第十話【空から来た少女】
第十話【空から来た少女】
サカマタさんに提示された条件を達成したことで、無事にパーティに盾役を迎え入れる事に成功した俺達。
今日はまだその翌日の鱗の日。合流の予定日である瞳の日まではあと3日ある。
ただ待っているのも何なので、俺達は魔界や魔王に関する事を改めて調べてみる事にした。
「……というわけで、今日は図書館に行こうと思うのですが。」
いつもの宿の下の酒場で朝食を終えた俺、ベレノ、モニカの3人は今日の活動方針について話し合っていた。
「あーええんちゃう。ここくらい大きい街やったら、なんぼでも本あるやろし。」
賛成と手を上げるモニカと、静かに頷くベレノ。
実家に本がたくさんあったので気が付かなかったのだが、実はこの世界まだまだ本は結構貴重な物らしい。
魔法を使った印刷技術というのは一応存在しているみたいだが、それを使って大量に新聞を刷ったり等はできないようだ。
一般的には、少数発刊された本を貸本屋などで借りて読むというのが普通らしい。
そもそもある程度の大きさ以上の街でなければ、図書館なんて存在しないのだという。
そういうわけで、俺達はモニカの案内のもと図書館へと向かった。
◆◆◆
図書館の外観は防火も兼ねた石造りの立派な建物で、入口には門番らしき人たちさえ立っている。
本の盗難などの防犯目的のために、誰でも自由に使えるというわけでは無いらしい。
俺は門番に話しかけ、事情を説明する。
しばらくして身元の確認が取れたのか、中へ入る事が許された。
「おお……思ったよりもちゃんと図書館ですね。」
中に入ると実家の本棚の何十倍もの量の本が、ジャンル別に並べられている。
その様は俺が良く知る一般的な図書館と、ほぼ遜色ないレベルだ。
「なんや、メイちゃん図書館初めてやないん?ウチは中まで入るんは初めてや。ぎょうさん本が並んでんなぁ!こんなにあったら、一生かかっても読み切れへんで!」
初図書館にテンション高めなモニカを、司書らしき中年の女性が静かに睨む。
「モニカ、図書館ではお静かに……ですよ」
俺がモニカに声量を落とすように促す横で、ベレノもまた静かに目を輝かせていた。
そして俺達は早速、魔界や魔族に関するジャンルの棚へと移動する。
「このあたりですね……【魔族のすべて】、【魔界冒険記】、【魔王とは何か】……」
ベレノが背表紙に書かれたタイトルを読み上げながら、役に立ちそうな本を棚から抜いていく。
どれもそこそこに分厚く、立派な装丁が施されている。
俺は重そうに本を抱えるベレノから、半分ほどを預かって近くの読書スペースへと向かう。
「受付でペンとメモ用紙もろてきたで~。なんや受付のおばちゃんにごっつ睨まれたわぁ……」
そこへ得た情報をまとめて記録するための筆記用具を借りに行っていたモニカが合流する。
まぁ、モニカの普段のおしゃべり具合だと図書館側からは迷惑かもしれないな。
などと思いながら俺は苦笑して席につく。
それからしばしの、読書タイムが始まる。
俺が読んでいる本は【魔王とは何か】というタイトルの本だ。
魔王というのは、魔族の王であり魔界の統治者である。
魔界では力が全てを支配するため、必然的に魔王は魔族の中で最強の存在という事だ。
魔王がその座を退くことは、基本的に死ぬまで無いとされている。
何故ならば、魔王が魔王で無くなる時とはその命が終わる時だからだ。
魔界の長い歴史の中でも天寿を全うした魔王は殆どおらず、そのほぼ全員が他者に殺害されるという形で生涯を終えている。
それほどまでに魔王の座争いというものは、苛烈を極めるのだ。
長い者は数百年もの間魔王として君臨し続けるが、短い者では一年足らずでその座を明け渡す事もあるという。
なんか、常に戦国時代みたいな感じの世界なんだな魔界って。
そんな危ない世界にもしかしたら妹が魔王として君臨してるかもしれないって事か?
