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夢世  作者: 花 圭介
22/117

夢世22

 人や建物の間を凄まじいスピードで縦横無尽に駆け巡る。

 そんな青鹿毛の馬に跨り、俺は必死で手綱を捌いている。

 半分は言うことを聞かない、が、それでも最初に比べたら随分とまともになったほうだ。

 はじめは馬の上下の動きに合わせられず、何度も体が浮き上がり、落馬するのではとハラハラしたが、慣れ始めると、そのスリルが快感に変わり、何とも言えない高揚感をもたらした。

 また、手綱を操ることでアクロバティックな動きが加わり、更にアドレナリンが放出され、興奮状態へと誘われていく……。

 様々な障害物が行く手を阻む。人、店、壁、木々、etc。

 そこをギリギリですり抜けながら駆けていく。あと数センチ、左右に振れてしまったならば、衝突してしまっていた瞬間が何度もあった。『もうダメだ! ぶつかる! 死ぬ!』と思う場面で、ほんの首の皮1枚で持ち堪えている……。背筋を伝って、冷たい汗の滴が一筋、流れていった。

 確かにこんな危険な体験は、現実世界では不可能だろう。一輝がハマる気持ちが、今なら十分理解できる。

 このトランス状態を終わらせたくない、と強く願ったその時、馬が突然、手綱に反応しなくなった。反応しなくなったどころか、あろうことか更にスピードを上げ、一心不乱に数十メートルはある塔の外壁に向かって突進していく。

 俺の心はトランス状態から一気にパニック状態へと反転した。対応案が他に思い付かず、ただ必死に手綱を引く。

 だが何も状況を改善できぬまま、壁が目前まで迫ってきたとき、恐怖が心のキャパを超え、俺の意識はプッツリと途切れてしまった。


 そして、次に目が覚めたときには、俺の体はアトラクションエリアの上空を浮遊していた。

 馬の背からは大きな翼が左右に広げられ、風を上手く受け止めながら飛翔していた。

 下方を覗き込むと、すべてのものがミニチュア模型のように無機質に見える。

 馬はある地点で数秒ホバリングしたかと思うと、一気に急降下し始めた。みるみる世界がミニチュアから原寸大へと引き戻されていく。

そしてパラシュートを開くのと同様に、地上数メートル上で、馬は翼いっぱいに風を受け止め、降下スピードを減速させた。

 その後、足音が立たないくらい静かに地上に降り立つ。

 そこは元いたメリーゴーランドの脇だった。

 馬は翼を折りたたむと、先ほどまでの動きが幻であったかの如く、悠々と持ち場に戻っていった。

 持ち場に着いた馬から急激に生気が失われていく……。あれよあれよという間に、温もりも感じられないただの硬い鉄の馬へと戻っていった。

 隣に目をやると、美希が目を瞑った状態で、白馬にぐったりともたれかかっていた。完全に意識が飛んでしまっている……。

 俺は馬から降りると、美希の背中をポンポンと2度叩き、声を掛けた。

「……美希ちゃん、美希ちゃん。もう大丈夫だよ。もう怖くないよ」

「え? ここは? あれ? ……雄彦さん? ……雄彦さん!」

 美希は、目覚めてからも状況を飲み込むまでに少々時間がかかった。小鼠さながら数度辺りを見渡し、さらに幾ばくかの後、現状を把握すると、美希は突然、馬の上から俺にダイブしてきた。俺は慌てて美希の体を受け止めたが、その勢いで、体は横に半回転し、美希諸共その場に膝から床に崩れ落ちた。

 美希の体は、全身がガタガタと震えていた……。


「タケさーん! どうでしたか? このアトラクション! 最高でしょ!」

 そこへ一輝が、俺に手を振りながら翼の生えた馬……ペガサスに乗って降りてきた。

「あれ? どうしたんすかその子? タケさんの知り合いですか?」

 ペガサスから飛び降りた一輝が、俺達に歩み寄る。

「ああ、アナザーワールドで知り合ったんだ」

「どもー! 俺、有村一輝。よろしくー」

 顔を伏せている美希を覗き込むようにして、一輝が軽い調子で挨拶する。

「待ってくれ。今……話をできる状態じゃない」

 一輝の声にも反応を示さない美希を見て、俺は一輝にそう告げる。

「……そうみたいっすね。その子にはこのアトラクション、刺激が強すぎたみたいですね」

 一輝が肩をすくめる。

「確かに面白かったけど……俺だって最後、意識とんじゃったよ」

 俺はその直前の光景を思い出し、ふうーっと大きく息を吐いた。

「本当っすか? ……やっぱすごいっすよねー、ここって」

 一輝はウンウンと頷きながら嬉しそうに言う。

「すごいとは思うけど……他もみんな絶叫系ばかりなのか?」

 こんなアトラクションばかりでは、精神がもたない。

「いえいえ、色んな種類のアトラクションがいっぱいありますよ。ただ、ここのアトラクションは入れ替わりが早いっすね。人気がなくなるとあっという間に崩れてなくなっちゃうんです」

 少し残念そうにして一輝が答える。

「……そっか……癒し系のアトラクションとかは知らないか?」

 美希の体の震えがだいぶ治まったことを意識しながら、俺は一輝に尋ねた。

「そーっすねー……それだとやっぱり観覧車がいいんじゃないっすかね。……高いところが苦手でなければですけど」

 一輝は俺が尋ねた意図を察し、美希を一瞥してから、そう提案する。

「じゃ、そうするかな。……一輝も一緒に乗るか?」

「いやー、俺はパスさせて下さい。マッタリ系は、俺苦手なんで……すいません。それに、まだまだやりたいアトラクションが別にあるんですよ」

 一輝は頭に手をやり、申し訳なさそうにそう答えた。

「わかった。ありがとな」

 俺はそれに笑顔で返す。

「とんでもない、お役に立ててよかったです。それじゃ」

 一輝も俺に笑顔で答えると、背を向け、歩き出した。

「あ! ちょっと待ってくれ、一輝! おまえ、テレフォンって持ってるか?」

 俺はふと思い出し、一輝の背中に声を掛ける。

「あー……、今は持ってませんけど、買っておきますよ。ここで会話できるアイテムっすよね!」

一輝は俺に向き直り、敬礼してから去っていった。


 一輝はこのアナザーワールドを知って、まだ間もないはずなのに、もう俺よりも様々なことを知り、理解している。末恐ろしい男だ。……だが頼りになるいい奴だ。

 一輝の背中を目で追い、見送っていると、腕の中にいる美希から視線を感じた。

「もう、大丈夫?」

 俺の問いかけに、ハッとなった美希は、慌てて俺から離れた。

「すいません。……おかげさまで、もう大丈夫です!」

 顔を真っ赤に染めながらも、懸命に笑顔を作る美希の健気さが愛らしい。

「えっと……次は、あそこに見えるあの大きな観覧車に乗ろうかと思うんだけど、どうかな? 一輝に確認したら、あれは怖いものではないらしいから」

 俺は美希の恐怖を早く上書きするべきだと考え、あえて今、提案した。

「……はい、分かりました。さっきはちょっと予想外だったので……これからはもう大丈夫なので、心配しないで下さい!」

 自分の心を奮い立たせるように、美希は力強く答えた。

 一輝が教えてくれたとはいえ、初めて乗る夢の観覧車。どのようなものであるかは分からない。

 俺は、どうか美希にとって楽しいものであるように、と神に祈るばかりだった。

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