夢世50
突き抜けるような青空が急激に勢力を伸ばし、我ここにありと主張している。
先程まで時折吹いていた激しい風が、今では嘘のように鳴りを潜め、優しく頬を撫でていく。
忙しなく泳いでいた雲さえも、空の片隅でプカプカと日光浴をしている有様だ。
「……結局、天は俺達に味方しなかったな」
俺は天を睨みつつ鼻で笑った。
今俺は、スナイパーを仕留めるため、フィールドの外周を全速力で駆けている。敵の視線を警戒する必要は全くない。
なにせ俺の体は、先程バトルをした場所に仰向けで倒れたまま、となっている。
スナイパーは今頃、一輝に照準を合わせることに集中しているはずだ。
まさか『ダブル』のバトルであるフィールドにもう1人いるとは考えないだろう。
これが、俺が一輝に語った『とっておき』だ。
本格的にバトルで使ったのは初めてだが、どうやらうまくいっている。
そう、俺はレアアイテムの巻物を使って『分身の術』を使ったのだ。
作戦の詳細を一輝に語った場所で分身を生み出し、本体は、分身が撃たれるまで建物の影で身を潜めていたのだ。
スナイパーの位置は、俺と鎧の奴とのバトルを間近で見ていた一輝から教えてもらった。
一輝は、スナイパーが放った一発の弾丸から方向・角度・距離を瞬時に割り出し、その情報を本体の俺に送ったのだ。
一輝本人は、大した事をしているつもりはないらしいが、常人からすると、とんでもないことをやってのけていることは、言うまでもない。
いくら何でも弾丸の軌道を目で追っているわけではないはずだ。
きっと、撃ち抜かれた俺の額から着弾した地面との点を結び、その情報から位置を割り出しているものと推察される。
まあ、本人に確認しても『なんとなく分かるんです』と、理解し難い答えが返ってくるだけなので、分析のしようがないのだが……。
ともかく、あいつの目は、どんな高性能レーダーにも勝るとも劣らない代物だということだ。
今頃、一輝は鎧の奴を尾引寄せるため、付かず離れずを繰り返しながら、俺とは逆方向に移動しているところだろう。
あいつの実力ならば、相手がたとえ鎧の奴であっても、問題なくその役目を果たしてくれるはずだ。
俺の役目は、できうる限り迅速に、スナイパーを仕留めて、一輝が上位ランカーとのさしの戦闘を楽しめる状況を作ってやることだ。
「あそこだな」
入念にフィールドの下見をしておいたお陰で、思いのほか早く、スナイパーが潜む建物に辿り着くことができた。
俺は慎重に建物の中に侵入し、でき得る限り音を立てずに、階段を上っていった……。
念のため、階を上がるごとにスナイパーの気配を探ってはみたが、どのフロアーにもそれらしい気配はなかった。
やはりスナイパーは、屋上に陣取っているらしい。
さらに細心の注意を払いながら、屋上へとつながる階段を1段1段上っていく……。
1段上がる毎に周囲の明度が、グラデーションのように高くなっていくのが分かる。
きっと、上りきった先には扉も何もなく、直接屋上となるため、日差しが中まで差し込んできているのだろう。
もしも待ち伏せされていたなら、顔を出した瞬間に、一撃で仕留められてしまうだろうが、その時は諦めざるを得ない。単純にアサシンとしての技量が、足りていなかっただけのことだ。
俺は恐る恐る顔を出し、辺りを窺うと、遂にうつ伏せで、外側へ向かって銃を構えるスナイパーの姿を捉えた。
完全に意識は、一輝の方へ向いているようだ。
俺は、忍び足で近づくと、露わになっているスナイパーの首筋目掛けて、一気に鉤爪を突き立てた。
ガキン!!!
予想とは異なる金属音と共に、俺の鉤爪は弾き返された。
「なんだ! 今のは!?」
危険を感じた俺は、叫ぶと同時に、反射的に後方へと飛び退いていた。
だが着地した瞬間、両足首に痛みが走る。
「くっ!」
目をやると、両足首の側面に長さ3、4センチの斬られた後があった。傷の深さは、もう少し動いてみないことには何とも言えない。
「……なぜお前がここにいる? ……間違いなく俺は、お前の眉間を撃ち抜いたはずだ!」
スナイパーは徐に立ち上がると、俺に向き直った。
暗視ゴーグルのために表情を読み取ることはできないが、声に苛立たしさが感じられる。
「……」
俺はその問いに沈黙で答える。
わざわざ敵に秘密を教えてやる道理はない。
こちらの方こそ、あの一撃が弾かれてしまった理由を教えてもらいたいものだ、と心の中で呟いた直後、スナイパーの全身を何かが這い回っているのが見えた。
目を凝らし見てギョッとした。
左足から胴体、そして首筋にかけて蜷局を巻くように、巨大な百足が巻き付いている……。
「まさか奥の手まで披露することになるとはな。……それにしても……あの攻撃まで躱すのか、お前は……」
スナイパーが唸るように言葉を絞り出す。
どうやら俺の一撃は、奴の首筋に巻かれた百足の硬い甲羅によって、弾かれてしまったらしい。
百足は俺を敵と認識したのか、こちらを見つめ、威嚇のため奇声を上げ続けている。
それは丁度、錆び付いた扉を開けた時の嫌な音に似ていた。
日差しに照らされて、鋭く尖った両前足から光が放たれる。
きっと俺は、あの百足の鎌のような前足によって、足をやられたのだろう……。
状況は整理できた。絶望的な状況だ。
俺はスナイパーが攻撃態勢を整える前に、フロアーの中央に『煙玉』を投げつけた。
本来ならば、スナイパーを仕留めた合図として使用するはずだったのだが、致し方ない。
今はこの場から逃げるために使用する。
俺は即座に振り返り、一直線に階段を目指した。
だが両足首に負った傷は、思いのほか深かった……。
あと数歩で階段、というところで例の百足に追いつかれ、再び大きな鎌で斬り付けられた。
キンッ!
甲高い金属音が響き渡る。
俺は咄嗟に体を反転させ、鉤爪で攻撃を受け止めたが、足に力が入らず、弾き飛ばされてしまった。
飛ばされた反動には逆らわず、後方に回転しながら、次の攻撃に備え、態勢を整える。今やれる最低限の行動だ。
煙玉の効力が薄れ、視界が元に戻っていく……。
スナイパーはというと、既に得物をサバイバルナイフへと持ち替え、準備万端だ。
「お前とは、接近戦も面白そうだと思っていたんだ」
喜びの表れなのか、スナイパーの声が上擦っているように感じられる……。
「……勘弁してくれ」
俺は何も考えず、素直な気持ちを口にしていた。
「いくぞ!」
スナイパーは問答無用で、一直線に俺に斬りかかり、容赦ない攻撃を畳み掛ける。
前方にはスナイパー、後方には百足。
起死回生の一手など、考えられるわけもなく、次第に俺は追い詰められていった……。
小一時間後、勝敗は決した。
俺は、無数の切り傷を全身に刻み、仰向けに倒れていた。
スナイパーにもそれなりに手傷を負わせはしたが、大きなダメージとはならなかった。
「やっぱりお前は恐ろしい奴だ。最初の怪我さえ負ってなければ、そこに倒れていたのは俺の方だっただろう」
スナイパーは俺に労いの言葉を掛けながら、動けなくなった俺に最後の一撃を突き立てる。
俺は薄れゆく意識の中で、一輝の戦況を気にしていた……。