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それでも俺は妹が一番可愛い。  作者: 上羽みこと
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第十二話【勇者パーティ】

第十二話【勇者パーティ】


俺がシャルムに鳥人ハーピィの集落がある森へと連れ去られてから一夜が明けた。

縦長の室内に作られた小さな丸窓から差し込む朝日で、俺は目を覚ます。


「ん……ふぁぁ……。」

欠伸をしながらゆっくりと目を開けると、俺の膝の上には未だ眠っているシャルムの姿があった。

そうだ。昨日の夜突然シャルムに連れてこられて、結局泊まる事になったんだ。

俺はシャルムを起こさないように気をつけながら、ぐっと腕を上へ伸ばす。

座りながら眠るような形になっていたが、このいい感じのクッションのおかげか然程身体は痛くない。

しばらくすると眠気も覚めてきた。

さて、この未だ心地よさそうに眠っているふわふわ頭の小鳥ちゃんをどうしようか。

俺はシャルムのそのふわふわでくるくるした髪にそっと触れてみる。

本当にふわふわだ。少し面白いくらいに。

モニカのもふもふとはまた違う、とても軽やかな感触。

そんな風に俺がふわふわを楽しんでいると、シャルムがゆっくりと目を覚ました。


「ん……メイ……起きた。おはよう、挨拶する……。」

シャルムは眠たげな声でむにゃむにゃとそう言いながらゆっくりした動きで俺に顔を近づけると、頬へとキスをしてくる。

鳥人流の朝の挨拶はこれなんだろうか。

俺は少しくすぐったく感じながらも、小さくおはようと返してシャルムの脇の下に手を回して持ち上げる。

やっぱり軽いな、この子。

改めてその軽さに驚きながらも俺はそっとシャルムを床へと下ろすと、一緒に軽くストレッチを行った。

こんなに小さくてこんなに軽いのに、昨日の夜は俺をぶら下げて飛んでたんだよな。

一体こんなふわふわの身体のどこにそんな力が。


「あ、そうだ……」

そこでふと、昨日拾ったネックレスのような物の存在を俺は思い出す。

確かこの辺に入れたはずだ。

俺はポケットから昨日拾った紐付きの青い石を取り出すと、シャルムへ見せる。

すると眠たげだったシャルムの目が、はっきりと見開いた。

やはりシャルムの物だったか。


「昨日たまたまシャルムが落ちてきた所を通ったら、コレを拾ったの。やっぱりシャルムのだったのね?」

シャルムは俺を見上げながら何度も頷くと、ぴょんぴょんとその場で跳ねて小躍りする。

俺はそんなシャルムを見て思わず笑いながら、千切れた紐を結び直してその首に青い石をかけてやる。

とても嬉しそうに笑うシャルムに、俺はほっこりとした気持ちになった。

どうやら大切な物だったようだ。無事に届けられて良かった。

それからシャルムの姉妹たちと一緒に、朝食代わりの果物のような物を食べた。

オレンジっぽいようなレモンっぽいような、とにかく柑橘系な味がした。


「……ん、メイ。ボク、そろそろ配達行く。メイ……戻る?」

自分で言いながら、少し寂しそうな顔をするシャルム。

俺はシャルムと目線を合わせるようにしゃがんで、そのふわふわ頭に手を置く。


「そうね……ベレノとモニカが心配してるでしょうし、送ってくれる?シャルム。」

シャルムの頭をくしゃくしゃと撫でながらそうお願いすると、シャルムは小さく頷く。

そして出発準備が整うと、昨日の離着陸用の足場の上へと出る。

足場からは集落がよく見渡せ、見れば様々な羽の色をした鳥人達が忙しそうにしていた。

一番大きな木を見上げると、そこからシャルムと同じような郵便かばんを下げた幾人もの鳥人達が飛び出していくのが見える。

どうやらあそこが【風の知らせ】の拠点となっている建物らしい。

少しして同じ様にシャルムが郵便かばんを下げてそこから降りてきた。


「そろそろ、出る……メイ、痛く無い?」

シャルムは俺の肩に飛び乗ると、肩を掴むかぎ爪に力を加える。

全く痛くない訳では無いが、半端に掴まれて空中で落っことされる事を考えると全然我慢できる痛さだ。

俺は静かに頷いて微笑む。


「じゃあ、行く……ボク、落とさない、安心して。」

そう言って大きな翼を広げると、足場に映る影が俺の影と合わさってまるで天使のように見えた。

やがて力強い羽ばたきとともに風が巻き起こり、俺の身体は空へと上がっていく。

昨日は夜だったのもあり、暗くてよくわからなかったがコレ結構な高さじゃないか?

