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夢世  作者: 花 圭介
92/119

夢世92

「カリン!」

「お父さん! お母さん!」

 家族の微笑ましい再会が、今果たされた。

 目前で親子が互いの無事を喜び、抱き合う姿は胸を熱くさせる……。

 俺達は怪物を屠った後、分かつ透明な壁に阻まれ、触れ合える距離まで近づくのに、多くの時間を費やさねばならなかった。

 カリンの両親を連れて行動するわけにもいかず、俺は、一輝達にこの階の攻略を任せ、ただひたすらその到着を待ち続けた。

 一輝達の実力を考えれば、攻略を任せる事自体に何の問題もないのだが、待つだけというのは、思った以上に精神を疲弊させる。

 特にこの環境に慣れていないカリンの両親は、俺とは比べられない程に、その不安が大きく膨んでいるに違いない……。

 俺は待っている間、そういった精神状態を少しでも緩和させられるならばと、カリンの両親との会話を試みた。

 互いの共通話題となるバベルの塔におけるここまでの道程についてや、カリンと別れ別れになってしまった経緯について、さらには、カリンがどのようにして現在のような天真爛漫な少女へと育っていったのかなど、両親にとって活力となり得る話題も含めて掘り下げ話をした。

 だが、それでも年代の異なる初対面の人物を相手に、会話を続かせるには限界があった。

 小一時間程度で会話は途切れ途切れとなり、やがて沈黙がその場を支配する時間が多くなっていった。 その後は、小さな咳払いや体勢を変える擬音で、静寂を追い払うのがやっとといった感じで、対処の仕方に悩み続けた。

 それでも精神状態に異変がないか、確かめる必要があるため、ちらちらと覗くように視線を向けると、思いの外穏やかな笑みが返ってきたので、胸を撫で下ろした。

 傍らに寄り添う夫人の存在が、彼の心を平静に保たせているのだろう。支えてくれる人がいる、それは何ものにも代えがたいことなのだなと実感した。

 時は絶えず刻まれている……。

 そしてどんな時間にも終わりはある。滞っていた時の流れが、不意に動き出した。

 怪物が現れた場所と同方向から、何やら話し声が聞こえてきたかと思うと、そのボリュームを上げつつ、近づいてくる人影がいくつか見えた。

 目を凝らすまでもなく、それは見慣れた仲間達のものだった。

 思った通り、この広場は透明な壁で仕切られてはいたものの、別ルートで通じ合っていたようだ。

 ただ、互いの部屋を行き来するには、それなりの時間が必要となる。部屋を出て、もう一方の部屋に最短時間でたどり着けたとしても、その間にカリンの両親の命は失われることになるだろう……。

 やはり、通常の攻略法では、俺達が勝ち取った物語の分岐点には、たどり着くことはできないらしい。

 とにもかくにも、俺は現れた人影が仲間のものであると分かったことで、まとわりつくような緊張から、ようやく解放されることとなった。

 長く居心地の悪い時間は、次の光景を目にするために必要な時間だったのかも知れない……。

 互いに涙で顔をグシャグシャにしながらも、抱きしめあい、強く結びつき、表情を喜びで満たした親子の姿がそこにはあった。

「何とお礼を申し上げれば良いのか分かりません。心から感謝致します。本当に、本当に有難うございました!」

 父親が抱き上げたカリンを地面に下ろした後、こちらに向き直り、深々と頭を下げた。

 それに合わせて、カリンと母親も恭しく頭を下げる。

「……お気になさらないで下さい。こちらにも思惑があって行ったことですので……」

 俺は、涙を溢れさせながらお礼を言うカリンの両親に向かって、僅かな後ろめたさを感じつつ、3人に頭を上げてもらうよう促した。

 このとき、気遣う言葉とは裏腹に、神仏を崇めるかの如く深々と下げられた頭を目にして、忽然、俺の心は冷めていっていた……。

 やがて感情が欠落すると、冷徹な思考で、今回の行動へ至った自身の心奥を探る。

 辿り着いた答えには、カリンの両親を助けたいという想いよりも、その後の物語がどう進展するのか見てみたい、試したい、そんな『欲求』が横たわっていただけだった。

 この試みが上手くいけば儲けもので、そうでなくとも仕方がない、とすぐに諦められる程度の労りのかけらも無い偽善行為……。

 それはリセットが利く夢であるが故にできた行い。

 果たして、戻ることの叶わぬ選択肢であったならば、同様の行動を起こせたのだろうか?

