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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第69話 やるべきこと

 静かだった。

 あれほど騒がしかったフロアも、

 今は、どこか落ち着いている。

 電話の数は減り、

 人も少なくなった。

 空席が、目立つ。

 それが——現実だった。


 守れたもの。

 守れなかったもの。

 その結果が、

 ここに残っている。

 恒一は、ゆっくりとフロアを見渡した。

 神谷がいる。

 相変わらず、ぶっきらぼうに指示を飛ばしている。

 でも——

 あのときとは違う。

 どこか、余計な力が抜けている。

 理解している顔だ。

 “終わったあと”の顔。


 山本は、別ラインから戻ってきていた。

「聞いたぞ」

 短く言う。

「やりきったな」

「なんとか」

 恒一が答える。

「……いい判断だ」

 それだけだった。

 だが——それで十分だった。


 現場の人間の、評価。

 言葉は少ないが、

 重い。

「お前の言ってた通りだ」

 山本が続ける。

「抱えてた連中、ほとんど沈んだ」

 宗一郎の顔が、頭に浮かぶ。

「……そうですか」

 短く返す。

 感情は、出さない。

 でも——何も感じていないわけじゃない。


「でもな」

 山本が少しだけ笑う。

「最後まで抱えたやつもいる」

「え?」

「潰れかけながら、なんとか残してる」

 一拍。

「宗一郎だ」

 少しだけ、胸が動く。

「……らしいですね」

 小さく答える。

 あの男らしい。

 どっちが正しいかなんて、

 もう意味はない。

 ただ——それぞれが選んだ結果が、そこにあるだけだ。

 山本は、それ以上何も言わなかった。

 軽く手を上げて、去っていく。


 それでいい。

 それが、あの男のやり方だ。

 そのとき。

「恒一さん」

 麻美の声。

 振り向く。

「少し、いいですか」

「いいよ」

 二人で、外に出る。

 空気が、冷たい。

 季節が、変わっていた。


「……終わりましたね」

 麻美が言う。

「そうだな」

「いろいろ……ありましたけど」

「そうだな」

 短いやり取り。

 でも——その中に、全部が詰まっている。

「……私、思ったんです」

 麻美が、少しだけ前を向く。

「正しいかどうかって、大事ですけど」

「うん」

「それだけじゃ、足りないんだなって」

 風が吹く。

「決めることの方が、もっと大事なんだなって」

 その言葉に、恒一は、少しだけ笑った。

「……そうかもな」

 それが、今回の答えだった。

 正しさじゃない。

 決断。

 それが——すべてを動かした。


「だから」

 麻美が続ける。

「私も、決めていこうと思います」

 一歩、踏み出すように。

「逃げずに」

 その言葉に、恒一は頷いた。

「いいと思う」

 それでいい。

 それが、一番大事だ。

 沈黙が落ちる。

 だが——嫌な沈黙じゃない。

 穏やかな、ものだった。


 そのとき。

 ふと——視界が、揺れた。

「……?」

 違和感。

 景色が、少しだけ歪む。

「どうしました?」

 麻美の声が、遠くなる。

(……来たか)

 理解する。

 理由はわからない。

 でも——わかる。

 終わりだ。

 この時間の。


「……ありがとう」

 小さく、呟く。

「え?」

「いろいろ、助かった」

 麻美が、少し驚いた顔をする。

「いきなりどうしたんですか」

「ちょっとな」

 笑う。

 その笑顔を、しっかりと見る。

(……忘れない)

 この時間も、この人も。

 全部。


 視界が、白くなる。

 音が消える。

 体が、軽くなる。

 そして——すべてが、途切れた。

 気がつくと。

 そこは——見慣れた、場所だった。

 現代。

 自分のデスク。

 パソコンの画面。

 変わらない日常。


「……戻ったのか」

 小さく呟く。

 夢じゃない。

 全部、現実だった。

 体が覚えている。

 判断も、あの感覚も。

 残っている。

 ゆっくりと、椅子に座る。

 画面を見る。

 営業成績。

 最下位。

 変わらない。

 でも——違う。

 前とは、まったく違う。


「……やるか」

 小さく言う。

 何をやるべきか。

 もう、わかっている。

 正しいかどうかじゃない。

 決めること。

 そして——動くこと。

 それだけだ。


 立ち上がる。

 外に出る。

 空気が、少し冷たい。

 街は、忙しく動いている。

 その中で——

 一人の女性と、すれ違った。

 ふと、足が止まる。

 振り返る。

 向こうも、少しだけ振り返る。

 目が合う。

 初めて見る顔。

 のはずなのに——

 どこか、懐かしい。

 一瞬だけ、時間が止まる。

 そして——

 彼女が、少しだけ首を傾げる。

「……どこかで、お会いしましたか?」

 その言葉に、 恒一は、少しだけ笑った。

「……いや」


 一歩、踏み出す。

 今度は——自分の意思で。

「これから、会うんだと思う」

 その言葉に、彼女が少しだけ驚いて、

 そして——

 笑った。

 世界が、また動き出す。

 今度は、逃げない。

 やるべきことは、もう決まっている。

 だから——

 進むだけだ。

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