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夢世  作者: 花 圭介
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夢世8

 目覚めると俺は目玉だけをギョロギョロと動かし、自分の部屋であることをまず確認する。だいぶ慣れてはきたが、まだどうしてもこの夢から目覚める時は心が強張り、直ぐには体を動かせない。それはきっと、否定的であった異世界を受け入れざるを得なくなったことに原因がある。今まで培ってきた世界への『認識』を改めきれないでいる。そのため目覚めた先の世界が自分の世界とは限らない、と疑心暗鬼になっているのだ。

 一通り見渡し、変わった点がないことを確認すると、両手の平をゆっくりと顔へと運び、目を覆った。その状態で数拍、自身の鼓動を感じると、気持ちの切り替えがスムーズにいく場合があるため、たまにやる行動だ。

「……よし」

 今回も多少なりとも効果はあったようだ。心を澱ませていた灰汁が、掬い取られたイメージ。

 顔を覆っていた手を下ろし、両腕でベッドから上体を押し上げると、時計を見た。

時計の針は今日を折り返し、午後1時を指している。

 胸に溜まった息をふーっと吐き出し、ベッドから立ち上がると、部屋をあとにした。

 そして直ぐ右手にある階段を滑るように降り、1階居間からベランダへと続く窓を開け、新たな空気を胸いっぱいに吸い込む。

 そこから見える電線にふくら雀が3羽、きれいに横1列に並んで可愛らしい声で鳴いている。

 遠目から見ると、まるで串を通したみつ団子のようだ。

 それを連想した途端、俺の体のあちこちで敏感な反応があった。

 唸るように鳴る腹を押さえ、唾を飲み込み台所まで小走りで向かう。台所へ着き冷蔵庫の中を物色すると、卵とハムがあったのでハムエッグを作り、それを棚の上にあった食パン2切れで挟み込み、サンドイッチにした。

 無心でサンドイッチを頬張り、またたく間に平らげると、居間へ移り、ソファーにごろりと寝転んだ。

 そして部屋から出る際にスウェットパンツのポケットにねじ込んだスマホを取り出す。電源を入れ『アナザーワールド』と検索してみる。

 もうすでに様々なサイトが立ち上がっていた。その中で『夢見心地』というサイトに目が止まった。

 サイトではアナザーワールドに関する情報提示とチャットスペース、そして運営者自身のブログがリンクされ、近況などが書かれていた。

 ブログを覗いてみると、サークルでの出来事やゼミの課題が思うように進まないなどの記述があった。どうやらこのサイトの運営者も同じ大学生のようだ。

 するとチャットスペースに何やら書き込みの更新があった。


 ルーム名:夢に囚われし者の部屋 人数:1人

 >由紀さんが入室されました。

 由紀「涼君いる?」

 (涼とはこのサイトの運営者のことだろうか?)

 応答を暫く待ってみたが、涼君とやらからの返事はなかった。

 由紀「いないの? もしも~し」と再度書き込みがあったので、面白半分で

 >竹さんが入室されました。

 竹「いないみたいだね」と打ち込んだ。

 由紀「なんだ~いないのか~残念。竹さんは暇なの?」

 竹「まあ暇かな」

 由紀「じゃあ、話相手になってよ」

 ちょっと期待していた展開ではあったが、なってみると面倒くさい。

 竹「話の内容にもよるね」

 自分が蒔いた種だけに無下にはできない。窓口は少し開けておいた。

 由紀「ん~別に何の話でも良かったんだけど、ここに来たってことは『アナザーワールド』の情報収集?」

 竹「そうだね」

 由紀「そっか……『ミルキィウェイ』ってお店知ってる?」

 竹「いや知らない」

 由紀「そこのお店で売ってる『テレフォン』ってアイテム便利だよ」

 竹「電話できるってこと?」

 由紀「うん、お互いに持っていれば、相手のニックネーム呼ぶだけでかけられるよ。相手のニックネームは、なんか勝手に決まるみたい……その人の名前通りだったり、自分が想像したあだ名だったりするんだ。どういう仕組みになっているか分からないけど……面白いでしょ?」

 竹「それいいね! ……でもその情報を伝えたい相手にいつ会えるか分からないんだ。『アナザーワールド』でしか会ったことない人達なんだ」

 由紀「それなら『伝書鳩』ってアイテムが使えると思うよ」

 竹「伝書鳩?」

 由紀「メッセージを届けたい相手の名前を教えてあげると、その人を見つけるまで探し続けて、伝えてくれるらしいよ」

 竹「それそれ! そういうのあったらなぁって思ってたんだ! ありがとう!」

 由紀「どう致しまして! 他にも便利そうなアイテム色々置いてあったよ」

 竹「今度行ってみるよ。場所は何処らへんなんだろう?」

 由紀「何処らへんって言われても……どう説明したらいいのかわからないよ。お店の外観はみんな一緒だし、何処も同じような場所じゃない?」

 竹「確かに……」

アナザーワールドは白を基調とした大きな円盤に、豆腐のような真四角の店が内外周に点在しているだけだ。何処を見ても似たような場所である。

 由紀「でも看板は目立つから直ぐに見つかると思うよ」

 竹「どう目立つのかな?」

 由紀「教えてあげな~い!」

 竹「急にどうしたの?」

 由紀「だってこんな話ばかりじゃつまんない。他の話にも付き合ってよ」

 竹「分かったよ。どんな話がいい?」

 由紀「竹さん自己紹介してよ」

 竹「男 20歳 大学生」

 由紀「なにその自己紹介!素っ気ない!」

 竹「じゃあどう書きゃいいの?」

 由紀「だから~例えばね。改めましてこんにちは! 私の名前はユッキー。大学の友達も他のみんなもそう呼ぶの。だからあなたも同じように呼んでね。歳はちょうど20歳、お酒を飲んだりタバコが吸える歳になったけど、お酒はまだ美味しく感じられないの。タバコは体に良くないから吸わないって決めてるんだ。好きなタイプは真っ直ぐ前を向いている人かな。もし仲良くなれたらもっと色々教えてあげるね。って感じだよ」

 竹「……情報としては俺のとそう変わらないけど」

 由紀「そういう問題じゃないの! 相手への伝わり方が大事なの!」

 竹「そういうもんかな?」

 由紀「そういうもん!」

 竹「勉強になりました」

 由紀「素直でよろしい!」

 竹「ところでさっきの例えだけど……本当は違うの?」

 由紀「なんでそう思うの?」

 竹「だってハンドルネームが『由紀』と『ユッキー』で違うから」

 由紀「特に意味はないよ、なんとなく」

 竹「じゃ同い年だね。よろしく」

 由紀「こちらこそよろしくね」

 竹「夢で会えるといいね」

 由紀「テレフォン買って私を呼んでよ。きっともう『ユッキー』で呼べるから」

 竹「夢では『ユッキー』なんだ」

 由紀「勝手にそうなってただけだけどね」

 竹「了解」

 由紀「ごめーん! 友達から電話入っちゃった。落ちるね」

 竹「俺も落ちるよ。色々教えてくれてありがとう」

 由紀「またね!」

 竹「じゃ」

 >由紀さんが退室されました。

 >竹さんが退室されました。

 由紀がログアウトしたのを確認してから俺もチャットを出た。

 何の気なしに入ったサイトではあったが、思っていた以上に情報を得ることができ満足だった。

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