「みんな急に呼んでごめんね。単刀直入に言うけど、僕これから下界にしばらく降りるから、少しの間皆にお留守番を頼みたいんだ」

「え……創造主様が下界に?どうかなさったんですか?」


 祈世同様に事情を知らない七人の神々は本当に単刀直入な少年の物言いにポカンとした表情を浮かべた。


 約五〇〇年の間この空間でしか時間を浪費してこなかった少年が突然そんなことを言い出せば、神々のそれはやはり尤もな反応だった。


 少年は祈世の質問に今回起こったことの経緯を説明した。その説明に神々たちは納得し、少年の申し出を聞き入れた。


「というわけで、これから世界に対して敵意を持った人物をあぶりだすために……あ」


 少年は突然発言を中断すると、何かを思いついたようなキラキラとした目をすると満面の笑みを浮かべた。


 神々は少年のその表情が何か突拍子もないことを思いついた時の助長だということをすでに理解していた為、各々何とも言えない表情をした。


「みんな!僕いいこと思いついっちゃった……パートつぅー!」


 ウインクをしつつピースサインを作った少年に何か言う神はもはや誰もいなかった。


 









 少年は現在、ハクヲ・千歳ペアが管理する世界――ラインを訪れていた。ここでの〝少年〟は四人の分身体を創り出した少年という創造主の本体である。


 他の世界にはそれぞれ分身体が一人づつ訪れており、その全てと少年は感覚を共有できるので何かあった時はすぐに察知することが出来るのだ。


 少年が訪れているラインは動物や虫しか存在しない世界で、とても自然が豊かなところだ。言語を話す種族が存在しないので、戦争が起こることの無い、平和といっていい世界でもある。


 この世界での絶対的な教訓は弱肉強食。まるで食物連鎖のお手本のようなこの世界では、ただ同じことが繰り返されるだけなのだ。


 少年の本体がこの世界をわざわざ選んで訪れたのには訳があった。それは少年が先刻思いついた〝いいこと〟が深く関係している。





「いいこと……とは?」


 少年の思い付きについてようやく尋ねようとした勇者はリンファンだった。他の神々も同様に少年の言う〝いいこと〟の正体には辿り着けていなかった。


「僕の考え通り、相手が世界を狙っているのなら、囮とする世界を創っちゃえばいいんだよ」

「囮……つまり、生物などが存在しない、ただの空間としての世界を創るということですか?」

「正解!流石はデグネフ」


 少年から発せられた僅かな情報だけで、デグネフは少年の思惑に勘付き、それを確認した。


 あの大魔法を放った者の狙いがその地に生きる生物ではなく、世界そのものだったとしたら、例え生物が生息しない世界でも、そこに存在さえしていれば、相手の標的になるのではないかと少年は考えたのだ。


 そこで少年はそんな世界。つまり生物の存在しない、ただの空間だけの世界を囮として創造することで相手を誘き出そうとしているのだ。


「どういうことだ?相手が世界を狙っているなら、今存在している五つの世界全部が対象だろ?囮を造ったところで、どうせその五つの世界も狙われるんだから、大した違いねぇだろ?」


 武尽は首を傾げつつ疑問を零した。今回炎乱が狙われたように、どうせ他の世界が狙われるのなら、生物の存在しない世界を増やそうがあまり意味がないのではないかと武尽は思ったのだ。


「普通の相手ならそうだけど、今回の相手は遠隔的に魔法の攻撃を放つことが出来る可能性がある。そうなればどんなに待っても相手を捕えることはできない。だから、今回造る世界はどうやってもあっちから出向かないと攻撃できない場所に創るんだ」

「「?」」


 神々たちは少年の説明で囮の世界を創る理由は把握したが、その世界をどこに創るかは見当がつかなかった。


「僕の体内だよ」

「「!?」」


 少年から告げられたその場所に、神々たちは声を出すこともなく驚愕した。それもそうだ。創造主といっても、少年は元々下界で暮らす人間だったのだ。そして創造主になった時も少年は自分の身体を変えずに人間のままにしていた。


 そんな人間の身体の中に世界を創るというのだから、神々たちの困惑は一入(ひとしお)である。


「お、お待ちください、創造主様。それはつまり創造主様自身を囮にされるということですか?危険です!」

「なんで?僕は死なないから危険じゃないよ」


 祈世は慌てたように少年に進言したが、その意見は少年によってあっさり否定されてしまった。


 少年のその態度に神々たちは内心ため息をつくほかなかった。確かに創造主である少年は自分が望まない限り死ぬことは無い。だがそれとこれとは話が別なのだ。神々にとって絶対的君主である少年が危険に自ら身を投じるということは、例えそれが少年にとっては危険でなかったとしても、神々たちは心配なのだ。


