始まった朝に
この小説は、暴力的描写があります。苦手な方は、お読みにならないことをおすすめします。
朝の教室。
「あいつら、そろそろ色んな渾名で呼ぶの飽きないのか……?」
俺は憂鬱な気分で教室のドアを開ける。
祐樹が話しかけてきた。
「お嬢、おはようございます」
「………」
恭平が喚いている。
「暴力変態!」
「…うるさい」
由美がこっちを向いて言う。
「おはよう、怪獣」
「うるさい!」
友がにやけながら言う。
「よお、大麻」
「うるせえっつってんだろがっ!っていうか新しい渾名つくんな!」
「ん、潤、いたんだ」
「お前……」
俺は美咲をちょっと見てから、やっぱりやめたと目を逸らした。防具袋を担ぎ直して盛大に溜め息をついた。重いったらありゃしない。学校に来ただけで疲れた理由はそれだけじゃないんだけど。
寺本潤。頭脳迷走。中二剣道部。部内1弱い。渾名多数。後ろ向きでポジティブで、思いつめてる感じで悩みがなさそうで、どSでどM。素行が悪く、優等生で、生意気で卑屈。バカ正直で二枚舌。
まあ、要するに捉えどころのない奴。多重人格もどきとも言える。言われたこともある。なんかちょっと本質違う気もするけど
俺の渾名はいろいろあって、そしてそれぞれ理由がある。
お嬢はとある教師と先輩が言っていたのを余計な奴が聞きつけて言い出したもの。
暴力変態は、飛び蹴りした俺を見た剣道部員が、暴力反対を言い間違えてそのままになったもの。
怪獣(そのネーミングセンスってどうよ?)・大麻は共に不明。
他にもガラの悪い不思議ちゃんとか、素行の悪い優等生とか、炭素(!?)とか。その由来はほとんど俺の暴力的かつ破天荒な性格だ。
俺が強くなりたいと望んだのはいじめられていたからだけど、それが叶った今、残ったものは何もない。いじめられないかわりに信頼と安心感を失ったのだ。
両方を選ぶことだって、できたのに。
両方できている人だっているのに。
だから今日こそ、誰も殴らず過ごそう。そんなことを誓って俺の一日は始まる。
「おはよう」
「おはよう」
友の声に、俺は思考を戻した。
「その髪どうしたのさ?」
「髪型のこと?」
「なんかその…すごいワックス使ったの?」
「いや、寝癖が直んなかっただけ」
「………」
「…笑っていいよ……」
そう。俺の日々は平和だ。みんな良い奴だ。
ただひとつ、家庭環境を除いて。
*
俺が通う中学の隣には高校がある。小学校の敷地は少し離れたところにある。ちなみに高校は明日から家庭学習日で、中1はレクリエーションキャンプだ。
田舎で生徒数が少なく1学年1クラスで6、7人。さして偏差値が高いわけではないし、部活動も特に力を入れているものはない。部活は剣道部と鬼ごっこ部(!?)だけで、それも廃部寸前のため小中高合同(!)だ。野球部はあったが廃部になったらしい。ていうか何故剣道なんだろう。ドッチボール部とかの方がいいのでは?
で、さして大きな事件を起こすでもない。そんな学校。
まあ俺が六年の時切れて教科書をその辺に捨てて、窓から机を放り投げた話は有名だけど。
要するになにが言いたいのかというと俺の家は金は困らない程度にはあって、両親共に健在(?)で、特に不自由せず生きてきて、ド田舎の小さな学校に通っていて、俺は暴力的だけど親はそれを知らないという日本では普通の家庭に生まれ育ったってこと。田舎のネットワークはすごいけど、俺の親は人望がないので、暴力沙汰が知れることはまずない。
だからまあ、きっと恵まれているのだろう。感謝できていない、あまり幸せに思えていないのが現状なのだけれど。
甘ったれている。わかってるさ。だけど……感謝できたほうがよほど楽だし正しいのだろうけど、俺にはなかなかそうは思えないのだった。
虐待されていたほうが、法的手段に訴えられるからましではないかなどという不謹慎なことを考えたりしたこともある。
俺は家庭環境を変えるために全力を尽くした。
話し合おうと試みたり、家出して訴えたり(その時は本当に大勢の人に迷惑をかけてしまったけど)、思いつくことは全てやった。
その全てが無意味だったわけだけど
もう泣くのはやめた。何をしても変わらないのだから。
もう努力するのはやめた。諦めるしかないから。
もう話す必要もないと思う。なにを言っても聞かないのだから。聞こえていても、伝わらないのだから。
そして俺は、分かり合うことを諦めた。傷つくだけだから。愛される事はないし、変われないって事をはっきりさせても苦しいだけだから。
あんたたちなんか必要ないって、死んでも構わないって、断言できるようになってしまった―――なった自分がここにいるから。死んでもきっと泣けないと思うから。
罰当たり、親不孝、なに言われても仕方ないけど。
一時間目が英語という嫌がらせみたいな時間割だったので、授業中は夕飯は何を作るかを考えていた。
周りでのんきに授業してるみんなはこんなことしなくていいなんて不公平だよなあなんて思って、あわててそれを打ち消した。
ひどく憂鬱だった。




