表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

手厚いおもてなしはご遠慮願います


 ヴェルデラント辺境領は、レーヴェリア王国の北端に位置する森深い土地だ。

 街道は整えられているが、交易路としては不向きな山岳が、隣国との国境を跨いで裾を広げる。

 フレッチェたちは、辺境伯の住まうコンド=ロウの町を目指した。


 コンド=ロウは山を拓いて築かれた、城塞を抱くように広がる町だ。国境の侵犯を防ぐ、防衛と統治の要の地である。

 馬車から臨む城塞は、切り立った岩盤と一体化して見えた。無駄のない直線と重厚な石積みが、侵入を拒む意思を示すかのようだ。

 麓に広がる町もまた城壁を二重に巡らせ、石落としや櫓が睨みをきかせている。


 レーヴェリアの廃興をともに歩み、防衛の前線に立ってきた町の威容を臨み、張り詰めた空気をフレッチェは肌で感じた。

 隣をうかがうと、ラウルもどこか固い面持ちで襟を正していた。フィンリーの膝の上に置いた拳も、強く握られている。


 もうすぐ城門が見えてくるという時、馬車がガタッと大きく揺れた。


「きゃあっ」

「うわわっ」


 揺さぶられ、座席から投げ出されそうになったフレッチェとフィンリーを、ラウルが引き寄せる。

 馭者が手綱を引き、馬車は街道の中央で止まった。横転は免れたが、傾いた車体が平衡を保てていない。


「何があった?」

「車輪です。何か、噛み込んだようで……」


 降りて確認した御者が、眉をひそめる。

 車輪の一つに、薪割りに使う楔が噛み込んでいた。先端が深く刺さり、車輪の一部が破損している。

 それで体勢を崩してしまったのだった。


「こんな所に、なぜ楔が――」


 一様に首を傾げた時だ。


「きゃああああ! 申し訳ございません! お許しを!」


 悲鳴のような謝罪とともに現れたのは、若い女だった。赤い髪を二つに編んで垂らした背中には、薪を背負っている。

 伐採用の手斧を後方に放り投げて、女は街道にひれ伏した。籠からこぼれた薪が頭頂を打つが、出てくるのはひたすら謝罪の言葉だった。


「申し訳ございません! あたしが落としました!」


 女は、何度も頭を下げた。


「すごい音がして……まさかと思ったら、楔がなかったの。あたしの落とし物のせいで大変なことに……! お、お願いします……何でもしますから、お許しください。本当に、悪気はなかったの……」


 ガタガタと肩を震わせ、女の声は次第に小さくなっていく。

 馭者は彼女を気の毒に思いながらも、一先ずは人手を求めた。


「すぐに呼んできます! あ……、あの、皆さんは、その……貴族の方々ですよね?」


 馬車は家紋を入れない汎用されているものだが、辺境伯のもとを訪ねるために、それぞれ正装は調えていた。

 女が青い顔で、腰を上げる。


「む、迎えの車も一緒に用意してきます! ここで動かずに待っていてください!」


 落とした薪を拾うのも忘れて、彼女は走り出した。

 小さくなっていく背中を見やりながら、ラウルが呟く。


「……焦りから、安堵へ香りが変わった」

「え――?」

「さっきの女の匂いだ。かすかに……愉快だと感じている……?」


 鼻を塞ぐように手の甲を当てて、ラウルは眉をしかめた。


 時を置かずして、小さな荷馬車を連れて女が戻って来るのが見えた。

 誰も口には出さなかったが、歯の奥にものが挟まったような違和感を抱いて、身を固くする。


「おやまぁ、お前ってば大変なことをしでかしたよ。これはお大尽様方、申し訳ねぇです……」


 荷馬車を駆る年配の女が、傾いた馬車を目の当たりにして顔を青くする。三つ編みの娘とは口許の雰囲気が似ていて、二人の間に血縁を感じさせた。

 娘が言うことには、馬車の修理は出払っていて、遅くなるらしい。馭者にはこの場で待ってもらい、先にフレッチェらを町まで運んでくれるという。


「汚い荷台で悪いけんど、お嬢さんと旦那様方はこっちへお乗りなんせ。さぁさ、さぁ」


 ふっくら厚みがあり、赤切れや豆を潰した痕が残る手だ。リーンを思い出させるものを感じたフレッチェだが、その手を取るのは躊躇われた。

 誰も動かずにいると、女ら無理やり手を引っ張ろうとしたり、後ろから押し込もうとしたりする。

 いよいよおかしな様子だ。


 とうとう馭者も携行する剣に手を伸ばし、穏やかでない雰囲気に空気が張り詰める。

 そこへ、複数の蹄の音が割り込んだ。


「そこまでだ!」


 荷馬車の周りを取り囲んだ騎士の一人が、鋭く声を上げる。馬の脇腹に垂れた深緑の布には、コンド=ロウの町の紋章が大きく染め抜かれていた。


「チィッ、いいところで出てきやがった!」


 女たちはそれぞれ舌打ちを投げ返すと、尋常でない身のこなしで、荷馬車に飛び乗る。激しくしなった鞭が空を裂き、手綱を無理矢理引かれた馬は悲鳴めいた嘶きを上げ、地を蹴った。

 騎馬を蹴散らす勢いで、車輪が唸りを上げる。荷馬車は跳ねるように、街道を駆け出した。山の向こうへ、その影は小さくなっていく。


「深追いは不要だ。散開すれば、逆に狙われる」


 後を追おうとした騎士らを、凛とした声が引き留める。

 隊の中心から、甲冑を身につけた人物が進み出た。深い紺色の外套を翻して馬を進める姿に、騎士たちの背筋が一斉に伸びる。


「周囲の巡察を続行せよ。うち五名は馬車の護衛と運搬を。ミルヒ、ヘイゼル――」

「は!」


 とりわけ小柄な者と大柄な者、対照的な二人の騎士が進み出る。


「両名はわたしとともに、客人を城まで送り届けよ」

「承知いたしました」


 若々しくも覇気がある声で、騎士たちをまとめ上げた人物は、やっと――という様子でフレッチェたちを振り返った。

 華麗に馬から降りると、冑を脱いで近くにやって来た。その姿に、フレッチェは言葉を失くした。


 エラの披露宴で見かけた――麗しの辺境伯その人だ。

 きめ細やかな白磁のような肌は、女性的な柔らかさを宿しながらも、眼差しには男性だと信じて疑わせない凛々しさがある。

 女性だと知った今でも、その恵まれた容姿には、フレッチェの胸も思わず高鳴ってしまう。


 ヴェルデラント辺境伯リュネルは、わずかに口角を緩める。笑みというには控えめで、苦笑を押し殺したような静かな表情だ。


「ようこそ、おいでくださいました。無粋な出迎えとなり、面目ございません。どうぞ城のほうで、お休みください。フィンリーの友人として、誠心誠意おもてなしいたします」


 深紺の外套を風に揺らし、リュネルが手を差し伸べる。その手を迷いなく取ったのは、もちろんフィンリーだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