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夢世  作者: 花 圭介
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夢世20

 俺と美希は今、ゲートキーパーのバセットハウンドに連れられて、2階層へ続くゲート前に立っている。

 その場所は……ミルキィウェイの正面だ。というのもゲート場所は、ドーナツ状に広がるフロアの内円であれば、何処にでも出現させられる仕様となっている、とのことだからだ。

 ミルキーウェイに対面する店間の路地を抜けると、そのゲートは現れた。青白く明滅する大きな両開きのゲートだ。俺の身長の倍以上、4メートル近くはあるだろうか。鎌倉時代の古建築、唐門を連想させる。本通りに満ちた明るさと活気、それとの対比が際立ち、何やら神秘的な厳かさを漂わせている。

 バセットハウンドの首にかけられた鍵がゲートと同様に青白く明滅している。

 ゲートキーパーであるこのバセットハウンドは、担っている仕事を滞りなく熟すため、いつもフロアの内周寄りをノソノソと散歩するように見廻っているそうだ。

 見た目ちょっと頼りなげな番人……というか番犬だが、きっちりと仕事はこなしているらしい。俺を追いかけてきた必死の走りがそれを物語っている。


「ワォーーーン!」

 バセットハウンドが門の前に座り込み、精神統一のためか、幾分時を置いてから大きく1度遠吠えをする。するとそれを皮切りに、門全体の明度が増すと、手前側へと開いていった。

 バセットハウンドは門が開き切ったタイミングで、鼻先を俺達と門へと交互に数度振り、入るように促した。

 俺たちはそれに従い、門に向かって歩きだす。


 静まり返った路地裏に俺と美希の足音だけが響く……。それはまるで冒険へと旅立つ、ゲームのオープニングさながらの情景に俺には思えた。凝った演出に自身が勇者にでもなった気分だった。

 だが歩きながら、この演出をフロアを移る度にこなさなければならないのだろうか、と一抹の不安が脳裏を掠めた。


 ピロリロリーン。


「1度行われたイベントは、リクエストがない限り、繰り返し発生する事はありません。また今後はゲートキーパーの手を借りることなく、貴方自身の意思によって、ゲートを出現させることができます」

 サポートソフトの存在を忘れていた俺は、虚をつかれ、またもこの感情を伴わない声によって、驚かされてしまった。

 不意を突かれた苛立ちも手伝って、俺は心の中で「ゲートキーパーに出会った時もすぐに教えてくれよ」と悪態をついた。


 ピロリロリーン。


「それはできません。私はあくまでもアナザーワールドを快適に過ごすためのサポートソフトに過ぎません。イベント攻略の手助けとなる助言はできかねます」

 サポートソフトは淡々と説明する。

 俺は「分かった、分かった」とおざなりな返事をしてあしらった。


 門を潜ると、扉は開く時と同様の速さで徐々に閉まっていった。

 路地裏から差し込む明かりが遮られると、ブラックホール現象のためか、一時的に辺りが闇に包まれる。

 闇に染まる直前に目視できたのは、そこが6畳間程度の何もないスペースであったことだったのだが、室内の明かりが灯ると、先ほどまではいなかったはずの女性が1人立っていた。


「はじめまして、私は案内役のイリスと申します。こちらは、各階層へ移動するためのエレベーターとなります。お客様は現在、アトラクション、アドベンチャーエリアのある2階層への条件を満たしております。2階層へ行かれますか?」

 空色で統一されたトーク帽と制服を身に纏った女性が、俺達に問いかける。

「よ、よろしくお願い致します」

 俺達はその女性に対して姿勢を正し、恭しくお辞儀した。

「畏まりました」

 俺達の仰々しいまでの態度に、イリスと名乗るその女性は、揃えた指先で口元を隠しながら返答する。

 ウェーブのかかった亜麻色の髪を肩口まで伸ばし、深緋こひき色の紅を引いた洗練された美しさを漂わせる女性、イリスのオーラに男の俺だけでなく、美希でさえも緊張し、ぎこちない態度を取ってしまった。

 恥ずかしさに俯く俺たちに、エレベーターが駆動音と共に上方へ向かっていることを実感させる重力の圧を付与する。


 チーン。


「こちらが2階層のフロアでございます。かけがえのない良き時が、刻まれることを心からお祈り致しております」

 到着した合図音と共に瞬刻、体がふわりと浮かぶ感覚を得た後、イリスの甘く柔らかな声が、耳に届く。それと同時に、通常のエレベーターでは見たことはないが、扉が徐々に外側へと開いていった……。


 最初に目に飛び込んできたのは、空の彼方まで続いているのではないかと思える程、果てしなく続いているレールだった。何のためのレールなのかと目で辿っていくと、7両編成程度のジェットコースターが、見たこともない速さで急降下し、俺たちの頭、数メートル上を通過していった。

 驚きながらもジェットコースターが通過した先を目で追うと、これまた規格外に大きい観覧車が視界に飛び込んできた。

「そんなはずは……」

 確か俺が1階層の内円から上空を見上げた時は、2階層だけでなく、3階層、4階層と、無限に各階層の床下が広がっていたはず……。だが、この2階層からは、上方に『空』しか見えない。いったいどうなっているのだろう……。


 ピロリロリーン。


「1階層から見える上空の景色は、アナザーワールド1階層のコンセプトである『老若男女が楽しめるショッピングモール』のイメージから作られたフェイク画像を投影しているに過ぎません。実際は各階層毎のコンセプトに合わせて環境が構築されています。この2階層のコンセプトは『アトラクションとアドベンチャー』。故に広大な敷地を有しており、他の階層とは、別次元に位置しているというスタンスをとっています」

 サポートソフトの回答を聞いた俺は『無理に辻褄を合わせるとそういう説明になるのだな』と理解した。

 『夢』だからやりたいようにやれるのだ、と説明された方がしっくりくるのに……と思いながらも、ある程度の指針に沿わなければ、世界として成り立たないのもまた事実であるだろうと思い直した。

 俺は気を取り直し、視線の先を下方へと移す。

 俺達のいるゲートを中心に、半径100メートル程の所に白いラインが引かれ、その内側には光沢のある菜の花色の床が広がっている。そこはいわば待合所のような場所となるらしい。

 其処此処で何人かがグループとなり、メンバーが揃うまで時間を潰しているようだ。

 待合所を除く右手側には草原が広がり、奥の方には森や山が見える。

 反対に左手側には、先程のジェットコースターが疾走したレールや観覧車などがあり、その他にもサーキット場や飛行場のようなものまで見える。

 また所々に露店もあり、そこには遊園地には付き物のポップコーンやチュロス、それに加えてクッキーやドーナツにといった様々なお菓子が売られていた。皆、それらを片手に楽しそうに遊歩している。


「雄彦さん、何を躊躇しているんです? 遊びましょうよ!」

 美希はもう居ても立っても居られないといった感じで、アトラクションがある左側へと俺の手を引っ張りだした。

 俺は右側の大自然にも惹かれたのだが、先ずは美希の希望を優先することにした。

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