待ってろよ雪、すぐに兄ちゃんが迎えに行くからな。
「ちょ……メイちゃん、なんか紋章光ってんねんけど。どうしたん?」
モニカに言われて、俺はハッとして自分の右手の甲を確認する。
見れば確かに紋章が光り輝いていたが、それもすぐにおさまった。
どうやらこの紋章はやはり、妹に会いたいという俺の強い意志に呼応しているようだ。
「い、いえ……早く旅に出たいな、って思いまして……」
俺はそんな風に笑って誤魔化す。
ベレノはそんな俺に何かを察したのか、自分の読んでいた【魔界冒険記】を閉じてゆっくりと口を開く。
「……やはり、こういった本に載っている情報は古い物ばかりですね。現在の魔界や、魔王がどうなっているのかを知る方法を探す必要があるかもしれません。」
本で得た情報をメモにまとめながらベレノは言う。
確かに図書館で調べればなんとなくの情報は把握できるが、今俺が欲しているのは今の魔王に関する詳細な情報だ。
その件の魔王アルシエラなんとかが本当に俺の妹、穂村 雪なのかどうかの確証が欲しい。
「そうは言うたって、魔界に調査に行った先行部隊が帰って来てへんっちゅう話やろ?誰に聞いたってわからへんのとちゃう?」
モニカの的確なツッコミに、俺は頭を悩ませる。確かにそうだ。
誰か、今の魔界を知る者。
例えばつい最近魔界からこっちに来たような、そんな都合の良い存在は居ないだろうか。
「直接、魔族に聞く……とか?」
俺は苦し紛れのような提案をする。
「魔界からこっちに来た魔族が居たとしたら、今頃騒ぎになっているはずです。それに地獄門が閉鎖されている今、自由に帰る事もできないんですから。」
案の定あっさりとベレノに論破されてしまった。
本で得た知識によれば、魔族は定期的に魔界に戻らなければこっちの世界では長く活動ができないらしい。
そして唯一の帰還手段である門がこちら側の管理下にある以上、そんなリスクを犯してまで出てくる魔族はまず居ないだろう。
「ま、ダメ元で討伐隊の本部に聞いてみたらどうやろ?何かしらの情報が入ってるかもしれへんし。」
モニカの提案に、俺は少し考える。
確かに現状できそうな事と言えばそれくらいだろう。
「……わかりました。では私が本部に聞きに行ってきますわ。その間、2人には一応それらしい魔族の話が無いか調べてもらいたいですわ。」
俺は椅子から立ち上がって、2人にそう伝える。
モニカは指でOKサインを、ベレノはまた静かに頷いて了承してくれた。
◆◆◆
一旦2人と別行動となった俺は、討伐隊本部のあるエヴァーレンス城へとやってきた。
2人とは調べ物が終わったら宿に集合する手筈だ。
あの時の門番達にドヤ顔で紋章を見せながら、俺は奥へと進む。
「おかえりなさいませ、デソルゾロット様。パーティメンバー集めは順調ですか?」
受付に行くと、受付嬢がにこやかに話しかけてくる。
「ええ、今4人まで集まってます。あと1人……斥候役ができるヒトがいれば良いんですが。」
俺は受付嬢に手を上げて応えて、進捗を報告する。
パーティメンバーもそうだが、今回ここに来たのは別の目的があってだ。
「……それと少し、尋ねたいことがあるのですが。」
そう言って俺は、今の魔界や魔王に関する情報が何か入っていないかを聞いてみる。
すると受付嬢はどこかへ連絡するように一旦席を離れた後で、しばらくして戻ってくる。
「確認したところ、現在の魔王に関する情報が少しだけ入ってきているようです。詳しい事は担当の者が参りますので、そちらからお聞きください。」
受付嬢にそう言われて、俺は部屋の隅のほうでその担当者を待つことにした。
「……お待たせいたしました。貴女があのデソルゾロット家の……?」
しばらく待っていると俺にそう声をかけてきたのは、メガネをかけ如何にもといった感じの雰囲気の白髪の男性。
