夢世36 記憶の扉
「……これを被るの?」
優が強張った表情で花純さんを見上げている。
「そうよ。帽子を被るみたいにして、後はそこのベッドで仰向けになって目を閉じるだけだから、そんなに緊張しなくても大丈夫」
花純さんは和やかに、とても笑っているとは思えない笑顔で答えた。
優は、どう見ても帽子とは思えない厳つい被り物を恐る恐る手に取り、色んな角度から観察する。
「優お兄ちゃーん。どうしたのかしら?」
花純さんの表情は変わらない。
「……もう! 分かったよ!」
優は半分ヤケクソ気味に、花純さんの指示に従った。
ここはミルキィウェイ控え室の更に奥。
花純さんが作った試作品やボツ品が山のように積まれている部屋だ。
どうやら花純さんは、この場所でアイテムの構想を練っているらしい。
意外に広く、仕切りこそないものの、アイテム作り用のスペースの他に、ソファーやテーブル、モニターなどが置かれたリビング的な場所も設けられていた。
アイデアがまとまらないときなど、ここで頭を休めているのだろう。
今は簡易的なベッドをソファーの後ろに置き、そこに優を寝かせる配置だ。
モニター前のソファーに俺と花純さん、その後ろにベッド、そこに優が横になる。
恵は、ユッキーが控え室で相手をしている。
この流れは、ユッキーが優と恵をこの部屋へ連れてくるところから始まった。
✳︎✳︎✳︎
花純さんに呼ばれ、奥の部屋で準備を手伝わされている最中……。
「優君と恵ちゃんを連れて来ましたよ! 花純さん、準備はどうですか?」
ユッキーが飛び込むようにして部屋に入ってきた。
「……1人分の準備はできたんだけどね。もう1台の装置が見つからないのよ」
花純さんが首をかしげ、ガラクタの山……もとい発明品群から、もう1台の装置をガサゴソと探している。
俺も花純さんと並んで同じ装置を探しているが、見つかりそうもない。
「なら、優君だけでも被ってもらいましょうか」
ユッキーが振り向き優の目を見つめる。
「え? え? 何の話をしてるの?」
優が不安そうに皆の顔を見渡す。
「……ユッキー。もしかしてあなた、子供たちに何も説明せず連れてきたの?」
花純さんはあきれ顔だ。
「あ! そうだった」
ユッキーは、ペロリと申し訳なさそうに舌を出す。
「まったく……しょうがないわねぇ。優君、恵ちゃん、竹君から一通り話は聞いてる。君たちは今、まともな生活を送れていない。そうでしょ?」
花純さんが単刀直入に話を切り出す。
「……」
優と恵は黙って下を向く。
「話を続けるね。今、君たちはどこに住んでいるのか分かっているの?」
「……工場の中」
優が小さな声で答える。やはり俺の思った通りだ。
「何ていう工場?」
「……分からない」
2人とも首を横に振る。
「家に帰りたい?」
花純さんが、2人の顔を覗き込みながら尋ねる。
「帰りたくない!」
「帰りたい!」
答えは真っ二つに分かれた。
「優君は、なぜ家に帰りたくないの?」
意見が分かれたことに驚きつつも、花純さんは質問を続ける。
「……帰るべきじゃないんだ」
優はそう答え、唇を強く結んだ。
「どういうこと?」
「……」
優は何も言わず、床を見つめ続けている。
花純さんは困り果てた顔で天井を仰ぐ。
「……優、俺はお前たちを絶対に守ると言った……でもこのままだと守ることができない。分かるだろ?」
俺は我慢できず、優に語り掛けた。
「……」
「優、よく考えろ。このままずっと工場の中で暮らしていく気か? 恵ちゃんはどうする? 幸せになれると思うか?」
自然と語気が荒くなる。
「……でも、工場を出たって……俺達に居場所なんかない!」
優は声を詰まらせて答えた。
「家で何があったか知らないが、もし居場所がなかったら、その時は俺の家に来ればいい」
「ちょっと! 安易にそんなこと……」
「良いんだ、花純さん。問題ない」
俺は花純さんの言葉を遮り言った。
「……竹お兄ちゃん、本当?」
優が真剣な眼差しを向ける。恵も隣でじっと見つめる。
「本当だ。約束する」
俺は2人の目を交互に見つめ返した。
「……どうすれば良いの?」
優が戸惑いながら尋ねる。
「花純さんが作ったアイテムを使ってくれれば良い。それを使えば、優達の記憶を見ることができる。それもかなり細かな記憶まで辿れるらしい……。意識にも残っていない記憶、優と恵が家を出てから工場に辿り着くまでの記憶さえも見られるそうだ。そうすれば、現実世界の2人を見つけ出せる。……ただ、どの記憶に当たるかはやってみなければ分からない。うまくその記憶に辿り着くまで続けるしかない……。――使ってみてくれるか?」
俺は2人の反応を注視しながら説明した。
「私は、大丈夫だよ」
恵が大きく頷く。
「恵は駄目だ! 俺がやる! ……ただ、俺の記憶は恵には見せたくない。それでも良いかな?」
優は何か訴えるような目で俺を見つめた。
「えー? 何でー」
恵が納得できない、と不満の声をあげる。
「分かった。優の望むやり方でやろう」
俺は恵の頭を撫でながら、優の考えを尊重することにした。
✳︎✳︎✳︎
優は少し重たそうに、花純さんが作ったアイテムを被るとベッドに横になり、ゆっくり目を閉じる。
花純さんによると、このアイテムを被り目を閉じると、現実世界で本当に目覚めるか、あるいはアイテムのスイッチを切らない限り、眠りから覚めることはないという。
「あ! 映り始めたよ」
花純さんがモニターを見たまま、俺に声をかける。
モニターに一瞬ノイズが走ったかと思うと、その中心から花火のように虹色の光の球が四方へ飛び散った。
まるで花開くように映像が生まれた。
最初に映し出されたのは、透き通るような白い肌と長く艶やかな黒髪が印象的な、美しい女性の微笑みだった。