 その覚悟が持てたであろうか?

 不純な動機から派生した善行で、信頼を得る悪徳商法のようなやり方……。

 夢の住人にとっては、たまったものではないだろう。

 ……ただ実際、ここは夢の中である。夢の住人もまた夢である。

 このバベルの塔で登場する人物たちは、ただただ物語の1部でしかないのだ。

 感情を持ち合わせた本物の生体のように感じられるが、結局のところ、精巧に作られたロボットと同義。

 そう考えると、2層で出会ったマルドックでさえも、カリン達と変わらぬ位置付けとなる。

 新たに信頼できる仲間を得られた、そのときはそんな高揚感で満たされた。

 だがそれは、結局のところ、虚構に過ぎないと頭の中の認識が改変されると、俺の心は一気に冷えていったのだ……。

「夢は、幻でしかない……」

 俺は、急激に冷めていった心の動きを悟らせないように、そして再度自身に植え付けるように、その心根をぼそりと吐き出した。

「上手くいきましたね!」

 そんな時、一輝が会心の笑みを浮かべて、俺に声を掛けてきた。

 きっと一輝は、俺と同様の思考を辿って、現状に至ったという意識はないだろう。ただ純粋に、ネットに書かれていたシナリオに対する釈然としない想いを、形にしたに過ぎない。

 それが首尾よく運んだ今、痛快な心地で満たされているはずだ。

 そこに水を差すのは簡単だ。

「何方に転んだところで、俺達にとっては『暇つぶし』ができる選択だったな。」

 とでも言えば、その言葉を吐いた者へと向かう嫌悪感と同時に、現状へ至った自身の心の成り行きにも、気付かされることだろう……。

「……ああ、そうだな」

 だが俺は、心奥に巣食う不浄に向き合うのは、自分1人で充分だと呑み込み、でき得る限り穏やかに微笑んでみせた。

 心の闇を押さえつけ、精一杯に絞り出したその微笑みは、どうやら実を結び、和やかなムードに傷をつける事はなかった。

 無邪気にはしゃぐ一輝に、楽しげな咆哮を重ねる洋輝、それをほほえましく見つめる遥、竜馬でさえも口元を綻ばせて満足気だ。

 その光景を目にして、一時は腐敗した心を知られず、やり通せた事に俺は安堵したが、同時にこの場に自分がいることの歪さが際立ち、まるで陽光に晒された吸血鬼のように、心中穏やかではいられなかった。

「さあ、行こう! 新たに結び付けた道筋が、何をもたらすのか確かめに!」

 俺は、皆から顔を背けるために踵を返してから号令を発した。

「おおぉ~っ!!」

 底意を知らない皆は、その号令に意気揚々と呼応する。

 俺は、皆の声に押し出されるようにして1歩、また1歩と足を踏み出し、前へと進んだ。

 神、ネルガルに対して傲然と差し出される助力など不要だと、突っ撥ねることこそが最大の目的であるが、まずは自身の心の澱みを浄化するために前へと進む……。

 向き合っていたときには、眩し過ぎて心まで焼かれてしまいそうなほど息苦しさを感じたが、皆に背を向けた今は、体を暖かな大きな手で支えられているようだ。今はこのくらいが丁度いい……。

 きっとネルガルの元に辿り着く頃には、心の疼きは薄らぎ、今まで通り、皆と顔を付き合わせることができるだろう。

 今の俺には支えてくれる仲間がいる。

 これは何ものにも代え難い、代替の効かない心の糧だ。

 この実感がある限り、俺は先に進める……。

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