夢世32
洗練された数々の武器を前にして、自身の奥底に眠っていた狩猟本能が鋭敏に反応している……。
俺はその感覚に身を任せ、貪るように次々と武器を手に取っては試していった。
その中には中世ヨーロッパで使用されていた武器、ソードブレイカーやエチオピアのショーテルといった特殊な剣もあり興味をそそられたが、結局、俺の手には馴染まなかった。
俺には、やはり電脳武道伝でのバトルスタイルが合うらしい。電脳武道伝での俺は、基本的に最前線に立つファイターだ。だが通常のファイターとは異なり、スピード重視のキャラクターに、さらにできうる限り、スピードを阻害しない装備で戦うスタイルだ。
通常、電脳武道伝において、最前線に立つファイターとは、スピードよりも攻守のバランスを保つことがセオリーなのだが、俺のはそれを全く無視したバトルスタイルと言って良いだろう。
あまりに偏ったステータスとなるため、試した誰もが、俺のキャラクターは扱いにくいと匙を投げるほどだった。
理由は簡単だ。なにせスピードが速すぎるせいで、攻撃時のサポート機能である『照準』が、ほぼ役に立たないからだ。
照準を定めてから攻撃を繰り出しても、移動速度が攻撃動作を上回ってしまうため、相手を抜き去った後に攻撃動作が行われてしまうことになる。
なので俺の場合、極端に言えば、攻撃動作に入ってから、移動を開始するという流れとなる。
敵の目線からすると、俺を発見し、照準を合わせようとする頃には、すでに目の前に俺がいるということになるわけだ。
俺の特殊な攻撃スタイルに憧れ、教えを請う者もいたにはいたが、その感覚を会得できた者はいなかった。
皆に言わせれば、俺のその鋭い感覚が尋常ではなく、考えられない、となるらしい。正確に相手と近接するまでの時間を想定し、チェックメイトに至るまでの形を的確に構築しなければ、思い通りの結果は得られない。そんな雲をつかむような戦い方は、真似できないし効率的ではないとのことだ。
またこの戦い方は、デメリットもかなり大きい。スピードを追求したために、防御力は限りなく0に等しく、相手の攻撃がかすっただけでも、かなりの大ダメージを受けてしまう。ラッキーパンチでも当たろうものなら1発KOだ。
攻守にバランスの取れたキャラクターに変えた方がリスクは少ないのでは、と勧められたりもしたが、俺にとっては、スピードで全てを置き去りにするあの感覚が、たまらなく心地良いのだ。
きっと幼い頃、観た映画の1シーン、敵の間を素早くすり抜けながら攻撃を加えていく忍者の姿が、心に焼き付いてしまっているのだろう。
このアナザーワールドでは、別のバトルスタイルを模索しよう、と考えてはみたのだが、やはり俺には合わないらしい……。
さて、バトルスタイルが定まったところで、武器探索の再開だ。
スピードを殺さず戦うには、できうる限り無駄な動きは省かなければならない。大剣や槍など、初動に時間がかかるものを得物として用いれば、折角のスピードが制限されてしまう。
となれば、短いダガーや刀身が細く軽いレイピアなどに絞られてくるのだが、それでも剣を抜く動作は必要となる。結果、選んだ武器は……。
「この鉤爪は面白いな。爪が脱着式で形を変えられるのか……」
俺はちょっと変わった鉤爪を右手にはめ、使用感を確かめた。実は、電脳武道伝で使用していたのも構造は少々異なるが、この鉤爪という武器だった。
鉤爪は、常に臨戦態勢となるため、戦う際の準備の必要がなく、そのままの態勢で素早く攻撃に移れる。
なので敵と遭遇したとき、すぐさま全速力でその距離を詰め、相手が準備を整える前にダメージを与えることも可能となる。
間合いが近いことから敬遠されがちな武器ではあるが、中々に使える武器だと俺は思う。
俺は、鉤爪と忍者の焙烙玉代わりに手榴弾と煙玉を数個、それにいくつかの小物を買い物カゴへ入れると、店の奥へと歩き出した。
店の奥にはカウンターがあり、永井さんが銃の手入れをしていた。
