15 水中エクササイズ
ヤツカドさんは粗暴な行為はお嫌いらしく、バトル展開の実況はしないようです。
ふー。いい運動になった……。
満身創痍で全身傷だらけだけど、どうせこんなのはすぐに治る。
それよりも全力でぶつかる相手がいたのは本当に良かった。
さきほどまで、僕は海中でリヴァルドと戦っていた。
リヴァルドはその巨体に相応しい強大な力の持ち主だった。
その長く巨大な図体に巻かれたときには、全身が切り刻まれ足が一本千切れ落ちた。
それでも僕の胴体には刃物のような毛が生えているので、巻いたリヴァルドの方も痛がっていたけどね。
僕は必死でリヴァルドの図体にしがみついて、何度か爪で突き刺したり、あと尻尾に牙を立てて食いちぎり、一部を食べてしまったりしたよ。
夢中だったな。
しがみついた僕を振り払うべくリヴァルドは口から水流の渦を放ち、巻き込まれまいと僕も尻尾を振り回してリヴァルドの口に衝撃を与えたりした。
水中では消化液はダメだね。水に散ってしまってあまり役に立たなかった。でも牙で食いちぎったリヴァルドの尾は消化液で焼け溶けていたから少しは意味があったかな。
そうそう。
僕の全方位警戒器官が作動するのを僕は初めて経験したよ。
後頭部に出ている触覚が縦横無尽に伸びて分岐し、リヴァルドの目やヒレを貫いていた。
リヴァルドも驚いている様子だった。
とにかくそんなところかな。
自分でやっているとあまり実感がないけれど、外からみたら『ザ・海獣大戦争』といった光景だったかと思う。
最後は僕が動けなくなってしまったから、海底に舌をつけて降参して終わった。
僕は人間に姿を変え、洞窟内で休むことにした。
八足の状態の方が回復が早いけど、今はこの消耗を味わいたい。
全力で暴れることが出来てとても気分がいいんだ。
横になって、身体の心地よい痛みを味わう。
悪くないな。
「ヤツカド、平気……?」
リヴァルドも人間に姿を変えて僕の側にきた。
「リヴァルド、ありがとうございます。
おかげで全力で身体を動かすことが出来ました。
この疲れが気持ちいいです」
「ん……。ヤツカドが満足したなら嬉しい……。
リヴァも体中痛いし疲れちゃった……」
「すみません、付き合わせちゃって。
かなり夢中になっていたので無茶をしてしまったし」
「ううん……いいよ。
それよりリヴァもそこで一緒に寝てもいい……?」
「どうぞ。一緒に休みましょう」
リヴァルドが横になっている僕の上に乗ってきた。
『そこ』って僕の上かい……まあいいや。
この姿のリヴァルドは軽いな。
質量保存の法則とかどうなっているんだろう。
魔物の世界のメカニズムはまだ分からないな。
「ヤツカド、とても強いんだね……」
「そうですか?
でもリヴァルドには歯が立たなかったですよ」
「ん……それは水の中だから……。
ヤツカドは泳げないでしょ……」
「ええまあ……」
泳げないと言われると反論したいところだ。
僕は水泳は得意なんだ……。
しかし八足状態のときには泳げないと言わざるを得ない。
実際泳げないから、自分からリヴァルドに近づくことは出来ないし、リヴァルドに振り落とされてしまうと距離を取られ遠方から水流でやられてしまう有様だった。
「リヴァは地上では戦えないもん……」
「得意不得意ってありますよ」
僕は段々眠くなってきた。
このまま寝てしまおう……。
「魔王様の次に強いのって、ヤツカドじゃないかな……?」
ああ、魔王様……お会いしたいな……。
リヴァルドが魔王様のことなんて持ち出すから、会いたくてたまらなくなってしまうじゃないか…。
「ヤツカド、さっき戦ってるとき僕の声、聞こえてなかった……?」
声? 「痛い」とか「えーい」とか、そんな声が聞こえたような……。
必死だったからよく覚えてないな。
「魔王様は、ヤツカドを次の魔王にするつもりなのかもね……」
リヴァルドが何か言っているけれど、僕はもう眠くて眠くて。
リヴァルドと僕は折り重なるようにして眠ってしまった。
ああ、魔王様にお会いしたいなぁ……。
_______________
翌日、裁判所用地の測量のために何匹かの魔物を紹介してもらい、そいつらを伴って用地の洞窟に向かった。