俺はなるべく下を見ないようにしながら、シャルムに運ばれて朝の空の旅を楽しむ事にした。


◆◆◆


「……ん」

鳥人の集落を飛び立ってからしばらくして、シャルムが何かに気がついたようだ。

徐々に飛行高度が下がっていく。

え?墜落や不時着じゃないよな?

俺はちらりと頭上のシャルムを確認するが、特に体調が悪いというわけでは無さそうだ。

やがて街から森へと続く道の途中に、誰かが森へ向かって歩いているのが見えてくる。

あの見覚えのあるシルエットは……ベレノとモニカだ。

どうやら2人とも俺を心配して、朝早くから街を出て森へと向かう途中だったらしい。

それにしても凄い視力だ。俺はこの距離まで近づいてやっとあの2人だとわかったくらいなのに。


「おーい!メイちゃーん!生きとるかー!?」

こちらに気づいた様子のモニカが、よく通る大きな声を出しながら俺へ手を振ってくる。

俺はちょっとしたパラシュート降下気分を味わいながら、シャルムに2人の近くへと降ろしてもらった。


「……それで?求婚でもされましたか?」

お見通しな様子のベレノが、呆れたように問いかけてくる。

鳥人の卵を生で食べる意味を知っていたなら、止めてほしかったんだが。

いや、念願のTKGたまごかけごはんを目の前にして止まれたかと言われると怪しいが。


「あはは……ご明察の通りです。」

俺は苦笑いをしながら、肩に乗ったままのシャルムを見上げる。

全然俺の肩から降りる気配が無い。


「はァ~なるほどなあ。自分、ちっこい割に大胆やなぁ?ウチも見習いたいくらいやわ~。」

モニカが茶化すように笑いかけるが、シャルムはどこ吹く風で全然別の方向を見ている。

マイペースな子だ。


「……無事に合流できましたし、あなたは配達へ戻っていただいて大丈夫ですよ。」

いつまでも俺の肩の上から降りようとしないシャルムに、ベレノが少し嫌味っぽく言う。

だがシャルムは聞いているのかいないのか、別の方向をじっと見つめているままだ。

何か見えるのだろうか。

俺はシャルムの視線の先へと身体を向ける。

あっちは今来た森のほうだが、俺の目には特に何も見えない。


「……メイ、あそこ。ヒト、襲われてる。助ける。」

そう言って森の方を翼で指し示すシャルム。

人が襲われている?

俺の目には全く見えないが、先程2人を俺が気づく前に発見した例もある。

多分本当に誰かが襲われているのだろう。

となればモタモタしていられない。助けに行かなければ。


「シャルム、そこまで連れて行ってくれる?」

俺はシャルムが指し示した方向を指さして、運んでくれるように頼む。

シャルムは素早く頷くと翼を広げ、あっという間に飛び立つ。


「ちょ、どこ行くねんな!おーい!」

折角再会したのにまた運ばれていく俺をモニカが駆け足で追いかけてくるのが見えていたが、すぐに見えなくなってしまった。


◆◆◆


シャルムに運ばれてから少しして、俺の目にも馬車らしき物が倒れているのが目視できた。


「あれは……馬車?大変!ゴブリンが馬車を襲っているわ!」

襲われている馬車とゴブリンといえば、嫌でもあの時の事を思い出してしまう。

今回違うのは、馬車が人が乗る物ではなく、荷物を運ぶための荷馬車である事だ。

俺は確実に着地できそうな高さまで高度が下がったのを確認すると、シャルムの足をタップして放すように伝える。

ちょっと高度をつけての、スーパーヒーロー着地が決まった。

積荷を漁っていたゴブリン達が、俺に気がついて戦闘態勢に入る。

見た感じ馬車の持ち主と馬はもう逃げたようだ。

突然の空からの襲撃者に驚くゴブリン達を前に、かっこよく腰の剣を抜こうとした……のだが。


「あ、あれ……?あっ……!」

そうだ。昨日は夕食時にそのまま連れて行かれてしまったため、俺の剣は宿の部屋に置きっぱなしになっている。

ゴブリンという因縁の相手、だが今回俺は丸腰だ。

剣無しで俺は一体どこまで戦える?