「よお、もう気に入った武器に出会えたのか? じゃ、早速見せてくれ」
永井さんは俺に気付くと、手にしていた銃を片付け、すぐに武器を見せるように促した。
「……これなんですけど」
俺は恐る恐る買い物カゴの中身を1つ1つ、カウンターの上に乗せて行った。偏った武器の選定をしていることは誰よりも自分がよく知っていた。きっと永井さんは、カウンターの上に並んだ武器を見て、不思議そうな表情で俺の目を覗き込んでくるだろうと思った。
案の定、永井さんは俺の選んだ武器を見て驚いた顔を見せたが、俺の顔を覗き込む時にはにんまりと笑顔を浮かべていた。
「お前さんには、もうすでに自分好みの戦闘スタイルがあるようだな。なら俺が武器の選定を手伝う必要は無いな」
「えっ? これでも大丈夫なんですか?」
永井さんに予想外の反応をされ、俺の方が逆に驚かされてしまった。
「もちろん! 上達の第1歩は、全てにおいて『意慾』から始まると俺は信じている。お前さんの武器の選定には、すでにその思いが溢れているよ」
永井さんは腕組みをしながらウンウンと頷いた。
「ただ、ここは夢の世界だ。現実世界同様の尺度で全てを測っていては、伸び代は少ない。夢であることを心に刻み、勝手な上限を設けなければ、武器であっても大きな進化を遂げられる」
永井さんは自分にも言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を並べていった。
「武器が進化?」
俺は自然と首を傾げていた。
それを見た永井さんは、徐にカウンターの上に1本の剣を置く。
「これが何だか分かるか?」
カウンターの上に置かれたのは、昔、水兵がよく腰にぶら下げていたカットラスによく似た剣だった。
「……扱いやすい剣としか……」
俺は永井さんに勧められ、その場で試しに何度か振ってみたが、それくらいの感想しか抱けなかった。
「じゃあ、そいつの柄頭を腰に強めに打ち付けてみてくれ」
永井さんは俺が怪訝な顔で見つめるのも気にせず、行動を起こすのをじっと待ち続けた。
仕方なく俺は永井さんに言われた通り、その剣の柄頭をポンと腰に打ち付けた。
すると刀身が剣先から次々と分裂し、地面にだらりと垂れ下がった。よく見ると1cm程の幅で、等間隔に分裂し、鋼の鞭となっている。
「これは……」
俺は永井さんに問いかける。
「これは、依頼主から頼まれて作った鞭となる剣だ。俺だけでは、多分作ることはできなかった代物だ……。きっと依頼主の『意慾』が、この剣の形を維持させているのだと思う」
「どういう意味ですか?」
「言った通りの意味だよ。俺はその剣を作る際、等間隔で区切った刀身にワイヤーを通して鞭となるように『イメージ』して作った。だが、作り終えた剣を手にした時、その『イメージ』に疑問を感じてしまったんだ。途端にその剣は、剣として形をなさなくなってしまった……。ところが数日後、依頼主がその剣を手にすると、まるで生まれ変わったかのように、自在に伸び縮みする剣となったんだ」
永井さんは、当時の光景を思い出しているのか、遠い目をして嬉しそうに答えた。
「その依頼主の『意慾』がその剣に宿り、進化した……ということですか?」
「そういうことだ。あらためて言うが、ここは現実とは違う。強い思いが反映される世界だ。もしお前さんが新たな武器を作りたいと願うのであれば、現実世界の固定概念を打ち破るほどの『意慾』を持って、また店に来るといい。そのときは、喜んで協力させてもらうよ」
永井さんは厳つい顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
「分かりました。考えをまとめておきます」
俺は永井さんにお礼を言って、店を後にした。
そして店先で、買った鉤爪をまじまじと見つめながら、どのように進化させれるか、当初の目的も忘れ、まさに夢中で考え込んでしまっていた。