「あ、はい。メイ・デソルゾロットと申します。……それで、今の魔王に関する情報というのは?」
俺は頷くと、単刀直入に質問をする。
「実はですな……」
男性はメガネをくいっと指で押し上げると説明を始める。
曰く、先行部隊が調査に行ったまま音信不通となってしまった為、別のアプローチでの調査を行ったらしい。
その方法と言うのが、高名な占い師による予言である。
すると男性は、一枚の絵を差し出してくる。
予言の水晶に写った魔王らしき人影を、見えた情報を元に描き起こしたものがコレだという。
「氷のツノに、銀の長い髪、赤い瞳……の、女の子?ですか。」
詳細な顔立ちまではわからないものの、如何にも凶悪そうな顔をした人物画が描かれている。
髪の色も瞳の色も雪とは一致しない。
もちろん俺の妹にはツノだって生えていないし、こんなに凶悪な顔じゃない。
もっと天使のような可愛い顔をしている。
だが、髪の長さと女の子である点だけは一致していた。
「見た目に惑わされてはいけませんぞ勇者殿。これでも、魔界を支配する恐ろしい魔王ですからな……」
俺は顎に手を当てながら、しばらく考える。
確かに見た目的な特徴も一致していないし、これだけで妹だと断定するには早すぎる。
だが俺のように転生していたのだとすると見た目が俺の知る妹の姿であるとは限らないのだ。
やはり直接会って確かめるのが確実か。
「……この絵、もらってもいいですか?」
「ええ、構いませぬ。ですが未だ調査中の情報ですので、くれぐれも外部へ口外はなさらぬように……。」
俺は情報を漏らさない事を約束して、魔王と思わしき人物の絵を受け取る。
何故この少女が妹のオリジナルキャラクターの名前をしているのか、ただの偶然なのか。
それともやはりこの少女が魔王として転生した俺の妹なのか。
どちらにせよ、俺は魔王に会わなければならない。
◆◆◆
今の魔王らしき少女に関する情報得た俺は、城を出て宿を目指していた。
だがその途中で、気になるものを目撃する。
「……ん?今のは……?」
ほんの一瞬だったが今、すぐそこの道を通っていった少女らしき人影に俺は何か強い既視感を覚えた。
俺は急いでその少女の後を追い始める。
追いかけている途中で、少しだけ妹の顔が脳裏に浮かぶ。
まさか、そんなわけは。
少し走ると、銀の長い髪を揺らしながら楽しげに歩く少女の後ろ姿が見える。
「銀の髪……そこの……っ!」
咄嗟に呼び止めようとするが、人混みにのまれて声が届かない。
かろうじてその少女が裏路地へ入っていくのを確認した俺は、人混みを強引に抜け出てその裏路地へと飛び込んだ。
「はぁ……待って……、あれ……?」
やっと追いついたと思い膝に手を当てて呼吸を整えながら顔をあげると、そこには誰も居ない。
おかしい。今確かにここに入っていったはずなのに。
俺は狭い裏路地をキョロキョロと見渡すが、居るのは古びた木箱の上で眠る野良猫だけだ。
「見間違い……?でも確かに、い……ッ!?」
その場に立ち止まってブツブツ言いながら考えていると、突然上から何かが降ってきた。
俺はその降ってきた何かを、正体も確かめずに咄嗟に受け止める。
見ればそれは鳥人の少女だった。
鳥人は腕の代わりに生えた翼と長く細い鳥のような脚が特徴的な、飛行能力を有する種族だ。
少し遅れて雪のようにひらひらと、手紙のような物が無数に落ちてくる。
下げている大きなカバン等を見るに、どうやらこの子は郵便配達員か何かのようだった。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
俺はそっと地面へ下ろしながら、その薄い緑色の翼を持つ鳥人の少女に声をかける。
しかし少女は苦しそうな表情で、うなされるように呻くだけだ。
それに身体全体がかなり熱を持っているようだった。
今日はかなり天気がいい。もしかすると熱中症か何かで倒れてしまったのか?