何やら喚いているゴブリン2匹を見据えながら、俺は空手のように構える。

もちろん空手の経験など無いが、これでも多少はあの時より身体を鍛えたつもりだ。


空から現れたくせに丸腰の俺を見て、ゴブリンもどこか不審がっている様子。

剣が無くとも魔法は使えるが、この至近距離からでは俺の詠唱速度では間に合わないかもしれない。

それに俺が使えるのは、ベレノに習った拘束魔法スネークバインドだけ。正直言って決定打に欠ける。

ゴブリンくらいの首なら俺の拘束魔法でもへし折れるだろうか?

だが片方を押さえている間にもう片方が襲ってきたらどうする?

ゴブリンの獲物は棍棒のようだが、殴られたらどのくらい痛いだろうか。

俺は様々な事を考えながら、構えを維持してゴブリン共を睨むように注視する。

このまま俺の睨みにビビって逃げたりしてくれないか。

なんて甘いことを考えていると、痺れを切らしたゴブリンが勢いよく飛びかかってきた。


「ん……!」

俺がそのゴブリンへカウンターパンチでもお見舞いしてやるかと身体に力を込めたその瞬間、一陣の風が吹きゴブリンを吹き飛ばす。

強風にあおられ、ひっくり返るゴブリン。

この風は、シャルムだ。

俺が上を見上げると、緑色の翼が風を切る姿が見えた。

そうだ、シャルムがいるならいけるかもしれない。


「シャルム!そのゴブリン達の動きを風でおさえて!」

シャルムへとそう指示を飛ばすと、俺はシャルムの返事を待たずして魔法の詠唱を始める。

それでもシャルムならきっとやってくれるという妙な確信があった。


「スネークバインド……チョーク!」

まずは1匹へ素早く拘束魔法をかける。狙う部位は首。

ベレノのように全身の骨を瞬時にへし折る程の力は出せないが、首を絞めて動きを止めるくらいならば俺にもできるだろう。

だが案の定、俺が1匹へ拘束魔法をかけた途端にもう片方が俺へ向けて走り出す。

ゴブリンはそこそこ賢く、攻撃に優先順位をつけて襲ってくるらしい。

今回の場合は仲間を助けに行くより、術者の俺を倒してしまったほうが早いという判断だろう。

確かに賢いと言える。だが詰めが甘い。

俺の方へと走り出したゴブリンは、シャルムの放つ叩きつけられるような強風に怯んで足が止まる。

その間に俺はもう一度拘束魔法を唱える。

別々のところを狙って魔法を放つのは、サカマタさんの時にやったからコツを掴んだ、つもりだ。

そしてなんとか無事に両方のゴブリンへの首へと拘束魔法をかける事に成功した俺は、そのまま両拳を握ってギリギリと締め上げる

俺にもっと魔法を扱う力があれば、ベレノのようにパキッと一瞬で倒してやれるんだが。

じわじわと首を絞められもがき苦しむゴブリンを見ているのが辛くなり、俺はつい目をそらしてしまう。

だがそれがいけなかった。

一瞬の気の緩みによって拘束魔法が解かれてしまったのだ。

荒い呼吸をしながら怒り狂った形相で俺を睨むゴブリン達。

俺はもう一度拘束魔法をかけようと試みるが、先程締め上げるために握力を使ったせいか手が痺れて上手く狙いが定まらない。


「やばいかも……っ!?」

俺がほんのちょっぴり弱音を漏らしたその瞬間、緑色の何かが凄まじい速さで俺の側を横切った。

そして次の瞬間には、そのかぎ爪によって足を掴まれ空中で逆さ吊り状態となるゴブリン共。

ゴブリン共を掴んでいるのはもちろん、シャルムだ。


「シャルム!?」

驚く俺をよそに、シャルムはそのままゴブリンを連れてぐんぐん高度を上げていく。

何をするつもりだ?そのままどこかへ連れて行くのか?

