夢世39 点滅する真実
「楓さん! 行ってきます!」
玄関先で優と恵が、元気良く楓さんに挨拶をする。
「はい、行ってらっしゃい! しっかり勉強しておいで!」
パジャマ姿の楓さんが、腰に手を当て胸を張る……寝癖はひどい。
二人はアパートの2階から階段を駆け下りると、意気揚々と足並みを揃えて学校へと向かう。
歩いている途中で、恵が唐突にくるりと後ろを振り返った。つられて優も後ろを振り返る。
すると、家のベランダから楓さんがこちらを見ているのが分かった。
恵が大きく手を振ると、楓さんも大きく手を振り返した。恵は満足そうに笑みを浮かべると、またくるりと踵を返して学校に向けて歩き出す。
優も周囲の様子を気にしながらも、小さく楓さんに手を振ってみた。
楓さんはそんな優に、ワザと投げキッスをしてみせる。
優はサッと回れ右をすると、恵の手を引っ張って駆け出した。
「もう楓さん! 帰ったらお仕置きしてやる!」
優は、恥ずかしさを振り切るように言葉を放つと、ズンズンと前へ進む。
「私もお仕置きする!」
恵も楽しそうにピョンピョンと跳ねるように走りながら、優の言葉に賛成する。
「よし! 帰ったら2人で『くすぐりの刑』にしよう!」
優が恵に向かって、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「うん!」
恵はずっと笑顔のままだ。
楓さんの存在が、2人の心に明かりを灯し、暗い過去をかき消したのだろう……。
「……もうここで、見るのをやめたくなるぐらい、優と恵は幸せそうだね……」
花純さんが少し悲しげな表情で、今の気持ちを吐露した。
恵の背格好を見る限り、今とそう変わり無い。
つまり、2人はこの後、程無く家出をする事になるのだ。
なぜそのような事態へと発展してしまうのか、現段階では想像がつかないが、俺も花純さんと同じ気持ちだった。
だが、俺達は2人の未来に希望を見出すために、こうして記憶の確認を進めている。
この先に辛い出来事が起こると分かっていても、目を逸らさず注視し、優と恵がいる場所をでき得る限り早急に特定しなければならない。
花純さんはフーッと大きく息を吐き出すと、リモコンのボタンを押し、また別の記憶へと飛んだ。
今やるべき事が何であるのかをしっかりと理解し、目を逸らすことはしない。
花純さんの心の支えとなる言葉を模索していたのだが、どうやらその必要は無いようだ。
その後も、モニターに映る優の記憶には手がかりらしきものは見つからなかった。
だがここで、思いもよらない映像へと辿り着くことになる……。
それは『Dead or Alive』で戦っている優のバトル映像だった。
この映像に移り変わった時、俺は率直に、花純さんには見せたく無いと思った。
大体のことは事前に話してあるが、聞くのと実際に目にするのとでは、全く違う。優と恵がどれだけ異常な行動を取ったのか、映像として知ることで、2人に対する感情が変化する可能性は十分にあり得る……。
それ程までに、あの光景は恐ろしく印象的であったからだ。
だが俺はあえて何も言わず、花純さんの横顔だけを追い続けた。
もしもこの映像を見て花純さんが考えを変えるようならば、早い段階で見切りを付けてもらいたいと思ったからだ。
関われば関わるほど、互いに拒絶された時のダメージは大きくなる。
今以上に優と恵が心にダメージを負ってしまった場合……もう2度と人を信用できないだろう。
2人を守ると言ったからには、不安要因は早めに摘み取るのが俺の役目だ。
花純さんには悪いが、この機会に試させてもらう。
きっとこの先も優と恵に関わっていくならば、花純さんにとっても必要不可欠な行程だと言える。
現状からは想像できないが、年相応の少年少女の風体を見せている2人が、いつまた変貌するか、俺にも分からない……。
もしかすると、不発弾を小脇に抱えて生活しているのと、そう変わらないのかもしれない。
もしもこの先、その不発弾が爆発する事態に陥った時、この映像に向き合ったことが、より良い判断へと導いてくれるはずだ。
映像を見出してから暫くは、花純さんの表情に変化は見られなかった。
だが、優が例の行動を起こした場面で、花純さんは映像をストップさせ、こう呟いた。
「……これはいけないわね」
花純さんの表情は、とても険しく変化していた。
「……花純さん、優と恵には冷酷な一面があります。それは俺も認めます。でもそれは、虐げられてきた経験が過剰な反応を引き起こさせただけだと思うんです。2人はまだ幼い……。これから環境を整え、愛情を注ぐことができれば、きっと屈折せず素直に育ってくれます。だから……」
俺の心の中には、冷静に花純さんを『試す心』と『信頼する心』とが入り混じっていたらしい……。
どこかで花純さんならば、この映像を見ても動じずサポートをし続けてくれると想像していた自分がいた。
いや、むしろ頭の中ではその答えを安易に想定していた。
だから、予想に反する花純さんの表情と言葉に、俺は動揺し、慌てて繋ぎ止めるための言葉を探し続けた。
「竹君、何を言っているの?」
花純さんが眉を顰めながら、ため息混じりに答えた。
「え? いや……だから優と恵は俺達が見守ってやれば……」
「分かってるわよ! そんなこと! 見損なわないでほしいわね!」
花純さんは俺の考えを見抜き、苛立ちを見せた。
「……」
「もちろん、これからも優君と恵ちゃんには、できる限りのサポートはしていくつもりよ!」
花純さんは両手を腰に当てながら、呆れ顔で続ける。
「私が『いけない』と言ったのは別のこと。優君と恵ちゃんはこの時、外部から何らかの攻撃を受けていたみたいなのよ」
止めた映像の右上を指差して、花純さんが俺にも見るように促す。
そこには今まで見たことも無い赤ランプが、激しく点滅していた。
「これは……」
俺はその映像を身を乗り出して確認する。
「これはステータス異常を知らせるシグナルよ。通常ならば、このランプと一緒に異常内容が表示されるはずなんだけど……」
花純さんが首を傾げる。
「それらしい表示は、見当たりませんね……」
俺は画面全体を舐めるように見回してから答えた。
「でも、優はバトル中だし、そういった攻撃を受けたとしても不思議では無いんじゃ……」
俺は今までやってきたゲームの経験則から、続けて感想を付け加える。
「バトル中なら私だって変だとは思わないわ。でもこの場面は、優君が優勝を決めた場面なのよ。バトルは終わっているのに、ステータス異常が継続しているの。……そんなこと有り得ない。……いえ、あってはならないわ」
「……」
俺は花純さんの話を聞きながら、あの時の恵の状態を思い返していた。あの時の恵の瞳には、只ならぬ光が宿っていたように思える。あれはやはり、優と同様に精神に何らかの攻撃を受けていたからなのかもしれない。
もしもバトル外でステータス異常を来たすアイテムなり、能力なりが横行してしまったら、この世界に安住の地は無い。
アナザーワールド管理者も、流石にそれは見逃す訳にはいかないだろう……。
「この件は、アナザーワールドの運営に通報してみるわ。どんな回答が得られるか分からないけれど……この世界を維持したいのならば、それなりの説明がなされるはずだから」
花純さんはまだ心の整理がついていない表情をしているが、先へ進むために一旦線引きをした。
そしてまた、別の記憶を探るためにリモコンのボタンを押す。
俺は画像が切り替わるまでの間、優と恵のあの行動と言動が自ら進んで行った訳では無いという事実を心の中で反芻し、問題は積み重なっているにも関わらず、1人密かに胸を撫で下ろした。




