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夢世  作者: 花 圭介
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夢世49 狩られた千里眼

「静かですね……。タケルさん」


 一輝が壁に背を預けた状態で、辺りに注意を払いながら、俺に声をかける。


「そうだな……。敵はまだ近くにはいないみたいだな」


 俺も一輝と同様に、壁に寄りかかりながら、少しずつ前へと進んでいく。


 ここは中世ヨーロッパの街並みによく似ている。石造りの建物の間を縫うように、石畳が走っている。ただ、その多くは風化し、所々崩れている。もちろん、住んでいる者は誰もいない。ここは本物の街並みではなく、バトルステージ内のフィールドに過ぎないからだ。


「敵も俺たちと同じように、芋虫みたいに進んでいるんですかね」


 その言動から、一輝が暴れ出したい衝動を必死に堪えているのが伝わってくる。


「いや、敵はきっと鎧の方を先行させて、俺たちをあぶり出し、後方に陣取っている迷彩の方が狙撃する算段のはずだ。……鎧の奴は、堂々とまではいかないが、道なりに進んでくるはずだ」


 俺は一輝を振り返り、その精神状態を瞳で確認する。イラついてはいるようだが、まだ多少は余裕がありそうだ。対戦相手が格上であることが、一輝の心を普段より寛容にしているのかもしれない……。


「そっすか……。それで俺たちはいつまでこうしているんですかね?」


 格上とはいえ、相手が自分たちよりも悠然と構えていることに、少し気分を害したようだが仕方がない。今回は一輝にも現状をしっかりと把握してもらわねば、作戦を遂行できない。


「一輝、今までの経験上、このバトルフィールドは大きくてもおよそ二キロ平方メートルといったところだ。凄腕のスナイパーならば、どこにいても狙える距離になる。トップランカーの奴ならば、確実にそのレベルに達していると考えた方が無難だろう」


 俺は一輝を興奮させないよう、一定のトーンで話をする。


「この体勢の理由は分かっていますよ! いつまでこうしているのかを聞きたいんです!」


 一輝は言い終わると、ふうっと大きく一つ息を吐いた。


「悪いな、一輝。もう少しだ。もう少しでスタート時にいた場所から敵陣地までの中間地点に着く。そうしたら、そこで作戦の内容と、俺の『とっておき』を見せてやるから」


 俺は、わざともったいぶるような笑みを浮かべた。


「え? タケさんの『とっておき』ですか?」


 一輝の顔が、一瞬にしてほころぶ。


「……ああ、そうだ。楽しみにしてろよ」


 俺は、一輝にまた『タケル』だと突っ込もうとも考えたが、わざわざ機嫌を損ねる必要は無いと諦めた。


 不定期に巻き起こる風が、劣化した町並みをなめるように進み、石畳に堆積した砂を巻き上げる。そして、レースのカーテンを引いたかのごとく、街全体を淡い黄色に染めていく……。スナイパーにとって砂ぼこりは、天敵と言っても良いだろう。


「常に吹いていてくれると助かるんだけどな……」


 俺は上空に目を向けながら、誰に言うでもなく呟いていた。


 バトルがスタートしてから三十分程度経過している……。俺と一輝は、その間にフィールドの様子を敵に見つかることなく、粗方確認することができた。


「準備は整った。あとは作戦通りに行動するだけだ。一輝、頼んだぞ!」


 一輝の背中を軽く叩く。


「任せてくださいよ! 絶対、成功させてみせますって!」


 一輝は、今回の作戦をことのほか気に入ってくれたみたいだ。


「よし! 哀れなウサギになってくる。良く見ておいてくれよ!」


 俺は、隠れていた建物の外壁から勢い良く飛び出した。先行している敵と遭遇し、上手いことおびき寄せられ、スナイパーの的になるのが俺の役目だ。


 俺は、相手が発見してくれるまで、いくつかの主要な道を何度も往復した。発見してもらうための行動ではあるのだが、簡単に見つかってしまうわけにもいかない。あくまでも敵には見つかってしまった体を印象付けなければならないからだ。今まで影すら見つけることができなかった相手が、あっさりと見つかれば、誰しも心に違和感の波が立つ……。