俺が唖然とその様子を見上げていると、シャルムはある程度の高さになった途端、ゴブリン共を空中で投げ捨てた。

結果、かなりの高度から自由落下するゴブリンの辿る結末は一つしかない。

中々トラウマになりそうな音と共に地面へと帰還した2匹のゴブリンは、そのままぴくりとも動かなくなった。

……シャルムの事を子供扱いするのは、少し控えようかな。


「……ん、ボク、倒した。えらい?」

少しして降りてきたシャルムが、そう言いながら撫でろというように頭を突き出してくる。

俺はそのふわふわ頭をそっと撫でてやる。

正直言ってかなり助かった。

今度から寝る時以外はちゃんと剣を下げておこう。

ふとシャルムの足を見ると、ほんの少しだが出血しているようだった。

もしかしたらゴブリンを掴んだ時に、抵抗されて怪我をしたのかもしれない。


「シャルム、足怪我してるみたいだけど大丈夫……?」

俺はしゃがんでシャルムの足を注意深く観察する。

そう言われてシャルムは片足を上げ、軽く自分の足を確認する。

途端、シャルムが地面へと座り込んでしまう。


「……どうしたの?」

そんなシャルムを心配して、俺はしゃがんだまま顔を覗き込む。


「……足、痛い……歩けない。メイ、運んで……?」

今さっき普通に立ってなかったか?

甘えるようにそんな事を言うシャルムに、俺は少し笑ってそっと抱き上げる。

まぁ助けてもらったお礼もかねて街までは運んでやろうか。


「シャルムは小さいのに力持ちで凄いわね。」

俺はシャルムをその腕に抱きかかえながら、今来た道を歩いて戻る。

シャルムは痛いはずの足をぱたぱたと揺らして、楽しそうだ。


「メイ、すごい。魔法使える。ボク……魔法使えない。」

羨望の眼差しで俺を見上げた後、少ししょんぼりするシャルム。

ベレノも言っていたが、やはり鳥人は魔法を扱うのが得意では無いらしい。

まぁそんな事を言ったら俺だって空は飛べないし、ましてや人間を抱えて飛ぶなんて無理だろう。


「私には私の、シャルムにはシャルムの得意な事があるのよ。だからそんなに落ち込まないで?」

俺の言葉に納得したのか、シャルムは小さく頷いた。

良い事っぽいセリフを言ってみたりする俺だが、実際のところはあまり偉そうな事は言えない。

何故なら俺は魔法の腕ではベレノやモニカに敵わず、剣の腕でもサカマタさんに遠く及ばないからだ。

魔法剣士と言われれば聞こえは良いが、悪く言えば器用貧乏なのである。

もっとできる事を増やして、俺だけの強みという物を見つけていかなければならない。

そんな事を考えていると、俺達の後を追いかけてきていたベレノとモニカの姿が見えてきた。


「おーい!メイちゃーん!」

モニカが手を振りながら小走りで近づいてくる。


「ああ、モニカ。丁度良かった!ちょっとシャルムに回復魔法を……」

シャルムが足を怪我してしまったようなので、俺はモニカに治療を頼もうとする。


「丁度良かったやあらへんがな!戻ってきたと思ったらまーた飛んでってしまうんやから!ほんで、怪我したんか?よっしゃ天才シスターモニカちゃんに任しとき!」

そう言ってモニカがシャルムへと回復魔法をかけていると、モニカの後ろからベレノも追いついた。

よく見れば宿に置いてきた俺の剣を抱えている。


「……お忘れ物ですよ、丸腰の勇者様。……それともベビーシッターでしたか?」

シャルムを抱えている俺を見て、皮肉っぽく笑うベレノ。

俺は手厳しいなと苦笑しながら、シャルムを一旦下ろして剣を受け取る。

モニカの回復魔法のおかげもあってシャルムの足はすっかり治ったようだ。

何故か少し不満げな顔をしているが。


「ありがとう、ベレノ。実はさっきゴブリンと戦ったのだけど、剣が無くてとても焦ったわ……。」

シャルムが居てくれたからなんとかなったが、結構危なかったかもしれない。

俺は思い出すと少しドキドキする胸に手を当てながら苦笑する。


「またゴブリンですか……?あなたは妙にゴブリンに縁がありますね。」

呆れたように肩をすくめて言うベレノ。

正直言ってそんな縁はありがたくないのだが、またしても自分の甘さを実感させられてしまった。

倒すべきものは倒さなければ、逆にこちらがやられてしまうと頭では分かっているのだが。

俺はもっと実戦経験を積まなければならないかもしれない。


「ゆうしゃ……?」

俺がベレノに勇者と呼ばれているのを疑問に思ったのか、シャルムが俺を不思議そうに見上げてくる。

そういえば説明してなかった気がする。

俺は、俺やベレノ達が魔王討伐のために集められた勇者パーティである事を簡単にシャルムへと説明する。


「勇者。お金いっぱい、もらえる……?」

出会った時のモニカのような質問をしてくるシャルムに俺は少し驚くが、肯定する。

そういえば郵便屋での仕事はあまり稼げないと言っていたか。

俺は少し考えながらシャルムをじっと見つめる。

シャルムは空も飛べるし、俺達よりもかなり目が良い。

もしかして斥候スカウト役としてはぴったりなんじゃ無いか?