俺は散らばった手紙を素早く拾い集めて少女のかばんに突っ込むと、もう一度少女を抱きかかえて路地裏を飛び出した。
流石は空を飛ぶ種族、体重は結構軽いようだ。おかげで、運ぶには苦労をしない。
だがこの街の病院の場所を知らない俺は、ひとまず自分たちが滞在している宿へと少女を運び込むことにした。
◆◆◆
下の酒場で濡れタオルと水をもらった俺は、泊っている部屋の自分のベッドに寝かせた少女の元へと戻る。
室内なので先程よりはマシだが、それでもまだ暑そうにしている。
俺はそんな少女の額に、そっと濡れタオルを乗せる。
「……やっぱりちゃんと病院に運んだほうが良いかな。酒場の人なら知ってるは、ず……?」
そう言って立ち上がろうとする俺を、少女のかすかな声が呼び止める。
俺は咄嗟に少女へと耳をすまし、その声を聞き取ろうとする。
「み……ず……」
かすれた声で、水を欲する少女。
俺は慌てて、もらってきた水をコップに1杯注ぐと少女の口元へと持っていく。
「水だ……飲めるか……?」
俺が静かにそう尋ねると少女が小さく口を開いたので、俺は少しずつ水を少女の口へと流し込む。
小分けにして、コップ一杯分を飲んだ所で少女の口が閉じた。
どうやらとりあえず満足したようだ。
そのおかげか、少し穏やかになった少女の表情を見て俺は安堵する。
そして改めて少女の姿を良く観察する。
緑色と白のカラーリングの、綺麗な翼とふわっとした髪。
鳥のような鋭い鉤爪を持つ両足。
身長は130cm程だろうか?かなり小柄に思える。
年齢はわからないが、見た感じまだ子供のように思えた。
鳥人については、本で読んだことがある。
人間で言う腕の位置に生えた翼と、手の代わりに発達した器用な足。
視力に優れ、数百メートル先の獲物もしっかりと見つけることができる。
その生まれ持った飛行能力を活かして、運送業などを営む者もいるという。
郵便配達員っぽいこの子もまさしくその例だろう。
そんな風に俺がまじまじと観察していると、少女が頭を動かしたことで濡れタオルがずれ落ちた。
「もうぬるくなってるな……新しいのをもらってこようか」
先程乗せたばかりの濡れタオルが、すっかりぬるくなっていた。
こんな時氷の魔法でも使えれば、すぐにまた冷やすことができて便利だろうか。
覚えられる機会があったら覚えてみよう、なんて考えながら俺は席を立つ。
そして下の酒場へと新しい濡れタオルを貰いに行こうと降りたところで、帰ってきたベレノたちと鉢合わせした。
「あらメイちゃん。早かったんやね~。ん?どしたんそのタオル?」
こちらに気づいたモニカが、俺が手に持つ濡れタオルを指差す。
「実は……」
俺は手短に、空から落ちてきた鳥人の少女を拾ったことを2人に報告した。
「なるほどね~……そんで、この子がその落ちてきた子っちゅうわけか」
新しい濡れタオルを受け取って、3人で部屋に戻った俺達。
俺は新しい濡れタオルを少女の額にそっと乗せる。
心なしか、最初に比べてだいぶ落ち着いてきたようだ。
「熱中症……でしょうか。今日はかなり暑いですし。」
ベレノも暑そうにローブを脱ぎながら言う。
そうなのか?確かに天気が良いとは思ったが、俺の知っている夏に比べたらまだだいぶマシだと思う。
と、俺は謎の暑さマウントを取りそうになる気持ちを抑える。
「ま、とりあえず軽く回復魔法かけておけばじきに良うなると思うでー。」
そう言ってモニカは少女に回復魔法をかけ、少女の身体が淡い光に包まれる。
回復魔法ってそんな雑な使い方で良いのか?
