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夢世  作者: 花 圭介
35/120

夢世35

「3階層はお気に召しませんでしたか?」

 滞在時間が短かったためだろう、イリスが不安げに俺に声をかけた。

「いえ、大事な用事ができたので……」

 俺が頭をポリポリ掻きながら答えていると、後ろに隠れていた優と恵が、ひょっこりと顔を出す。

「あら、私としたことが……。お1人ではなかったんですね。良い出会いが生まれたようで何よりです」

 イリスは嬉しそうに微笑んだ。


 俺は今、優と恵を連れて『ミルキィウェイ』を目指している。

 シュンマオには悪いが、原因究明は、この兄妹の安全確保ができてから、となりそうだ。

 エレベーターへと向かう間に、2人との会話で多少身辺情報を得ることはできたが、やはりまだまだ足りない。

 今の段階では、彼らの居場所を特定するまでには至っていないし、彼らにとっての『安全』とは何か、についても見えていない。

 だが2人とも、最初に出会ったときから比べると、僅かではあるが、表情が緩んだように感じられる。今までは頼れる者もいない、幼い2人だけでいたのだから、当然だろう。社会的な立場が確立してない俺のようなものであっても、支えとなるものがあるだけで、心持ちもずいぶん変わるものだ。

 俺が見せかけだけではなく、2人の心の拠り所として、しっかり機能すれば、きっとテレビニュースに載ってしまうような最悪の事態は避けられるはずだ。


 『ユウ』と呼ばれる少年の本名は、神崎かんざき ゆう

 年齢は11歳。洋輝と同い年だ。

 その妹の小畑 恵は9歳……。

 ここで生じる当然の疑問を、迷いながらも俺は2人に尋ねてみた。もちろん苗字が異なる点についてだ。

「……恵が勝手にそう名乗ってるだけだから。本当は神崎恵」

 と、ちょっと意味の分からない答えが、優の方から返ってきた。恵は憮然とした顔をしている。

 その理由を問いたくはあるが、優にはそれ以上答える気がなさそうなので、やめておいた。説明が必要になれば、きっといつか話してくれるだろう。

 2階層に着き、イリスに別れを告げると、すぐさま俺達は、ミルキィウェイへと足を向けた。

 とりあえず、2人に伝書鳩とテレフォンを持っていてもらうためだ。これらのアイテムさえあれば、アナザーワールド内では、いつでもつながれる安心感を得られる。この意味はとても大きい。

