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夢世  作者: 花 圭介
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夢世6

 辺りを見渡すと、確かにあの男の言う通り、通路の中央には直径1メートル程の緑色球体が、腰の高さくらいある台座の上に、等間隔で置かれていた。さらに100メートル程先には、青色のクエスチョンマークがあしらわれた看板も見えた。

(今まで俺は、こんなにも目立つ物に気が付かなかったのか……)

 ありえないと思いつつも、今まで見てきた景色の記憶がどうも朧げで、完全にその思いを肯定することができない。俺は額をトントンと叩きながら、必死に鮮明な情景を手繰り寄せようと試みたが、結局思い出すことが出来なかった。

 仕方なく気持ちを切り替え、緑色球体か青色疑問符のどちらでも良いから試そうとしたとき、ふと、この夢の管理者らしき男が言っていたレアアイテムのことが頭をよぎった。確か『妄想画報』という店を見つけられれば、レアアイテムとやらがもらえるはずだ。

 先にやるべき事があると頭では分かっているのだが、緊張の糸が切れてしまったようで、心が勝手にこの世界を楽しみ出してしまった。

 取り敢えず、左右に建ち並ぶ店の看板を確認しながら、ゆっくりと歩を進めた。以前よりも心に余裕が出来たためか、周りの景色が明るく鮮やかに見える。


 長い時間をかけて施設内を1周した。

 だが、それらしき店は見つからなかった。

(……見落としがあったか?)

 自分に問いかけてみたが、答えはNOだった。ゆっくりと歩を進め、『妄想画報』という店名を見落とさないよう注意しながら、1軒1軒、丁寧に抜けなく見てきたはずだ。見落とすはずはない。

 ……確かあの男は、宝探しをする感覚で見つけてほしいと言っていた。きっと普通に探したのでは見つからない場所か、何か工夫がされてあるのだ。

 次の機会に調べ直そうかとも思ったが、レアアイテムへの好奇心が抑えられず、再度探索しなおすことにした。今度は店名に捕われず『違和感』を頼りに見て行くことにした。

 ……だが、そうは言ってもこの世界自体が『違和感』の塊みたいなものであるので、どこで線引きしたら良いか判断が難しい。

(……その店にそぐわないオブジェが置かれているとか……唐突に押せるような突起物があったりだとか……店名が暗号化されているだとかか……)

 悩みながらも歩みを進めていると、ある路地の奥で、小さな丸椅子に腰掛けながら、本を読んでいる老人が見えた。

 なぜあんな狭い場所で、隠れるように本を読んでいるのだろう、と気になり近づく。するとその老人が、こちらが声を掛けるよりも早く、俺に気付き、こう声を掛けてきた。

「いらっしゃい、青年。どれにするかね」

 老人は何もない壁をぐるりと1度見回してから、選べと言わんばかりに顎をしゃくってみせた。

「……どれとは?」

 俺は老人が見た場所を同じように見回したが、何も見当たらなかったため尋ね返した。

 だが老人は同じ動作を繰り返し、選ぶように催促した後、また本に目を落として、こちらの問いには答えなかった。

 仕方なく老人が指したと思われる場所に寄っていき、近くでじっくりと確認してみた。

 何度も見直してみたものの、そこにあるのは、やはり何もないただの壁だった。

「じいさん、ここであってる? 何にもないんだけど……」

 老人に何もないことを告げたが、今度は全くの無反応だった。

 深い溜息を一つついた後、俺はなんとなく壁に触れてみた。白くざらざらした壁は、最初ひんやりと冷たかった。

 だが、触れている場所が体温が浸透していくように、次第に温まり、やがて壁は俺の手の平よりも暖かくなっていった。その心地よい暖かさに、俺は束の間、目を閉じて浸っていた。

 ふと手の平と壁との境目がうやむやになっている不思議な感覚を得て、目を開くと、手の甲あたりまで壁に飲み込まれていることに気がついた。

 慌てて手を引き抜こうとするが、底なし沼のようにもがけばもがくほど吸い込まれていく……。

「じいさん! じいさん! どうにかしてくれ!」

 もう体裁など気にしてはいられなかった。

 俺の叫び声に顔をしかめながら老人は言った。

「慌てるな、逆らわずに身を任せばいい。直ぐに分かる」

 そう言われても、この状況を素直に受け入れられるほど、俺は肝が座っているわけではない。俺は老人の言うことを聞かずに、力の限り暴れ回ったが……そこから抜け出す事は出来なかった。

 最後の最後まで抵抗していた左足も抗いきれず、やがて壁の中へ取り込まれていった。

 俺は顔が埋もれ始めたくらいから、目を閉じ息を止め続けていたが、永遠にその状態でいられるわけもなく、我慢が限界に達すると、ブラックホールのごとく一気に息を吸い込んだ。

 大量のゼリー状の物体が、怒涛のごとく体内に流れ込んでくる。その凄まじい勢いにもう口を閉じることもできない。

 溺れる!