というかモニカが回復魔法使ってるところを初めて見た気がする。
本当に使えたんだな。
「見た感じ、郵便屋さん……かしら?」
俺は少女が持っていたかばんを持ち上げて、かばんの中を確認する。
中には俺が突っ込んだ手紙以外にも、たくさんの郵便物が入っていた。
となれば、この子が勤めている郵便局か何かがあるはずだ。
俺はどこかに連絡先が書いていないかと、その郵便かばんを見回す。
「このマークは確か……【風の知らせ】ではないでしょうか。確か、この街の近くの森を拠点としている鳥人の配達業者です。」
ベレノがかばんの側面に刻まれていたロゴマークのような物を見て、気がつく。
「じゃあそこに連絡を……」
きっと少女の同僚や家族が心配しているだろうと思って、俺は職場への連絡手段が無いか尋ねる。
「言霊を飛ばす魔法でこちらからメッセージを伝えることはできるかもしれませんが、宛先が不明では届く保証がありません。……それに彼女たち鳥人はあまり魔法を使う文化が無いので、すぐに返事をもらうのが難しいかと思います。」
困ったように肩をすくめるベレノ。
そういえば連絡するにしたって、まだこの子の名前もわからない。
外見の特徴だけで判断できるだろうか?
「その森の拠点まで行くにはここからどのくらいかかるの?」
だったら直接伝えに行くほうが確実なのでは無いかと考え、俺はベレノに問いかける。
「そうですね……だいたい片道2時間くらいでしょうか。」
近く、とは?
しかし2時間。それなりにかかるが今すぐ出れば、往復を考えても夜までには帰って来れそうか?
そんな風に考える俺に、ベレノが言葉を続ける。
「……ただ距離としてはそう遠くは無いのですが、鳥人の暮らす森は外敵を寄せ付けないためにとても複雑な迷路構造になっているらしく、彼女たちのように空路での出入りで無ければ進むのに時間がかかるとか。」
森が迷路になっている、という追加情報を聞いて俺の甘い考えは打ち砕かれる。
なるほど。確かに空が飛べるなら森の中が迷路になってても問題無い。
だが俺達は飛べないので、最悪この子を抱えたまま森の中を彷徨う事になりかねない。
「せやったらやっぱり、その子が自分で飛んで帰れるまで寝かせといた方がええんちゃう?」
そんなモニカの提案に俺は、今はそれしか無いかと少女に目を向ける。
それにしたって、こんな子供みたいな子まで働いてるなんて。
しかも熱中症になるまで頑張ってたとなると、あまり労働環境は良くないのだろうか。
俺は途端に少女が可哀想に思えて、そっと頭を撫でる。
すると少女は少しくすぐったそうにしながら、薄っすらと目を開き桃色の瞳で俺を見た。
「無理に動かすんもあれやし、今日はこのままここに泊めたげよか?……お礼は後でたっぷりもらうとして♪」
優しい提案をした後に、ゲスな話をするモニカの脇腹にベレノの尻尾ツッコミが入る。
それもそうか。とりあえずは体調が回復するまで、ここで寝ててもらおう。
幸いうちには一応回復魔法使いがいるから、安心だ。
俺も回復魔法覚えようかな。
そんなこんなで謎の鳥人少女を拾った俺達勇者パーティは、しばらく少女の看病をする事になったのだった。
◆◆◆
その日の夜。
鳥人の少女に俺のベッドを貸した事で、寝る場所の足りなくなった俺達3人は話し合いをしていた。
普通なら誰が床で寝るかというような話だろうが、俺達の場合は少し違った。
「……というわけなので、私がメイと一緒に寝ます。モニカはお一人で快適にどうぞ。」
仕方ないですよね。みたいな顔をしながら俺の腰に尻尾を巻き付けつつくっついてくるベレノ。
「なぁ~にがというわけでやねん!メイちゃんと一緒に寝たいだけやないの。メイちゃんだってウチと一緒に寝たいやんな?ほら、もふもふぎゅーってしたげよ!」