「……そういえば、シャルム。あなた配達は……?」

途中でベレノ達を見つけたりゴブリンを倒したりして忘れていたが、シャルムは街への配達の途中だったはずだ。

はっ。とした顔で慌てたように翼をばたつかせるシャルムを見て、俺は笑う。


「ボク、行く!メイ、またね!」

そして大慌てで街の方へと飛び去っていくシャルムを、3人で見送った。


「ほな、ウチらも街戻ろか……今日は尾の日やから闘技場コロシアムで準々決勝やっとるはずや。メイちゃんお気に入りのあの人も出とるんやろ?折角やったら見に行こか。」

モニカのそんな提案に同意して、俺達は歩いて街へと戻ることにした。


◆◆◆


ようやく帝都エヴァーレンスへと歩いて戻ってきた俺達3人だったが、何やら街の様子が騒がしい。

活気があって騒がしいというよりは、何やらざわざわとした不穏な感じがする。


「何でしょうか……この感じ。」

街の人達の表情がどこか不安げに見える。

ベレノが状況を把握するために近くに居た人に話しかけようとした、その時。

大きな爆発音のような音が聞こえた。


「ッ……!?なんや!?」

モニカが驚き、咄嗟に音のした方向を見る。

するとそこには黒煙が上がっていた。

場所から推測するに、恐らく闘技場のあたりだ。


「すいません!何かあったんですか!?」

俺は咄嗟に近くに居た街の人を捕まえ、何が起こっているのかを問いかける。

曰く、俺達が街へと帰ってくる少し前に大きな音が聞こえ、それと同時に闘技場へ突如巨大なモンスターが出現したのだと言う。

今は闘技場に居た選手たちがそのモンスターと戦っているが、いつ街にも現れるかと皆不安になっていたらしい。


「闘技場に……?ありがとうございますわ!ベレノ!モニカ!」

闘技場と言えば今丁度、サカマタさんがいるはずだ。

俺は2人に声をかけると闘技場へと急ぐ。

その道中でもまた何度か、大きな獣の咆哮や爆発音が聞こえた。

逃げ惑うように闘技場の方から離れていく人々をかき分けながら、俺達は闘技場へと飛び込む。


「サカマタさん!」

俺達が選手入場口からリングへと出ると、リングの上では幾人かの選手たちと一緒にサカマタさんが戦っていた。

相手は優に10mはあろうかと言う、黒い鱗を持ったドラゴンらしきモンスター。

ただしその肉体や翼は腐り落ちていて、さしずめドラゴンゾンビと言った所だろうか。

ドラゴンゾンビの放った黒い火球がサカマタさんへと降り注ぐ。

サカマタさんはそれを大きな四角い盾で受け、誰も居ない観客席の方へと弾いた。

爆炎に包まれ、ガラガラと音を立てて崩れる観客席。


「メイか!丁度いい!加勢してもらえるか!」

俺達に気がついたサカマタさんが、応援を要請してくる。

俺はベレノとモニカの2人に目線を送って、リングへと飛び込んだ。


「何があったんです!?このモンスターは!?」

サカマタさんの隣に立つと、剣を構える。

眼の前で見ると凄い迫力だ。腐っててもドラゴンだな。


「説明は後だ!まずはこいつを無力化する!首を落とせるか!?」

そう言われて俺はドラゴンゾンビの首に注目する。

腐っているから肉質は柔らかそうだが、それなりに首が太い。

いや、首の骨の部分を上手く破壊できればそのまま落とせるか?