 心に生まれた違和感は、後々どんな不測の事態を招くことになるか分からない。些細なことだと高をくくっていると、波は次第に成長し、津波となり、築き上げた堤防を破壊することもある。


 そんな経験則を肝に銘じ続けながら、中央に近い道を横断していると、望んでいた時が遂に訪れた。


「ようやく見つけたぜ! お前ら、どこに隠れていやがったんだ? あまりにも見つからないから、バトル放棄して逃げ出したんじゃないかって思ったぜ!」


 鎧をまとった男が、早速、挨拶代わりに両肩のランチャーをぶっ放す。きっとそれが、敵を捉えたというスナイパーへの合図なのだろう。迷わずその行動に移ってくれたということは、俺の行動に違和感が無かった証明と言ってもいいだろう。


 俺は相手の位置とランチャーを放った方向を確認すると、相手に向かって突っ込んだ。相手の砲撃した方向に、明らかな意図が感じられたからだ。相手の照準は俺ではなく、退路を断つため、俺がいた位置よりも後方に定められていた。ということは、誘き寄せたい方向は奴に向かう方向、つまりスナイパーも奴の後方に陣取っている可能性が高い。


 ならば、爆破された建物と鎧の男とを直線で結び、その線上に身を置くことで、スナイパーからの狙撃を回避できる。


「何だお前! この俺と肉弾戦をしようっていうのか?」


 鎧の男に動揺は無い。ここまでは奴らにとっても想定内ということらしい。


 鎧の男は、俺の攻撃を帯刀していた剣で受けながら、じりじりと後ろへと後退していく……。装備している剣は二つ。細身のレイピアと、幅広の両手剣だ。今、奴が使用しているのは両手剣の方で、ショートレンジで戦うのに適した長さに調整されている。相手の攻撃を受けることに重きを置いて作ったものなのだろう。


 がたいの割に無駄無く、素早い攻撃を打ち込んではくるが、自分で仕留めるつもりはさらさら無いようだ。対応できる攻撃は剣で受け、それ以外は体を巧みに動かし、鎧で受け流している。俺の初動から実力を見極め、咄嗟に防御に徹することを選択したところなど、さすがは上位ランカーと言うべきだろう。


 俺の今回の装備は、電脳武道伝さながらのスピードを最大限に引き出す最軽量の装備。滅多なことが無い限り、奴の攻撃は当たらない。鉤爪の刃も、今ある中で最も軽く、切るのに適した形状に変えている。ちょうど、手の甲にダガーの刀身が括り付けられた格好に似ている。諸刃であるため、切る・突く・払う斬撃を行うことができる。


 俺は手を緩めずに攻撃を畳み掛ける。俺の鉤爪は確実に敵をとらえているが、奴にダメージを与えるまでには至らない……。鎧では守り切れない関節部分に攻撃を集中しているのを、奴も承知しているからだ。攻撃する場所が分かってしまえば、いくらスピードがあっても対応されてしまう。


 だが、俺は構わず奴に攻撃を浴びせ続ける。


 しばらくすると、鎧の男は後退することをやめ、その場にとどまり、時折、一撃で仕留められるほどの大振りを交えるようになってきた。膠着状態に嫌気がさしたのだろうか。


「この! ちょこまか動きやがって!」


 イラついた表情を隠すこともなく、大振りを繰り返す。完全に頭に血が上った闘牛状態だ。


 こうなってしまえば、大振りに合わせて関節部に渾身の一撃を食らわせることも容易い。


「死ね! この野郎!」


 今まで以上に力を込めた奴の一撃には、大きな隙が生じていた。このチャンスを逃すほど、俺は甘くない。すかさず上段から奴の首筋に向かって、鉤爪を振り下ろす。


「かかったな」


 まさに奴の首を狩ろうとした刹那、俺は体の自由を奪われ、後方へと飛んでいた。スローモーションのように地面に倒れていく途中で、したり顔で俺を見下ろす奴の姿が目に入る。


「何してんすかっ! タケルさん!」


 斜め後方に隠れ、様子をうかがっていた一輝の叫び声が、遠のいていく意識の中で木霊する……。


 俺の眉間には、大きな風穴が空いていた。

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