両手を広げながら魅惑的な提案をしてくるモニカに、俺はちょっと心が揺れ動きそうになる。
「……今日は夜でも暑いですから、モニカのような暑苦しい毛むくじゃらと一緒に寝るより、私のひんやりした尻尾を抱いて寝るほうが快適ですよ。そうですよね?メイ。」
確かにベレノの鱗はひんやりしていて、今日みたいな寝苦しい夜には快適かもしれないが。
バチバチの言い争いを繰り広げながら何故か俺の取り合いをしている2人に苦笑する俺だったが、結局1つの結論にたどり着く。
「あ、じゃあベレノとモニカがベッドで寝て、私は床で寝れば良いんじゃない……?」
俺を取り合って争うくらいなら、俺は床で一人で寝るよという意味での提案。
そんな提案に取っ組み合いの寸前まで行っていた2人の動きが止まり、一斉にこちらを見る。
「何でそうなるんですか!」
「何でそうなるねんな!」
出だしほぼぴったり声を合わせた2人に、怒られてしまった。
そんな事言われても、どうすんのさ。
「んー……だったら、3人で一緒に寝るとか……?狭いけれど」
俺は困った顔をしながら、苦肉のアイデアをひねり出す。
いかに女の子3人といえど、流石に一人用ベッド1つに3人は狭すぎる。
これならきっと2人も諦めてくれるだろう、と思ったのだが。
「……いいでしょう。」
少し考えて了承するベレノ。
「ウチはかまへんで?」
同じく了承するモニカ。
そしてその結果として、もふもふとひんやりに左右を挟まれる形で圧迫される俺。
「ちょいベレちゃん、もっとそっち寄ってや。メイちゃんが狭そうやろ?」
もふんもふんと俺に体を寄せながら、ベレノへと文句を飛ばすモニカ。
「モニカこそもっとそっちへ行ってください。その暑苦しい毛のせいで占領面積が大きいんですよ。」
負けじと俺に尻尾を絡みつけながら、言い返すベレノ。
布団に入っても2人はそんな感じで、俺はそんな2人の声を入眠用BGMにしながら眠りについた。
◆◆◆
翌朝、俺は何か鳥の翼が羽ばたくようなバサバサとした音で目を覚ます。
眠い目をこすりながら身体を起こすと、そこには翼を大きく広げながら窓からの朝日で日光浴をしているらしい鳥人の少女の姿があった。
背は小さく見えるけど、羽を広げると結構横幅は大きいんだな。
なんて思いながら少女の太陽の光で煌めく羽を見ていると、俺の視線に気がついた少女と目が合う。
「おはよう。気分はどう?」
俺はなるべく優しく声をかけながらベッドから出ようとする。
あれ、そういえば両サイドに寝ていたはずの2人はどこへ?
そこで俺は初めて、2人がそれぞれベッドを挟んで反対側の床に転げ落ちて眠っているのを発見する。
やはり3人で寝るには狭すぎたか。
俺はベレノの尻尾を踏んでしまわないように気をつけながらベッドから立ち上がると、少女の方へと近づく。
途端、翼を畳んで俺から逃げるように数歩離れる少女。
まあ目が覚めたら知らない所で、知らない人に声かけられたら怖いよな。
「……実は昨日あなたが空から落ちてきて、私はそれを拾ったんだけど……覚えてる?」
これ以上警戒されないように、俺はその場に立ち止まって問いかける。
少女はその桃色の瞳をキョロキョロと動かした後、俺の顔をじーっと見つめてくる。
俺はなるべく怖がらせないように、にっこりと微笑み返す。
すると少女はふいっと目をそらしてしまう。
やっぱりまだ警戒されてるよな。
「えーと……お名前は?お家の人の連絡先はわかる?」
俺は少女のその見た目の小ささから、つい小さな子に接するように話してしまう。
少女はまたちらりと一瞬だけ俺に目を向けて戻すと、そっぽを向きながら口を開く。
「なまえ……ボク、名前……シャルム……」
名前を言うのが恥ずかしいのか、ぼそぼそと答えてくれるシャルムと名乗る少女。