そんな事を考えている間に、ドラゴンゾンビの巨大な前足が振り下ろされる。

俺はそれを咄嗟に跳んで避け、またすぐにドラゴンゾンビを見上げる。

首を狙うにしてもまずは動きを止めないといけない。

拘束魔法で……いや、今はベレノが居る。


「ベレノ!モンスターの前足を縛れるか!?」

俺は後方にてサポートのために待機しているベレノへと声をかける。

するとベレノは力強く頷いて、高速で詠唱を開始。

すぐにドラゴンゾンビの両前足へと拘束魔法がかけられ、前足をリングへと縛り付ける。

流石のベレノもこの巨体を封じるのは苦労するようで、少し苦しそうな顔をしている。

これで動きは封じたはずだ、あとは首へとどうやって到達するか。


「む、不味い!ブレスが来るぞ!」

ドラゴンゾンビが頭を持ち上げると、その胸元が妖しく紫に輝く。

サカマタさんは俺を庇うように前に出て、大きな盾を構える。

直後、ドラゴンゾンビの口から猛烈な勢いで黒炎が放たれた。


「ぐっ……!呪い入りか……!?」

ブレスには呪いの力も含まれているのか、通常の魔法に耐性があるはずのサカマタさんが苦しそうな声を上げる。

呪いを防ぐなら、回復魔法使い(ヒーラー)の出番だ。


「モニカ!頼む!」

俺は完全にお嬢様言葉も忘れて、モニカの方を見る。


「はいよ!任しとき!行くでぇ……サンクチュアリ!」

俺の声に応えモニカが魔法を唱えると、俺とサカマタさんの周りを清らかな光が包み込む。

確かそれは呪いを防ぐフィールドを発生させる、そこそこ高位の回復魔法のはずだ。

自称天才シスターは伊達では無いかもしれない。


「良し、これなら……!」

俺はブレスが切れたのを確認してから、拘束魔法を唱えながらサカマタさんの影から飛び出すとドラゴンの首めがけて放つ。

ドラゴンの首へと巻き付く黒い蛇の尻尾を俺はロープのように握った。


「サカマタさん!俺を思い切り盾で打ち上げてください!」

そして俺はサカマタさんにそうお願いする。


「む、わからんが承知した!乗れ!」

サカマタさんが盾を低く斜めに構えたのを見て、俺はそこへと足から飛び乗る。

そしてその瞬間、サカマタさんが俺を思い切り上へと打ち上げる。

俺はその勢いを活かして、ドラゴンゾンビの首と繋がった拘束魔法をロープ代わりにスイングする要領で、首の上へと飛び乗った。


「くっ!だったらこれならッ……!」

俺はその首を切り落とさんと剣を振るうが、硬い骨に弾かれてしまう。

ならば硬い骨を切断できなくとも外すことはできるはずだと考え、ドラゴンゾンビの骨の継ぎ目へと剣先を強く差し込む。

そしてそのまま手前に全体重をかけて剣を引き、テコの原理を使って首の骨の節を外そうとする。

だが流石はドラゴンと言うべきか、外れそうな気配はあるものの中々外れない。

そうこうしている内に前足を抑えているベレノの拘束魔法の黒蛇がブチブチと音を立てて千切れ始めている。

急げ。もっと力を入れろ俺。

俺は全力で踏ん張りながら、剣が折れるのでは無いかと思うほど力を込める。

その時に不意に風が吹き、何かが俺の肩を強く掴んだ。


「メイ……ボク、手伝う……!」

空からかけつけてくれたシャルムが、全力で羽ばたきながら俺の身体を後ろへと引っ張ってくれる。

そしてそれから数秒して、バキンという何かが折れるような音とともに俺の身体はシャルムと一緒に後ろへと転がり落ちた。

剣が折れたのか!?

俺はドラゴンゾンビの背中の上で、慌てて自分の剣を確認する。

剣先は少しかけているものの、無事だ。

直後、何か重たいものが地面へと落ちるような音がする。

急ぎその巨大な背から滑り降りて見れば、それは骨の支えを失ったドラゴンゾンビの頭が自重によって落ちた音だった。

やったのか?

俺が勝ったと思い込んだ瞬間、頭を落とされたはずのドラゴンゾンビの身体が激しく暴れ始める。

なんだよ畜生!頭落とされても死なないなんて反則だろ!

