夢世48
「おい、見ろよ。あれ、千里眼のタケルじゃないか?」
「隣は、貴公子一輝だよ。……俺、生で初めて見た」
少し距離を置いたところから、俺達を目で追い、ひそひそ話をしている者達がいる。
注目されるのは好きではないが、慣れてはきた。現実世界でも、そこそこの規模のゲームセンターへ行けば、『電脳武道伝』での影響から、似た状況になることが度々あった。その感覚を思い出せば、平常心でいられる。小鳥の囀り、草木の葉擦れと脳内変換すれば良いだけのことだ。
「タケさん、今日もガンガン勝ち抜いて、ドリームコインゲットしましょう!」
一輝は他人の視線など意に介さず、ノリノリで歩を進める。
「バカ! ここでは俺はタケルだって言ってるだろ! ……毎度毎度お前、ワザとやってない?」
前に出た一輝に早足で追い付き、俺は一輝を睨みつける。
「とんでもない! ただ、やっぱり慣れなくて……。すいません、タケさん。……じゃなかった、タケルさん」
一輝がペロッと舌を出してごまかす。
「……」
俺は今、第3階層のバトルフィールドにいる。
最近ずっと通い詰めだ。
理由は、シュンマオを撃ち落とした奴を捕まえるためなのだが、そいつは『ダブル』と言うバトル方式、要はタッグマッチなのだが、それを好んでこのバトルフィールドへとやって来る。
以前、このバトルフィールドに来た初日、3人対3人のチームバトルを見たことがあるのだが、それはたまたまその人数対戦であっただけのことで、1対1のさしの対戦から5対5までのバトル形態があるらしい。
そいつには、トップランカーの特権とやらで、『テレポートスイッチ』なる物が与えられていて、バトル後はすぐにそのアイテムを使い、瞬時に何処かへ消えてしまう。
これは、トップランカーともなると大勢のファンがつくため、その対策として与えられるらしい。
1度、次の試合まであまり間がなかったのか、他の試合を眺めている奴を見かけたことがある。
千載一遇のチャンスだと感じ、慌てて捕まえようとしたのだが、あと少しで触れられるというところで逃げられてしまった。
以来、奴は俺に気づくと、直ぐにテレポートするようになってしまった。
なぜそいつが、シュンマオをやった犯人だと分かったかだが、答えは簡単だ。
直接、シュンマオから犯人の特徴を教えてもらったからだ。
時の流れは早いもので、優と恵に出会った日からもう2ヶ月が経っている。
シュンマオの修理は、花純さんが急ピッチで行なってくれたおかげで、再開してから2日で完了した。
「俺様の有り難みが分かったか?」
意識を取り戻したシュンマオの第1声は、予想に違わずこんな言葉だった。
俺は溜息をつきながらも、シュンマオを破壊した奴の特徴を聞き出した。
「崇拝する俺様の仇を取りたいのか?」
特徴を話した後、シュンマオはニヤリと憎たらしい笑みを浮かべた。
「まさか、ただ俺はどこかの捻くれ者を懲らしめてくれた人に、御礼を言いたいだけだよ」
俺は乾いた笑いとともに、軽く受け流した。
「……あいつとバトることになったら気をつけな。俺様を撃ち落とす奴なんてそうそういない。……それに悪いのは俺様の方だ。開催中のバトルフィールド内に入った時点で、何をされたって文句は言えねぇさ」
シュンマオは急に神妙な面持ちとなり、呟いた。
「……」
俺は返答できず、黙って頷いた。
だが、その忠告によって俺の頭の中では、シュンマオを撃ち落とした奴への興味が、より一層深くなっていった。
奴の容姿はスナイパーらしく、てっぺんからつま先まで全身迷彩色で統一されている。
また、目には4眼暗視ゴーグルが常着されており、素顔を確認することはできない。
何人かに聞き込みをしてみたのだが、素顔を見た者は誰もいなかった。
代わりに聞けたことと言えば、奴はバトル終了後も、その格好のまま平然と次のバトルが決まるまで、他のバトルを観察していることも多々あったということだ。
焦らず機をうかがっていれば、捕まえる事ができたかも知れない……。痛恨のミスだ。
結果、奴と対峙するには、奴と同様に上位ランカーとなり、対戦カードに選ばれる他なくなってしまった。
とはいえ、やはりこの手のバトルは俺の心を高揚させる。奴と対峙するための道のりを苦痛に感じることはない。
本来の自分のバトルスタイルではないが、一輝と組んだバトルもなかなかに面白い。
後方支援にまわるバトルは、あまり経験なかったのだが、全体を見て作略を巡らすのも悪くない。
最前線でバトルしていた時も、基本的に俺が戦略を練り後方へ指示を送っていたため、頭の中としてはそう違いはない。
ただ、一輝の行動は俺にも読みにくい。
そのため、相手の情報をベースにして、数パターン戦略を練る必要がでてくる。非常にめんどくさい……。
一応、今までのバトルでは、8割強は予想通りの展開となり、勝利を収められた。たとえ、その予想を超える展開となったとしても、一輝のバトルセンスがそれを穴埋めし、現状、勝率は10割をキープしている。
急激にランクを上げていることで、注目度は一気に高まり、異名まで付けられるようになったのだ。
「なんでタケルさんが『千里眼』で、俺は『貴公子』なんですか?」
一輝が不満そうにぼやく。
「仕方ないだろ、お前の戦い方を形容するのは難しいんだよ。そうなると、容姿の方から異名を作るしかないんだ」
俺は不憫に思う気持ちから、自然と苦笑いを浮かべていた。
確か電脳武道伝の時も、一輝は結局『王子』だとか『美少年ゲーマー』などと表現されてしまっていた。
俺から見ても、一輝には類まれなる才能があるとはっきり言える。……だが、一輝のバトルには基本となる型がないのだ。
まるで、野生の獣のように嗅覚で勝利を嗅ぎ取っているのではないかと感じさせる。ともすれば、地震を予知する電気ナマズくらいのレベルかも知れない。
そうこうしている内に俺たちは『ダブル』のゲート前まで来ていた。
「いらっしゃいませ! えっと、タケルさんと一輝さんですね。……あら、今日は30連勝がかかった大事な試合じゃないですか! これに勝てれば、ブロンズランカーを飛ばして、一気にシルバーランカーとなれますよ! ……ただ、今回の相手は下位ですけど、シルバーランカーの方達となりますので用心してくださいね。今までの勢いを力に変えて頑張ってください! では、手続き致しますので、少々お待ち下さい」
そこへ突如、手続きを進めているオペレーターの端末からアラートが鳴り、赤ランプが明滅し始めた。
「……あっ、……え? ……今、ゴールドランカーから果たし状が届きました! ……えっとこの場合、ゴールドランカーのバイタルを半分ずつ減らすか、片方やっつければ、ノルマクリアとなり、シルバーランカーへと上がることができます。お受けなさいますか?」
オペレーターの女性は、いそいそと手元の作業を続けながらも、俺たちに尋ねた。
「相手がどんな奴か、確認することはできるんですか?」
俺は、ワクワクを押さえきれずに小躍りしている一輝を無視して、オペレーターの女性に問いかける。
「通常通り、紹介データならば確認できますが……。こちらです」
転送ボタンを押したのだろう、俺の頭上に2人組の容姿とステータスデータが浮かび上がった。
1人は見るからに頑丈そうな鎧に身を包み、両肩にはロケットランチャーを背負っていた。
そしてもう1人は、あの追い続けてきた全身迷彩の奴だった。