俺はその姿に、小さい頃の妹も良く恥ずかしがって中々他の人に自己紹介できなかった事を思い出し少しきゅんとしてしまう。
「シャルムって言うのね。あなた、多分熱中症で倒れてしまっていたみたいなんだけど……もう大丈夫?あ、そこのお水は好きに飲んでね。」
そんなシャルムになんだか俺は母性がくすぐられるような気がして、つい世話を焼きたくなる。
シャルムは指さされた水を確認すると、小さく頷く。
ん?でもその翼じゃコップに注げないな。
俺が入れてやらないと。
そう思って俺が近づこうとするとシャルムは器用に片足立ちになって、その鳥のような鉤爪がついた足を使ってポットの持ち手を掴み、見事にコップへと水を注ぐ。
だが次にコップを掴んだ所で、足が滑ったのか落っことしてしまった。
せっかく注いだ水が木の床へと吸われていく。
どうやら持ち手の無いつるつるとしたガラスのコップは、その足では掴みづらいらしい。
「あらあら……」
俺は急いでシャルムの側へと駆け寄ると、コップを拾い上げる。
幸い割れたりはしていないようだ。
そして呑み口を少し拭ってからもう一度コップへ水を注ぐと、そっとシャルムへと差し出した。
するとシャルムが「あ」と口を開くので、昨日のようにゆっくりと流し込んでやる。
なんだか鳥の雛に給餌をしているような気分だ。
シャルムは注がれた水を一度飲み込むと、もっとと催促するようにまた口を開ける。
俺は小さく笑いながら、またその小さな口に水を注いでやる。
そしてコップ一杯分を飲み終えたシャルムは満足したようで、口を閉じた。
「お水はもういい?」
一応確認のために俺が質問すると、シャルムは小さく頷く。
ともかく、元気になったようで良かった。
俺がコップを置いて、シャルムが寝ていたベッドに腰掛けるとシャルムの方からそっと近づいてくる。
目の前でまた器用に片足立ちになると、その上げた片足を俺の方へと差し出してくる。
どうやら握手をしたいようだ。
「ん……なまえ……なに?」
俺がそっとその足に握手で応えると、今度はシャルムが問いかけてくる。
「私は、メイ・デソルゾロット。メイって呼んでね。」
俺は自分の名前を答え、よろしくと言うようにそっとシャルムの足を上下に揺らす。
揺らされて驚いてしまったのか、シャルムは俺の手を放すと数歩後退った。
「メイ……ボク、助けてくれた。ありがと。……昨日、とても暑かった。」
ペコリとお辞儀をするシャルム。鳥人からしてもやはり昨日は暑かったらしい。
俺やベレノのような体毛の少ない種族と違って、モニカやシャルムのようなもふっとした種族は確かに熱がこもりやすそうだ。
「あ、そういえばコレ……一応目についた手紙は全部回収したんだけど」
そう言って俺はシャルムがつけていた郵便かばんを差し出す。
まだたくさんの手紙や小包が入っていたのを見るに、恐らく何処かへ配達の途中だったのだろう。
それを見た途端シャルムが何かを思い出したようで、青ざめた顔をする。
「ボクまだ配達、途中……!怒られる……!」
バタバタと羽を広げて大慌てするシャルムを、俺はどうどうとなだめる。
「メイ、開けて!ボク行かないと……!」
そして窓の前に立つと、俺に窓を開けるように要求してくるシャルム。
その足は忙しなくタップを刻んでいる。
「もう行くの?大丈夫?無理しちゃだめよ?」
俺はついつい過保護気味に心配してしまうが、とりあえず要求通りに窓を開けて郵便かばんをかけてやる。
シャルムは窓辺へと器用に飛び乗ると、その綺麗な緑の翼を大きく広げた。
「シャルム、また来る。メイ、またね。」
そう言い残し、あっという間に飛び去っていってしまうシャルム。
俺はその姿が見えなくなるまで、しばらく眺めていた。