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夢世  作者: 花 圭介
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夢世9

 スマホを胸の上に置き、目を閉じ、チャットのやりとりを反芻しながら、その余韻に浸っている……。

 俺は元来、人との関わりを煩わしく感じるタチの人間だ。人というものは、関われば関わるだけ悩みを増やし、ストレスを膨らませていく。そして結局は手に余り、抱えきれなくなった末、放り投げることになる。俺はそうなることを知っている。

 その点、チャットは都合がいい。俺みたいな覚悟の足りない人間にも程良い繋がりを提供してくれる。今回はまさにそれだった。

 チャットは文字の羅列だけで相手を推察するしかない。由紀という名前と並べられた言葉からすると、女性であると感じられるが、実際のところは分からない。語られた情報も本当かどうか不確かだ。年齢だってそうだ。

 だが人間には違いない由紀との関わりは、有益となり得る情報をもたらした。それだけで俺にとっては十分だ。

 チャットは、期待など抱かなくていい。当たればラッキー程度の宝くじを購入したくらいの感覚でいられる。得られた情報が、例え全てがデタラメで、俺を揶揄っていただけだとしても傷つかずにいられる。

 (また機会があれば試してみよう)心の中で俺はそう呟いた。


 すぐにでも得られた情報を試したい気持ちもあるのだが、先ほど起きたばかりでまた寝るという気にはとてもなれない。

 夢の世界で起きていたのだから、眠気はかなりある。寝ようと思えば寝られるのだが、現実世界で今はまだ午後2時過ぎ……。正しい生活リズムへ戻すためにも夜までは起き続けていたい。

 それにしても由紀という女性(きっと女性だろう)は洋輝と同じくらいあの夢を怖がらずに、色々と試して楽しんでいるようだ。きっと時代の先駆者とは、恐れずやりたいように突き進むことの出来る彼等のような人々のことを指すのだろう。

 自分もあやかりたいとは思うが、知らず知らず自分の上限を決めてしまい、最後の一歩を躊躇してしまう。かといって無理に彼女達に近づこうと背伸びすれば、高確率で大きなダメージを受ける事を俺は知っている。

 何故ならこのジレンマを払拭しようと幾度もチャレンジし、失敗を重ねてきたからだ。彼等と俺とでは根本的に何かが違うのかも知れない。

「やめやめっ!」

 わざと声に出して考えをリセットさせた。このまま考えを巡らせてもネガティヴな思考のループにはまり込んでしまいそうなので、気分転換にちょっと街を散策することにした。


 家を出てすぐの大通りを右手へしばらく行くと、夢の複合施設には遠く及ばないが、それなりな大きさの楽しめるショッピングモールがある。普段は待っている間の手持ち無沙汰が煩わしいので歩いて向かうのだが、ジョギングの疲れもあったため、仕方なくバスを待つことにした。

 空を見上げて、流れる雲の形から何か連想できるか考えたり、行き過ぎる車を眺めながら、自分好みの車について想像したりしながら時間をつぶしていると、思いのほか早くバスがやってきた。

 乗り込むと中間あたりに空席を見つけ、そこに座る。

 車内は平日の昼過ぎとのこともあり人は少ない。ぼんやりと車窓から景色を眺めていると、後ろ座席から親子の話し声が聞こえてきた。どうやら母親とその娘との会話のようだ。

「本当だよ。本当にUFOみたいにお空をプカプカ飛んでるの」

「そう、それは楽しそうね」

「うん!」弾む軽やかな声で女の子が答える。

「それでね、その夢でリス組の正樹君とも会ったんだよ」

「へぇーそうなの」

 声だけ聞いていても母親が娘の話を聞き流していることが分かるが、娘はそんなことは御構い無しに話を続けた。

「でね、幼稚園で会ったら遊ぼうねって約束したの!」

「そう、それは良かったわね」

「ううん、だって約束したのに幼稚園で遊んでる途中で逃げちゃったんだもん」

「そう、それは残念ね」

「正樹君、みんなの前で私と結婚式するって約束したのに……」

 恨めしそうな声だけで、仏頂面でふてくされた女の子の顔が連想出来る。

「そう、それならまた夢で会ったら、もう一度結婚式を挙げてって正樹君にお願いしたら?」

 娘の気持ちを慮った上での言葉なのだろうが、夢の世界があると信じていないからこそ言える回答だ。正樹君の都合など何も考慮していない。まあ当然といえば当然だが……。

「うん!そうする!今度は絶対結婚式やってもらうの!」

 バスの乗客全員に聞こえるくらい大きく元気な返事が響いた。

「シー!静かに!」

 母親が慌てて注意する。

 きっと正樹君は今頃、あの夢を見ないようにと祈り続けていることだろう。

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