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夢世  作者: 花 圭介
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夢世25

 俺たちは観覧車を降りた後、何も言わず、フラフラと彷徨うように歩いた。

 美希は俺の心を気遣ったためだが、気遣われた本人、つまり俺だが、心の波を抑え、別の思考へと移っていた。

 そして、その思考にも自分の中である程度の方向性が見えた頃、ようやく、美希がトボトボと俯きながら、俺の後ろをついてくるのに気がついた。

「美希ちゃん、大丈夫?」

「え? あれ? 私は……大丈夫です。……雄彦さんは大丈夫なんですか?」

 美希が俺の顔を不思議そうに覗き込む。

「あ! そうか! ごめんごめん! もう大丈夫だから。心の整理はついたから気にしないでいいよ」

 美希の反応で、自分が心配されている現状にあることを思い出した俺は、慌てて表情を和らげる。

「でも……」

 美希はそれでも、俺が無理して取り繕っているのだと、心配そうな顔を見せた。

 兄と慕っていた大切な人の自殺現場を目の当たりにしてしまったのだから、そう思われるのも当然だ。

 もちろん俺も最初は、徹人兄さんの遺体を見て息ができないほど驚き、悲しみ、胸を痛めた。

 徹人兄さんの人となりから、自ら命を絶つような人ではない。きっと偽装された他殺だと考えもした。

 だが、あの遺体と現場の状況をじっくりと観察し、考えを巡らせた今では、他殺では無いと確信している。

 まず、遺体に着衣の乱れも争ったと思われる傷も無い。頭部の傷は等間隔で付いており、何かの意図が感じられる。

 絞殺抵抗時にできると言われる首元の引っかき傷、吉川線も無く、色白の肌がさらに白くなっていた。

 また、部屋の状況を見ても、荒らされた形跡がどこにもない。

 そして、この部屋にはずっと、徹人兄さんの母親の遺影が飾られていたはずなのだが、それが無く、むしろ部屋全体が以前より片付けられていた。偽装工作で片付けたというよりは、まるで終活時の身辺整理を終えたかのようだった……。

「……あのー、そう言えば、観覧車で私に声を掛けてきた人がいたと思うんですが、雄彦さんのお知り合いですか?」

 美希が少しでも俺の気が紛れるようにと、質問を絞り出してきた。

「ああ、一輝のこと? あいつは俺の信頼できる仲間の1人ってとこかな……。『電脳武道伝』っていうゲームで…………あっ!」

 俺の中で記憶が1つに繋がった。

「ど、どうしたんですか?」

美希は思いも寄らない俺の反応に、体をビクッと震わせ、数歩退く。

「美希ちゃん、ありがとう! お陰で俺のやるべき事が分かったよ」

「?」

 美希が、自分の発言のどこに御礼を言われる内容があっただろうか、と悩み小首を傾げる。

「やっぱり徹人兄さんは、殺されたんじゃない。ましてや自殺なんかしていなかったんだ!」

 俺は狂気にも似た喜びの熱が、全身を駆け回るのを感じた。

「どういうことですか?」

 対して美希は、困惑を深めた顔で俺を凝視している。

「実は……」

 辿り着いた答えを伝えようと美希に半歩近寄ろうとした瞬間、尾の長いカラフルな鳥が、俺達の間を高速ですり抜けた。風の衝撃波とその音とが、少し遅れて俺達を襲う。いや、襲われたのは俺だけだったようで、正面の美希はキョトンとしている。鳥は俺の体を掠めるくらい、俺寄りを滑空していったようだ。

「おわっ!」

 その勢いに圧されて、バランスを崩した俺は、そのまま地面に尻餅をついた。痛みを散らそうと、尻を揉みながら見上げると、先程の鳥が美希の肩に乗っていた。

「ごめんなさい、雄彦さん。こちら私のルフちゃんです。綺麗でカッコイイでしょ!」

 美希が自身の肩に乗った鳥を誇らしげに紹介しつつ、俺に手を差し伸べる。

 ルフと呼ばれた鳥は、そっぽを向きながら目線だけを俺に合わせている。明らかに俺のことが気に入ってないらしい態度だ。

「その鳥がここにいるってことは、伝言を塔矢に伝えられたのかな?」

 俺は美希の手を借り立ち上がると、鳥とは目を合わさずに美希に話かけた。

「妾がここにいるのだ、伝えたに決まっている」

 美希が答えようとするのを遮り、ルフと呼ばれた鳥が、代わりに俺の問に答えた。

「ありがとう、ルフちゃん! 塔矢君は、何て言ってた?」

 美希は、いけすかない鳥を撫で回しながら尋ねる。

「用事を済ませたら連絡する、と言っていたぞ」

 鳥は気持ち良さそうに目を閉じながら答えた。

「そっかー、ありがとね。ルフちゃん!」

 美希はルフに頬擦りしながら答える。もうルフにデレデレだ。

 俺はただ無言で、その光景を眺め続けた。

「……では妾はこれで引き揚げるぞ」

ひとしきりその状況が続いた後、ようやくルフが停滞していた時を進展させる。

「えー、もう行っちゃうの?」

 美希はとても名残惜しそうだ。

「美希が望めば、妾はいつでも其方の前に馳せ参じよう!」

 ルフは1つ咳払いをした後、平静を装う。どうやら俺から向けられている無感情の視線が気になったようだ。

 もしかすると、俺がいなかったら永遠と、この光景は続いていたのかもしれない……。

「うん! 分かった!」

 美希が元気良く答えると、ルフの体が金色に輝き出した。

「……あの男には危険な匂いがする。くれぐれも気を付けられよ」

 ルフは消える直前、俺を睨みつけながら美希に告げ口をしていった。

「フフフ、了解です!」

 美希が嬉しそうに答える。

 俺は癪に障る鳥が完全に消えたことを確認してから、大きな溜息を吐く。

「……これで塔矢とも合流できそうだね」

「そうですね!」

 美希は笑顔のまま同調した。

「……そう言えば、シュンマオはどこ行っちゃったのかな? 全然戻って来ないんだけど……」

 俺は首を傾げながら呟いた。ルフを見たことで、しばらくシュンマオを見ていないことに気が付いた。

「心配ないですよ! シュンマオちゃんは仕事のできる伝書鳩ですもん。いざという時には戻って来てくれますって」

 美希が力強く答える。

「……別に心配しているわけじゃないけど」

 とりあえず美希のテンションが元通りに戻って良かった。

「……そうだね。呼べばきっとすぐに来てくれるはずだよな……じゃあ、次はどのアトラクションやろうか?」

 徹人兄さんの話から途中でズレてしまったが、美希のテンションを保つため、俺はその話に戻すことをやめた。

「そうですねー、どれにしましょうかー……」

 美希は辺りを見回す。

「まあともかく、歩こうか!」

「はい!」

 俺達は、自分達好みのアトラクションを探索するため歩き出した。

 俺は美希の笑顔を見ながら、今は楽しむ事だけに集中していこう、とそう心に決めた。

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