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22/27

それぞれの味わい(ロウェルとレンジュ)


 花々が笑みを綻ばせて咲き誇り、うららかな陽気に人々の装いも軽やかに改められる頃。

 ロゼクォット公爵家嫡男ロウェルと、バークレイ伯爵令嬢エラの婚姻は、神の前で厳かに誓われた。


 翌日、ベールグランの城では披露宴が催され、レーヴェリアの各地からたくさんの者が祝いの席に参席した。

 城内の大広間と庭園を開放した立食式の宴は、盛況だ。


 ラウルとの婚約がまだ公にされていないフレッチェは、今日はエラの友人として招かれていた。

 ロゼクォット家からは一歩引いた場所で、ただ純粋に、エラの幸せを祝う立場にいる。


 優雅な調べに、幸せをお裾分けされたゲストの華やかな表情、笑い声――。そこにいるだけで、フレッチェの心も自然と踊りだす。


 料理人たちが腕によりをかけた食事は、どれも豪華で美味だ。

 パパスも久しぶりに古巣へ帰り、腕を振るっている。宴の後にはぜひ感想を、と張り切っていた。


 フレッチェが特に気に入ったのは、魚介と旬の野菜を果実酢で和えた前菜だ。まろやかな酸味に口がさっぱりした後に、白身魚の淡白な甘みが追いかけてくる。

 これを、白ワインにクロスグリのリキュールを混ぜたカクテルで流すと、舌の上がすっと洗われて、また次の一口を誘われた。


(屋敷でも作ってほしいなんて言ったら、さすがに甘えすぎかしら)


 いつもは遠慮がちなフレッチェが、そんな心配をしてしまうほどだ。言葉で伝えなくとも、今の彼女の顔を見れば、パパスは大喜びすることだろう。


「やあ、フレッチェ。楽しんでいるかい?」


 高揚感に頬を染めて、宴の空気に酔っていると、主役のロウェルがエラとともにやってきた。


「今日は開宴の挨拶を引き受けてくれてありがとう。あなたがわたくしの大切な友人だと、皆様に自慢したかったの」


 クラシックな白い婚礼衣装も似合っていたが、橙色のドレスは、エラの凛とした雰囲気を柔らかくし、幸せな新婦の笑顔を映えさせている。


「光栄でございました」

「次は自分の番だと、エラはもう原稿を書いているよ」

「まぁ、エラ様ったら」

「ふふふ」


 ロウェルはさりげなく視線を巡らせ、ふと思い出したように問いかけた。


「ラウルは一緒ではないのかい?」

「ラウル様は、あちらでウードゥリー男爵とご歓談中です」


 ウードゥリー男爵領は切花用の花木で知られている。

 ラウルはその農園の経営について、熱心に耳を傾けているようだった。香水の原料を安定して確保する算段まで、頭の中で描いているのだろう。

 和やかに談笑する姿に、ロウェルは目を丸くする。


「珍しいな……。ラウルはこういった場は好まないし、脈絡を読んで会話を楽しむ性格でもないから、たいていは相手が困った顔で去っていくものだが――」


 ラウルの生き生きとした横顔を、ロウェルは安心した顔で見つめた。


「ひとは変わるものだね。君のおかげかな?」

「わたくしは何もしておりません。ラウル様が元々お持ちだったものが、花開いただけですわ」

「さすがは妻の親友だ。今後ともよろしく、フレッチェ」


 次の招待客のもとへ向かう二人を見送り、フレッチェはほっと息をつく。


(ロウェル様とお話するのは、少し緊張するわ……)


 ロウェルの眼差しは穏やかだが、その奥で何かを測っている気配がある。

 招待客と歓談しながらも、目の端で人々の動向を捉えている。誰が何を好んで食していたか、どんな服装、話題に関心を示すかを、瞬時に記憶の引き出しへ振り分けているようだ。

 それこそが、彼の経営手腕に繋がっているのだろう。

 すべてを見抜いているわけではないが、気付かぬふりを選ぶ聡い人――それがフレッチェがロウェルに抱く印象だ。


 まだ味わっていない料理と、賑やかな笑い声に誘われるように、フレッチェは人の集まる方へ歩き出した。



˖✻*˸ꕤ*˸*⋆。˖✻*˸ꕤ*˸*⋆。˖✻*˸ꕤ*˸*⋆。˖✻*˸ꕤ*˸*⋆。



 笑い声の中心にはレンジュがいて、身振り手振りを交えて語らっていた。

 会話の引き出しはロウェルに敵わないながらも、持ち前の明るさで、老若男女問わず興味を引きつける。


 あの大所帯に飛び込む気にはなれないフレッチェだが、レンジュが人に囲まれているのは好ましい。屈託なく変わる表情も声も、傍らで聞いていて気持ちがいい。

 フレッチェは死角で静かに見守りながら、鹿のローストに手をつける。

 鹿肉はどちらかと言うと苦手な部類だったが、丁寧に下処理され、料理人の思いを込めてじっくり焼き上げられたそれは、噛むほどに旨みが広がっていく。


 赤ワインが欲しくなって顔を上げると、レンジュに動きがあった。

 夢中で話していたかと思えば、ふいに腰を屈め、何かを拾い上げる。手にしたのは、小鳥の形をした積み木だ。

 レンジュは会場を見渡すと、長身を最大に使って手を伸ばし、大きな声を出した。


「お子様連れのお客様、こちらに見覚えはありませんか?」


 すぐに、泣きべそをかいた男の子が、母親のドレスの裾を引っ張りながらやってきた。レンジュから積み木を手渡されると、それは嬉しそうに涙を振り払う。

 母親は青い顔で、平謝りするばかりだ。


「申し訳ございません、若君……」

「いえいえ、鳥も祝いの席に着きたかったのでしょう」

「あのね、おうちにはリスさんたちもいるよ」

「そうか。それならなお、見つかってよかった。お友達と離れ離れになったら、寂しいもんな」


 少年がこくりと頷くと、レンジュは安心したように笑って、頭を撫でた。

 その様子を、ほとんどの者は微笑ましく見つめていた。だがフレッチェは、目の端でいくつかの視線の動きを捉える。


 いつの間にか、会場のあちこちに手巾や扇子が落ちていた。拾われるのを待つように、持ち主らしき女性たちが、ちらり、ちらりとレンジュを窺っている……。

 レンジュが気付いた順に手を伸ばそうものなら、女性たちの間に熱い火花が散った。


 誰にでも分け隔てなく手を差し伸べる、その在り方は、好ましく思う者もいれば、あらぬ誤解や妬みも買いやすい。

 それに当の本人はまったく気付いていないので、フレッチェはだんだんはらはらしてきた。


 見守っていると、ふいにレンジュの動きが鈍る瞬間があった。

 会場に誰か――顔見知りの人物を見つけたようで、話しかけるか迷っている様子だ。

 視線を辿ると、艶のある黒髪の令嬢がいて、彼女もまたレンジュを気にしている。

 二人の視線がぶつかった途端、レンジュの軽やかな舌が、急にもつれ始めた。彼は誤魔化すように手近なグラスを手に取り、一息に呷る。


(……あ! レンジュ様、それは――!)


 みるみるうちに、レンジュの顔が赤くなる。それで火がついたか、彼は奮然と令嬢のほうへ足を踏み出した。

 フレッチェは苦笑をこぼしながら、心では彼を応援したい思いで溢れる。


(好みは分かれるかもしれないけれど……)


 大半の人間は、彼を好ましいと答えるのだろう。フレッチェもその一人だ。

 そんなことを思いながら、鹿のローストをもう一口、静かに味わった。


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