リヴァルドもついて来ている。
リヴァルドにも仕事があるはずだから、ここは別についてこなくても良かったんだけど……。
「リヴァもヤツカドと一緒にいく……」
昨日からリヴァルドが僕から離れようとしない。
人恋しかったんだろうなぁ。
言葉で意思疎通出来る魔物が近くにほとんどいないから。
でも今測量に連れてきている魔物なんて、形は半魚人のようだし、多分鍛えれば喋れると思うんだ。
あとでリヴァルドに言っておこう。
「ヤツカド、身体は平気……?」
昨日の今日とはいえ、八足の姿になっちゃえば数時間でちぎれた足はくっついたし、それに今は回復力が加速状態にあるからね。
もうほとんど問題はない。
「ええ。リヴァルドはどうです?」
「リヴァはまだ……もうちょっと眠いかな……」
「そうですか。
無理して測量に付き合わなくて良いんですよ。
休んでいて下さい」
「やだ……ヤツカドと一緒にいる……。
あとで一緒にお昼寝して……?」
「え……まあいいですけど」
「やったぁ……。
はやくお仕事終わらせようね…」
別に僕は眠くないけど、リヴァルドをケガさせたのは僕だからな……。
仕方ない。
それにしてもこの海底は本当に居心地がいいな。
深い海底には日の光があまり届かない。
そのため昼間でも快適に活動出来る。
この世界に来た頃よりは太陽光に耐性が出来たとはいえ、やっぱり太陽の光はニガテなんだ。
さてと。
まだ裁判所用地の測量中だけど、やっぱり一番広い空間から法廷として配備するべきだよな。
「ここに法廷作ったら、魔王様が裁判するの……?」
リヴァルドが聞いてくる。
そうだな。こんなときにも少し法教育やっておくか。
「今はまだ魔王様が裁判を行っていますけど、近いうちにリヴァルドがやることになるんですよ」
「え……? リヴァがやるの……?」
「そうです。今後民事裁判も行うことになることになりますから、魔王様だけでは手が足りません。
コミュニティごとに裁判官を置き各々裁判を取り仕切ってもらうんです。
といっても人材がいないですからね、まずはリヴァルドがやって下さらないと」
以前魔王様にも説明させていただいた刑事裁判と民事裁判の話をリヴァルドにもする。
「へー……民事裁判ってのをリヴァがやるんだ……。
解決方法は柔軟にっていうけど、じゃあさ、例えばケンカして一方が悪かった場合に、悪い方に仕返しで殴らせろっていう解決でもいいの……?」
「それは良くないですね。
なぜなら……」
『無理だから』なんだ。
財産的損害なら同額を支払わせることで回復も出来るだろうけど、暴力に対しては『同じ強さ』で『同じケガを負わせ』ることはまず出来ないだろう。
シェイクスピアの『ヴェニスの商人』の『肉1ポンド』とまではいかないけど、正確に相手に肉体的な損害を与えるのは不可能に近い。
するとどうしたって仕返しの方が強いとか弱いとかいう話になり、紛争は更に発展してしまう。
それじゃ解決にならない。
裁判所は紛争の終局的解決を果たす場所でなければならない。
かといって無理やり納得させようものなら、そんな裁判じゃ不信感を招くだけだ。
話しながらも測量は順調に進み、僕達はリヴァルドの住処の洞窟に戻った。
「リヴァのお部屋来て……。
おしゃべりして、それから一緒にお昼寝しよ……?」
「そうですね。
おしゃべりする約束もありましたからね」
おしゃべりはリヴァルドの言語学習の一環でもある。
僕にとっては仕事のうちだ。
「それでね……、水中に渦を作ってお魚を追い込むの……。
そうすると一網打尽で食べられる……んだよ……」
「眠そうですね。
もう眠ったらどうですかリヴァルド」
「うん……。リヴァ寝ちゃうけど……ヤツカド、行かないでね……」
「分かりましたよ」
仕方ない。
僕も寝るか。
「……行かないで……ヤツカド…。
ずっとリヴァといて……。ずうっと……」
眠るその姿は少年そのものだった。
僕も昔はこんな風に眠ったのかな。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマも感想も評価もホントにうれしい…。