辺境へ
ラウルはフィンリーが落ち込んでいるものだと思っていた。もしかしたら泣いているのではないかと心配になって、後でフレッチェと食べようと思っていた菓子を、棚から取ってきたくらいだ。
ところが、客室を訪ねると――そこには、荷物をまとめるフィンリーの姿があった。今朝到着したばかりで、たいして荷解きもしていなかったため、すぐにでも出て行けそうな出立ちだ。
「ラウル兄さん、騒がしくしてごめんね。母さんに知られたからには、僕ここにはいたくない」
いられない、ではなく、いたくないなのがフィンリーらしい。ラウルは頷きはせず、真顔で受け止める。
「どこか、行くあてが?」
「どうとでもなるよ。はぁ……それよりも、なんて謝ろうかなぁ」
「時間が経つほど、言い出しにくいだろう。母上も今頃、冷静になっているはずだ。せめて、出ていく前に……」
「何言ってるの、兄さん。母さんには謝らないよ! あれくらい言っておかないと、暴走は止まらないからね!」
膨らませた頬と一緒に、桃色の唇がつんと突き出される。
「そうじゃなくて、交際についてはお互いに誰にも知られないように――って誓ったのに、自分から暴露しちゃうなんて。エルに合わせる顔がないよ」
「エル……? ヴェルデラント辺境伯のことか? 確か、リュネルと言ったか」
「そう。爵位を継いでからは、男性名のリデルを名乗っているけどね」
フィンリーは鞄の口をきゅっと締めると、顔を上げた。
「とにかく、エルに謝らなくちゃ」
「まさか、ヴェルデラント領へ行くつもりか」
「うん。母さんに告げ口する?」
「いや、そんなつもりはないが……」
ラウルはふと、ロウェルの披露宴で辺境伯が残していったと思われる香りを思い出した。
フレッチェと出会った時の感動とは違うが、初めて出会う香りで、興味を惹かれた。それがフィンリーの選んだ人物なのだと思うと、なお気になってくる。
「……僕も同行していいだろうか」
「え?」
フィンリーはわずかに訝しんだが、最後には何か決断するように深く頷いた。
「いいよ。ラウル兄さんになら、エルを紹介したいな!」
フィンリーは天真爛漫な笑顔が、板についている。その天使のような微笑みは、ラウルの鼻さえ誤魔化してしまうほど、自然なものだった。
※※※
セラフィーヌの馬車が屋敷を離れると、彼らはフレッチェのもとに戻ってきた。
柔らかな印象の眉毛を、しょんぼりと八の字に下げて、フィンリーは口を開く。
「フレッチェちゃん、ごめんね。明日になったら、家に戻るよ」
先刻の激昂ぶりから一転したしおらしさに、一握りの違和感を覚えながらも、フレッチェはほっと息をつく。セラフィーヌと和解できるなら、喜ばしいことはない。
しかし――。
「レッテ。心配なので、僕もフィンリーについていこうと思う」
続くラウルの言葉には、女の勘が敏感に働いた。
「ラウル様……、フィンリー様……。お二人とも、嘘はいけません」
「な、何がだ?」
「辺境伯閣下に、お会いになるおつもりなのでは?」
「どうしてわかっちゃうの?」
「なんとなく……」
ついさっき恥じたばかりの豊かな想像力に、今ばかりは感謝して、フレッチェは二人に詰め寄る。
「わたしも、ともに参ります!」
セラフィーヌと交わした約束が、フレッチェの背中を押す。そして、同じくらいに私情も手伝っていた。
(ラウル様が、どこかわくわくされている様子が伝わってくるんだもの。フィンリー様のお心を射止め、ラウル様も惹きつける麗人……、わたしだって気になるわ――!)