 少年は神々に対して十分すぎる程の愛情を注いでいるが、神々からの好意に対しては鈍感と言っていい程のレベルだ。少年だって少しでも危険を感じれば神々たちを巻き込んだりはしたくないと思うのに、その対象が自分になった途端その危機管理能力が一気にダウンするのだ。


「それに僕たちみたいな存在が世界にやたらと干渉するのはグレーゾーンだけど、僕の体内に世界を創ってしまえば、僕自身を守ること=で世界を守ることが出来るでしょ?そうして、僕の体内に創った世界を一向に傷つけることが出来ないと分かった相手は、痺れを切らして直接僕のところにやってくると思うんだよね」


 少年の言うことは実に的を得ていた。神々や創造主である少年が世界の出来事に深く干渉することはあまり良しとはされていない。それは世界に何らかの攻撃がなされても、積極的に守ることもいいことではないということだ。


 だからといって、相手の攻撃をただ黙って見ているだけでは何も進展はしない。だから少年は自分の身体の中に世界を創るという手段を思いついたのだ。


 少年が少年自身を守ることは何の問題もない。そして少年が少年自身を守れば、間接的に少年の中の世界を守ることにもなるのだ。


「確かにそうですが……」

「大丈夫!僕は死んだり、怪我したりしないから」


 少年の説得内容について理解はできるものの、納得できるかはデグネフにとって別問題だった。少年の有無を言わさぬ笑みで神々は反論することなく、少年の体内に世界を創るという提案を呑んだのだった。






 こうして少年はラインに訪れることになった。理由は簡単。あの大魔法を放った相手が少年を狙ってきた時に、周りに人などの生物がいると被害が出てしまうからだ。


 このラインは言語を話さない動物しか存在しない。その動物たちは犠牲にしても良いというわけでもないが、他の世界に比べれば幾分かマシだったのだ。


「やっぱりラインは空気が美味しいなぁ……動物は可愛いし」


 少年は森中にいる愛らしい動物たちに目を向けると、一息ついたように呟いた。動物の中にはライン特有のものもいて、少年はその愛らしさに思わず笑みを零した。


 ラインは環境破壊の要因が全くないと言っていい程の世界なので、環境の良さは他の世界の比ではないのだ。


 

 少年はそれからしばらくラインで動物と戯れながら過ごしていた。その間、デグネフ・クランペアのヒューズド、祈世・リンファンペアのインフェスタに炎乱の際と同様の魔法攻撃が降ってきていた。


 その攻撃を少年の分身体は威力を半減させる程度に防いだ。少年が世界に干渉――救うことはあまりいいことでは無いが、黙って愛する神々が育ててきた世界を見捨てることもできず、威力を半減させるという手段をとったのだ。


「やっぱり世界自体が狙いなんだよなぁ…………嫌だなぁ……僕の嫌な予感が当たりそうで」


 少年は白狐の男神であるハクヲによく似た白狐の頭を撫でながら、空を睨むようにしてそう言った。


 嫌な予感――それは炎乱に降りかかったあの攻撃を見てから、少年の頭を()ぎり続けるものだった。


 そう、あの神々しいとしか言いようのない金色の攻撃を一目見た時からずっと。


 


 少年は自分に向けられた殺気に気づくと、己の体内に存在する世界に対する攻撃を軽くかわした。


 その攻撃は炎乱を襲ったものと全く同じだったが、少年はその大規模な魔法をいとも簡単に自分の手の内に吸い込み、無効化してしまったのだ。


 何度かその攻撃は少年を襲ったが、何度やっても結果は同じこと。その内少年は攻撃に目を向けることなく「消えろ」という一言だけでその魔法を消し去っていた。


 少年の狙いは、どうやっても少年の中の世界に損害を与えることが出来ないと分かった相手が、自ら少年の前に現れることなので、今のところ順調に進んでいると言っていい。


 そんな攻防をしばらく続けていると、動物しか存在しないラインに動物ではない何かの気配を少年は感じた。


 その瞬間、少年の心臓部分を貫こうとするレイピアを確認することが出来た。少年はそのレイピアを一瞬で消し去ると、後ろに軽く跳躍してレイピアの持ち主と顔を合わせた。


「あぁ……何で嫌な予感って、こういつも当たっちゃうんだろうね?」


 少年はその相手の顔を見ると、ため息を零すように言った。少年の嫌な予感は見事に的中していたのだ。


 その相手は薄黒い肌に、腰まで伸ばした桃色の繊細な髪を持っていた。そして、身体的特徴の中で最も目を惹かれるのが、その瞳。


 そう、まるであの魔法攻撃をそのまま瞳にしたような…………いや、寧ろその瞳の色があの攻撃の特徴を形作っているのかもしれない。


 目を奪われるような神々しい金色。だがその瞳はどこか虚ろで、少年の知る輝かしさとは異なって見えた。


「そう思わない?祈世」


 金色の瞳を持つその女神に、少年は己がつけた名前で呼んだのだった。




 明日も更新予定です。

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