教国へ
「遅くなりました。こちらへ来ていただけますか」
大聖堂に戻れば、崩れた机や血の跡は綺麗に掃除されていて跡形もなかった。
「ここで起こったことは、神託の巫女の御前までは口外されませんよう願います」
まぁ他に言いふらすつもりもありはしないけどね。それでも念を押さずにいられないのは彼の役職だからこそだろう。
「と、僕の役職的な仕事はここまでです。シスターをお庇いいただいたことにつきまして、深くお礼を」
今までの厳しい表情が、もとの柔らかい顔に戻る。
やっぱりこの人にはこういう穏やかな感じが似合うと思う。
「いえ、目のまえで犠牲者を増やしたくなかっただけだから」
「そう言っていただけると助かります。それではここからは私の個人的な話になるのですが、よろしいですか?」
「うん?」
「まずは先程の話で気になった点について聞いてもいいですか。神の力を集めるという件についてなんですが、具体的にどのような方法で集めるのでしょうか」
「今のところ、神さまの縁の地でお祈りすると、神の座とかいうとこに意識が持っていかれるんだ。そこで神さまから直に力を分けてもらう感じ、かな。縁の地ならどこでもいいってわけじゃないみたいで、こないだみたいに何もないときもあるし」
「つまり、あなたは神に会うことができる、ということなんでしょうか」
「僕の場合はね。他の人はわからないけど」
「なにぶん、神のお姿などについては秘匿されておりまして……。もしよろしければ、そのあたりについても教えていただけませんか?」
「んー、それは僕が言っても大丈夫なことなのかわからないから、教国で話す。じゃだめかな?」
「そう、ですね……」
僕としてもこれ以上の情報を渡すこともできないのだ。なにせ教国がどういう国なのかほとんどわかってない。
下手に神さまと出会ってるからといって祭り上げられでもしたらたまったもんじゃない。
「わかりました。それでは、神託の巫女には私からも説明しておきましょう。それともう一つ」
ミカルは姿勢を正すと僕の目をまっすぐに見つめてきた。
「私はあなたを信じたいと思います。しかし、教会はあなたを全面的に信じるかどうかわかりません。ですので、あなたの行動の一つ一つを監視させてもらいます。構いませんか?」
「いいよ。好きにして」
「ありがとうございます。それでは、今日は宿を手配しておりますのでそちらへ案内します」
「手回しがはやいね」
「あの……メルタ……? 本当に大丈夫なのですか?」
リーナが不安げに僕を見上げてくる。
「まぁ、なるようにしかならないよ。僕に疚しいところはないしね」
「そうですが……」
「まぁ、リーナは僕に何かあったらアランと逃げてね。絶対に」
「……約束しかねるのです」
「そりゃ、困ったね」
こうして僕らはミカルに連れられて、用意された宿へと移動した。
翌日、朝食を終えてしばらくすると、ミカルがやってきた。
「おはようございます、メルタさん」
「うん、おはよう」
「これから教国へ移動して、神託の巫女と会っていただくことになります」
「わかったよ」
僕はうなずいて了承する。リーナたちは僕の後ろに控えている形になっている。
「では参りましょうか」
ミカルの先導で街を進んでいく。
「昨日のうちに話は通していましたので、すんなり通れるはずですよ」
確かに検問のようなものもなく、あっさりと門を通ることができた。
そのまま街道にそって、山へ続く森の方へ入っていく。
「これからこの山道を越えて教国に入ります。少々険しい道もあるかと思いますが、どうかご容赦を」
森の中に少し入ったところで、ミカルが立ち止まった。
「さて、ここからは歩きながら話しましょうか」
「そうだね」
僕らはこれまでの事を色々話しながら山道を登り始めた。木々が生い茂り、陽の光もあまり差し込まない。時折鳥の鳴き声なんかも聞こえてきて、なんだか懐かしい気分になってくる。
「それで、これから具体的に僕たちの扱いはどうなるのかな?」
「神託の巫女さまの前でもう一度、僕にした話をしていただければ、と。」
「ふぅん。どんな感じの人なの?」
「一言で言えば聖人です。誰よりも慈悲深く、そして強い方です」
「そう……それは楽しみだね」
そんな話をしているうちに、遠くからかすかに声が聞こえるようになってきた。
「あれは……」
ミカルが驚いたように目を見開く。
声がした上の方、空を見上げれば大きな影が複数、ゆっくりと飛んでいくところだった。
「珍しいですね。渓谷のドラゴンがあんなに飛んでいるとは」
「へぇ、やっぱりドラゴンとかいるんだねぇ」
「教国の近くに少なくとも3種族ほどいらっしゃいますよ。人を襲うことはありませんが、敬意を払わなければいけない相手です」
ということはそれなりに知能なりなんなりあるのだろう。でっかい爬虫類だったらわざわざ敬意。だなんて言わないもんね。
「そういえば、教国ってどんな国なの?」
「エーデル教のためだけに作られた国家ですよ。他国の政治に干渉しないために、教会の本部をそのまま国にした、といった感じです。なので領土は教会本部の敷地とその周辺のみの小さな国です」
前世でいうバチカン市国みたいなものだろう。とはいえ、宗教だけで象られた国家ってなんか怖い印象あるなぁ。それこそ言い方が悪いけども狂信者とかがいなければいいんだけど。
「ま、行ってみればわかるか」
「そうですね。では急ぎましょう」
それからしばらく歩くと、ようやく開けた場所に出た。
「着きましたよ。あれが教国の大聖堂になります」
「おぉ……」
目の前に広がる光景に思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
山々の隙間に広がるわずかな平野、そこに張り付くようにたった真っ白な尖塔の数々。
街並みもすべて景観を整えるかのように白で染められている。
「すごいね、これは」
「えぇ、私もこの景色には感動しました」
僕らはそのまま山をくだって、街の門へと向かった。