 ーーそう思ったのはその一瞬だけだった。無味無臭のゼリー状の物体は、瞬く間に体内の隅々までを侵略すると、今度は穏やかな湖の湖面のように何事もなかったかのように整然と留まった。感覚の主導権は舞い戻り、普段と変わらず呼吸も出来る。

「……」

 状況把握に少々時間を費やしたが、どうやらあのじいさんが言っていたように、身を任せて問題ないのかもしれない。そう感じた俺は、今度は少しずつ目を開いていく。

 すると想像通り、先ほどと同様に、トロトロとした粘液が目の中に流れ込んできた。目に痛みはなく、粘液が透明なため、色味を感じられる。

 だが瞳にまとわりつき、雨の日の窓ガラスのように見える全てをぼかしてしまう。確認出来る色味も、今のところ青白い色味だけだ。呼吸の時のように瞬時に体が順応してくれはしなかった。

 両手を前でバタつかせながら、恐々と歩を進めて行く。

 そんな状態で、体に絡みつく滑りに逆らいながら歩く様は外目からはきっとB級映画のゾンビにしか見えないだろう。

 そろりそろりと足を運び続けながら、必死にまばたきを繰り返すと、徐々にではあるが、歪んで見えていた景色が輪郭を整え始めた。

 目を凝らすと、そこは先程の老人が座っていた場所をコの字型に囲うように伸びたスペースで、10畳程度の広さがあることが分かった。

 四方から柔らかな光が差し込み、幻想的な空間となっている。

 空間と言っても実際にはそこは粘液で満たされているため、大きな水槽を連想させたが不思議と悪い気分にはならなかった。

 とても静かで羊水の中にいる赤ん坊にでもなった心持ちだった。

 心の落ち着きとともに改めて周りを見渡すと、壁際に雛壇を思わせる階段状の台座が連なり、その上には様々な物が商品のように陳列されていた。


 赤や青、黄色に緑と様々な色に満たされた水晶、侍の甲冑や刀、純白の羽に黄金の弓等々、挙げればキリがないが隙間なくズラリと並んでいた。

 その中で俺は何故か一つの巻物に惹かれた。その巻物はとくにこれといって特徴的なものではなかったのだが、目を離すことが出来なくなり最後には思わず手にとっていた。

 すると重力の方向が急に下ではなく後ろに変わってしまったかのように強い力で背後へ引っ張られた。


「それに決めたのか?」

本を読みながら老人が俺に話しかけている。

 巻物を手に取った状態で硬直したまま、俺は壁から吐き出され、老人が座る椅子のすぐ脇に立っていた。透明な粘液が髪先からポタリポタリと滴り落ちる。

 一瞬のことで正直何が起きたのか、頭の中は整理できていなかったが、平静を装い静かに一言「はい」と答えた。

「あ~……これで君へのレアアイテム無料提供は完了だ。え~……今後この店からアイテムを手に入れるためにはそれなりの対価が必要となる」

出来上がった文章を読んでいるかのように、たどたどしく老人が言った。

 そして先ほどまで持っていなかった水パイプを1口吸うと、ふう~っと白い煙を吐き出した。

 煙は意志を持っているかのようにうねうねと動き、文字となった。

「妄想画報……」

 俺はその文字をゆっくりと静かに読み上げた。

「またな青年、わしはまた旅立たなければならない。 次の客が待っておるでな」

そう言うと老人は、開いていた本をパタンと閉じ目を瞑った。

 すると老人の姿が霞はじめ、麻のようにサラサラ解けだした。解けながら糸状に連なり、本の中に吸い込まれていく。

 吸い込み終わると、本は乗っかっていた主人の膝を失い落下したが、床に落ちる寸前に砂へと変わり、風に舞って何処かへ行ってしまった。

 もう小さな丸椅子が、ぽつんと寂しげに佇んでいるだけだ。

 行き止まりの路地にとり残された俺は、舞っていった砂を目で追った後、自然と左手に握られた巻物を見つめていた。

 巻物には「忍術」と書かれている事に、この時点で初めて気が付いた。

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