「タケさん! 無事戻れたのね、良かった。……あれ? その子達は?」

 ミルキィウェイの前まで来ると、店先で常連客と談笑していたユッキーが、勢いよく駆け寄ってきた。

「俺の弟と妹だよ。俺ともどもよろしく頼むよ」

「へぇー、タケさん、兄弟がいたんだ。……タケさんに似ず、可愛い子達ね!」

 ユッキーがニヤニヤしながら俺と2人を見比べる。

「大きなお世話だよ! それより2人に伝書鳩……じゃなかった、ポッポとテレフォンを見せてやってくれよ」

「了解! じゃあ、お2人さん、私についておいで」

 早速ユッキーは、優と恵の手を引っ張って、店の中へと入っていった。俺もそのあとについて店へと入る。

 店の中はいつも通り女性客が多い。……というか男は、俺と優の2人だけのようだった。

 しばらくは3人と共に商品を見ていたのだが、自分がどうしても場違いな気がしてならず、皆に声を掛けたうえで、奥の部屋へと移らせてもらった。


 ジジジジッ……ジジ……ジジッ。

 部屋に入ると、フラッシュを焚かれたような光が、不定期に何度も放たれ、思わず目を細めた。細めた目の先に人影が見える。

 手の平で閃光を遮りながら近づいていくと、フルフェイスの溶接面を被った人が、修理台に向かって作業をしていた。

「あ! 勝手に○×△きちゃ○×△だよ! ここは○×△以外○×△○×△だよ!」

 溶接面のせいでくぐもった声となっていたが、怒られていることは、声の大きさで感じとれた。

「あのー、ユッキーさんからここに居ていいって言われたんですが……」

 俺は顔の見えない相手の様子を窺いながら、恐る恐る声をかける。

「ん? ユッキー○×△? ……君、○×△タケ君?」

 相変わらずこもった声で分かりにくい。

「……はあ、そうです。雄です」

 俺は、かろうじて聞き取れた自分の名前に反応する。

「あ、ごめん、ごめん」

 俺の聞き辛そうにしている態度にようやく気づき、その人は徐に溶接面を外した。

 面の下から出てきたのは、ウェーブのかかった長い黒髪の女性の顔だった。ハッキリとした目鼻立ちとキリッとした眉は、この女性の内面を示唆しているように思える。

「私はここの店長の上村うえむら 花純かすみ。タケ君、あなたのことはユッキーから色々と聞いているわ」

 女性は、艶やかな赤い唇を軽やかに弾ませた。年齢は20代後半といったところだろうか。

「色々と?」

 俺は自分という人間をユッキーがどの様に評し、この女性に伝えたのか興味を持った。

「……まあ、大したことじゃないわよ。気にしないで。それより……」

 ちょっと間をあけてから、彼女は言葉を濁した。明らかに不自然だったが、なんだか逆に諦めがついた。俺は自ら薮蛇を突つくことはせず、彼女の次の言葉を待つことにした。

「あ! そうそう! この子の修理依頼したのって、タケ君だよね?」

 彼女は半歩横にずれて、修理台を俺に見せた。

 修理台の上には、元通りになったシュンマオが横になっている。

「もう治ったんですか!」

 つい興奮して大きな声を出してしまった。

「……いいえ、まだ外見だけよ。中身の修理はこれから。頭は無事だけど胴体部分の損傷が激しくて……あと2、3日はかかるかな」

 俺の声が五月蝿かったようで、彼女は眉をひそめた後、耳を穿って見せる。

「そうですか……。まぁ、すぐ治られても面倒だから、ちょうどいいか」

「……ユッキーの言ってた通りの男ね、君は」

 彼女は俺を見て、ニヤリと口の端を吊り上げた。

「何が言いたいんですか?」

 俺は反射的に彼女を睨んだ。

「タケさーん! 2人のアイテムの選定終わったよー」

 そこへユッキーが、元気よく部屋に入ってきた。

「……ああ、ありがとうユッキー。2人は?」

 俺はどうにか強張った表情筋を緩ませ、ユッキーに向き直る。

「今、他の商品を色々見てる。やっぱり子供は好奇心旺盛だねー。……ところでさー」

 ユッキーがちょこちょこと俺に歩み寄ってくる。

「ん? 何?」

 俺は、退きたい気持ちを抑えて、ユッキーの次の言葉を待つ。

「あの子達。……本当は、タケさんの弟と妹じゃないでしょ?」

 ユッキーは、ニヤついた表情に疑いの目を加えて、俺を見下ろす。悪い顔だ。

「……バレたか、実は2人とは、3階層で仲良くなったんだ」

 俺は、睨み返したい衝動を抑えて、苦笑する。

「で? どうして連れて来たの?」

 ユッキーは表情を変えずに更に詰め寄る。

 その横ではいつの間にか寄って来た花純さんが、聞き耳を立てていた。

「……実は」

 俺は反発してしまいたい気持ちを抑え込んだ。ここまで追い詰められたら、もう協力を仰いだ方が良いと感じ、今までの経緯をユッキーと花純さんに話すことにした。

「なるほどね。話はだいたい分かったわ。タケ君の言う通り、結構、切羽詰まってる状況かもしれないわね。あの子達に住んでる場所は聞けてないの?」

 花純さんが鋭い目付きで俺を見る。

「今の場所に来る前の住所は、恵から教えてもらったんですが……。その家を飛び出してからどこをどう歩いたのか、本人達も分かってないようなんですよ」

 俺は頭を掻き毟りながら答えた。

 部屋全体が、重い空気と沈黙で満たされる。

「……そうだ! 花純さん! 以前被ると記憶を映し出せるアイテム作りませんでしたっけ?」

ユッキーが興奮気味に花純さんに尋ねる。

「……あー、確かに作ったわね。……商品としては全く売れなかったけど。……あれを使えっていうの?」

 花純さんが苦々しそうに答える。

「優君と恵ちゃんに被ってもらえば、上手くすれば家を飛び出してからの行動が、分かるじゃないですか!」

ユッキーは、花純さんと俺とを交互に見て、俺たちの反応を待つ。

「確かに被ってもらえれば、その時の行動も見れるかもしれないけど……。知りたい記憶に上手くアクセスできるかどうか……。あれはどの記憶に辿り着くか分からないからね……」

 花純さんの顔が、さらに険しいものになる。相当そのアイテムに対して、自信がないようだ。

「やれる事はやってみるべきですよ。私、2人を連れて来ます!」

 ユッキーは言うや否や、部屋を飛び出していってしまった。

「ちょっと! ユッキー!」

花純さんは、ユッキーを呼び止めようと右手を伸ばしたが、間に合わなかった。

「……まったくあの子ったら。……しょうがないわねー。じゃ、私も準備しなくちゃ」

 花純さんは咳払いをした後、更に奥の部屋へと消えていった……。

 誰もいなくなった部屋に残された俺は、急展開に対応できず、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった……。

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