俺は思わずそう叫びたくなる。


「油断するな!だが、良くやった……!」

そう言ってサカマタさんは、俺が落としたドラゴンゾンビの脳髄へと深く剣を突き立てる。

その瞬間、ドラゴンゾンビの身体がボロボロと崩れ始める。

一緒に戦っていた選手たちから、俺達に歓声と拍手が送られる。

俺は慌てて崩れ行く身体から離れて、その様子を見守った。

やがてドラゴンゾンビの身体は塵となって、風に乗って消えていく。


「安らかに眠れ……竜の血を引く同胞よ。……こいつの弱点であるコアが頭にあったのは見えたのだが、いささか位置が高すぎてな。なんとか首を落とす必要があったわけだ。」

サカマタさんがドラゴンゾンビの頭に突き立てた剣を引き抜くと、残っていた頭も塵となっていく。

そしてそこには、ひび割れた黒い宝珠のような物だけが残った。


「……勝った……はぁ……」

その宝珠をサカマタさんが拾い上げると同時に、俺は一気に力が抜けてしまって深い溜息と共にその場にへたり込む。

ゴブリン2回の次がゾンビとはいえドラゴンなんて、いくらなんでもハードすぎないか?

俺がそうやってへたり込んでいると、シャルムが降りてきて俺を心配そうに覗き込んでくる。


「メイ、大丈夫?怪我、した?」

おろおろしながら俺の目の前を右往左往するシャルムに大丈夫と言うようにそっと手を伸ばして、そのふわふわ頭を撫でてやる。

怪我らしい事と言えば、ドラゴンゾンビの背中を転がり落ちた時に少し背中を打った程度だろう。

それに、シャルムの加勢が無ければ、あのまま拘束を破られていたかもしれない。


「ふぅ……流石にドラゴンは予想外でしたね。……立てますか?」

少し疲れた様子のベレノが、俺にそっと手を差し伸べてくる。

俺はその手をしっかりと握って、とりあえず立ち上がる。

突然の戦闘にしては、上手く連携ができていたんじゃないだろうか。

自分でも正直驚いている。


「いやぁ~すごかったなぁ、メイちゃんの的確な判断力!かっこよすぎてウチ、ちょっとドキってしてしもたわ~!」

愉快そうに笑いながら、輪へと加わってくるモニカ。

そういうモニカだってひと目見て呪い対策の魔法が必要だと見抜けるのだから、中々あなどれない。

何はともあれ、皆の力を合わせてあのドラゴンゾンビに勝つことができた。

……そういえば、そもそも何故こんな事になっていたのだろうか。


「えーと……サカマタさん。改めて、何があったのか教えてもらえますか?」

俺はベレノに手を握られたまま、サカマタへと改めて質問する。

他のメンバーは、サカマタさんという呼び名が少し不思議そうだった。

闘技場の余興にしてはどう見たってやりすぎだし、闘技場そのものへ被害が出ているからまず違うだろう。

だとすれば、誰かが悪意を持って送り込んできた事になる。


「ああ、あれは準々決勝が始まる少し前……。」

そうして、サカマタさんは闘技場で起きた事を話し始めた。


準々決勝の開始を待っていたサカマタさん達。

そこへ突如としてリング中央に銀の髪をした謎の少女が現れたのだという。

司会者が確認のためにその少女へと近づいた途端、闘技場上空に巨大な魔法陣が出現。

そしてそこからあのドラゴンゾンビが現れ、闘技場内はパニックに。

出番を待っていた選手たちが応戦している間に観客を逃したが、その時には既に謎の少女は居なくなっていたという。


銀髪の少女。

俺はそう聞いて、彼女を頭に浮かべる。


「それってもしかして……瞳が赤かったり、氷のツノが生えていたりしましたか?」

確認するように俺はサカマタさんへと問いかける。


それがしは近くで見たわけではないので、瞳の色まではわからないが……そうだな、某ら竜人ドラゴニュートにも似た、ツノと尻尾……そしてドラゴンのような翼があったように見えた。だがどう見ても竜人には見えなかったから、恐らく高位の魔族か何かだろう。」

サカマタさんの言葉を聞いて、俺は確信する。

それはほぼ間違いなく、魔王アルシエラだろう。

こんな酷い事をする魔王が、俺の妹だとは思いたくない。

だがもし、本当に妹だったら……?

俺は、妹に剣を向けられるのか?


「……多分それは、魔王アルシエラです。そして……」

「デソルゾロット様ー!」

俺が言葉を続けようとした所で、誰かが俺の言葉を遮った。

見ればそれは、討伐本部にて受付嬢をしていた彼女だ。

何やら血相を変えて、こちらへと走ってくる。


「はぁ……っはぁ……っデソルゾロット様!至急エヴァーレンス城へとお集まりください……!魔王が、魔王アルシエラが地獄門ヘルズゲートへ現れました!」

息を切らしながら必死にそう伝えてくる受付嬢。

俺はそれを聞いて、とてつもなく嫌な予感がした。

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